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2008年1月24日 (木)

地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生が『不思議ナックルズ』最新号で新年の決意表明「もっと頑張らないと『口裂け女』と一緒にされちゃう!」

コメント欄で教えていただいた『不思議ナックルズvol.13』(ミリオン出版)を読んだ。

最初は秋庭先生を冷やかしておこうと思っていたのだが、実際に秋庭先生のインタビューを読んでみて、ちょっと考えが変わった。

インタビューをしたのは、大泉実成さんというノンフィクションライターである。

『不思議ナックルズ』というのは、「不思議」という言葉の通り、心霊だの陰謀だの都市伝説だのと、「ネタ」をもっともらしくまとめた雑誌である。信憑性など微塵もない。

そこに大泉さんのようなライターが登場することが、まず異色だと思った。著名とまで言っていいか分からないが、無名の若手ライターとは一線を画した人物であることは間違いない。

掲載している雑誌が『不思議ナックルズ』だから、雑紙の性格に合わせたデフォルメを行っているものの、その目は冷静だ。

確かに秋庭俊という人物に対する誤解は多々あるが、これまでの無名ライターたちとは違い、決して秋庭ネタを安易に垂れ流すことをしていない。

そして、インタビューで迫ったのは、地下の真実ではなく、秋庭俊の「父親」としての日常である。

「秋庭俊〈職業=ジャーナリスト〉の孤高なる戦いの日々 インタビュー・ルポ “異能者”たちの日常」

誕生年の誤植は、ご愛敬だろうか。

ひと味違うなと思った。

まずもって、大泉さんは、秋庭先生の仮説をほとんど信用していないのではないかと疑う記述が散見された。

膨大なる資料との格闘から産み出される大胆な仮説

ジャーナリストは資料とは格闘しない。人間と格闘する。図書館に籠もってノンフィクションが書けるなら、誰も苦労しない。だが、この言葉自体、大泉さんが冷静に秋庭先生を見つめた正直な感想が籠められている。

こうした壮大な仮説を繰り広げるためには、巨大な妄想力が必要

この一文には圧巻だ。要は、こんな仮説はかなりの妄想する力がないと書けないと言っているわけで、秋庭本の信憑性を否定しているようなものだ。

大泉さんは、友人から、どんなトンデモ本にも、どんなにバカにされようと主張せずにはいられない何かがあるのだ、それを「トンデモ本のまごころ」と呼んでいることを聞いて、「とても人間らしい」と感じる。

ここでも大泉さんは、秋庭本が「トンデモ本」であることを否定しない。

彼の秋庭先生に対する興味は、地下の真実ではなく、「まごころ」に動いた。

インタビューは、地下に何があるのかをほとんど触れず、秋庭先生の「生活史」に迫る。

秋庭先生の祖父が橋本徹馬だったこと、父親が朝日新聞で取締役まで上り詰めた人だったこと、地下ネタの起源は父親からの伝聞だったことがインタビューで明らかになる。

そして、秋庭先生がテレビ朝日に入り、報道の世界に身を投じて、戦地で数々の成果をあげてきたことも語られる。テレビ朝日をやめなければならなくなった例の事件には触れていないが、秋庭先生が栄光の時代を持ちながら、今も地下ネタに没頭する理由を聞く。

秋庭先生は、こう語る。

今は地下の話は僕しかやっていないんで、ある程度までやらないと。ほんとに、いろんな都市伝説と一緒にされちゃう。口裂け女と一緒にされちゃうんですよ。

いや、オイラは口裂け女と一緒にしているんだけどね(笑)

そして、秋庭先生のこれまでの活動を覆すような決定的な言葉を吐かせるのだ。

次は東京全体の地下網の話なんで、たくさん跳ばないといけない。そうなってくるとノンフィクションというのは外さないといけないと思っている部分もあるんですね

驚愕の台詞。

ついに秋庭先生は、「ノンフィクション」の看板を外そうとしているのだ。

では、今までの著作は、いったい何だったのか。ミクロの視点ではノンフィクションだが、マクロの視点になるとフィクションになるというのは、どういう整合性があるというのか。

もともと、秋庭本は、フィクションでしかなかったのでは?

大泉さんは、掲載紙の性格をしっかりとつかみつつ、さりげなくするどい迫り方をしている。

この日も秋庭は地下に対する自分の持論をとうとうと述べた。そしてある時「結局みんな信じていないんですよ、面白がるだけで」と吐き捨てた。そこには、何か、いたたまれないような孤独感があった。

とうとうと述べた持論は、結局ほとんど紙面には反映されていない。大泉さんでさえ、結局信じていないのだ。面白がっているだけで。

極めて冷静に秋庭先生の素顔に迫っている大泉さんだが、秋庭本に対する誤解があると思うので、指摘しておきたい。

もちろん、このような性質の本だから、一部の専門家やオタクからは批判を浴びた。仮説に対する批判であるから、あってしかるべきであり、そこに議論が深まればいい。

これが大きな誤解である。オイラは今日で秋庭本検証を初めて、きっかり2年になる。でも、オイラは決して専門家でもなければオタクでもない。もちろんジャーナリストでもなければ、ルポライターでもない。

仮説に対して批判するつもりは毛頭ない。

もちろん彼の仮説は荒唐無稽だ。でも、荒唐無稽な仮説など、科学者の誰もがやっている。学会で批判もされて、消える学説も、鍛えられる学説もある。

オイラが秋庭本を批判するのは、仮説が荒唐無稽だからではなく、秋庭先生のジャーナリストとしての姿勢であり、良識である。

他人の著作を丸写しして自分が取材したかのようなふりをする。

故人の人格をねじ曲げて、勝手に地下のキーマンに仕立て上げる。

間違いに気づいていながら、読者にそれを隠蔽し、仮説を捏造する。

著作権を無視する。

・・・あげればキリがないが、言論人として当然果たすべき責務を放棄し、良識を投げ捨て、オカルトに走る。これは、「論理が飛躍している」というレベルで語られるほど善良なものではない。

論理が飛躍することなど、検証する対象が大きければ大きいほど、ありうることだ。

そのくらいの夢は許されていい。

でも、秋庭本は違う。

故人の人格をねじ曲げ、地下の真実を読者には隠蔽し、何も知らないくせに自らを地下の権威と持ち上げ、平気で他人の著作を丸写しする。

「異能者」とは、普通の人が持っていない能力を持つ人を意味する。

「異能者」というレッテルも、大泉さんの誤解だ。

秋庭本は、東京都立中央図書館と国立国会図書館を使える人なら、誰もが書くことができる、ハードルが低い書物だ。「アンタッチャブルな知識の集積」なんてなくても、数ヶ月くらい都立中央図書館の東京室で探検すれば、誰でもたどり着ける妄想だ。

秋庭先生は、地下ネタという新たなジャンルに「ジャーナリスト」という看板を掲げて食い込んだという点では、運が良かったと思う。

それは、彼の「異能者」としての素質とは関係ない。

大泉さん、たぶん分かっているんじゃないかな。

「理解者」を演ずるのも、インタビュアーという「異能者」の役割だからね。

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コメント

>もちろん、このような性質の本だから、一部の専門家やオタク
>からは批判を浴びた。仮説に対する批判であるから、あって
>しかるべきであり、そこに議論が深まればいい。

この点について、mori-chiさんの見解にまったく同感です。
だって、秋庭さんの場合、議論のアウフヘーベンのし・よ・う・が無いんだもん。

しかもこれには、前段がありますよね。

>現実検討とのバランスはぎりぎりのところで保たれており、
>それがこの本を名著にしている、と思った。

ここは、大泉氏の「と思った。」のみ汲むべきなんだろうか?

ところで、99頁右上の、あの多稜郭臭い地図とも図面ともつかないものは何なんだろう。多稜郭にしちゃあセオリー無視なんだけど。とヲタクとしては思った。

投稿: 陸壱玖 | 2008年1月25日 (金) 01時11分

おはようございます(^-^)/

優秀な人、正義感が強い人ほど秋庭本にハマりやすい、大泉さんが典型的だったということでしょうね。半信半疑だが、ありうる話だと思っている。

秋庭先生、着々と次回作の準備をしているようですね。資料から推察するに、まだ「五角形の築城理論」にこだわってらっしゃるらしい(笑)

投稿: mori-chi | 2008年1月25日 (金) 07時20分

はじめましてm(._.)m

つい最近からですが、そらめく日々を拝読している者です・「例の事件」と書かれていたので、気になり、調べてみました

へへぇ〜、秋庭先生は刑事事件を起こしてたんですね・無知だった...

投稿: とんとん | 2011年2月19日 (土) 21時05分

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