今夜の「空」も青く澄んでいた。
人気者が唄った後のライブハウスは、空気がざわめいている。各駅停車しか停まらない駅のホームで、猛スピードの特急列車が通過したときのように、空気が巻いていて、それまでの空気と、外から入ってくる空気が気流を起こして、正直、音楽をゆったり聴こうという姿勢に、場が落ち着くまで、かなり時間がかかる。
こんな空気は、ライブ会場のスタッフが一番心得ているのか、さっそく主の居なくなった空きグラスを回収してまわる。これだけでも、随分空気は落ち着く。
でも、結局のところ、こーゆーとき、ライブ会場は、まるでオープニングからやり直すような雰囲気に包まれる。
そんな中、ふと気づくと、いつの間にか、「空」のお二人がステージに立っていた。
まるで、空から舞い降りたように、いつもの立ち位置にスタンバイ。
BGMが静かにフェイドアウトし、ステージが暗闇に包まれる。
静まりかえる客席。
そして、スポットライト。
静かに歌い始める玉葱頭のボーカルさん。
いつものように、はにかみながら鍵盤の前で微笑むピアノ弾きさん。
ソワソワしていた観客の目が、いっせいにステージに集中する。
巻いていた空気が、徐々に整然と流れ始める。リズムに刻まれるように、静寂に包まれていく。熱気が冷めていき、心地よい涼しい風が、ゆっくりと回転し始める。酸素の濃度が高くなって、マイナスイオンがどこからともなくにじみ出てくる。もう、チラシを見たり、時間を気にしたり、アンケートを書いたりしているお客さんは、一人もいない。
すべてが、はにかみさんのピアノのリズムと、玉葱頭さんのボーカルに引き込まれていく。
大学のときから、小さな音楽室で、たった2人で誰にも聴かれないように、この光景と同じように、歌を唄っていたそうだ。玉葱頭さんが、「今日はどんな空?」と言うと、はにかみさんが、その日の空に合ったピアノを鳴らしてくれる。もう7年にもなるそうだ。
玉葱頭さんは、臭いフェチらしい。
「わたし、雨上がりのアスファルトの臭いが好きなんです」
オイラも。
夏から秋にかけて、ジリジリと熱せられたアスファルトに、ざーって雨が降ると、やんだときに、足下からじわーって蜃気楼のような冷気がのぼってくる。冷気というか、湯気というか。そのときの臭いは、初めのうち、オイラはアスファルトだと思っていたけれど、もしかして、土と草の臭いが、アスファルトの奥からにじみ出しているんじゃないかと思うようになった。あれは、自然の臭いじゃないかなと思うけど、オイラの思い過ごしなのかもしれない。
ライブが終わる頃には、ちょうど良い具合に空気が落ち着いていた。
そんな、空気清浄機みたいな「空」の二人。
きっと、今夜のお客様のほとんどは、前の人気者や、その後の元気な弾き語りさんを観に来た人ばかりなのだと思う。CDもないし、ライブは月1回あれば良いほうだ。1度聴いた曲は、一期一会になるかもしれない。でも、この二人のライブに満たされると、次の日も、また人間が好きになれるような気がする。人に優しくなれるような気がする。
きっと、大学の片隅で、たった2人で唄っていたときの姿は、今も同じで、彼女たちにとって、唄う場所は、あまり関係ないのかな。たった2人でこっそり唄っていたときと、目の前にたくさんのお客様がいるとき。唄うことには変わりないのだし。彼女たちが、ここに来た、というより、オイラたちが、彼女たちの「場所」に招かれた、そんな感じがするライブなのだ。
来月の「空」は、6月23日(土)夜。場所は、今夜と同じ、四谷天窓.comfort。
そして、会場は、彼女たちの「場所」。
雨上がりのアスファルトの臭いが恋しい、たった2人の音楽室。
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コメント
あれだけたくさんのお客さんの前なのに確かに今日の「空」はとっても落ち着いていて、もりちさんの言う通り、まるでふたりの居場所に招かれているようでした。
「空気清浄機」って表現、ぴったりですね(笑)
投稿: T@天 | 2007年5月31日 (木) 01時21分
それにしても満員御礼でしたな(x_x;)天窓スタッフのさりげない配慮や気配りを感じる夜でした。
投稿: mori-chi | 2007年5月31日 (木) 12時06分