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2008年10月 7日 (火)

地下のオカルト作家・秋庭俊先生『大東京の地下400年 99の謎』(二見文庫)を読む5

東京を歩くと、起伏に富んだ地形に驚くことがある。

以前、終戦直後に皇居の側から国会議事堂を写した写真を見て、国会議事堂が高い丘の上にあることが分かって、驚いた。戦後、東京には高々と高層ビルが建ち並んだので、すでに生の地形が分からなくなってしまったが、すべてを焼き払ったあとにある山あり、他にありの地形は、見ているだけで楽しくなる。

だから、地下のオカルト作家・秋庭俊先生の著作を読んでいると、もったいない発想をしているなあと思うことがあるのだ。

『大東京の地下400年 99の謎』(二見文庫)

今夜も、いってみよー。

67 「街路」建設以前に、新宿西口に地下道があった?

戦前の地下鉄建設計画で、現在の丸ノ内線西新宿駅付近を起点としていることが分かるルートは、一つもない。「淀橋」という地名だけで秋庭先生が勝手に推測しているだけだ。ところで、西口にあるヨドバシカメラは、地下鉄の起点ではないのか?いや、そうに違いない(笑)

1927(昭和2)年、新宿の淀橋浄水場から九段まで地下43メートルのところに水道管を収めた「共同溝」がつくられている。(P163)

新宿と九段の間には、秋庭先生お得意の極秘地下道がたくさんある。1つは、都営新宿線、2つ目は共同溝、3つ目は街路2号。もう、たくさんあって、いやはや、同じルートに極秘地下道が3つ。へたすると、極秘の地下鉄新宿線なんてのも加わるかもしれない。大変だね、陸軍さんも。

もしかして、江戸時代に水源から江戸の町へ水を送っていた地下給水道がここにあったのだろうか? ここは玉川上水のルートに近いし、神田川も遠くない。(P164)

江戸時代に水源から江戸の町へ水を送っていたのは、玉川上水である。それ以外に上水など存在しない。千川上水は玉川上水からの分水だしね。玉川上水は、四谷大木戸から市中へは、地下の給水管を通して水を給水していた。西新宿とは何の関係もない。

68 市民には使わせない「街路」の建設費用をなぜ市民が負担するのか?

ビアード博士の提言がマスコミに取り上げられたことは、当時、公にされていなかったが、「街路」は地下道の意味で使われていることが、国民の限られた層には認知もされていたことを示していて、私の興味をそそった。(P164)

意味不明。マスコミに取り上げられたのに、「公にされていなかった」というのは、なんのこっちゃ。取り上げられたマスコミってのは、パスワードがないと見られないのか。「国民の限られた層には認知もされていた」というのも、さらに意味不明。当時の新聞は、「限られた層」にしか届かなかったのか?

ちょっと待て、大本営発表ってのは、いったい誰が何を通して、国民に伝えたの?戦後新聞が、国民を戦争にかり出したと批判されたのは、何故?誰でも普通に読めた新聞が、戦争を煽ったからでしょ。

ビーアド博士は、極秘地下道とは関係ないってエントリー

69 国会議事堂に似た上野公園の「博物館動物園駅」の謎

たぶん、ただの都市伝説として語られるなら、おもしろいと思っただろう。自称ジャーナリストが語るから、腹が立つ。

70 新橋で早川と五島がぶつかった「地下鉄騒動」の真相とは?

次は新橋から高輪へ工事を進めるところだったが、すでに述べたように千住大橋と品川を一直線に結ぶ「街路」が前に立ちはだかった。(P168)

仮に早川が、「街路」と交差できなくて、地下鉄を新橋から先に建設できなかったとしよう。ならば、五島も、渋谷からの地下鉄を新橋まで延ばすことができない。実際には五島は正々堂々と新橋に地下鉄を延ばしているから、この仮説は間違っている。

ちなみに、早川は最初から現在のルートを通って、高輪まで地下鉄を通すつもりでいた。新橋から先は、五島の東京高速鉄道があろうとなかろうと、虎ノ門方面へと進み、途中で左に曲がる。すると、途中、五島の東京高速鉄道とは、上下2段の複々線となる。

71 国会議事堂の地下には秘密の地下施設があった!

なかった!

国会議事堂の地下は、最初は計画されていなかったらしいというエントリー

72 地下は地図も工事も、敵国だけでなく国民にも隠された!

 丸の内では井戸連絡工事が行われた、と『日本防空史』に書かれている。すでに丸の内ではたくさんのビルが建っていたが、ビルにはなぜか井戸が残されていたらしい。その井戸をつなげて井戸水を供給する工事が「井戸連絡」と呼ばれた。
 三井合名、正金銀行、日本銀行を結ぶものと、丸ビル、郵船ビル、三菱本社、八重洲ビル、中央郵便局、三菱銀行、明治生命ビルを結ぶものがあったという。しかし、防空上必要と認められて工事が行われたせいか、ルートの詳細は明らかではない。(P174)

「明らかではない」ではなく、「『日本防空史』には書いていなかった」でしょ。そうやって、いかにも政府が隠しているような印象操作をすべきでない。

このネタは、珍しく初登場なので、原典から引用したい。

『日本防空史』からである。

井戸連絡工事は、東京で9箇所実施された。その1つは三井合名・正金銀行・日本銀行間に。その2つは、丸ビル・郵船ビル・三菱本館・八重洲ビル・中央郵便局・三菱銀行・明治生命ビル間のもので、井戸ポンプを相互に、250mm管で相互連絡した。(P122)

秋庭先生のバイブルでも、25センチと言っているんだが。

ところで、

終戦後、陸軍によって戦前につくられた地図はすべて焼却されてしまうが、(P175)

これは、秋庭先生が一貫して主張していることだ。これは本当なのか?

そもそも、秋庭先生自身が、戦前の地図を使って地図を書いているのに、すべて焼却したというのは無理があるように思える。

『「地圖」が語る日本の歴史』(菊池正浩著、暁印書館)

この本は、陸地測量部が地理調査所へと変わる裏話や、GHQと地形図の原盤との関係とか、秋庭本を読んだ人なら、一度は目にしてみたい内容なのだ。

そこに、こんな資料が掲載されていた。

軍事機密

大本營陸軍部 参密貮号第六貮六

陸軍秘密書類焼却に關する件

昭和二十年八月十五日 参謀總長

陸軍秘密書類其ノ他重要ト認ムル書類(原簿共)ハ各保管者ニ於テ焼却セシムヘシ但シ最后迄暗號電報ヲ發受シ得ル如ク措置シアルヲ要ス焼却報告ハ不要ナリ

1945年8月15日、玉音放送終了後、一斉に焼却するよう命令されていたという。当時の大本営参謀で、陸軍少佐の渡辺正氏は、それに異を唱えた。

渡辺氏は、直属の上司である参謀本部第二部長、情報担当の有末精三中将に、「極秘文書やある程度の地図類はともかく、将来必要なる貴重な地図まで焼却する必要はないと思います」と進言した。

焼却命令に従い、当時松本にあった陸地測量部では、三日三晩、徹夜で地図の焼却作業が行われていたが、8月19日に焼却作業の変更命令が通達された。この変更命令は、対象機関ごとに処理物件、方法などが詳細に記されており、残すべきものは残すという内容だった。

陸地測量部の製図業務担当課では、原版から最初に刷った「初版」だけは通達(8月15日付)に従わず、従来からの保管方法を貫き秘匿していたという。

この本は、陸地測量部の廃止と地理調査所の誕生、五万分の一地形図の原版は何故GHQに接収されなかったのかなど、興味深い内容だ。

機会があれば、もっと紹介してみたい。

73 幻の「地下鉄新宿線」が完成していた数々の証拠を発見!

証拠なんて1つもない。すべて秋庭先生が、自分の推測と現代の施設や地下鉄を照らし合わせて、合致するものをあげているだけだ。

74 帝都棒絵の地下計画を描いた「内田ブラン」とは?

内田自ら、大同で実施されたものではない、としている。(P178)

内田がそう述べた事実はない。内田は、一部が大同で実際に実施されたと講演で述べているだけだ。

内田祥三の「大同の都市計画」について

75 東京の地下には、謎の「正八角形」が隠れている!

ほら、最初は五角形だったのに、いつの間にか角が3つも増えちゃったでしょ。

五角形ってどうでも良かったんだよ。

76 幻の「紀元2600年記念地下道」は実在していた!?

地下道は建設されなかった。

資材と財源の不足のため建設されずに中止となっている。

77 戦時体制下、赤坂見附駅につくられた秘密地下施設とは?

ん?

秘密地下施設について書いていないんですが・・・。

78 当時最大の国家機密だった皇居大本営の防空壕とは?

完成した「大本営会議室」は地下にあった。(P190)

どんな地下だったのか、『日本防空史』が書いている。

除土量約4000立方メートル(地主山の北側山脚を斜面に削り、平地を深さ1.5メートル掘削、両側通路各長さ22メートル分)栗割地形約600立方メートル、コンクリート量約3300立方メートル、鉄筋約180トン、木材約80立方メートル、積土約4000立方メートル、間知石積約90平方メートルの作業量であった。(P339)

ちょっと、オカルトには電波弱すぎだよね。

(関連サイト)

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コメント

東京が如何に起伏に富んだ街だったか?
昔毎日渋谷警察署の前を通り、天井桟敷の横や、金玉じゃなかった金王神社の横を通って学校に通っていた不良高校生には身に沁みて解っていたはずですが、昨年の江戸勤番で、都心も上野広小路から本郷三丁目に上がる坂とか、あっちこっち自転車で走り回って、新たに実感しましたっけ。
ところで、私が大っ嫌いな、新潮社が日本鉄道旅行地図帳ってぇのを出しているんですが。今発売の5号が東京編で、「地下鉄立体透視地図」とか、土被り表示(粗いT.P.線表示あり)ですが、「地下鉄縦断面図」を載せていて、真面目なつくりで、なかなか面白い。あの、盗用だらけの地下妄文庫本を出した新潮社がですよ。自分等で書いてみたら、秋庭式地下妄全部嘘って気付かないはずが無いと思うんだが。文庫出て久しいから、昔のことはわーすれたかな?

投稿: 陸壱玖 | 2008年10月 8日 (水) 01時08分

おはようございます。

新潮社って、学校や会社によくいる「立ち直りの早いやつ」なんでしょうね(^_^;)

まったいらだった京都や名古屋に住んでいたことがあるので、東京の起伏はなかなか楽しいですよ。

投稿: mori-chi | 2008年10月 8日 (水) 09時12分

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