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2009年5月13日 (水)

小沢一郎の説明責任を求める国民を「クルクルパー」と罵倒する『きっこの日記』の墜落

少なくとも、このブログを始めた当時、きっこさんは尊敬に値するブロガーだった。耐震偽装問題を追及していた当時の『きっこの日記』は、ほぼ毎日、書かさずに読んでいたし、オイラも将来はあんな見事な書きっぷりで悪を弾劾できればとあこがれたものだ。

でも、いつの間にか、『きっこの日記』に対する微妙なズレを感じるようになる。

それは、ネット右翼のようなヒステリックな怒りではなく、何か喉に骨が引っかかっているような不安のようなものだった。

この小沢一郎の西松建設献金問題を契機に、喉に引っかかった骨の正体が、徐々に見えてきた。

それどころか、骨が取れて、喉元がスッキリしてきたような気がするのだ。

「説明責任」と連呼するおめでたい人たち(きっこの日記)

上記のエントリーを読んでいただきたい。

未だに何の「説明責任」も果たしてないアベシンゾーやマスゾエちゃんをそのままにしといて、数十万人もの民間人を殺したコイズミもそのままにしといて、何で、まだ「推定無罪」の秘書の問題で小沢一郎に「説明責任を果たせ」って言ってるクルクルパーがいるのか、あたしの高卒の脳みそじゃトーテー理解できない今日この頃なのだ。

ちなみに、オイラもクルクルパーである。小沢一郎は一度だって説明責任なんて果たさなかった。小沢一郎に対する献金の出所と使い道を明らかにするのは、小沢一郎の責任であることは当たり前のことで、違法か合法かが問われているわけではない。

もともと、現在の政治資金規正法の抜け道は、非自民の細川内閣の時代、まさに小沢一郎本人が当時の細川与党とグルになって作ったものだ。小沢式の錬金術は、このときに改正したザル法で成り立っている。だから、小沢一郎自身がかなり自信を持って合法だと思っていたのは事実なのだ。

しかも、当時細川内閣は、政治改革と称して、企業団体献金を将来的に禁止すると約束した上で、政党助成金をつくった。本来なら政党助成金があるなら、企業団体献金なんていらないはずなのだが、小沢一郎はゼネコンから多額の迂回献金を「合法的に」受けとっていたわけだ。

前にも書いたけれど、小沢一郎の政治資金管理団体である陸山会への政治献金のうち、小沢の身内以外の団体は、西松建設しかなかったのだ。自分の預金口座に3500万円も振込みされて、「誰の金か分からない」なんて理屈は、年収数百万程度の生活をおくっている安月給のサラリーマンからすると、異常としかいいようがない。

だから、説明責任が果たされていないと言っている。

その当たり前の国民感情に対して、クルクルパーと罵倒するきっこさんって、いったい何様のつもりなのだろうか。

そして、クルクルパーはオイラだけではなく、きっこさんが崇拝する「オムライス党」の福島瑞穂も、同様に説明責任を問題にしているクルクルパーなのである。

【小沢辞任】社民・福島党首「国民の疑問に答えていない」(産経ニュース)

クルクルパーの福島瑞穂は、「国民の疑問に答えておらず、極めて問題だ」とコメントしている。「説明責任」という言葉こそ使っていないが、同じ意味だ。

同様に、共産党の市田忠義書記局長もクルクルパーのコメントを出している。

きっこさんは、読売新聞や産経新聞を「三流デマ新聞」と評しているので、ちょっと違う新聞を引き合いに出してみよう。

5月13日付の『しんぶん赤旗』が、小沢批判を展開している。同紙は、民主と自民、両方の違法献金問題を追及してきている。これなら、きっこさんもご満足していただけるかもしれない。意味のない「です・ます調」は、この新聞のポリシーらしいので、少々うざいが我慢していただきたい(笑)

小沢氏が「やましいところがない」と強弁する背景には、自らが政治資金規正法を熟知しているという〝自負〟がにじみます。

小沢氏は、政治資金収支報告書への記載を「全面的に透明にしている」というのが売り文句です。しかし、今回の事件では、たとえ記載済みでも、その内容は虚偽であり違法な献金であることが浮かびあがりました。まさに小沢氏のいう「透明性」を逆手に取った手法です。(3面)

巨額の献金を受け取るためにダミー政治団体を悪用する手口は、小沢氏自身がつくりあげたものだ。だから、小沢氏は、この法律で自分を裁けるわけがないと胸をはっているのだ。

まあ、もっとも、きっこさん風に言えば、共産党だってクルクルパーだということになる。

小沢一郎にたてつくものは、みんなクルクルパーなのだ。

『きっこの日記』に対する憧れや崇拝といったものは、オイラからは完全に抜けてしまった。スッキリした。

これでは、ただの民主党の広報宣伝媒体でしかない。

もともと、そういう側面を持ったブログだったが、今回の小沢献金問題を契機に、彼女自身の党派性が如実に外ににじみ出るようになった。隠し切れなかったものが、一気に噴出したような感じがする。

彼女もまた、政党のパワーゲームの中でしか自分のブログを回せない。今の政治の閉塞感を、彼女自身も抱え込んでいて、それを打ち破ろうという気概がなく、何がどう転んでも、いつまでたっても、「政権交代」「小沢万歳」を繰り返している。

オイラの『きっこの日記』に対する思いは、一気に冷めてしまった。

小沢一郎論としては、産経ニュースに配信されている乾正人政治部長のコラムが、かなり的を得た小沢論だと思った。

まだ早い「さらば、一郎」

産経新聞なんて、読んでいても精神衛生上悪いのであまり読まないが、この小沢論はしっくりときた。小沢一郎は、議論なんて大嫌いで、首相になる気なんてさらさらない。いや、できっこない。なれると思っているのは、きっこさんをはじめとする小沢信者だけで、首相の器でないことは、本人が一番よく知っている。だからこそ、党首討論を逃げて逃げて、逃げまくっていたのだ。

だから、今回の辞任は、ごく自然な成り行きと考えれば、それでよいのだ。

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