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2010年2月 5日 (金)

沖縄という空気と身代わり守

年末に沖縄を訪れた際、4日間の日程の最終日に、南部の戦跡めぐりをした。

最初は観光バスで一気に回る予定だったが、4日間でかなり沖縄のバス路線になれてきたので、最終日もバスを利用することにした。

那覇バスターミナルから、糸満へ。

バスの終点は、糸満バスターミナルだが、南部戦跡を回るバスに乗り換えるには、少し手前の糸満ロータリーで降りると便利だ。

ところが、便利なのは違いないが、乗り換えがややこしい。

ひめゆりの塔沖縄平和祈念公園などに向かうには、那覇方面からロータリーに入ると、左へ回ればいいのだが、バスは逆向きに到着する。だから、バス停が探せなくて苦労する人が多いのだ。

オイラも事情は同じで、ただでさえ、地図の読めない男のオイラは、ロータリーまでたどり着いたものの、バスの乗り場が分からなくて、苦労していたのだ。

何本か、行き先の違うバスをやり過ごしたとき、いかにも沖縄っぽいおじさんが声をかけてきた。

おじさんって言っても、かなり年を取っているので、おじいさんかもしれないが、一応、おじさんってことにしておく。

「どこに行くの?」

「ひめゆりの塔です」

「このバス停からは行けないよ。みんな、ロータリーで乗り換えてって言われてここまで来るけど、乗り換える場所が分からなくて苦労するんだよね」

おじさんは、オイラにバスの乗り場を教えてくれた。

「ありがとうございます」

お礼を言って、その場を去ろうとすると、おじさんは少し考えて、

「私の車で乗せてってあげましょうか。行き先のすぐ近くなんで」

急にそんなことを言い出した。

オイラは、丁重にお断りしようかと思ったら、おじさんはオイラの返事も聞かないで、すっかりその気になって、「どうぞ、どうぞ」と、オイラを案内した。

車って言っても、おじさんの所有する車ではなく、病院の送迎車である。

ロータリーが送迎場所になっているわけだ。

申し訳ないなと思いつつも、おじさんはすっかりノリノリで、お断りするのも申し訳なくなってしまい、ご厚意に甘えることにした。

最初は、ロータリーではバス乗り場が分かりにくいとか、そんなたわいもない話をしていたが、急におじさんは難しい顔をして悩み出した。

しばらくすると、「うん」と何やら納得した様子で、こう言った。

「あなたは、ひめゆりの塔の後、平和祈念公園にも行くんでしょ?」

「はい」

「今日は夕方はどうするの?」

「夜の飛行機で羽田に帰ります」

「そうか。じゃあ、平和祈念公園の後、他の場所も回る?」

「時間があれば、そうしようかと」

玉泉洞って知ってる?東洋一の鍾乳洞。バスだとね、ひめゆりの塔まではたくさん出ているけど、玉泉洞は少ないんだよ。1時間に1本あるかないか。後から玉泉洞に行こうとすると、お尻が詰まっているんなら、バスがなくて困っちゃうよ」

「そうですか」

「先に、玉泉洞まで行って、それからひめゆりの塔に寄った方がいい」

「なるほど」

「よし、乗りかかった船だ。私が送りますよ、玉泉洞まで」

オイラは、玉泉洞に行くと決めていなかったし、そう答えたわけではなかったが、おじさんはやっぱり、ノリノリだった。

まいったなーと思いつつも、おじさんがやる気満々なので、これまた甘えてしまった。

おじさんは、いったん病院で送迎を済ませると、オイラを乗せて、玉泉洞まで走った。

おじさんのご厚意は、これでは終わらなかった。

何と、玉泉洞から沖縄平和祈念公園まで送ると言うのだ。

玉泉洞は、とてつもなく長い鍾乳洞なので、入ってから出てくるまで30分近くかかる。

「1時間後に、ここに迎えに来るから。ここにいてくださいよ」

ビックリなんてもんじゃない。もう、申し訳なくて、お断りしたいくらいだが、おじさん、やっぱりやる気満々だった。

東洋一の鍾乳洞をゆっくりと楽しんで、オイラは約束の場所に戻った。

おじさんは、時間通り、病院の送迎車を運転して、オイラを迎えに来た。

もう、恐縮するしかない。

おじさんは、沖縄平和祈念公園まで送ってくれて、帰りのバス停の場所まで教えてくれた。

お礼をしなければと思いつつ、何をお礼すればいいのかも悩む時間がなかった。

お金を渡すのは、むしろ失礼だと思えた。

玉泉洞から沖縄平和祈念公園までの間、車窓に見えるサトウキビ畑を眺めながら、ラジオから流れる沖縄民謡を聴きつつ、どうしようか悩んだ。

別れ際、「お名前を教えてください」と言うと、おじさんは恥ずかしそうにはにかみながら、「いやいや、いいですよ」と教えてくれなかった。

オイラはそこでふとカバンに入っている身代わり守を思い出した。

鎌倉の長谷寺で手に入れた、身代わり守の鈴。音色が好きで買った。割れると、つまり、何かの身代わりになってくれたということだ。

オイラは、おじさんに身代わり守を渡すと、やっぱり、おじさんははにかみながら、それを受け取った。

後から、やっぱり福沢諭吉の1本くらい渡したほうが良かったのかなーと思いつつ、あふれんんばかりのご厚意にお礼のしようがなかった自分を悔やんだ。

沖縄で出会った人たちは、こーゆー人が多かったような気がする。

どこかのんびりしていて、暖かい。

そして、沖縄のラジオは、やっぱり沖縄民謡なんだと、当たり前のような事実に驚いた。

 

沖縄を訪れたのは、高校生のとき以来だったが、ひめゆりの塔は当時と変わらなかった。

ひめゆり平和祈念資料館をゆっくりと回ってみて、沖縄戦の加害者は、米軍だけでなく、日本兵も含まれていることが印象的だった。この感覚は、沖縄に来ないと分からない。

もちろん、普天間基地の移設問題も、この沖縄の空気に触れないまま論じることなど、オイラにはできないと思うのだ。

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