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2008年12月25日 (木)

少し早いけど、2008年を振り返る(3)

筑紫哲也のニュース番組は、ほとんど観なかった。彼が嫌いなわけではなく、番組が当時としてはあまりにも正統派すぎて、間が持たなかったような気がする。

オイラはジャーナリストなんて大嫌いだが、筑紫哲也がいなくなってしまったら、誰が日本のジャーナリズムを支えるのかと不安になる。

最近、テレビでタレントに政治を議論させて、喧嘩させる番組が多い。結論などなく、罵倒に満ちていて、おもしろいのかもしれないが、建設的な議論がない。

政治番組にお笑いタレントを持ち込んだのはテレビ朝日だ。政治番組がショーと化し、テレビのジャーナリズムが死んだ瞬間だと思う。

筑紫哲也なしに、誰が1月17日、8月6日、8月9日、8月15日を振り返るのか。

彼は、テレビという癌の中で闘い、それなりの治癒を試みていた数少ない人だった。

筑紫哲也「Web 多事争論」(2008年8月1日)

あの、テレビで私みたいに、何事かコメントするというのは、これは常識的にですね、30秒以内というのが普通です。

ところで、私が長年にわたりやってきました、「多事争論」というのは、そう言う意味ではテレビのルール違反でして、だいたい90秒、つまり普通の人がやっていいコメントの限界の3倍、しゃべっています。ところが、しゃべっている当人は、そんなに長くしゃべっているのに、いつも欲求不満なんですね。つまり、自分が言いたいことが全部言えたということは、実は長年やってて、ハッキリ言って1回もなかったと言っていいと思います。

だいたいは、限られた秒数の中でいろんなことを言おうとしすぎて、いわば「着地失敗」と自分で言ってるんですけども、うまく着地できない。着地できない場合何が起きるかというと、ご覧になっている、聞いている方々は、これはちょっと乱暴な議論じゃないか、とか、説得力が十分ないというかたちで終わるわけですね。

ですから、テレビの影響とか、テレビの説得力とか、よく言うんですが、実は、やりようなんでありまして、私は十分説得力のあるテレビをやってきたという覚えは、18年半番組を続けていても、ありませんでした。

まあ、こういう前置きをしていること自体が、普通のテレビではないことを、実は、まあ、楽しんでいるというのは変ですけれども、今回は思い切ってこういうことをしゃべってやれと、しゃべっているわけですね。つまり、ここまでしゃべっていて、ずいぶん時間を使っているわけですが、本題は何事もしゃべっていないわけです。

で、まあ、強いてといいますか、あえて、これだけは言いたいなと思っていることを、これから申し上げるんですが、それは、政治の世界というか、この国全体が、ずいぶんがたが来ているんではないかと。先が暗いんじゃないかという思い、自分たちの国が、こう、凋落する、落ちているんじゃないかという思いが世の中に広がっています。

その広がっている中でですね、いろんなことがありすぎるために、よくよく、政治一つをとっても、中身が分からない。何が選択肢なのか分からない人がおります。

私は、そうじゃないと思うんですね。病気をしまして、やや、毎日毎日テレビに出ることから距離を置きました。

遠くから眺めていると、ある意味で問題は単純なんですね。

政治について申し上げれば、政治というのはよく言われることですが、古典的には世代の間でパイを奪い合う、つまり、若い世代のために、これからの世代のために、どれだけのお金を使うのか。あるいは、もう世の中のために尽くしてきた、例えば高齢者のためにどのくらいのお金を使うのか。それの配分の争いだとよく言われております。それが政治の基本だということですね。

じゃあ、どっちに配分を大きくしたらいいのかということが、政治の選択肢であるはずなんですね。

ところが、私たちの国の今のおかしさってのは何なのかというと、実は、どっちにも行っていないんです。

教育というのを考えてみましょう。

世界の先進国と呼ばれる国では、平均して国民のGDPの5%くらいを教育に使っているんです。日本は、3.5%しか使っていない。他に資源が何もなくて、教育にしか取り柄がないという国ですね、その投資を十分やっていないんです。

じゃあ、そのかわりに、高齢者に対してお金をたっぷり使っているかというと、今騒いでいるのは、例の高齢者の保険を別にしようとしているということで、老人を切り捨てるのかということが言われているわけですね。

これ一つ見てもそうですが、先進国の中で日本は、医療費というものをきちんと使っていない国なんです。医療費が高くなって、毎年削る、削ると言っていますけれども、実は、今までの医療費そのものが、先進国と呼ばれる国、OECDに加盟している国では、お金を使っていない国なんですね。

そういう国が、高齢者に対してたくさんパイを与えているとは言えない。つまり、未来にも投資していない、過去にも投資していない。じゃあ、どこにお金が行っているのかと言えば、これは、シンボリックに分かる話では、例えば道路を造るために59兆円というお金を、向こう10年ずーっと使い続けると、言っているんですね。

つまり、お金が変なところに行ってて、普通の政治なら、こっちにあるか、こっちにあるかという配分をしなきゃいけない、それが政治なのに、そうじゃないところに行っているわけですね。

で、私今、病気、癌ですから、自分の体と比べて、どうしてもそういうことを考えてしまう。人間の体は癌に冒されますと、本来使うべき栄養とかエネルギーとかいうものが、癌と闘うために、そっちに獲られてしまうわけですね。本来人間が生きていくために使うべきところに向かなくなっちゃう。ですから、この国というのは、一言で言えば癌にかかっている。

そういう状況というのが、この国の状況だと思います。

そうやって見ますと、難しくも何ともない。起きていることは、非常にハッキリしています。それに対して、私たちがどうするのか。何をやるのか。

私の場合で言いますと、この病気と闘っているわけですが、敵はなかなかしぶといです。ですから、この国の問題だって、問題はハッキリしている。ある意味単純である。だからやれることは簡単かと言うと、そうではありません。しかし、問題がここにあるんだということは、まずハッキリしないと何事も始まらない。

その上で、それに向かって闘うのか。もう、それに負けるのか。それが私たちに迫られている選択肢だと思います。

このくらいしゃべると、まあ、やや、欲求不満がなくなる。そのくらい単純な話をするのにも、時間はいるんですね。それに比べると、私はテレビは短すぎたなといつも思います。短くしか説明できないというテレビの恐ろしさと欠点というのがあるというのを、今離れてつくづく思います。

いくらなんでも長いんで、こんなところで。

(関連サイト)

Web多事争論

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コメント

恭禧發財
googleも罪作りな。何かと問題視されている street view ですが、最大の被害者は秋庭さんでしょうか(笑
正月の一時、 street view で秋庭印の小竹向原、大塚坂下町、築地川等々巡って見ました。秋庭印がどうこうと言うより、江戸勤番時に歩いて見た(実際は自転車でしたが)のとストリート・ビューで見るのでは移動の視点において大分に違う、人間の眼と頭はカメラとメモリーとは違うと言うのが面白かったです。
さて、正月早々なんですが、このエントリーに一点だけ異議を唱えさせていただきます。
実家が一応全壊認定を受けた身としては、温泉湯煙キャスターには、生きておられても1月17日だけは語っていただきたく無いですm(_ _)m
本年も宜しくお願い申し上げます。

投稿: 陸壱玖 | 2009年1月 4日 (日) 23時48分

新年明けましておめでとうございます。

あのストリートビューなるもの、自分が写っていないかヒヤヒヤしながら、我が町を探検しております(笑)

秋庭系スポットを探すと、秋庭先生が立ち尽くしてらっしゃるのが写っていたりして。日傘のおばさんと会話しているのが写っていたりして。そんな妄想しつつ、ストリートビューなるものを楽しんでいます。

今年も1月17日が来ますね。

投稿: mori-chi | 2009年1月 5日 (月) 21時02分

開運坂も street view 上で登ってみました。赤い帽子の女じゃなかった、日傘の女性の代わりに工事現場の警備員さんがニンジン持って立ってました。
江戸勤番時の陋屋何ぞもちゃんと写っているのが何とも不思議。稲荷町の駅まで玄関出て通えるんですからね。清洲橋通りを。上野下アパート裏の銭湯だって通えてしまう。
もちろん、芦屋と東灘の界、津知町とか深江北町、ほぼ町全体が新築一戸建てかマンションと言う、あの辺りも street view は見せてくれます。
私の1月17日の記憶は、大阪市内の日常とほんの20キロ先の神戸の非日常との隔絶でした。

投稿: 陸壱玖 | 2009年1月 6日 (火) 00時20分

こんばんは。

1995年1月17日を、オイラは東京で迎えました。数日後に今の会社への就職が決まり、神戸にボランティアに向かうか、ようやくつかみ取った就職先に向かうのか、本気で悩みました。結局、就職してしまったのですが、結果的に今の職場で、オイラは震災と向き合う仕事に就くことになりました。

あれから、14年。今の会社で、そこにこだわって仕事をする人間は、オイラだけになってしまいました。最近では、震災以前の神戸の記憶が薄れてきていて、だからこそ、こんなブログで書き綴っているのかもしれません。

投稿: mori-chi | 2009年1月 6日 (火) 21時20分

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