オイラの町の外れに小高い丘がある。その丘のてっぺんには、樹齢300年と言われているソメイヨシノがある。この丘からは、オイラの住んでいる町が一望できて、春になると、桜の木の下で、町を見下ろしながら、お花見をするのが楽しみなのだ。
オイラの小学生の頃、この桜の付近には、妙な噂があった。都市伝説とでも言うのだろうか。
お花見をしていると、電車の通る音がするというのだ。
最初、都市伝説のようなものを信じないオイラは、てっきり町の真ん中を走る京王電車の音とばかり思っていた。ところが、京王の線路まではかなり距離があって、いくらなんでも、ここまで音が届くとは思えない。でも、1日に何度か、確かに、電車が走るときの“ききー”という音が聞こえてくるのだ。
そんな話は、すっかり子どもの頃のことで、オイラはすっかり忘れていた。
再びそのことを思い出したのは、つい数ヶ月前である。
このソメイヨシノが、サクラテングス病にかかっているという記事を、地元の新聞で読んだのだ。最近、温暖化の影響で、桜の病気が増えているらしい。東京の気温があと4度上がると、東京は熱帯地方に入り、ソメイヨシノが死滅してしまうかもしれないらしい。
でも、この樹齢300年のソメイヨシノを病気にしていた原因は、意外なものだった。
新聞によると、このソメイヨシノが立っている丘は、もともと戦時中には巨大な地下防空壕があったらしい。今もその地下には、当時の遺構がほとんどそのまま残されており、ソメイヨシノの根元を傷める原因となっていたというのだ。遺構に地下水が流入し、ソメイヨシノの根が腐ってしまったらしい。
桜は、今年の春を前に、ばっさりと切られることになった。
この小高い丘は、もともと樹齢300年の桜があったからこそ、開発の波にも洗われずに自然が残されていた。市は、桜を伐採したあと、この場所を市営住宅の土地として再開発する計画を立てた。35階建てのタワーマンションが建つ予定だ。30年来の計画だが、ソメイヨシノがそれを拒んでいたのだ。
地元では大きな反対運動が起きた。
ソメイヨシノを守れ!自然を破壊するな!
住民の声も虚しく、市議会は予算をあっさりと可決し、市は正式にこの丘の再開発を決めた。今月にも、造成工事が始まるらしい。
住民団体が、市に情報公開請求を行って、計画の詳細を書いた公文書を手に入れたところ、意外な事実が判明した。
「取り扱い注意」と書かれた文書には、「地下埋設物等処理の具体的手法について」というタイトルが書かれていた。文書の大半は、墨で黒く塗られていて、何について書かれた文書なのか不明だったが、この樹齢300年のソメイヨシノが立っている丘のことであることは、明らかだった。
本件地下埋設物上床部にはソメイヨシノが根をはっており、処理にあたっては具体的手法について検討が必要
その文書には、そう書かれていた。「構造物下段に残された軌道」という言葉も確認できる。
オイラは、その実物を手にして、あの小学生の頃の記憶をよみがえらせた。
ソメイヨシノの周辺の都市伝説…桜の木の下で電車の走行音が聞こえる。
この町の外れには、かつて陸軍の基地があった。戦後GHQが接収したが、その後米軍基地となり、30年ほど前に日本に返還されている。都心から多摩地域にかけては、こうした陸軍の拠点を結ぶ極秘地下道が広がっていたという噂を聞いたことがある。30年前、米軍はその地下道を何に使っていたのだろうか。
市が、その場所にわざわざ高層マンションを建てる理由は分からない。
地下処理ということか。
オイラは、とりあえずそう納得してみることにした。
もともとそこにあった地下防空壕がどこにつながっていたのか、マンションが建ったあとは地下道がどうなるのかは、市役所に聞いていただきたい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。
※この記事はフィクションであり、実在する人物・団体とはいっさい関係ありません。いや、マジに関係ないですから。4月1日ですから。
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