« 党首討論は、政治の貧困を映す鏡 | トップページ | 東京都議会議員選挙 »

2009年6月 2日 (火)

「定点」

P10005621991年6月3日、雲仙普賢岳で大火砕流が発生し、「定点」で取材にあたっていた報道関係者など、死者行方不明者43人を出した。

昨年末、九州を旅行したとき、長崎県の島原市に立ち寄った。

事故が起きてから、2回目の訪問。

立派な「雲仙災害記念館」が立っていたが、普賢岳自体は、以前と変わらぬ表情だった。

記念館の展示室は、正直いって、???なものもあった。気持ちは分かるが、空回りしているような感覚だった。

特に、「平成大噴火シアター」は、ちょっと首を傾げてしまった。

映像に合わせて、床が揺れたり、目の前から温かい空気が噴出する。

火砕流の熱さを表現したいらしいが、まったく表現しきれておらず、おもちゃみたい。

迫真の映像が流れている最中に、微妙な熱さの「噴気」があごの辺りに当たるのだ・・。

あの大火砕流の映像を覚えている人からすると、アホみたいじゃないだろうか。

ただ、当時の犠牲者の遺留品などは、当時の大火砕流の威力を感じる。

展示室を出て、長い廊下を歩くと、突き当たりに日本テレビが放送した番組を放映していた。

2005年、大火砕流で殉職したカメラマンが映した映像をまとめた番組だ。

それを観て、やはり、展示室のおもちゃみたいなシアターが滑稽に思えた。

P1000566 目の前には、火砕流を吐き尽くした普賢岳が、高々とそびえている。

山肌は、今も緑はなく、もちろん、人が立ち入ることはできない。

ベタな展示室より、目の前にそびえる険しい山肌が、すべてを語ってくれていた。

P1000582 オイラも、仕事柄、「定点」にいたのかもしれない。日テレの番組を観ていて、そう思った。背筋を寒いものが走った。

職場が違っていたら、そこにいたに違いない。

ビデオの横に展示されていた、焼け焦げたテレビカメラを眺めながら、自分ならどうしただろうかと考えた。

「定点」は、教訓になっているのだろうか。

たぶん、もう一度同じことがあったら、同じ事故が起きているような気がする。

マスメディアは、今も何も変わっていない。

それどころか、組織の体質が変わっていないのに、そこに従事するスタッフは、派遣であったり、下請けであったり、弱い立場だったりする。

幸か不幸か、マスコミの範囲は広がり、比較的フリーライターや小さな地方新聞、業界紙でも、取材を認められる場合が多くなってきた。

今、同じことがあったら、「定点」にはもっとたくさん、取材陣がいたかもしれない。

きっと、殉職者も増えるに違いない。

|

« 党首討論は、政治の貧困を映す鏡 | トップページ | 東京都議会議員選挙 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

こんばんわ

記者、消防だけでなく、取材陣の定点への送迎や、移動の足となっていたタクシー運転手さんにも犠牲が出ていますね。
何事も、我々のやることは、何ですぐに総力戦になってしまうのかなぁ?

投稿: 陸壱玖 | 2009年6月 5日 (金) 01時15分

こんばんは。

日本的なんですかねー。命をかけるってなら、独りでかければいいのに、どこもかしこも、同じ会社が同じ場所で被災するってのが・・・。だから、巻き込まれる地元の方々も、みーんな「定点」にいる。

ちなみに、難を逃れた会社もいたとか。そういう意味では、マスコミは「総力戦」というわけでもなかったみたいですね(笑)

投稿: mori-chi | 2009年6月 7日 (日) 21時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/109926/45217383

この記事へのトラックバック一覧です: 「定点」:

« 党首討論は、政治の貧困を映す鏡 | トップページ | 東京都議会議員選挙 »