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2008年10月 5日 (日)

地下のオカルト作家・秋庭俊先生『大東京の地下400年 99の謎』(二見文庫)を読む3

前半戦、ずーっと五角形探しに必死になっていた秋庭先生だが、後半に入ると、五角形のことなどすっかり忘れて、我に返っている。

東京の地下について書いていたのに、いつの間にか地図の上に定規をあてて五角形を当てはめていただけだったのだから、ここまで書いてきても、五角形をつなぐ点と線以外に、何一つ分かっていないという痛い現実に、そろそろ気づいているはずだろう。

後半に入ると、急にこれまでの秋庭節が復活してくるが、逆にそれは古本の焼き直しという印象を強くさせてしまう。

地下のオカルト作家・秋庭俊先生、いよいよ本領発揮か?

『大東京の地下400年 99の謎』

後半戦、いってみよう。

43 1903年(明治36)年、「極秘地下鉄」が日比谷を走った?

当時は、認可を受けたルートに路面電車を走らせようと地下鉄を走らせようと申請した者の自由だった。2つの鉄道を走らせることもできた。私は、東京で初めて地下鉄の線路が敷かれたのは、1903年開通の日比谷公園−数寄屋橋だ、としたいと思う。(P109)

では、実際に認可を受けたルートを、2通りに建設した路線が、他にあっただろうか。そもそも、極秘地下鉄を走らせるのに、何故わざわざ地上の路面電車の認可が必要なのか。極秘の免許を与えて、極秘に地下鉄をつくればいいではないか。

しかも、皇室関係者専用の地下鉄が、日比谷公園と数寄屋橋の間という、およそ皇室とは関係ないルートだったというのは、むしろ利光が笑い物にされたのではなかろうか。

てか、地下鉄なんぞ使わなくとも、自動車でも馬車でも使えば良い。

虎ノ門事件は、地上で起きたのだよ。

あ、そっか、秋庭先生はそれも地下で起きたと思ってたんだっけ?

44 ドイツ軍の首都空襲が東京に地下鉄を促した!

だが、「市区改正」と同じように、10年経っても1本の地下鉄路線も敷設されなかった。(P111)

本の趣旨と逆のこと言っているだけど…(笑)

45 80年以上前、世界を驚かせた3層構造の地下鉄駅プランとは?

20世紀屈指の建築家といわれるフランス人、コルビュジエは、1922(大正11)年、「現代都市」といわれる都市計画プランの『輝くパリ』という作品を発表して、その名を世界に知られることになる。(P111)

コルビュジエの都市計画には、「現代都市」も『輝くパリ』も存在しない。すべて秋庭先生のねつ造である。

ル・コルビュジエは、1922年に「300万人のための現代都市」を発表する。これには、『輝くパリ』という原題は存在していない。

不思議なのは、地下鉄駅プランに触れていない『都市計画の方法』という作品が、なぜか日本では『輝くパリ』という題名で出版されている。(P113)

アマゾンで「輝くパリ」と検索してみてほしい。

ないよね。

秋庭先生が確信犯として歴史をねつ造していることは、この本を読めば分かる。本人しか知り得ない事実がある。

238ページの「参考文献一覧」である。

「都市計画ほか」の一覧をご覧いただきたい。

ル・コルビュジエ(板倉準三訳)『輝く都市』丸善 1956/ル・コルビュジエ(板倉準三訳)鹿島研究所 1968

『輝く都市』は、原題を『都市計画の方法』という。日本では、『輝く都市』の邦訳は存在しない。ちなみに『輝く都市』が本として出版されたのは、1935年である。

題名がすり替えられた理由はわからない。(P113)

お前がすり替えてどうする。

コルビュジエのプランが東京で実行されたら地下の国家機密が白日の下に晒されるのではないか? と、誰かが恐れたのだろうか。(P113)

秋庭先生のねつ造がブログで暴露されたら、「隠された地下網」が大嘘だということが白日の下に晒されるのではないか? と、誰かが恐れたのだろうか。

46 地下鉄建設計画をめぐる私鉄と東京市の暗闘の謎

「暗闘」していたわけではなく、堂々と戦っていた。

47 薩長支配を終わらせた平民宰相・原敬の地下鉄計画とは?

で、極秘地下鉄は?

原敬は、私鉄4社に東京市内外交通委員会の計画にあったルートを分配することで、以前から「強度に問題あり」と地下道と地下鉄の交差を認めていなかった内務省の方針を貫き、地下鉄を走らせたい私鉄には認可を与えて彼らの利益を確保したのだ。(P118)

まったく意味が分からない。「地下道」とは、どこからどこまでの地下道なのか。極秘なのか、知られているのか。文脈から極秘なのではないかと推察できるが。交差を認めていなかった内務省の方針は、どう貫かれているのか。ルートを分配することとどういう関係があるのか。私鉄に地下鉄の認可を与えて、強度に問題のある地下道は大丈夫なのか。

せめて、意味が分かるように書いてはくれまいか。

48 地下鉄建設申請ラッシュの裏に「軍管理の地下道払い下げ」あり!?

明治政府による既存の地下道、地下トンネルの払い下げ、民間放出があったのではないだろうか。(P119)

つまり、秋庭先生は、新たなトンネルを掘ったら金がかかるから、私鉄に極秘トンネルを払い下げれば安くすむ、という仮説を立てたわけだ。

これは、項目の47とは矛盾しているでしょ。明治政府の極秘地下道と、私鉄の申請した地下鉄が重なるから、原敬がルートを分配したという話しだったよね。48になると、そうではなくて、原敬が分配したルートは、明治政府の極秘地下道だったというストーリーでしょ。

ところで、「五角形」の地下道(抜け穴?)はどこへ消えたの?

49 利光送電図の謎−海軍省の中庭に地下鉄ターミナル!

「ターミナル」っていうのは、いろんな地下鉄が集まることでしょ。この送電図をいくら眺めても、路線は1本しかなくて、単に海軍省の地下に駅があるとしか見えないが。

内容はほとんど決着がついているものばかりなので、例によってここあたりを探すと、嘘でたらめとわかる。

50 四方八方に地下道がつくられた国会議事堂の地下の謎

その詮索はともかくとして、(P125)

詮索しないなら、書くなよ。

驚いたことに、国会議事堂は「施工者不詳」とされている。(P124)

そんな事実はない。

戦前の「帝国議会議事堂建築報告書」には、国会議事堂の左右に地下駐車場が建設されたことが書かれている。(P124)

そんなことは書かれていない。

【秋庭系東京地下物語'07《秘密》】国会議事堂の「隠された地下」の謎・その2

わからないのが右上に向かうルートで、まっすぐ延長すると、上野公園から千住大橋(今の日比谷線のルート)につながっている。(P125)

極秘地下網の設計図であるはずの中村順平の「東京近郊」を見ると、それ自体に書かれていない極秘地下道が見えるという主張である。極秘の地下網を知る者にさえ極秘の地下道だったのだろうか。

51 天皇の名を冠した新道路に託した後藤新平の「地下」への思いとは?

「大正通り」は、両国と新宿をまっすぐに結ぶはずだったが、市ヶ谷の外濠がネックとなり、計画の東部分、九段にある靖国神社から両国までの直線道路が敷設されて「靖国通り」と名づけられた。(P130)

両国から新宿まで直線の道路は、計画されたことがない。帝都復興事業では最初から、市ヶ谷から両国までの道路を計画されており、その通り建設された。

東京の地下を握っていた陸軍が道路建設を許さなかったことは確かだ。(P130)

陸軍は、帝都復興計画に口を出す暇はなかったし、権限もなかった。

完成した明治通りにも昭和通りにも、陸軍が密かに計画していた地下道のルートがあり、これを知った後藤が、意図的に道路を敷いたのではないだろうか。(P130)

これまでの秋庭先生のストーリーが変わっている。後藤は、これまでの地下道を分断する道路計画を発表したから、議会から反発されたと書いていたが、ここでは後藤が敷いた道路に地下には、陸軍の地下道があったというストーリーに置き換わっている。

後藤新平の帝都復興が立案され、計画になるまでの経過

52 建築家・中村順平が国の都市計画案を非難した理由とは?

ここでも同じく、『輝くパリ』という作品は存在しない。

53 批判者・中村の地下計画案が、なぜ帝都復興に採用されたのか?

中村順平の『東京の都市計画を如何にすべき乎』は、第三節でコルビュジエの『輝くパリ』を紹介したあと、第四節で『輝くパリ』を東京に導入した地下計画が示されている。(P132)

『東京の都市計画を如何にすべき乎』では、ル・コルビュジエの「300万人のための現代都市」が紹介されている。第四節では、コルビュジエの都市計画を参考にした復興計画を解説している。この復興計画では、幹線道路の地下に地下鉄を通すことが構想された。

この地図の作成には陸軍測量部、航空部、内務省が参加している。(P134)

そんな事実はない。秋庭先生のねつ造である。

ここで、多くの人が疑問に感じるのは、第一節、第二節で明治政府、内務省を厳しく批判していた中村の計画が、なぜ「帝都復興」事業の計画図に採用されたのか、ということではないだろうか。(P134)

そんな事実はない。中村の復興計画は、政府に黙殺されている。

第四節は地下計画だ。(P134)

第四節は、地下計画ではない。地上のことが大半である。

この計画の立体模型写真がある。(P134)

133ページの「鳥瞰図」は、写真ではなく、絵である。

【秋庭系東京地下物語'07《隠蔽》】(第3話)隠された中村順平「東京近郊」の秘密・前編
【秋庭系東京地下物語'07《隠蔽》】(第4話)隠された中村順平「東京近郊」の秘密・後編
中村順平『東京の都市計画を如何にすべき乎』の本物を手に取る快感

この辺をお読みになると、秋庭先生が嘘つきだと分かる。

54 シールド工法の導入で、帝都の地下はどう変わった?

東京都都市整備局がまとめた『東京の都市計画の変遷』では、「都心・下町の市街地を一新するものであった」としている。しかし、すでに述べてきたような地下の再設計についてはまったく触れていない。(P137)

そりゃそうだ(笑)だって、秋庭先生は極秘に地下の再設計を行ったと主張しているんでしょ?そんなこと、インターネットで大々的に発表したら、極秘じゃないし、秋庭先生が本を書く理由がなくなっちゃうでしょ。

バランスを欠いているようだが(P137)

何のバランスだよ(笑)

今、銀座線の銀座駅の下には日比谷線の銀座駅がある。私は、日比谷線の銀座駅は深さからいっても、築地と新宿をつなぐ「地下鉄新宿線」のルートにあることからも、震災以降にシールド工法でつくられたものだと考えている。(P138)

はあっ?秋庭先生、シールド工法って何か分かっている?

どこの世界のシールド工法が、トンネルを真四角に掘削できるんだよ。副都心線もびっくりだよ。

55 帝都復興の「改良工事」も実は、国家機密の地下道建設工事だった?

もう、あちこち地下道だらけで、東京市はいったい、いつ本物の道路や下水の工事をしていたんだろうか。

ある市議が「下谷の下水工事」について質問している内容を紹介しよう。(P139)

その通り。下水工事なんだよ。

この議論の裏側には、またまた地下道の工事が隠れているのだ。(P140)

だから、何故、裏側が見えたのかが知りたいんだよ。読者もオイラも。このレベルで地下道だと言われてしまうと、東京中のあらゆる下水工事の苦情は、1つ残らず地下道にされてしまう。結局、どこに真実があるか分からなくなるんだよ。

56 「帝都復興」の美名に隠された極秘地下鉄建設工事の影

何故、今回だけ「有意義」な事業を行った「今の文京区にあった名門私立学校」の名前を隠しているのだろうか。

『帝都東京・隠された地下網の秘密2』では、京華学園だとハッキリ述べている。

現在も存在していて、もちろん、名門である。

京華学園

戦後、この学校の地下には大きな講堂がつくられたそうだ。(P142)

ホームページにある講堂の写真を見る限り、ちゃんと窓があって日光が差し込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。そもそも、男子部、女子部、商業高校のあるのだから、いったいどこの地下なのか。

57 私鉄3社から地下鉄認可を奪った東京市の地下戦略とは?

で、極秘地下鉄の話はどこへ?

58 東京市が考えた「東京地下再設計計画」に秘められた謎?

1924年7月25日に東京市が認可を申請した6路線は、以下のページに掲載している。

東京市が認可を申請した6路線、ありのまま

どうだろうか。

1つずつ検証しよう。

まずは、第一線から。

起 點  京橋區築地四丁目

經過地  京橋區水谷町、日本橋區住吉町、淺草橋、吾妻橋西詰、淺草驛

終 點  府下吾嬬町

線路延長 五哩六

「申請には、4カ所の住所が書かれている」とあるが、こんなにたくさん書かれている。従って、秋庭先生の直線は破綻している。

第二線

起 點  府下平塚村

經過地  五反田驛前、伊皿子、三田、赤羽橋、新橋驛前、尾張町、日本橋、和泉橋、上野驛前、千住大橋

終 點  府下千住町荒川放水路邊

線路延長 十一哩六

実際の申請を見ると、かなりイメージが変わるでしょ。起点は、戸越ではなく、平塚村になっている。

第三線

起 點  府下目黒町

經過地  惠比壽驛前、廣尾橋、麻布區六本木、虎ノ門、日比谷公園、東京驛前、神田區須田町、本郷區本郷三丁目、巣鴨驛前

終 點  府下板橋町

線路延長 十一哩三

「日比谷公園を斜めに横切っている」とあるが、これを見ても、斜めかどうか分からない。ただ、戦後作成した建設史にそう書いてあるだけ。

第四線

起 點  府下澁谷町

經過地  青山六丁目、赤坂見附、櫻田門外、日比谷公園、築地

終 點  京橋區月島

線路延長 五哩五

「高樹町」とは、どこにも書いていない。

第五線

起 點  府下淀橋町

經過地  永住町、市ヶ谷見附、五番町、東京驛前、永代橋、洲崎

終 點  府下砂町

線路延長 七哩六

これも、皇居の下を通っているかどうかは分からない。戦後の建設史は、皇居の下を通っているように表現している。オイラは、皇居の下を通っておらず、回り込むと推測している。

第六線

起 點  府下西巣鴨町

經過地  池袋驛前、女子大學前、江戸川橋、飯田橋、九段坂下、大手町、日本橋、人形町、新大橋、菊川町

終 點  府下大島町

線路延長 八哩三 線路延長合計四十九哩九

「未供与」という言葉は、使い方を間違えている。丸ノ内線も有楽町線も、「未供与」の支線は存在しない。

間違えてはならないが、この6路線は、認可されていない。従って、建設できない。

秋庭先生の悪い癖は、原典に当たろうとしないってことだ。いや、これに関して言えば、原典を知っていながら、見て見ぬふりをしている節がある。最初に「建設史」で発見して、すぐに原典を見つけたものの、それではネタにならないと悟り、見なかったことにしているのではないだろうか。

日付が変わる前に、とりあえずここまで。

(関連サイト)

地下のオカルト作家・秋庭俊先生『大東京の地下400年 99の謎』(二見文庫)を読む

       

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