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2009年5月31日 (日)

党首討論は、政治の貧困を映す鏡

麻生が勝とうか、鳩山が勝とうが、どっちでもいいではないか。そんなレベルの低い政治談義は、『きっこの日記』あたりに任せておけばいい。

それより、気になるのは、衆院の定数削減だ。

自民と民主で意見が合うと、ろくな事はない。衆院には、小選挙区と比例選挙区の2つある。当然、1選挙区1人しか定数がない小選挙区を減らすより、複数の定数がある比例区を見直したほうが楽に決まっている。

その結果、行われる選挙は、自民と民主しかいない、殺伐とした二大政党時代をもたらすことになる。

小選挙区制では、二大政党以外の政党は、常に二大政党の「許可」を得ないと、議席の獲得はおろか、立候補することすらできない。

何故か?

今、現に行われている候補者の公認を見ると分かる。

民主党は最初から全選挙区に候補者を擁立する構えで、候補者の選考を行う。すると、一部の選挙区で他の野党の候補者と重なる。野党は協議を行い、どの党の「陣地」にするのか決める。このとき、民主党の意向抜きには候補者を決められない。

まずは、現職優先の原則が貫かれる。もともと、民主党の現職がいれば、もしくは元職がいれば、そこは必然的に民主党が公認候補になる。でも、おもしろいもので、比例復活なんてシステムがあるから、定数1の選挙区なのに、民主党と社民党、それぞれ現職がいたりする。なので、「小選挙区で勝った」というのが基準になる。

例えば、社民党の保坂展人は、東京6区(世田谷区の大半)を地盤としていて、民主党の小宮山洋子と重なっている。小宮山洋子も、05年の郵政選挙では落選し、比例復活したのだが、もともと東京6区で勝っている。しかも、05年は保坂は比例のみの立候補だった。結果、小宮山が優先して公認が出る。

今回、保坂は、東京8区(杉並区)に鞍替えした。ここは、石原伸晃がぶっちぎりで連続当選している選挙区だから、民主党にとっては「捨て駒」なのだ。

結局のところ、民主党がうんと言うかどうか。民主党がうんと言わなければ、他の野党が引くしかないのだ。

これは与党の側も同じこと。

もっとも、自民党と公明党との関係は、時に力関係が逆転していると思われるところが多々あるのだが、これはまた、別の話だ。

いずれにしても、小選挙区の候補者は、立候補する前から政党のパワーゲームに翻弄されることになる。

ある意味、被選挙権を侵害しているようなもんだと思う。

さらに、この制度をひどくしているのは、比例復活当選というマジックだ。

1つの小選挙区に、現職が2人も、3人もいたりする。

自民党の候補者と民主党の候補者が闘って、どっちが勝っても、どちらも当選するという奇妙な制度だ。

小選挙区で負けても、比例の名簿順位が良ければ、ドント方式で議席が回ってくる。

つまり、自民党と民主党が対決しているように見えるが、対決した結果は、どちらの候補者も当選するという、理不尽な世界なのだ。

ただ、比例区の定数のほうが、小選挙区よりは少ないから、小選挙区で多く勝ったほうが、定数の少ない比例区での復活当選よりも、多くの議席を得ることになる。

従って、その分だけ、自民と民主で議席の優劣ができる。

まるで選挙で戦っているように見えて、実は自民と民主の談合選挙でしかない。

現行の選挙制度が続き、しかも、比例区の定数が減らされるようなことになれば、きっこさんが大好きな「オムライス党」も、共産党も、少なくとも衆院からは消えてなくなる。

参院が残っているからと安心するのは早い。おそらく、憲法改正を行うときには、国会は1院制にするのではないか。

選挙は、自民と民主の公認、もしくは、自民か民主に認められた政党の公認を得るか、橋本徹や東国原のようなお笑いタレントみたいに人気者、もしくは庶民から怪しげなカネを巻き上げた宗教団体しか立候補できなくなる。

きっこさんは、「とりあえず、民主党」なんて宣っているけど、今度の選挙で「とりあえず、民主党」としたら、次の選挙には「オムライス党」なんて風前の灯火だし、共産党だって国政から消えて、ただの地方政党になっているかもしれない。

公明党は、ひたすら自民党の政策を丸呑みしなければ、与党に残れなくなる。「オムライス党」は、民主党のマニフェストを丸呑みしなければ、議席を与えてもらえなくなる。

党首討論で、どっちが勝ったなんて、アホなことで盛り上がっている暇があるのだろうか。

ちなみに、オイラの地元の小選挙区には、自民と民主しか候補者がいない。

自民も民主も、怪しげな若いやつだ。

こんな残酷な選択肢はない。

いっそのこと、幸福実現党にでも入れてやろうかと思えてくる。入れないけどね(笑)

党首討論に、麻生と鳩山しかいない。自民と民主がひたすら、ニンマリと微笑みを浮かべながら、政治ショーを繰り広げ、マスメディアがおもしろおかしく宣伝する。それにまんまとのっかるブログ左翼。そんな光景を延々と見ていると、政治の貧困しか感じないのだ。

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