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2009年9月29日 (火)

特急はつかり、青函連絡船、特急北海で北海道を目指した時代

確か、高校生のときだったと思う。長年、貯金したお年玉を使い、札幌へと一人旅をした。

当時、東北新幹線が、大宮・盛岡間で暫定開業していて、上野・大宮間は「新幹線リレー号」が連絡していた。

その一方で、上野と青森を結ぶ特急「はつかり」「みちのく」は健在だった。

青森までどちらを使うか悩んで、結局、上野から仙台までは新幹線、仙台から青森までは「はつかり」と、二兎を追った。

新幹線の上野・大宮間が開業して、常磐線経由の「みちのく」は姿を消し、「はつかり」は盛岡・青森間を走る短距離特急へと姿を変えた。

オイラが乗ったのは、485系のはつかり。確か、食堂車も連結していた覚えがある。

はつかりと言えば、583系というイメージが強いかもしれないが、特急券を買うとき、583系をわざと避けた。583系は、日本初の寝台を装備した電車。昼は座席の特急として、夜は寝台特急に変わる。今からすれば、すごいなと思うが、B寝台は3段だし、座席はリクライニングではない硬いシートだから、良いイメージがなかった。

上野をお昼過ぎに出て、大宮から東北新幹線「あおば」に乗り換え。仙台には夕方近くに着いて、そこから夕闇迫る東北路を青森へ向かう。

青森着は、午後10時過ぎだったと思う。

夏休みだったが、乗客は少なく、青森では車内が閑散としていた。あの頃は平和なもので、一人で座っているオイラを、車掌さんが気を使って、話しかけてくれたものだ。特急だが、どこかのんびりした空気だった。時間はかかったが、疲れは感じなかった。

青森で、青函連絡船に乗り継ぎ。

翌朝、4時頃に函館に着くと、ホームには函館線経由の特急「北海」と、千歳線経由の特急「北斗」がすでにとまっていた。札幌に向かう客は、ほとんどが「北斗」に向かう。札幌着がかなり早いからだ。「北海」は、長万部から倶知安、小樽とのんびりと回り込む。

よく覚えていないが、オイラの記憶が確かなら、「北海」にも食堂車が健在で、ちゃんと和朝食と洋朝食が食べられたと思う。

札幌には、午前9時頃には着いていた。

新幹線は、あのとき以来、しばらくの間、使うことはなかった。「はつかり」が盛岡からの連絡特急になってしまってからは、もっぱらオイラのお気に入りは、夜行の急行「八甲田」と「十和田」だった。

「八甲田」を使うと、朝9時くらいに青森に着き、青函トンネルをくぐり、函館から「北斗」で札幌に出ると、ちょうど稚内・網走・釧路に向かう夜行列車に間に合った。

先日、時間つぶしに立ち寄った駅の本屋で、宝島社の『「はつかり」の軌跡 DVD BOOK』を衝動買いしてしまった。

懐かしい画像と映像に、当時のことを思い出していた。

不覚にもオイラは、あの頃、鉄道に詳しい高校生ではあっても、鉄道にこだわりはなかったから、写真がない。オイラの脳みそだけが、ただの記憶として、セピア色に映像を残している。

懐かしがりながら、ページをめくっていたら・・・

??・・・

・・・(苦笑)・・・

表紙をめくって、本のタイトルと目次。

その上には、ボディーに青いラインをつけた583系の勇姿。

そして、583系のヘッドマークには、

「はくつる」

とあった。

もう一度、本のタイトルを繰り返そう。

東北初の特急「はつかり」の軌跡 DVD BOOK

オカルト本で有名な宝島社だけのことはある。

すばらしい。

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コメント

鉄崩れとして、一点突っ込ませていただきましょう。

>翌朝、4時頃に函館に着くと、ホームには函館線経由
>の特急「北斗」と、千歳線経由の特急「北海」がすで
>にとまっていた。

線名が逆では、その後の記述は正しいのですが。

コッペル氏や、アリス堂氏の突っ込みも楽しみです。
でも、山線を選択するmori-chiさん、高校生にしては渋系ですな(誉

投稿: 陸壱玖 | 2009年9月30日 (水) 01時04分

おはようございます。

ご指摘の点、修正しました。山とか海とかよく分かりませんが、函館本線を走るんなら、最後まで函館本線を走らんかいっていう意味不明のこだわりがあったようです(笑)

投稿: mori-chi | 2009年9月30日 (水) 06時54分

さりげなく「はくつる」の写真!? だから門外の出版社はいやなんですよ(笑)

いいですねえ、青函連絡船に間に合いましたかー。私の北海道初上陸は平成に入ってから。特急「白鳥」でダラダラと日本海沿いに北上。周遊券利用者としては贅沢な気もしましたが、これとてすでに思い出の彼方です。
急客は消滅、長距離鈍行も食堂車も風前の灯火のあのころ。「伝説のあの列車に乗った…」みたいな話を年長の鉄ファンとしていると、アラフォーは中途半端な世代だなあという気がします。

投稿: くびきのコッペル | 2009年9月30日 (水) 08時16分

「白鳥」の大阪・青森間も利用したことがあります。「きたぐに」という急行も。あれは時間かかりましたね┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

今、思い出しました。高校時代ではなく、中学時代です。しかも、中学1、2年くらい。

こうやって文章にしてみると、あいまいな記憶がよみがえるものですね。

名古屋から新幹線で広島へ。広島から「あさかぜ」で東京へ。上野から新幹線リレー号で大宮、大宮から仙台まで東北新幹線「あおば」、仙台から青森まで「はつかり」、青森から函館まで、青函連絡船。函館・札幌間は「北海」。札幌から函館までは、臨時の夜行急行「すずらん」。再び青函連絡船。青森から急行「きたぐに」で大阪へ。大阪・難波から、アーバンライナーで名古屋へ。

えらい、長旅でした(;´Д`A ```

投稿: mori-chi | 2009年9月30日 (水) 12時40分

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