「定点」
記念館の展示室は、正直いって、???なものもあった。気持ちは分かるが、空回りしているような感覚だった。
特に、「平成大噴火シアター」は、ちょっと首を傾げてしまった。
映像に合わせて、床が揺れたり、目の前から温かい空気が噴出する。
火砕流の熱さを表現したいらしいが、まったく表現しきれておらず、おもちゃみたい。
迫真の映像が流れている最中に、微妙な熱さの「噴気」があごの辺りに当たるのだ・・。
あの大火砕流の映像を覚えている人からすると、アホみたいじゃないだろうか。
ただ、当時の犠牲者の遺留品などは、当時の大火砕流の威力を感じる。
展示室を出て、長い廊下を歩くと、突き当たりに日本テレビが放送した番組を放映していた。
2005年、大火砕流で殉職したカメラマンが映した映像をまとめた番組だ。
それを観て、やはり、展示室のおもちゃみたいなシアターが滑稽に思えた。
目の前には、火砕流を吐き尽くした普賢岳が、高々とそびえている。
山肌は、今も緑はなく、もちろん、人が立ち入ることはできない。
ベタな展示室より、目の前にそびえる険しい山肌が、すべてを語ってくれていた。
オイラも、仕事柄、「定点」にいたのかもしれない。日テレの番組を観ていて、そう思った。背筋を寒いものが走った。
職場が違っていたら、そこにいたに違いない。
ビデオの横に展示されていた、焼け焦げたテレビカメラを眺めながら、自分ならどうしただろうかと考えた。
「定点」は、教訓になっているのだろうか。
たぶん、もう一度同じことがあったら、同じ事故が起きているような気がする。
マスメディアは、今も何も変わっていない。
それどころか、組織の体質が変わっていないのに、そこに従事するスタッフは、派遣であったり、下請けであったり、弱い立場だったりする。
幸か不幸か、マスコミの範囲は広がり、比較的フリーライターや小さな地方新聞、業界紙でも、取材を認められる場合が多くなってきた。
今、同じことがあったら、「定点」にはもっとたくさん、取材陣がいたかもしれない。
きっと、殉職者も増えるに違いない。
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コメント
こんばんわ
記者、消防だけでなく、取材陣の定点への送迎や、移動の足となっていたタクシー運転手さんにも犠牲が出ていますね。
何事も、我々のやることは、何ですぐに総力戦になってしまうのかなぁ?
投稿: 陸壱玖 | 2009年6月 5日 (金) 01時15分
こんばんは。
日本的なんですかねー。命をかけるってなら、独りでかければいいのに、どこもかしこも、同じ会社が同じ場所で被災するってのが・・・。だから、巻き込まれる地元の方々も、みーんな「定点」にいる。
ちなみに、難を逃れた会社もいたとか。そういう意味では、マスコミは「総力戦」というわけでもなかったみたいですね(笑)
投稿: mori-chi | 2009年6月 7日 (日) 21時40分