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2007年10月 2日 (火)

秋庭俊先生渾身のオカルト小説『大東京の地下鉄道99の謎』(二見文庫)を読む・その2

大きな地震だったように思えた。1日の未明に強い横揺れで目を覚ました。これは震度3か4くらいだろうと思った。その後、weathernewsの地震メールが届いたら、

箱根湯本で震度5強

では、この辺は?

震度2

??????

計測値と体感の違い。実は体感のほうが正しいこともある。科学って割り切れるものじゃないんだ。

そんな話はおいといて、秋庭先生のオカルト小説を検証する第2弾である。

PART3 東京メトロ「丸ノ内線」の地下の謎

21 〈中野富士見町駅〉本線ではなく支線のこの駅に車庫があるのは、なぜ?

・・ってタイトルがあるのに、結局何故なのか書いていない(笑)

オイラが説明しよう。

中野富士見町の車庫用地は、昭和19年に中野土地区画整理の組合地を買収したものだ。この辺は、古くから神田川が氾濫して、被害を受けていたため神田川の改修などの土地区画整理事業を行っていた。当時の営団は、戦時中に現在の丸ノ内線の建設に着手したけれど戦況の悪化もあって途中で工事は中止した。そのときの遺産が、この車庫用地である。

戦前はまだ荻窪線の計画も、方南町までの延伸計画もなかったのだ。

22 〈中野新橋駅〉神田川の「水音」が聞こえるって、ホント?

秋庭先生は、水音を聞いて気持ちがなごんだそうな。

オイラなら驚いて、乗務員に通報する。

だってトンネルやん。

23 〈新中野駅〉中野坂上の東と西でトンネルが変わるのは、なぜ?

オイラには同じトンネルに見えるが・・・。

ところでGHQの地図をどう見れば、「広軌」と分かるのか。少なくともオイラにはGHQの地図をいくらにらんでも線路の幅が広いのか狭いのか分からないが。この地図には凡例などないのに、何故か秋庭先生は勝手に記号を解釈している。

それとも秋庭先生の妄想?

24 〈中野坂上駅〉中野坂上には、かつて地下ロータリーがあった?

白井さんに迷惑かかってない?

大丈夫?

白井幹夫商店

25 〈西新宿駅〉丸ノ内線40年ぶりの新駅だが、実は昔からあった!?

丸ノ内線を長く利用しているという中野区に住む高齢者に聞いてみると、「駅ができるずっと以前から見たことがあるよ」という人がたくさんいた。電車の窓ガラスの向こうに駅の姿がぼんやり見えたそうだ。(P67)

この文章、破綻していることがお分かりだろうか。

「高齢者に聞いてみると」・・・「という人がたくさんいた」

つなげると、駅ができるずっと前から西新宿駅があったと答えた高齢者がたくさんいたということになる。意味不明である。何故に高齢者にばかり聞いたのか。

ちなみにオイラは、かなり昔から丸ノ内線を仕事で利用していて、西新宿駅ができた当時から同駅を利用している。西新宿駅ができる以前は、ここは暗いトンネルが延々と続いていた。駅ができると知って、必死にトンネルの中を見つめてみたが、さっぱり見えなかった。ある日、そのトンネルに一部分だけ白いシートがかかっているところがあるのに気づいた。明らかにこれまでと違うものがそこにあった。そのうち駅の開業が近づくと、白いシートははがされ、そこには駅のホームが現れた。もちろんまだコンクリートがうちっぱなしである。それを見て、おおっ、いよいよ駅ができるんだと実感して感動した。

その駅を開業当日から利用した。真新しい駅は、まさにオープンしたばかりの独特の臭いがして、新駅に足を踏み入れたことに密かに興奮していたのを覚えている。

26 〈新宿駅〉戦前の新宿西口地下鉄ターミナルを改造?

この辺の話は、下記のwikiをご覧いただくと明解である。

地下妄の手記(市電地下鉄ってなんじゃって記事)

地下妄の手記(東京日日新聞ってなんじゃって記事)

秋庭本の新宿近辺の妄想は、上記のサイトでほぼ解説しつくされているので、こっちと合わせてご覧あれ(笑)

27 〈新宿三丁目駅〉丸ノ内線開通式が途中駅の「新宿三丁目駅」で行われた謎

これって、詳しく知らないけど、たぶん当時の新宿駅はまだ仮駅で完成していなかったからだと思うよ。

ちなみに「停車場」とは転轍機のある駅のこと、「停留場」とは転轍機のない駅のこと。「新宿三丁目停車場」が「新宿三丁目停留場」に変更となったんなら、それは転轍機がなくなっただけのこと。

28 〈新宿御苑前駅〉上りと下りのホームが、大きくズレている秘密

ずれていることがどうしてこんなに大問題なのかオイラには分からない。

新宿プリンスホテルの地下駐車場も、アドホックの地下駐車場も存在しない。あるのは、サブナードの地下駐車場のみである。新宿プリンスホテルもアドホックも、駐車場への出入口があるだけである。

私は、東長寺よりアドホック前から入る説が正しいのではないかと考えている。(P75)

説って・・・(笑)

正しいも何も、全部秋庭先生の妄想じゃん(爆)

29 〈四ツ谷駅〉南元町公園の地下は地下交通網の「分岐点」だった?

根拠が少なすぎる。結局、中央線と首都高が分岐するあたりに調整池があるっていう以外に、何の事実も出ていない。8年間ずっと、同じことの繰り返し。

30 〈四ツ谷駅〉地名に「ツ」がないのに駅名に「ツ」がある理由

で、結局、なんでなの?

31 〈赤坂見附駅〉戦後開通の丸ノ内線が戦前のトンネルを走る謎

確かにここには200ヤードのトンネルがある。何故ならこのルートの設計は戦前に行われているからだ。営団は途中で工事を中止してしまったから、設計図だけ残っていて、戦後の丸ノ内線建設時に反映されているのだと思う。

つまり200ヤードのトンネルは、戦前に設計したことの証明にはなっても、戦前に建設したことの証明にはならないってことなのだ。

秋庭先生はどこでオカルトに転化したのかという考察

32 〈赤坂見附駅〉戦前、丸ノ内線のトンネルが隠されていた?

物理的にありえない。だって赤坂見附駅の丸ノ内線ホームは、当初あった壁をぶち抜いただけでなく、さらに壁を奥に掘り進んで、ホームの幅を広げている。原田勝正教授が書いている「壁」と、現在丸ノ内線が入るホームとは全然位置が違う。

ちなみに東京高速鉄道の新宿線については、例によって下記のwikiをご覧を。

地下妄の手記(『略史』ってなんじゃって記事)

33 〈赤坂見附駅〉日枝神社の鳥居に秘められた丸ノ内線トンネルの謎

「しかし」が2カ所も出てくる。文章としては最低である。しかも、「しかし」以降に書いてある文章の意味がさっぱり分からない。

そもそも鳥居は営団がつくったわけではなくて、「補強」したんじゃなかったっけ?

34 〈国会議事堂前駅〉この駅が戦前からあったことを物語る証拠とは?

200ヤードのトンネルと同じで、これも戦前に設計した証拠になっても、戦前に建設した証拠にはならない。

35 〈霞ヶ関駅〉戦前、日比谷公園の地下に線路が敷かれていた?

この移転作業で私に理解できないのは、1日に約18メートルしか大イチョウを移動していないことだ。(P86-87)

生きている巨樹を移動するんだから当然でしょ。てか、これがどうして、丸ノ内線が戦前にあったことの証拠になるのか分からない。意味不明。

36 〈銀座駅〉山手線の外側にあえて駅を造った秘密

そもそも「1−8計画」なるものは存在しない。秋庭先生の妄想である。その話はまた次の機会に。

37 〈東京駅〉「行幸地下通路」は、以前は「秘密の地下道」だった?

地図に点線があっただけで「秘密の地下道」と言える想像力がうらやましい。

38 〈御茶ノ水駅〉営団がJRの近くに駅を造れなかった理由

神田駅に向かうのに適した神田川を渡る手前の今の場所に駅を造ったが、計画であって決定ではなかったので、しばらくは「仮駅」だったという。(P93)

そんな事実はない。丸ノ内線は、神田駅に向かう場合も、淡路町駅に向かう場合も、今の場所が御茶ノ水駅である。御茶ノ水駅が仮駅だったという記録は存在しない。

御茶ノ水駅は当初国鉄線(JRではない)同駅の下に設置する計画だったが、工事が難しくお金もかかるので、現在の場所に建設することが決まった。

当時の営団に淡路町〜東京駅ルートはなかった、と私は考えている。(P94)

当時の営団は、御茶ノ水から東京駅までのルートを、国電神田駅経由にするか、淡路町経由にするかを慎重に検討していた。また東京駅を丸の内側にするか八重洲口側にするかも検討していた。

39 〈本郷三丁目駅〉中学校の校庭地下に駅を造ったのは、なぜ?

理由は秋庭先生が自分で書いている。

地下鉄は路面電車のように直角に曲がれない。(P95)

その通りである。

40 〈茗荷谷駅〉「ついたて」で囲んだ地上を隠れるように走る理由

地上を走れば用地買収費がかかるが、地下を走れば工事費がかさむ。どっちが安くすむか比較して、営団は前者を選んだ。それだけのことだ。

41 〈池袋駅〉なぜ、丸ノ内線の延長線上に有楽町線新線が走る?

丸ノ内線を池袋から小竹向原に延伸する計画を、営団と住民が話し合ったという事実はない。

では何があったかというと、有楽町線の上を走る都市計画道路について都と住民が話し合って、住民は都市計画道路に大反対していたのだ。上の道路の建設が進まないため、地下鉄の建設も進まなかった、というのが事実。営団はとりあえず地下鉄ルートの上にあたる用地の買収を進め、地下鉄が完成した時点で、道路を建設する都へ売却している。周辺住民は道路建設には断固反対だったが、地下鉄建設には賛同していたのだ。

そこで営団が最後の手として発表したのが「有楽町線新線」の計画・(P99)

という事実はない。小竹向原と池袋の間は最初から複々線のトンネルを掘る計画だった。住民側は池袋から環7までの建設は認めたが、それ以降は認めておらず現在も環7から西へは道路建設は進んでいない。しかし都は道路整備と地下鉄建設を切り離したため、地下鉄は道路予定地の下を和光市に向かって掘り進んだ。なのでシールド工法になっているわけだ。

いやはや、秋庭先生、

痛い、痛すぎるよ。

仮説が間違っているとか、想像力がたくましすぎるとか、電波飛ばしすぎとか、そういうレベル以前に、文章ができていない。その上そもそもの勘違いが多すぎる。中学生の作文でも、こんなにひどくないと思う。

日本語から勉強すべし。

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