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2007年7月 7日 (土)

秋庭俊先生の妄想した「1−8計画」をもう一度つっこんでみる。

おそらく、「1−8計画」という実態は、存在しないのであろう。秋庭先生が、『帝都東京・隠された地下網の秘密2』を出版する際に、どうしても必要な妄想だったに違いない。江戸時代がどうだとか、お堀の下がどうだとか、そんな内容をいくら解説しても、収支がとれる出版物など不可能である。そういう意味では、出版に携わった出版社も共犯と言える。

「丸の内1丁目8番地」が、地下鉄千代田線建設の工事施行許可を申請したときも、許可を得たときも、現在の新住友ビルの付近だったことは前にも述べた通りである。

では、有楽町2−2は、どうだろうか。

前回紹介した『ガリレオの遺伝子』では、新住居表示の前後では、「有楽町2−2」の場所が変わっていないという注釈をつけていた。

が、調べてみたら、新旧住居表示で微妙にずれていることが分かった。

有楽町2丁目が新住居表示に移行したのは、昭和50年1月1日である。

Sn380018 これが、現在の「有楽町2−2」。ニュートーキョーがある場所である。秋庭先生は、どうやらこれが、新住居表示とそれ以前で変化がないと思いこんでいるようである。

実際に調べてみると、新住居表示以前、つまり「地番」だったときは、場所が違っていた。Sn380017

右の画像が、新住居表示以前の「有楽町2−2」である。この左に走る道路のさらに左側が、ニュートーキョーのビル。つまり、新住居表示の「有楽町2−2」なのである。

場所は、移行している。

もう1つ、おもしろい例を紹介しよう。

昭和44年5月21日付の建設省が営団に出した許可文書に、以下のような文章がある。

第1条 帝都高速度営団(以下「営団」という。)に対して道路を敷設することを許可した地方鉄道の路線は、次のとおりである。

(略)

千代田区日比谷公園地先から
同  区内幸町2丁目22番地先まで
    特別区道千第58ー2号  延長270メートル
千代田区内幸町2丁目1番1号先から
同  区霞ヶ関3丁目3番1号地先まで
    都道301号線     延長44メートル

上から順番に千代田線のルートに従い、住所が記されている。内幸町2丁目22番まで来た地下鉄が、突然内幸町2丁目1番1号までワープしている。

 

これ、何を意味しているのか。

実は、内幸町2丁目22番と、内幸町2丁目1番1号は、ほぼ同じ場所なのだ。

前者は、新住居表示以前の「地番」。後者は、新住居表示である。両者は、ほぼ同じ場所に位置する。内幸町の新住居表示移行は、昭和42年4月1日。この文書の日付では、すでに新住居表示である。新住居表示では、内幸町2丁目に22番地は存在しない。

この文書、微妙に間違っているのだ。

建設省が作成した公式文書がこんな有様なわけで、この文書の矛盾をいくら探し出しても、間違っているという結論以外に導きようがないのである。

そこで、有楽町2−2である。

確かに、千代田線のルートは山手線の内側だが、有楽町2−2は、新旧住居表示ではいずれも山手線の外側である。これ、地下網の秘密を暴く決定的な証拠として、いかがなのであろうか。

「有楽町2丁目2番地先から」・・・「地先」というのは、その土地からすぐ近くという意味。2丁目2番地先には、日比谷線の日比谷駅がある。これって、当時は千代田線も三田線も日比谷駅がなかったから、日比谷線の日比谷駅の「地先」を素直に書いているだけなんじゃないだろうか。

もう1つ、おもしろい文書の文言を紹介しよう。

昭和42年4月25日付の運輸大臣が営団に出した文書である。

都営路面軌道との関係について

綾瀬起点15K470Mにおいて都営路面軌道(桜田門〜虎の門間)の下を横断いたしますので、「地下鉄建設工事に伴う軌道の防護ならびに復旧工事の処理について」の東京都交通局長との覚書謄本を提出いたします。

そして、これは、『帝都東京・隠された地下網の秘密2』からの引用。

このような「広場」はほかに、銀座や赤坂見附、半蔵門などにもあって、こうした「広場」は、地下を走る都電で結ばれていたそうである。この都電の地下鉄を、営団地下鉄では「路面軌道」と呼んでいたのだという。(P256,257)

最近、秋庭先生の発想法にも慣れてきた。彼は、ボキャブラリーが豊富な人ではない。どこにも見たことのないような単語が出てきたときは、どこかの文書から無断で引用している可能性が高い。「路面軌道」はおそらく、上記の文書から「拝借」してしまったのだろう。

このような地下網を、一部の人々は「側道」と呼んでいる。しかしながら、首都高やモノレールの地下などは、いかがなのものか。(P262)

「側道」というのは、地上にある。例えば最近高架化された小田急線には、複々線の高架橋の脇に必ず地上の「側道」がある。都市計画でそう定められているからだ。モノレールにも、側道がある。こちらはあってもなくてもいいが、都市部を走るモノレールはルートの両脇に「側道」がある。高速道路も同じ。

おそらく、この「側道」という単語も、秋庭先生が何かの書物で見つけた言葉なんだろう。

千代田線のこの区間には、大手町、二重橋、日比谷の三駅しかないが、この一覧表には、もう一つ、馬場先濠駅がある。(P255)

まあ、おそらく秋庭先生が言いたかったのは、馬場先濠駅ではなく、馬場先門駅だと思うが、確かに『千代田線建設史』には、馬場先門駅が登場する。

千代田線には“国民に隠された”駅がたくさんあるって記事

今更ちゃかしても仕方ないので書いてしまうと、馬場先門駅は、二重橋駅の仮称なのだ。

おもしろいのは、こんな単純な話を、秋庭先生が書くだけでなく、その後を追うオカルト作家も真似して使うってことなのである。

こうやって、1つ1つ解明していくと、「1−8計画」という実像は、消えてなくなってしまう。

いったいマスメディアは、いつまで秋庭先生のオカルトに振り回されているのだろうか。確信犯なら、それもよかろう。でも、天然でマジに秋庭先生のしゃべっていることを真に受けているとしたら、ちょっと自分の脳みそを疑ったほうがいい。自宅に、意味不明の壺とか買っていないだろうか。価値がない絵画が何枚も倉庫に眠っていないだろうか。むしろ、そっちのほうが心配になる。

(関連記事)

ガリレオの遺伝子を読んだ〜日テレが秋庭俊先生の「1−8計画」をオカルト扱い

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コメント

おはようございます。
「地先」は正確には「番地先」だと思います。土木の世界では、道路上の様に、地番の無い場所を特定するために使われている様ですね。
辞書には「地先」でその地域の近傍みたいな意味で載ってますが。
秋庭さんは「秘密[2]」では“有楽町2-2地先”の記述を、
単行本では8行先、文庫本では7行先で“有楽町2-2”へ書き換えされています。
これは、読者に理解し易い様にと言うよりも、“有楽町2-2地先”を、“有楽町2-2”へ転換したかったのだと思います。
「ニュートーキョー」何か曰くありげな店名だとインスパイアされたのでしょうから。
さて、編集屋各位ですが、多宝塔や壷は家に無いかもしれませんが、神楽坂上某ビルの「勉強会」には参加されているかもしれません(笑

投稿: 陸壱玖 | 2007年7月 7日 (土) 09時29分

おはようございます。

「地先」か「番地先」か「番地・先」かとオイラも考えたのですが、実は千代田線の文書の他の箇所を見ると、「日比谷公園地先」とあったり、「湯島1丁目4番先」なんてのもあるんです。まあ、どっちにせよ、「先」という言葉は、この周辺にあるよって意味だということは間違いないみたいですね。

考えてみれば、旧「丸の内1−8」だって、そこにはビルが建っていても、千代田線の駅も線路もないわけで、ずばり番地でルートを表現していたわけではないってことでしょうね。

投稿: mori-chi | 2007年7月 7日 (土) 09時56分

あれらの記述は、地方鉄道法に基づく、「道路に地方鉄道を敷設」する申請の部分だけを取り出して、牽強付会しているだけ。
だから、秋庭さん千代田線については、「地下の謎86」57頁他とか、千駄木三丁目辺りで一遍迷子になってるでしょ。
民地や、公有地は道路じゃないもんねぇ(苦藁

投稿: 陸壱玖 | 2007年7月 7日 (土) 11時13分

そうなんですよね。道路を外れた部分の話ではないんです。

秋庭本ではお濠の下にもみたいな書き方をしているけど、道路の下に敷設することを申請しているわけで、お濠の下なら別の申請しなきゃ線路は敷けないんですけどね。

しかし、秋庭ネタもそろそろ尽きてきましたなあ。新刊はどうなったんでしょうか。ネットラジオで角川から出すって言っていたのに。

投稿: mori-chi | 2007年7月 7日 (土) 12時50分

角川?
富士見ロマン文庫の誤りでは(哄
いずれ、首謀者だか、共謀者だかの、銭勘定の出来る編集屋の存在が有ってこその秋庭さんなんでしょうね。
2ちゃん辺りの予想は、
新刊=焼き直し本
です。
当たらずと言えど、でしょう。
松本零士の大四畳半位に、偉大なるマンネリまで育つかなあ?

投稿: 陸壱玖 | 2007年7月 7日 (土) 16時08分

ちなみに、ネットラジオでは、こんなことをおっしゃってました。

荘口 今、次に考えてらっしゃる本といいますと。
秋庭 えっとねー、角川から出す予定なんですけども、まだタイトル決まってないんですけど。あの、さっきのウイリアム・アダムスと、ヤンヨーステン、それから、当時の地下の五角形の要塞みたいなのがあったんですけど、その要塞理論に東京がぴったり当てはまるんだということを、重ねた本を出す予定です。
荘口 はーっ。
秋庭 角川から。
荘口 ヤンヨーステンが八重洲の名前の由来だという。ここに住んでいたんですよね。
秋庭 そう。ここに住んでいた。ここが八重洲なのに…。
荘口 あ、ここ八重洲だったんだ。
秋庭 ここが八重洲だったんですけど、要するに明治政府が東京駅の裏側を八重洲って名前にしたんですね。
荘口 何でか分かんないけど…。
秋庭 それはね、地下道を示す暗号のためだと思いますよ。
荘口 来ましたー(笑)これは俄然読みたくなってきました。その本が。そうですかー。それはまだ、もうちょっと先…。
秋庭 その本でだいたい書ければ…。長い話なんで、スとかクとかニとか言っても全然信用できないと思いますけど、もともとのマス目があって、13対7のマス目があって、そこに五角形と十角形を書いていくと、ニとニ、クとクを結ぶっていう決まりになっていくんです、だんだん。それの通りにずーっと、東京の地名がついていて、その…、みんな地下道の覚え書きになっているんですよ。
荘口 それ、ぜひちょっと、お話聞いていて、図解かなんか見ながら聞きたいなって。そうするとよりわかりやすいかなってのがあったんで。実際に本にそういうのを入れてください。あと、地下以外で気になっていることありますか。
秋庭 地下以外で気になっていること?いや、特にないですね(笑)
荘口 (笑)さっきは成り行きで地下を書こうと思ったっていってらっしゃいましたが。
秋庭 他の本を書こうと思っても、出版社のほうで全然認めてもらえないので(笑)
荘口 秋庭さん、地下の本をよろしくお願いしますってなっちゃう、どうしても(笑)
秋庭 確かにそうかなと。もう、今となっては…。
荘口 ここまで踏み込んじゃったからには、もう少し書くかなって。
秋庭 例えば立花隆さんが純愛小説を書いたとしても、それは読まなくていいやと思うでしょ。それと同じで、もうこうなっちゃうと駄目なんだろうなと。
荘口 立花隆さんが臨死体験と純愛小説を書いたら、まず臨死体験から読もうってなりますよね。
秋庭 そうでしょ。だから、そういうノンフィクションってなると、そっちへ行ってもしょうがないって状況があるらしいので。
荘口 許されない2人が地下で愛し合うみたいな恋愛小説いきましょうよ(笑)
秋庭 (笑)

この収録が3月で、今も音沙汰がないってことは、話が進んでいないのかな。それとも、角川から出すという事実そのものが妄想だったりして(爆)

投稿: mori-chi | 2007年7月 7日 (土) 19時53分

秋庭さんの近況報告(昨年9月以降更新無しな近況報告)で遡ってみると、
「新設 東京地下要塞」、講談社から本を出すと言い出してから、出るまで1年位、
ん?1年半だったかな?罹ってますから(藁
まだ、油断は出来ない(獏

投稿: 陸壱玖 | 2007年7月 7日 (土) 20時44分

そう言えば、そんなことありましたねー。『地下要塞』が出る前、近況報告で豊島区役所の話を書いていて、オイラがこのブログですぐさまツッコミを入れて、本が出て1週間以内にブログでさらにツッコミを入れて・・。黙っておけばいいのに、ネタばらししちゃうから、秋庭さん。

平和な時代でしたなー(笑)

投稿: mori-chi | 2007年7月 8日 (日) 00時45分

あーー面白かった…
秋庭系の話、2晩がかりで読ませていただきました。私は地方人ゆえに、どうしても地図レベルで東京をイメージしてしまうので、秋庭っちの世界に深く入ってしまっていた一人ですが、こちらの実地と資料両面を攻め尽くした調査に完全説得されました。秋庭氏の目の付け所は悪くなくて、もっと開かれた感じの都市考現学として進めればよかったのに、何故オカルトチックに引き篭りの道を歩んでしまったのかなあ

投稿: 通りすがり | 2007年7月 9日 (月) 01時08分

通り過ぎてくれてありがとうです。

たくさん読んでいただけたようですね。秋庭さんが目をつけたところは、もっとひねればおもしろい話になるはずです。それがオカルトに走ってしまったのは、秋庭さんの性格もあるんでしょうが、出版者側の要求もあったんではないかと推測しています。

またぜひ遊びにきてくださいまし。

投稿: mori-chi | 2007年7月 9日 (月) 08時28分

お引越しが決まられたそうで、おめでとうございます。
で、良いのかな?
生命は海より生まれた。
1:3:6(コンクリの配合比じゃないぞ)の原則だっけ。人の水分構成比とかなんとか。
昔ガールフレンドに聞かされたなぁ。
さて、住居表示のレトリックと言うか、トリックと言うか。秋庭さんのそんなのwikiのここに、
http://www3.atwiki.jp/619metro/pages/81.html
一寸だけ書いてます。
二・三日中にもう少しその辺の追加を上げるつもりです。

投稿: 陸壱玖 | 2007年7月11日 (水) 00時17分

理系なガールフレンドだったんですね。

wiki読みました。秋庭さんの住居表示ネタってやっぱりデタラメなんですね。新旧の比較もできないのに改描だの暗号だのと、解読したつもりになっているのが痛いですなー。

投稿: mori-chi | 2007年7月11日 (水) 12時44分

あんたも
同じ穴のムジナですね

投稿: L | 2007年10月 5日 (金) 23時35分

こんばんわ(^.^)

コメントありがとうですm(__)m

投稿: mori-chi | 2007年10月 5日 (金) 23時39分

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