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2008年10月 8日 (水)

地下のオカルト作家・秋庭俊先生『大東京の地下400年 99の謎』(二見文庫)を読む6

週の後半、すでに心は3連休。年中無休の観光地に住んでいる割には、連休になると余所に遊びに行きたくなる。そんな自分がおもしろい。

3連休、結局、地下のオカルト作家・秋庭俊先生をいぢって終わったなんて悲しいので、さっさと片付けよう。

『大東京の地下400年 99の謎』(二見文庫)

さあ、今夜もいってみようか。

79 地下18メートル、海軍司令部の防空壕は戦後、地下鉄駅に!

防空壕は一度ぶっ壊してから駅を作ったので、防空壕を再利用したわけではない。

改札よりホームが上にある地下駅は東京ではここだけ、全国的にも珍しい構造になっている。(P192)

東京メトロで有名なのは、表参道駅。ここは、半蔵門線と銀座線のホームが、改札口よりも上にある。新しい駅では、銀座線の溜池山王駅。珍しいのは確かだが、「東京ではここだけ」は事実誤認だ。

ホームから地上に向かう上りの階段とエスカレーターがないのも珍しい。(P192)

東西線の九段下駅もそうだよね。

80 首相官邸裏に防空ビルと巨大防空壕が並んでいた!

ん?

防空ビルの話が入っていないんだけど。この本全般に言えるんだけど、タイトルに書いてあることが、本文に入っていなかったり、入っていたとしても、秋庭先生が一言妄想しているだけってことが多い。

その大きさは、今、地下鉄溜池山王駅に行けば体感できる。まず南側、銀座線の改札前広場に行けば、ターミナル駅のような大きな改札口を見ることができる。初めて訪れる観光客はあまりの大きさに驚いてしまう。(P195)

嘘つかないでくれ(笑)どこにでもある普通の改札口だよ(笑)

そこからジグザグの連絡通路を通って、北側の南北線のホームに足を延ばすと、かつての官庁の防空壕の大きさと、ここに避難できなかった市民の思いを体感させられる。(P195)

普通のホームでしょうに。ありゃ、他の南北線の駅と比べても普通の大きさのホームだよ。

ところで、後でも指摘しようと思うけど、普通の市民は、自分の防空壕に避難したと思うよ。わざわざ官庁の防空壕なんかに来ない。当時、「自分が入る防空壕がない」なんて市民はいなかったはずだ。自分が入る予定のない防空壕なんかに入ったら、それこそ大ひんしゅくだったんじゃないかな。

戦争の悲劇を、オカルト話に巻き込まないでほしい。

81 民家が傾いて発覚した、巨大地下道の正体とは?

東京の三多摩地域には、戦時中の地下壕がたくさん残っている。そのうちの日野市三沢地区の地下壕は、民家の真下にある地下壕が崩落し、民家が傾いたことで有名になった。が、秋庭先生は、正確な事実確認を行っていないらしい。

ちょっと長くなってしまうが、ここで事故の詳細を調べてみた。

2005年9月7日、日野市議会本会議の議事録から、佐瀬昭二郎さんの一般質問を抜粋したい。

◯10番(佐瀬昭二郎君)  三沢の旧陸軍地下ごうの問題、あるいは地下ごうが地下に存在する可能性が大きい樹林地に地下室マンションを建設する問題等については、何度か質問してまいりました。

 きょう質問するのは、今現在も進行中でありますけれども、国土交通省は、ことしの4月、鹿児島で起こった地下ごうの事故、中学生が4人亡くなるという事故をきっかけにして、改めて全国の自治体に向けて特殊地下壕緊急実態調査というのをおこなった。これは5月が提出期限だったんですが、この調査は、緊急のものはもう終わっていますけれども、実態調査そのものはまだ進行中で、10月14日期限で改めてそれぞれの自治体から、それぞれの自治体、地域が抱える地下ごうについて実態を報告するという運びになっているところです。

 資料請求いたしまして、5月の緊急実態調査について日野市はどう回答したのか、それからどういう調査項目が日野市に国土交通省から伝えられているのかというような資料をいただきました。ちょっと驚きました。

 回答の対象になっているのは、言うまでもなく三沢の地下ごうであります。地下ごう等の総数は2ということになっています。このカウントの仕方は、ちょっとほかのカウントの仕方もあり得るのではないかと思いますが、それはともかく、うち、陥没、落盤等の危険性があるものの数ゼロというふうに答えています。

 これは皆さん御存じのように、過去10年間にわたって1996年と2002年に、2度にわたって地下ごうに起因する陥没事故が起こって、人的被害は幸いにして起きていませんけれども、家屋被害が2回とも起こっていると。  さらに、2002年の陥没事故、1972年におこなった最初の地下ごうの実態調査でEごうと番号が振られている地下ごうですが、Eごうについては、今回の陥没事故をきっかけにして、かなり綿密なボーリング調査等が行われて、地下ごうに起因する陥没事故等が起こるメカニズムが随分見えてきているというふうに思うんですけれども、そのような実態があるにもかかわらず、かなり実態からかけ離れた回答をなぜされたのかなと。

 実は、前回、国土交通省がおこなった実態調査は1995年に行われていて、ちょっとその調査に対する日野市の回答がいつごろ行われたのかがはっきりしないんですが、最初の陥没事故が起こったのは1996年、次の年になっている。1995年の調査のときには、危険性があるものはゼロということになっているんですね。

 確かに 1972年の最初に行われた実態調査、その調査報告書によると、地下ごうと地表との距離が浅いところでは陥没事故が起こる可能性があるけれども、土かぶりの厚いところでは陥没事故は起きないだろうと、そういう報告になっていました。恐らく平成7年の危険性はゼロというのは、この1972年の調査報告書の見解を受けてされたものだというふうに思います。

 1972年の調査報告では1,000メートルほどの地下ごうが確認されていて、浅いところにはもうないだろうというふうな判断がされていたと思いますけれども、実は、その後、1996年の陥没事故をきっかけにした調査で、実は計画総延長を4,000 メートルを超えて、実際には、地下ごうの掘削を命令された東京都は3,000メートル地下ごうを掘っていたと。2,000メートル、まだ確認されていないと。どこにどのように地下ごうがあるかは、まだ3分の2はわかっていなくて、しかも2002年の陥没事故は、土かぶりの厚い場所でも陥没事故が起きると。そして、そのような陥没事故がどのようなメカニズムで起こってくるのかも、それなりに見えてきたということだろうと思うんです。

 過去の調査結果を踏まえて、今回の事故の後、東京都の土木研究所が、どのようにして事故が起こったのかについて報告書をまとめていますけれども、これも土かぶりの深いところでなぜ陥没事故が起きたのかについて、時間の要素が大きいと。地下ごうが掘られてから60年の時間が経過していると。地下ごうの天井が崩落して、徐々に空洞が上に移動するという現象が起こるんだと。地下ごうの上の地盤が緩んでくると、その現象がどんどん上に移動して、いずれ地表に達するということはあり得ると。2002年の地下ごうの陥没というのは、そのようなメカニズムのもとで起こったのではないかという報告書も出ているということを踏まえると、どうもこの緊急調査に対する日野市の回答というのは、ひょっとすると、前回の回答をそのまま引き写したということなのかもしれないけれども、ちょっと拙速にすぎたのではないかというふうに思います。

 ただ、先ほど言いましたように、現在もこの調査は継続中で、10月14日に改めて、地下ごうの危険性についてを含めて国土交通省に回答するということになっているわけでありますが、この回答をどのように、今、検討されて、お考えになっているのか、お答えをいただきたいと思います。

◯総務部参事(岡崎美恵子君)  今、御質問にございました10月14日までに回答期限の、国土交通省から出されています特殊地下壕実態調査について、私どもの方では、次のように回答したいと考えております。

 当地域の特殊地下壕調査では、昭和47年に団地全体を41カ所、機械ボーリングにより調査を行いました。その後、平成9年と平成11年にも一部調査をおこなってきたところでございます。しかし、昭和47年の全体測量から、先ほども御指摘のありましたように33年経過していること、そして地下ごうの崩落や落盤等を目視で確認することはできないことから、三沢地域のうち、梅が丘中心の地下ごうが安全であるとも危険であるとも断定できない状況であります。

 また、三沢地区の特殊地下ごうについては、過去2回の陥没事故が発生していることを踏まえ、今後の回答は、調査項目、ごうの危険度のうち物的危険度については、現在のところ特別な異常は認められないが、同様な地質のごうの状況から、将来、陥没あるいは落盤等が発生するか否か、だれも断言できないことを踏まえまして、現在のところ特別な異常は認められませんが、同様な地質のごうの状況から、将来、陥没あるいは落盤等、危険もあると予想されると回答をする予定でございます。

 以上でございます。

2003(平成15)年、東京都日野市で、民家が突然、大きく傾いて崩落寸前になる、という事件が起こった。(P195)

日野市の崩落事故は、過去2回あり、1996年と2002年である。

近くを走る中央自動車道に負けない立派な道路に、集まった市民はもちろん、日野市の職員も驚いたらしい。(P196)

ボーリング調査を行ったのだよ。山が崩落したら、目の前に地下壕があったわけではない。民家が突然傾いて、地盤が崩落したから、ボーリング調査で調べてみたら、中が空洞だったってわけだ。しかも、1972年に最初の調査を行っていて、地下壕の存在は確認されていた。でも、地下深いから崩落はないだろうと思っていたら、この崩落事故で浅い場所にもあることが分かった。

82 戦況の悪化で三多摩地方に軍関係の地下開発が拡大!

浅川の地下壕は有名だ。ただ、秋庭先生が妄想する地下道とは、かなりイメージが違う。むしろ、石炭の鉱山みたいなもんだろうか。八王子にはこういう地下壕がまだ残されていて、蓋だけ閉めて放置してあるところもある。全貌は調べてみないと分からない。

この地下壕の建設には、多くの朝鮮人労働者も従事したそうだ。

秋庭先生みたく、どっからどこまで直線で、みたいな幾何学的な地下道なら想像もつくが、実際には蟻の巣のような広がり方をしていて、実態が分からないこともあるそうだ。

今の高尾町から八王子市にかかるところ(P198)

しっかり地図読もうや。高尾町も八王子市だよ。

83 東京の地下鉄はなぜ、東京大空襲で市民を救えなかったのか

フランスの建築家、コルビュジエは、空襲から国民が逃れる手段として地下3階の地下鉄の建設を提案していた。(P199)

ル・コルビュジエは、空襲から逃れる手段としての地下鉄は提案していない。コルビュジエの都市計画では、コンクリートと鉄板の強固な建築物で爆撃から逃れ、爆風がビル1階の「ピロティー」を通り抜けるという防空を考えていた。それ自体、現実味があるかどうかは別にして、コルビュジエ自体、空襲をリアルに想像することができなかったようだ。

いずれにせよ、コルビュジエの防空は、地下ではなく、地上のものである。

もし扉を開けていれば、12万5000人といわれる死傷者の数を減らすことができたかもしれない。(P200)

秋庭本で腹が立つのは、こういうところだ。

秋庭先生、東京大空襲の実態をちゃんと分かった上で書いている?

東京大空襲で焼かれた地域は、東京東部のゼロメートル地帯だ。米軍は、わざわざ川にかかる橋を破壊して、逃げ場をなくした上で、焼夷弾で無防備の都民を焼き殺した。仮に現在ある地下鉄が戦前から存在していたとして、現在のゼロメートル地帯にいったいどれだけの地下鉄が走っている?

いったい10万人を超える死者のうち、何人が、その極秘地下鉄とやらに逃げ込めたと思う?

東京大空襲は、「防空」が役に立つような空襲だったか?

そりゃ、死傷者の数を少し減らすことはできたかもしれないよ。でも、膨大な犠牲者からすれば、何とむなしいものだっただろう。

霞ヶ関のサリン事件の扱い方もそうだが、あなたは、尊い命が奪われたという現実を、あまりにも他人事のように扱い、オカルト話に転化している。

結果的にそれは、当時の日本の戦争責任と、アメリカの無差別殺戮の責任を免罪していることにしかならないのだよ。

84 戦前につくられた地下鉄は銀座線だけではなかった!?

半径「182メートル88センチ1ミリ」のカーブがなぜ、半径400メートルのカーブと半径200メートルのカーブのあいだに挟まれているのか? 丸ノ内線が戦後つくられたものと考えていると、謎は解けない。(P201-202)

理由は簡単だ。200ヤードのカーブがある部分は、戦前に設計されたが、それ以外は戦後に設計されたということだ。

(関連サイト)

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コメント

空襲下も、健気に人々を運んだ、営団地下鉄、何であんなに悪し様に言われにゃならんのだろう?営業している第三軌条の地下鉄に、人を避難させるって、正気かいな?
ミュンスターの嘘について、編集上がりましたので、
http://www3.atwiki.jp/619metro/pages/125.html
しかし、人間って、美しく生きようとすると、何故あれほどに醜悪になるんだろう?フランス革命然り、ミュンスターの籠城って、食人まで起きたと思われる記述があったし。オランダ式築城は人々を守りませんでした。秋庭さんの嘘も醜悪に過ぎる。

投稿: 陸壱玖 | 2008年10月 9日 (木) 00時40分

こんにちは。

いつもながらお疲れさまですm(_ _)m

まあ、人間、ありのままが一番ちゃいますか。選民意識が入ると人は壊れますよ。秋庭さんほどの妄想家は、なかなかいませんけどね。

投稿: mori-chi | 2008年10月 9日 (木) 11時39分

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