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2007年6月24日 (日)

「御徒町・道路崩落事故の真相」の妄想

図書館で調べものをしていて、閉架資料が届くまで時間があったので、過去の新聞の縮刷版を何となくめくっていた。そしたら、ふと御徒町の崩落事故の記事を見つけた。

覚えているだろうか。これ、地下のオカルト作家・秋庭俊先生も得意にしているネタだよね。

1990年1月23日午後3時頃、東京都台東区のJR御徒町駅北口ガード下の春日通りで、突然轟音とともに土砂が噴出し、道路が長さ12.8メートル、幅9.6メートル、深さ最大15メートルにわたって陥没し、乗用車やオートバイなど車両4台が穴に転落した。

原因は、新幹線工事である。

朝日、毎日、読売の3紙の記事をひろって、さっそく家に帰ってから、秋庭本を開いてみた。

『帝都東京・地下の謎86』(洋泉社)

事故の原因について、建設省は「東北新幹線の工事が爆発を引き起こした」と発表している。(P22)

当時、建設省は、事故原因について発表をしていない。当日会見をしたのは、建設主体であるJR東日本と、建設会社の熊谷組。どちらも、シールド工法が原因であることを認めており、トンネル内の圧縮空気が何らかの原因で外部に漏れたために起きた事故との認識で一致している。

だが、爆発だけでは、道路が崩落することはないはずである。(P22)

「爆発」という発表は、建設省はもちろん、JRも熊谷組もしていないし、そういう事実はない。

現場にほとんど土砂がなかったことも、そこにトンネルがあったことを裏づけている。(P22)

現場は、土砂に埋まっていた。読売新聞には、土砂に埋まったタクシーの写真が掲載されている。事故当時、道路がぐんぐんと盛り上がったかと思ったら、突然、轟音と共に土砂が噴き上げた。噴火を思わせるように15分間も繰り返し、間欠泉のように土砂が噴き上げたという。その高さは、20メートルに達したという証言もあり、ビルの屋上にまで土砂が達していたらしい。

建設省の会見に出ていたTBSやテレビ朝日の記者たちは、後日、「すっかり、だまされた」と述べている。(P22)

そんなわけで、TBSやテレビ朝日の記者たちは、秋庭先生にだまされたのである。そもそも、新幹線工事の所管は、運輸省である。

このネタは、秋庭先生の自慢のネタらしい。今年3月に、インターネットラジオに出演したときにも、このネタを自慢げに披露している。

「荘口彰久のブロードバンド!ニッポン」より

秋庭 御徒町の北口で道路が陥没しましたよね。
荘口 しました、しました。
秋庭 しましたよね。
荘口 そりゃ、しましたね。
秋庭 あれも30メートルくらいあって、 10メートルくらい落っこちたんですよね。
荘口 どーんってね。
秋庭 そういうものは、要するに、下にトンネルがあったから落っこったんで、何にもなかったら落っこちないですよね。空間があったから落ちたわけですけど、その空間があったことを結局当時、全然、何ていうか、追究できていない。当時のマスコミは、要するに、新幹線の爆発があったためにこれを引き起こしたってことは、報道したんだけども、もともとこの地下にトンネルがあったっていうことに行き当たっていない、行き着いていない。
荘口 っていうか、ほんとは何となく気づいていても、それ以上報道しないよってことなんですかね。

秋庭 でもね、あの日はね、落っこって、現場検証もしないで、いきなり大成建設がやってきて、すぐに直しちゃったんですよね。
荘口 はー。
秋庭 ほとんど同時ですよね。
荘口 それって、現場行かれなかったんですか。
秋庭 ボクは現場に行っていないんです。でもその日に取材した人たちから話を聞くと、もういきなり直していましたね、当日から。
荘口 はー。普通は現場検証しますよね。
秋庭 いろんなことしますよね。
荘口 まあ、そりゃ、道を復旧しなきゃいけないってこともありますけど…。
秋庭 落ちてるから怪我している人もいっぱいいますよね。でも、真相は結局語られないまま終わったんですよ。
荘口 はー。
秋庭 で、その後突然、大江戸線がそこを通って、
その前は大江戸線っていう計画はまだ通ってなかったんですよ。でも、突然大江戸線ができて、そこを通ることになって、で、今は大江戸線の地下道になったんです。
荘口 ああ、そこが…。はー。
秋庭 なんか、ちょっとね…。
荘口 そう考えると、すごいことになってますね。

道路の復旧工事をしたのは、大成建設ではなく、熊谷組である。そりゃそうだよね、熊谷組の工事が起こした事故なんだから。

「大江戸線」という計画は当時なかったが、「都営12号線」の計画はすでにあり、この事故原因は、JRが行った12号線の準備工事に不備があったためである。

ちなみに、事故が起きたのが22日午後3時頃。復旧して、一番乗りのトラックが現場を恐る恐る通り抜けた時間は、23日午前8時半。これを早いというか、遅いというか。少なくとも、当日事故直後に大成建設がやってきて、すぐに直してしまったという事実はないようだ。

では、事故原因は何か?

1985年10月、当時の国鉄が、都営地下鉄12号線の工事のため、陥没現場直下を地下約8メートルまで掘り返し、2枚のコンクリート壁を打ち込み、掘った跡を山砂で埋める工事をしていた。2枚のコンクリート壁は、間隔が10メートルで、高架橋の橋げたの内側に平行に設けられていた。新幹線のトンネル工事は、この壁の下部を取り壊しながら進めており、その際に壁のたわみによって生じたすき間から圧縮空気が吹き出し、埋め戻し後の地盤の弱い部分を吹き飛ばしたというわけだ。

2枚の地中壁のうち、1枚の壁は、前年11月25日から12月15日にかけて崩し、2枚目の壁は、12月26日から翌年1月22日、つまり事故当日まで取り崩し作業が続けられ、その後シールド機が先に進もうとした矢先に、崩落事故が起きた。

事故の前兆とも言える現象もあり、崩落事故の約2ヶ月前にJR御徒町駅の現場近くで井戸水が急にあふれ出し、水が濁る異変が起きて、これをJRは、「新幹線工事の影響」と認めていた。このとき、井戸からは気泡がわき上がっていたという。

もう1つの前兆は、前年8月。現場から10メートル近くの路上で長さ20メートル、幅2センチの亀裂ができたり、3、4か所の道路の一部が10センチほど陥没したことがあった。

「陸軍のトンネルがあったんですよ」(『帝都東京・隠された地下網の秘密』新潮文庫、P121)

シールド工法では、土砂の崩落や地下水の浸水を防ぐため、トンネルの壁を圧縮空気で押さえつけるようにして、掘削を進める。なので、掘削した場所の地面が弛んでいると、圧縮空気がそこから抜けようとする。もしも、秋庭先生の言うように、陸軍のトンネルがあったというなら、圧縮空気は陸軍のトンネルに向けて抜けてしまうし、事故後15分間にわたり噴き出し続けた砂は、いったいどこから供給されていたのかってことになる。

つまり、秋庭先生は、最初から事実誤認で仮説を立て始めたということである。

オカルト作家とジャーナリストの違いってのは、こーゆーところにあるんだろうね。ジャーナリストなら、例え仮説や論調に間違いがあったとしても、前提となる事実そのものをねつ造することはない。オカルト作家は、そもそも、書き出しからオカルトである。

だから、「自称」ってのは、あてにならないのだ。

少なくとも、「ジャーナリスト」という曖昧模糊な呼称は、自称してはならないものではないかと感じている。

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コメント

図書館で他書を当っている時に、偶然 BINGO ってことがありますね。
私の場合、秋庭さんの言う「日本土木建業史」、正しくは「日本土木建設業史年表」を当っていて、「日本土木史」に遭遇し東京高速「渋谷線」の渋谷工区での省線乗り越し部分に、やっぱり鉄道省委託があったとの記事を見つけたのがその一つでした。

さて、御徒町・道路崩落事故は、「建設事故」(日経コンストラクション(編)に事例として載っていますが、日経の売りではこの本は、

>過去10年間の重大災害70例を取り上げ、個々の事故内容を写真や図でわかりやすく解説。
>その原因を徹底分析し、二度と同じ過ちを繰り返さないための再発防止策を探る!

なのだそうですので、秋庭さんの論から言えば、この本には、陸軍のトンネルが原因と書かれている事になります(獏
恐ろしい事ですね(悶絶笑

投稿: 陸壱玖 | 2007年6月24日 (日) 23時21分

どもども。他の調べものをしていたら、秋庭本の参考文献を偶然読んでいたなんてこと、結構ありますよね。秋庭さんったら、極秘資料のふりして、案外メジャーな参考書を読んでらっしゃるから(笑)

それにしても、重大災害ばっかり70例ってのも、すごい本ですなー。それは、きっと陸軍のトンネルも、写真と図で解説してくれているのでせうね(爆)

投稿: mori-chi | 2007年6月24日 (日) 23時35分

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