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2010年4月18日 (日)

『消えた川をたどる!東京ぶらり暗渠探検』(洋泉社MOOK)を読む

渋谷が「谷」なのは、そこに川が流れていたからだ。渋谷駅は、その一番、谷底にある。その谷底には明治通りや山手線が走っている。もちろん、地下鉄副都心線も。

東京は、もともと川が豊富な街だった。

それは、秋庭先生のように江戸時代までさかのぼる必要はなく、例えば渋谷川が暗渠になったのは、戦後のことだ。

東京と川の関係を探っていくと、寝るのも惜しまれる。

起伏に富んだ東京の坂も、川とは無関係ではない。

東京の地下は、オカルトなんぞに陥らずとも、本来、興味深い世界なのだ。

そんなわけで、『消えた川をたどる!東京ぶらり暗渠探検』を読んだ。

発行元は、地下のオカルト作家・秋庭俊先生が最初にオカルト本『帝都東京隠された地下網の秘密』を出した洋泉社である。

ありもしない地下を探検するより、本物の地下を探検しようと試みたところは、出版社として一歩前進である。

地下を流れる川に着目すると、意外なときに意外な事実にぶつかることがある。

例えば、この本で紹介されている弦巻川。

今のホテルメトロポリタンの辺りに、かつて「丸池」という湧水池があった。弦巻川は、ここから雑司が谷の谷を流れ、江戸川橋付近で神田川に流れ込んでいた。1932年に、水質の悪化を理由に暗渠化されており、現在は下水道の「雑司が谷幹線」となって、水が流れている。

この本には書いていないが、この下水道幹線、つまり弦巻川では、2008年8月5日、下水道工事をしていた男性作業員5人が流され死亡する事故が起きている。

当時、オイラはこの場所の地形図を見て、さらに現場を歩いてみて、その場所が川の跡であることを確信した。調べてみたら、案の定、川は暗渠となって流れていた。

報道では、川の跡だという事実はほとんど注目されなかった。

ここも、歩いてみると分かるが、谷に沿って川が流れている。

谷があるのに、川がない場合、そこには暗渠の川が流れている場合が多い。

不思議なのは、東京では最も代表例とも言える藍染川の暗渠が登場していないことだ。

現在は、暗渠の川の上に商店街が連なっている。

【秋庭系東京地下物語2007】(第4話)区界の地下に流れる「川」の妄想

上のエントリーでも書いたが、東京23区の区界には、暗渠の川が流れていることが多い。暗渠の上は、公園だったり、道だったりといろいろだが、藍染川のように商店街になっているのは、珍しい。

玉川上水は、分水について書いてあるが、本体のことが書いていない。本体は、新宿区と渋谷区の区界になっている。新宿駅の地下に、今も玉川上水の暗渠があり、副都心線の新宿三丁目駅の上に乗っかっているという事実も、あまり知られていない。

もっともっと、ネタはあるような気がする。

もちろん、秋庭先生のように、「川をせき止めて、地下に上水をひいた」という歴史とは無縁の妄想は、この本には書いていない。オカルト色は限りなくゼロに近かった。

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コメント

今朝の(4月30日付)朝日天声人語で、暗渠の渋谷川の再生を主張されていると言う尾田栄章と言う方の言葉が上がっていました。
「今月の言葉から」と言う、例によって天声人語らしい良い加減な扱いで。
コラムで複数の言葉を弄るのは容易なことでないのに本当に安易。最後に手前勝手な主張につなげることの危険分かってやってるからズルい。
「春の小川」の発想もとと言われる河骨川は渋谷川の上流であって、渋谷川ではないし。
暗渠を川にするのは、再生じゃないし。元ネタの主張が適切に開示されていない、一般的な知識になっていないものを、既知のごとくにワン・フレーズ化する軽率さは、相変わらずの秋庭一族振り。呆れました。

投稿: 陸壱玖 | 2010年4月30日 (金) 08時40分

こんばんは(^-^*)/

渋谷川再生って、まだ主張してらっしゃる方、いるんですね。その天声人語は読んでいないのですが、渋谷川の暗渠のフタを開けて、川を復活させるのは、無理でしょうね。すでに都市計画法上は下水道ですし、仮にフタを開けたとして、洪水や異臭の責任を誰がとるのかって話になります。そこが小川だった時代、周りは田畑で、雨水は土に浸透し、谷に浸み出て小川に流れました。今は、コンクリートの上を流れて、暗渠の川を一気に下ります。理想は理想。朝日は、現実と理想の区別ができているのでしょうか。

投稿: mori-chi | 2010年5月 6日 (木) 22時00分

朝日としては耳触りの好い4月の言葉、尾田栄章氏の
「川が埋まって50年以上。街の記憶のフタを開けることから始めないと」
が欲しかっただけでしょう。
仰る通り、尾田氏辺りの主張も一部の暗渠を開いて、さらに親水公園の様なものなどに改築すると言う話であって、元の河骨川や古川の旧態への遡行では無いんですよ。この方所詮は元建設省河川局長氏。フタを開けるのも、河川の修築でフタをするのと同じ土木工事の推進に過ぎない、と私の様なひねくれ者には思えます。

投稿: 陸壱玖 | 2010年5月 7日 (金) 00時04分

おはようございます。

なるほど、かっちょいい言葉を使って、天声人語氏が環境保護派のインテリぶってみたかっただけなんでしょうね。

玉川上水でも「復活」が検討されたことがあります。現在、新宿御苑の北を流れる暗渠の玉川上水を地上に復活させようと。結局、無理でした。本物は本格的な上水で、立派な川だったからです。街の真ん中にあったら危なくてしょうがない。いつの間にか「玉川上水を偲ぶ流れ」の復活に変わってしまいました。新宿御苑北側に、異様に細長い親水空間をつくるだけです。渋谷川支流でも、せいぜい、それが限界でしょうね。

投稿: mori-chi | 2010年5月 7日 (金) 05時38分

子供の頃、目黒川は東横線中目黒付近で氾濫する川でした。
川底から作り替えて整備されなければ、安心できないのが都市河川でしょうね。
ソウルのチョンゲチョン(清渓川)、川の再生とのことでしたが、あれも結局は人工の川モドキ。
小川のロマンも人工構造物として取り戻そうってことで、どこが歴史のフタなんだか。
たかだか5~60年の歴史とやらがビジネスのネタなら、ますますもって都市河川恐るべし、ですね。

投稿: 陸壱玖 | 2010年5月 7日 (金) 20時10分

こんばんは(^-^*)/

渋谷川ごときで歴史だ記憶だと言われると、ちょっとなぁと思います。偽物の川もどきを復活しても意味ないと思うし、かといって、本物を復活させるのは時代錯誤だし。頑張っても、結局は記憶くらいしか復活させられない、せつない運動ですけどね。

投稿: mori-chi | 2010年5月10日 (月) 23時40分

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