放射能パニックと鼻血騒動~ネットの敗北
仕事で仙台に来ている。目的地は福島県の南相馬市だが、いわゆる前のりってやつだ。ところが、台風の接近で東北地方も大荒れ。本降りの雨で、とても被災地を歩く状態ではない。沿岸部は高潮に注意。自分が被災者になると困るので、今日のところはおとなしくしていることにした。
しかし、明日はそうも行かない。まいったね。
前回、「ネットの敗北」と書いた。
ネットは、誹謗中傷に満ち溢れ、危険デマと安全デマばかりだ。ネットは、今回の震災で死んだ。twitterに助けられたみたいな人は、踊らされているのであって、新興宗教で非科学的な教義に出会って、ありがたがって祈っているのとレベルが変わらないのだ。
福島第一原発が放射能を垂れ流し続けている。そのせいで、福島県を中心として、空気中はもちろん、水道水や野菜からも放射能が検出された。東京都は一時、乳児のいる家庭にペットボトルの水を配ったくらいだ。異常な事態だし、福島第一原発の近くに住む人や、乳児のいる家庭の親御さんには、同情したい。
でも、どうも、ネット上の情報は、針が振り切れている。
東京では、鼻血を出している人がたくさんいて、それが放射性障害の初期症状だというデマが流れているのだ。
福島県内で、放射線量が高い地域に住む方々ですら、そこまでの症状は疑問符がつくのだが、250キロ離れた東京で、そのことでもってパニックになっている母親もいる。行政の相談窓口に泣きながら電話をかけてくる人もいれば、専門家のもとに「助けてください」とメールをよこす人もいるそうだ。これは、どういうことか。
福島第一原発で爆発が起きた当時は、確かに東京にも多くの放射性物質が降り注いだ。東京都の資料を見てみれば分かるが、空間放射線量だけを見ても、大幅に数値が高くなっているのが分かる。その後、その数値は落ちるけど、3月21に前後に雨が降ったために、数値が再び上昇。でも、次第に数値が下がり、今では、最大値では少し高めだが、平均値では震災前の数値まで下がってきている。
当然、福島の放射線量とは比べ物にならないほど低い。ただ、東京にもホットスポットがあって、時折、空間放射線量が高くなるエリアがある。
オイラは、そういう状態を、「安全とは言い切れないが、安心できる」と思っている。「気をつけなければならないが、数値を見守る程度で、恐れる必要はない」とも思う。
だが、鼻血を出す人が増えている、というのは、デマとしか言いようがない。まして、放射能のせいだというのは、非科学であり、オカルトだ。
そもそも、「放射線障害の初期症状は、鼻血」という情報自体の信憑性は、疑ったことがあるのだろうか。原爆と、現在、原発の事故で漏れている放射能の影響を混同することは、むしろ放射能の怖さを隠蔽する役割しか持たない。
放射能は、無味無臭。目にも見えない。これは基本中の基本。twitter上では、この基本から矛盾している情報が飛び交っている。金属の味だとか、においだとか。するわけない。味やにおいがするんなら、食べれば分かるから、むしろ危険性を自覚できる。無味無臭だから危険なのだ。セシウムは黄色などというデマもある。色なんてない。色があれば、海を汚染してもすぐに分かる。黄色い魚なんて、見たことあるか?見えないから、怖いのだ。
放射能は、一定の線量を超えないと、自覚症状が出てこない。東海村のJCO臨界事故で多量の放射線を浴びた作業員だって、83日間も生きていた。福島第一原発の作業員で、高い放射線量の水で火傷した人がいたけど、それは福島市内や東京都内の放射線量とは、桁が違いすぎる。だから、放射能で被爆した人と、していない人は、見た目や症状ではまったく分からない。だから、怖いのだ。
放射能の怖さは、被爆直後の症状ではなく、その後の身体に与える影響だ。白血病やがんが発生する確率が高くなる。これは、「確率的影響」と言う。浴びた放射線量が高いか、低いかで、発生する病気の症状には変わりはない。被爆量が少なくても、高くても、白血病の重いか、強いかとは関係ない。だから、怖いのだ。
東京にも、大量の放射性物質が降り注いだ。それは事実だ。だが、それで恐れるべきは、具体的な症状ではなく、そういう将来への影響なのだ。発症した白血病やがんを、放射能と関連付けることは不可能に近い。原発の近くにいたならともかく、場所は遠く離れている。しかし、リスクは決してゼロではない。
放射能には、しきい値がない。つまり、ここからは大丈夫で、ここからは安全でないという境界線がない。だから、怖いのだ。
ネット上の鼻血騒動は、そういう放射能の特性がすべて無視されている。今回、福島や東京に何が起きているのかを考えず、ネット上の情報を過信し、無邪気に拡散(RT)している間に、あたかもそれが真実であるかのように広まったのだ。
これは、トイレの花子さんや口裂け女とレベルが変わらない。これらは、子どもたちが口コミで拡散させたものだが、「鼻血=放射能説」は、大の大人が流しているから、たちが悪い。
それでもってパニックになっている親がいるとしたら、頭を冷やして、ネットから遠ざかれと言いたいのだ。
オイラは、原発はまだ商業ベースで実用化できるレベルの技術ではなく、いったん撤退して、原発に依存しないエネルギー政策を進めるべきだと思う。浜岡原子力発電所の停止を心から歓迎するし、他の原発についても、いったん定期検査で止めた原発は、再開すべきではないと思う。
そういう意味では、反原発であり、脱原発だ。
しかし、現在、ネット上で騒がれている「鼻血=放射能」騒動は、まったく賛同できないし、同情の余地もない。その最終目的や趣旨が正しかったとしても、非科学的なオカルト運動には、未来などない。そういう運動は、怪しげな新興宗教と同じで、一時は政府や社会に対して一定の影響を持ったとしても、その非科学性ゆえに迫害され、衰退する運命を持っている。
昔、『はだしのゲン』という漫画があって、アニメや映画にもなったので、ご覧になった方が多いのではないだろうか。主人公のゲンが、原爆の放射線で髪の毛が抜けるというのを、覚えてらっしゃるだろうか。
不思議なのは、鼻血はこれほど騒動になるのに、脱毛という報告はさっぱり見ない。
仮に鼻血が放射能の影響なら、すでに事態は深刻で、血液検査をすれば白血球が減って、大変なことだろう。怪我をすると血が止まらない。すぐにでも、入院して無菌室に入らなければ。そこまで考えた人はいないのだろうか。
そうして、仮に放射能の影響が出ているなら、原因不明の脱毛に苦しんでいる人がいても、おかしくない。あなたの旦那に、若禿げは見当たらないだろうか。それこそ、放射能の影響だと思ったことはないのだろうか。
こういうパニックの原因は、政府や東電が説明責任を果たさないからだと思う。パニックに陥っているお母さんが悪いとは言わない。しかし、今回の事故で、とりわけ東京に住んでいる人で、パニックになる必然性がある状態など、まだまったくない。取り越し苦労をしているだけなのだ。
オイラは、こういう現状を見て、ネットの敗北だと思った。
このパニックをつくった原因は、『きっこの日記』などの有名ブロガーであったり、武田邦彦氏のような「科学者の顔をした評論家」だ。
つくづく、無力感に襲われる。
虚しいったら、ありゃしない。
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コメント
はじめまして。
むかし「帝都東京・隠された地下網の秘密」読んだとき、あまりにも論理展開が意味不明で自分の頭が悪いのかとショックを受けて以来の秋庭オカルトファンです。
このサイトはとてもおもしろく読ませていただきました。
さて、秋庭本とは関係ありませんが、この記事は最近の某グルメマンガ騒動にそのまま当てはまりますね。最近書かれた記事かと日付を見たら3年前のもので驚きました。
某原作者はそのときの騒動をすり込まれて、それに当てはまる証言を福島で取材したというところでしょうか(当然証言者も放射線の影響はまず鼻血と刷り込まれている)。
投稿: 秋庭オカルトファン | 2014年5月18日 (日) 18時34分