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2007年3月の28件の記事

2007年3月28日 (水)

加護亜依さんの自壊、マスメディアの自壊、大人たちの自壊

芸能ネタなんて滅多に手を出さないオイラだが、今夜は、ここんとこ巷で話題になっているこのネタを。

加護ちゃんに解雇通告!密会旅行と喫煙疑惑…このまま引退(サンケイスポーツ)

加護亜依一部報道記事について(2007年3月26日、アップフロントエージェンシー)

さぞや、今ごろ、うまい酒を飲んでいることだろう。いや、加護さんのことではなく、このスクープを射止めた記者とカメラマンだ。

満足だろうか。19歳のアイドルを干したのである。心に秘めたジャーナリズム精神を奮い立たせたに違いない。いや、それとも、本来はこんな記事書きたくないのに、食っていくためには仕方なかったのだろうか。後者なら、オイラは少し許せる気がする。汚い仕事をたくさんこなさないと、一人前のネタも持たせてもらえない。世の中、政治や正義ばかりじゃないからね。

でも、アイドルとはいえ、たかが19歳の女の子1人をここまで執拗にぶっ潰して、だから何だというのだろう。

未成年はタバコ吸っちゃダメ?

当たり前じゃん。

そんなの、加護さんが引退しなくても、分かってるよ。てか、モー娘。が全員引退しても、吸うやつは、吸うさ。

オイラはタバコを吸ったことないけど、お酒は小学生のときに一口飲んで、予備校生のときに泥酔して乱痴気騒ぎした。

いや、タバコを吸ったことが許されるわけではない。加護さんが多くのファンを裏切ったことは、厳然たる事実だ。

でも、この記事を書いた記者さん、タバコは吸わないだろうか。本当に20歳になってから吸い始めただろうか。酒は? 吸い殻は、道端に捨てていない? 加護さんを追いかけながら、高速道路で窓からぽいってやらなかった? 人混みの中でタバコ吸って、ひんしゅくかったことない?

で、結局、加護亜依さんが引退して、

だから、何?

記者さん、今飲んでいる酒、本当に美味しいですか?

原稿入れたあとのタバコの一服、本当に美味しかったですか?

スポーツ紙で、後追いで記事書いて、わざわざ囲みで、加護さんに説教たれてた記者さん。あなたも、加護さんが引退して満足? それは、どこからにじみ出てくる正義? あなたは、その正義を自分に当てはめたこと、ある?

それと、加護さんより18歳年上の石本靖幸さん。

何やってんの?

自分の年齢の半分くらいの女の子…年甲斐もなく浮かれてたとか?

ロリコンだからって責めるつもりはない。でも、微妙な年齢で、微妙な立場で、微妙な環境にある彼女をわざわざ口説いて、どうするつもりだったんだろう。写真撮られたら大変なことになるって認識していたよね。彼女の将来を考えたら、落ち着いて行動を考えるべきだよね。

てか、何であんた、隠れて出てこないの?

大切なものを守るには自分が悪者にならなきゃならないことってあると思うけど。38年も生きてきて、そんなことすら分からないの?

いや、大切ってわけじゃないんだろうな。

それと、加護さん。

この恋は、今の自分の地位を捨ててまで落ちる価値のある恋だったんだろうか。いや、そんな難しいこと言わなくても、その一服は、人生を棒に振ってでも味わうべきものだったんだろうか。人はみんな弱い生き物だから、間違いを犯すし、エゴイストになることもある。でも、つきあう人間は選ぼうよ。あなたは可愛いからさ、オイラくらいのおっちゃんは、みんな優しくしてくれるんだよ。

でもね、それは、“愛している”という概念とは、まったく別物の感情だよ。

それと、温泉旅館。

お客様のプライバシーをたやすく喋るな。2人が人目を忍んで部屋食だったなんて、全然忍べてないじゃん!

 

こうして、すべては自壊する。

たぶん、日本が自壊しているんだと思う。

みのもんたの説教で朝を迎える不思議な民族・日本人。この国はいったい、どこまでメルトダウンしてしまうのだろうか。

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自由が丘でまったりと復活ライブに酔いしれて

最後にライブをしてから、もう1年にもなる。ちょっと驚きだけれど、昨年3月以来、久しぶりに戻ってきたウエタマミコさんのライブを観に、自由が丘のマルディグラへ向かった。

usuや谷口深雪ちゃんや、木下直子ちゃん、松岡ヨシミちゃんという、オイラがよく通うライブって、どなたも、アーティストとしては「かなり出来上がった」方々が多い。これからどんどんっていうより、完成されたusuなり谷口ちゃんなりを期待して、ライブに向かうわけだ。もちろん、これから成長していただく分には構わないが、彼女たちなりに彼女たちであればいいわけなのだ。

今夜のライブ、ウエタマミコさんのばやい、それとは正反対で、最初に逢った当時の彼女と、現在の彼女とでは、随分違いがある。で、違う彼女を確認するようなライブになるわけだ。それは、もっともっと期待値が高いということでもあるし、まだまだ成長中の軌跡を楽しむようなところがあるのかもしれない。

ウエタマミコさんは、現在進行形のアーティストなのだと思う。

1年ぶりの彼女は、緊張してつっかえたりしていたけれど、明らかに歌い方や声に違いがあって、成長の軌跡をうかがえた。

「この1年、何が積み重なって、こう変わったのだろうね」

とたずねると、彼女は、「うーん、なんでしょうね~?」と首を傾げた。

そんな、そこはかとない変化も、彼女のライブの楽しみなのかもしれない。オイラたちは、メジャーの方々のCD音源を買うとき、それは完成されたものを期待して買うのだろうし、ライブに行くのも、そのときどきの楽しみはあるにせよ、ライブという形の1つの完成品を求めて足を運ぶ。でも、インディーズの世界は、いろんな楽しみ方があって、時には世界観であったり、人間性であったり、音楽性であったり、接点はいろいろで、必ずしも完成品ではなく、むしろ完成していく過程をいっしょに歩んでいるようなライブもある。ここが、メジャーの世界では味わえないところかもしれない。

 

あ、あかん、眠気でキーボードに手をかけたまま寝てしまいそう…。

 

まあ、いずれにせよ、ウエタマミコさん、

おかえりなさい。

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2007年3月26日 (月)

春物を買いにGAPを漁る週末

結局、今度の冬は、新しい服をまったく買わずに終わりを告げた。

何たって暖冬である。寒くなることないから、早く春が来てしまうと思い、新しい冬物をそろえるテンションがなかったのである。一昨年買った黒いジャケット、赤色のセーターを基調に、青と黒のデニム、カーキ色のズボンをローテーション。白いマフラー、黒のハンチング帽。そんなワンパターンな着こなしに飽き飽きしながら、暖冬を乗り越えてきた。

唯一新調したのは、茶色のキャスケットだった。

なので、春が来るのを心待ちにしていたのだ。

本当は3月に入ってすぐにも、と思ったのだが、暖冬の影響で早めの桜開化と思いきや、3月になって急に寒くなり、春物を買うパワーが失せていたところだった。

で、先週末、ようやく、久しぶりにGAPへと足を運んだのだ。

フラフラと店内を物色していると、いかにもって感じの男子の店員さんが登場。

店員「お探しのものは、見つかりましたか?」

オイラ「うーん、シャツは決まったんだけど、どんな組み合わせがいいかなって」

すると、店員さんは、「うーん、少々お待ちください」と、駆け足で店内を走り回り、お目当てのシャツといっしょに、上着やらズボンやらときれいにそろえてくれた。

なかなか、うまい組み合わせ。

でも、そこまで投資するだけのテンションはない(笑)

070326_232601_1 で、オイラは、その中から選んだのは、これ。

上のシャツは、よく分からないかもしれないけど、茶色い線が入っている。春っぽいアイテム。逆に同型で茶色い記事に白線のシャツもあったんだけど、どうも秋っぽくて却下した。

中のシャツは、薄いグレーで、やはり茶色で細い横線が入っているやつ。実は、長袖。上を着るには暑いし、着ないとちょっと肌寒いというくらいの4月には、アンダーシャツは長袖にしたいところなのだ。

うん。

なかなか、いけるね。

店員さんには、上着なんかも試着してみませんかと言われたけど、試着してメチャメチャ似合っていたら、かなりの出費を覚悟しなきゃいけないので、写真の2着のみであえなく退散してしまった。

うーん、あの緑色のジャケットも、なかなか似合いそうな気がするが…。

さて、この戦利品に加え、ズボンは黒のデニム、帽子は茶色のキャスケット、そんな感じのファッションで、ライブ観戦なんぞに出没すると思う。

そう考えると、ちょっと、茶色、茶色しすぎだなあ。何か、原色系のアクセントがほしい。うーん、悩む。

 

とりあえず、布団に入って妄想しよう。

おやすみなさい。

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2007年3月25日 (日)

つきなみですが、能登沖地震の被災地の皆様にお見舞い申し上げます。

帰りの山手線の車内で、某若者のメッカに勤めるギャル店員らしき2人の会話。

先輩「今日、超巨大地震来たよね」

後輩「知らないです。え、何度くらいですか? 」

先輩「石川県で震度6強だって。超大きくない?」

後輩「そうなんですか? あたし、そういうの分からないです」

先輩「大きいよ。関東大震災で震度7だったでしょ。今度が震度6強だから」

後輩「ええっ、それやばくないですか。えっ、大丈夫ですか?」

先輩「ん?……うん、大丈夫」

後輩「石川県って、東京にも近いですよね

先輩「近いけど…」

後輩「全然知りませんでした。それ、いつですか?」

先輩「友達が寝ていて、起きたときにテレビ見たら、9時四十何分か?」

後輩「え、地震が起きて、友達は大丈夫だったんですか」

先輩「いや、地震が起きたんじゃなくて、友達が起きたんだよ」

後輩「あ、そうなんですか」

先輩「噛み合ってないなあ」

後輩「すみません。そういうの、全然分からないんですよね。東京に来たら、マジ死にますよね」

先輩「うん、かなり死ぬと思うよ。最近、地震多くない?」

後輩「ええっ、いつですか。知りませんよ、あたし」

先輩「何日か前もあったでしょ」

後輩「知らなかったです。何年か前には何回かありましたよね

先輩「いや、結構あるでしょ」

後輩「よく、地震や火事のときはお客様を誘導してっていうけど、絶対そういうとき、それどころじゃないですよ」

先輩「そうだよね。こっちが逃げちゃう」

 

田舎の場合、お年寄りが被害を受けるケースが多いけど、東京で大地震が起きたとき、最初に死ぬのって、こーゆー人なんだろうなーと思いながら、帰宅した。

東京にも、間違いなく、こーゆー地震がやってくる。

予知とか前兆とかって話ではなく、大地震が来ない土地など、どこにもないのだ。

ただ、今のように東京に人口が集積してからは、まだ一度も巨大地震が来たことはない。

次に来る大地震は、関東大震災級ではなく、その合間に来る首都直下地震だと言われている。確率は、30年以内に70%。

確率はともかくとして、常に覚悟しておいて損はないと思う。

先輩「超巨大だよ」

後輩「マジっすか」

…今度は、こーゆーアホ会話では済まないんだから。

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2007年3月24日 (土)

DVD『地下鉄運転室展望・都営地下鉄新宿線本八幡~新宿』(エスエス)に萌える春(笑)

地下鉄の運転室展望シリーズ“METRO VIEW”の第一弾らしい。かなり前に銀座線の運転室展望のDVDを紹介したが、あんときは、めまぐるしく景色が変わる銀座線のトンネルに激しく萌えたんだけど、今回は何たって、路線のほとんどがシールド工法なわけだから、つまんないかなあと思っていたんだ。

が、これが、なかなか迫力満点だ。

右へ左へとカーブするトンネル。スピード感。一之江から船堀へと向かう途中で地上に出て、荒川を渡り、大島の手前で再びトンネルへ。

そう言えば、子どもの頃、オイラは名古屋出身やねんけど、地下鉄に乗ると、シールドトンネルの区間に入ると、何だかドキドキしたもんだ。四角いトンネルより、丸いトンネルのほうが、トンネルっぽいというか、威圧感のようなのを感じたんだね。

収録されているのは、都営地下鉄新宿線の本八幡発新宿行きの普通電車。この路線は、ほとんどが本八幡から笹塚まで走っているけれど、新宿で急行に接続する普通電車だけは、本八幡・新宿間で運転しているのだよね。って、そんなオタッキーな知識はおいとくとして、本八幡10時28分発、新宿11時08分着の電車の前方の展望と、付属映像で、瑞江・篠崎間の後方展望が収録されている。

で、DVDをぼーっと観ていたら、神保町から九段下に向かうトンネルで、九段下の手前に、左方向に向かってトンネルが分岐しているんだよね。で、本線のとの間には金網が張ってある。奥はどうやら行き止まりに見えるんだが、これは何の遺構なのかなあ。

はっ、遺構だなんて、秋庭チックなことを口走ってしまった(笑)

都営新宿線には、建設史がないから、「勇気ある設計士の告発」(爆)が読めないのが残念。

できれば、地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生が、「営団が建設した」と妄想している京王新線の新宿・笹塚間も見てみたいし、せっかく急行運転をしている路線なのだから、急行の快走も見てみたかったなあと思う。オマケ映像が、瑞江・篠崎間の後方展望ってのも謎で、せっかく急行の通過する風景が見られる駅なのだから、停車している時間に後方から急行が通過していくみたいな映像が欲しかった。車両基地への出入庫シーンも欲しかったなあ。

さて、これで2本、地下鉄の運転室展望をそろえて、あとは東西線ってか?

い…、いやあ、そこまではさすがに…。

でも、ここまで来ると、見たい気もするが…(苦笑)

つまり、オイラは、結構、そっち方面に来ているってこった(爆)

(関連記事)

『テイチク運転室展望・東京メトロ銀座線』に激しく萌えた今日この頃である(2006年8月31日)

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2007年3月23日 (金)

財布には3枚のICカード、ケータイには2種類のICチップ

最初は、Suicaだった。改札口で、ピッって通る。これが物珍しくて嬉しくて、すっかりお気に入りになった。そのうちショッピングもできるようになったりして、さらに普通列車のグリーン車は、Suicaに書き込むようになったりして…。宇都宮にライブを聴きに出かけたときは、新宿駅の改札口をSuicaで通り、駅弁をSuicaで買い、グリーン券をSuicaに記録し、宇都宮へ。駅構内の餃子屋さんで餃子を食べ、支払いはもちろんSuicaって。この手軽さで浪費を重ねていた。

次は、東急世田谷線の「せたまる」だ。せたまるには、定期券と回数券がある。世田谷線の乗車は1回140円で、せたまるで乗るとポイントがたまる。オイラは、かなり頻繁に世田谷線を使うので、すぐにこいつを買ってしまった。東急世田谷線でしか使えないのが難点だが、ポイントがたまるのが嬉しい。

そして、モバイルEdyである。ケータイを機種変更したら、Felicaの機能がついてきて、さっそく近所のコンビニでチャージして使い始めた。ネット上のブロードバンドビデオなんかでも使えたりする優れもので、ついつい使いすぎてしまう。台場のアクアシティなんかは、Edyが全店で使えるから、オイラはケータイ片手にショッピングを楽しむわけだ。

さらに、昨年になってモバイルSuicaが、クレジットカードの登録がなくても使えるようになった。難点は、駅の券売機ではチャージができなくて、ファミリーマートや駅のコンビニでないとチャージできない。これがやっかいだが、使いにくくても、かっちょいいんだな(笑)ついついこっちにも手を出して、使い始めてしまったわけだ。もう一つの難点は、クレジットカードの登録がないと、普通車グリーン券の記録ができない。結局、オイラは、モバイルSuicaとICカードのSuicaを両方持ち歩いているわけだ。

で、最後に、今月18日に登場したPasmoである。私鉄では初の非接触型ICカード。これは、私鉄で使えるってより、Suicaと相互乗り入れできるところが、オイラが期待していたところだ。今まで、SuicaでJRに乗り、私鉄はパスネットを使っていた。それが、1本に絞ることができるなら、こんなに便利なことはない。オイラの財布で増え続けるICカードは、もう増やす必要がないのではないか。

ところが、オイラは甘かった。

Suicaで私鉄に入場して、途中から私鉄の定期券の区間に入り、降車駅でSuicaと定期券で清算することはできないのだ。こういう使い方をしたいときは、最初にPasmoの定期券を買い、チャージしておき、私鉄の駅から入場し、私鉄の定期券の区間に入り、降車駅で改札口を降りるとき、同時に清算してくれる、ということになる。2種類のICカードを同時に使ったり、Pasmoの領域で、私鉄の清算をSuicaでやるってことはできない。オイラのばやい、定期券は普通の従来のやつで、モバイルSuicaを使って入場し、降車駅で定期券を改札口に入れると、アウトになる。このときの清算は、モバイルSuicaではできない。

結局、オイラは観念して、Pasmo定期券に切り替え、Pasmoにチャージすることになってしまった。

そんなわけで、オイラの手元には、Suicaカード、モバイルSuica、モバイルEdy、Pasmo、せたまると、5種類のICカードがあるというわけだ。それぞれ、オイラなりの使い道があるのだけど、現金で買えないものはないわけだから、一番便利なものだけ1枚持っていればいいのだと思う。さすがに5枚あると、全部にそれなりにチャージしているから、どうも出費が多いような気になってしまう。

この非接触ICカードって、これまではいろんなカードを使い分けていたけど、これからは1枚のカードでどこでも行けるよってのがウリじゃなかったっけ? 買えないものはどこにもないっていうICカードってないのだろうか。てか、それじゃあ、市場原理が働かないか。皆さんは、いったいいくつのICカードをお持ちだろうか。

そこで教訓。

ICカードは、TPOを考えてから買おう。

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2007年3月22日 (木)

眞鍋姉さん、オイラもささやかな幸せを満喫しているよ

こんなささやかにブログを更新しているとね、

ふと眞鍋姉さんのブログを開けたら、おっ、更新されている!幸せ!

そのエントリーのトラックバック数を見たら、おっ、まだ23じゃん!幸せ!

で、すぐに記事を書いて、トラックバック送って、眞鍋姉さんのブログのサイドバーにあるトラックバック欄にオイラのブログのエントリーを見つけて、幸せ!

翌日くらいに、ブログのアクセス解析を見たら、眞鍋姉さんところからたくさん見に来てくれていて、アクセス数も増えていて、幸せ!

そんな、ささやかな幸せを満喫する今日この頃。

眞鍋姉さんに、幸せにトラックバック。

ささやかな幸せを噛みしめるオイラの毎日。

1日を幸せに過ごすきっかけは、やはり朝やね。

いかに美しく朝を迎えるか。まず目覚ましで目を覚まし、疲れも何もなく、普通に歯を磨きに立つことができたら、幸せ!

駅に向かう途中で、少し交通量が多い道路があるんやけど、ここを止まらずに渡ることができたら、幸せ!

駅について、電車待ちの列に並び、今朝は座れないかなとあきらめていたのに、何故か、オイラを待っていたかのように1つだけ席が空いていたりしたとき、幸せ!

電車の最後部から富士山が見えることがあるんやけど、朝、偶然それを見つけちゃったとき、幸せ!

とまあ、そんなしょうもない、ありきたりな朝を楽しんでいる。

そう言えば、オイラは、生きている中で一番幸せなのは、朝目を覚ましてから、さあ起きるぞと身体を起こすまでの、日によっては二度寝につながる危険な時間、あの夢うつつな、でも、脳のよどみ具合が最高に気持ちよく、布団も自らの体温でいい感じに暖まっている、あの時間なのだ。

あと、2番目に幸せなのは、夜、布団に入ってから、目をつむり、夢に落ちるまでの不確かな時間。何分か、自分自身では決して測ることのできない、不明瞭な時間。あれが、最高に幸せ。時折考え事をしたり、妄想にふけるけど、絶対に朝起きても思い出せない。それが、素晴らしく、楽しい。

オイラって、狭間で幸せ感じるタイプなのだよね(謎)

あ、もう、こんな時間。

今夜も、そんな幸せな空間に落ちていくことにしよう。

おやすみなさい。

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2007年3月21日 (水)

佳南江ちゃん、おかえりなさい

うかつだった。夕方、高田馬場に向かって電車に乗ったら、財布にお金が2500円しか入っていないことに気づいた。銀行に寄るだけの時間もなく、そのまま四谷天窓.comfortへ。ライブのチケット代金とドリンク代で、オイラの財布はすっからかんになったのだ。

今夜は、『帰ってきた!!花粉症姉妹物語2007』というイベント。このブログでもお馴染みの木下直子ちゃんと、久しぶりに天窓に帰ってきた戸城佳南江ちゃんのツーマンライブである。

このブログには初登場の戸城佳南江ちゃんは、オイラも、ライブを聴くのが久しぶり。最初は、横浜の屋外のライブだったと思う。そのときも木下ちゃんといっしょだったような。そのときの印象は、ピアノがうまいじゃりん子(失礼)って感じしかなくて、あまりオイラには響かなかった。

それから、前回の『花粉症姉妹物語』や、何度かたまたまライブを聴く機会があった。確か最後は、2005年の秋か冬くらいの天窓.comfortのライブだったような覚えがある。05年春に、オムニバスアルバム『Piano&Woman Episode04』に参加していて、久しぶりに見かけた彼女は、ちょっときれいになったなと感じたのと、ずいぶん歌もピアノも成長したなって実感。良きアドバイザーに恵まれたのかなと思った。そのとき、彼女は、しきりに「アゴが痛いんです」というようなことを言っていた覚えがあって、顎関節症でライブ活動を休止するという知らせを聞いたのは、その年の末だった。

彼女にとっては、あぶらがのりきったときだったと思う。これからまだまだ上に登りつめるかもしれなかった彼女にとって、唄うことを許されない病気を患うというのは、本人しか分からない苦悩があったのだろう。今夜のライブのMCで、ちょうどその頃、祖母を亡くしたという話もしていて、大きな支えを失い、歌声も失い、彼女はいったいどうして過ごしていたのだろうかと。

オイラが足を運ぶ天窓をはじめとするライブハウスは、どこもインディーズのアーティストばかりが唄うところなので、今日出会ったアーティストが、明日には音楽をやめてしまうってことは、案外当たり前なのだ。まして、女の子の場合、20代から30代は、結婚や恋愛、就職、妊娠、病気といった避けられない現実と向き合うわけで、昨日まで唄っていた人が、ある日突然、田舎に帰ってしまうこともある。

なので、一度一戦を退いたアーティストに、再び出会えることは、むしろマレなんじゃないかと思うんだ。

今夜は、気管支炎で肋骨にヒビを入れた木下ちゃんが、「今夜はとにかく、佳南江、おかえりってことで。佳南江、おかえり!」と言っていて、オイラも深々と共感。

佳南江ちゃん、おかえりなさい。

随分ブランクがあったけれど、今夜のライブを聴く限り、ピアノの腕も落ちていないし、以前の戸城佳南江が戻ってきたのだと思う。

 

さて、少し時間を遡り、3月19日(月)の夜。

渋谷にある7th floorへ。金曜日に引き続き、usuライブである。

一番手に辻詩音さんという、17歳(驚)のギター弾き語りの女の子が唄っていて、これが元気はつらつやねんけど、なんか、どっかから彼女といっしょに唄う男の声が聞こえてきて、うん?ってあちこち見回したら、

背広のにいちゃんが、唄ってました(汗)

おおっ。歌詞、全部覚えてはるんやー。すごー。歌い手との年の差は、倍くらいあるのかなあ(笑)

そんな話をusuにしたら、「そういうの、あるんですよ、聞こえるねって。もりちさんも、『雛』歌ってください」って。

まま~♪

 

 

   ……って、どうなん?(笑)

そう言えば、今夜のライブでも、戸城佳南江ちゃんに合わせて、気持ち良さそうに、ほんっとに気持ち良さそうに、唄ってはる人、いたなあ。

オイラが、クールすぎ?

でも、オイラからのお願い。

唄ってもいいけど、静かに歌って(笑)

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2007年3月20日 (火)

【秋庭系東京地下物語2007】(最終話)地下鉄サリン事件・霞ヶ関駅の真実

Kokkai1 リニューアルされた丸ノ内線・国会議事堂前駅である。ほんの少し前までは、ずいぶん古ぼけた駅で、地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生の言い方を真似れば、「戦前にあったとしか思えない」とでも言うのだろうか。やはり、東京の地下鉄を語る上で、この駅の存在は欠かせないような気もする。

最終話は、この駅から始まる。「幻の地下護送ルート」が紹介された朝日新聞社の『地下鉄物語』では、丸ノ内線・国会議事堂前駅で、電車が通過になった日のことが綴られている。

それは、2度あったという。1回目は、1959(昭和34)年12月10日。2回目は、1960(昭和35)年4月23日。丸ノ内線の建設当時、衆議院が駅出入り口用に敷地を貸与する際、営団と交わした契約項目の中に、「本院の警備上必要ある時は一時閉鎖を指示できる」と書かれていた。前記の2回、衆議院は、「全学連学生の行動に鑑み」、議事堂口と総理府口の閉鎖を営団に指示した。

日本の敗戦直後、焼け野原で乗客がほとんどいなくなった末広町、稲荷町駅でも、電車はノンストップとなった。でも、警備当局の要請で電車の駅通過を余儀なくされたのは、この例が初めてだったのではないか。

そして、戦後、電車を停めたくても停められない事件が、東京のど真ん中で起きた。あれから、12年、事件がオイラたちに教えてくれたことは、何か? 秋庭先生では教えてくれなかった「真実」がそこにあった。

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2007年3月19日 (月)

【秋庭系東京地下物語2007】(第6話)築地の運河跡にある「政府専用地下駐車場」の妄想

Tukidigawa1 秋庭系地下マニアの皆さんなら、ご存知の、この中途半端な空間。左側の壁には、何やら鉄板らしきものが入口を塞いでいる。右側には鉄製の網が張り巡らされ、中を覗くと、どうやら警察車両が見える。

おおっ、これが噂の政府専用駐車場かと。

地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生は、最初に洋泉社から『帝都東京・隠された地下網の秘密』を出版したとき、築地川公園の下に延々と続く政府専用の地下駐車場があり、それが第1、第2、第3とあると書いていた。しかも、2000~3000台もの収容能力があると。ところが、新潮文庫版で出版すると、この第1、第2、第3は、一般には知られている駐車場だと言い、この他にさらに、政府専用の地下駐車場があると言い出した。間違っていたなら、すいませんと謝るのが筋だが、いつの間にか中身を書き換えるのは、秋庭先生ならではの逃げ口である。

ああ、もう、ここまでお読みになっている皆さんは、お分かりの方が多いのだろうね。ここには、政府専用駐車場はない。結論から言うと、この写真の空間も、築地川公園の下にある空間も、首都高速道路の用地である。が、その計画は、今も白紙のままで、首都高が整備される見通しは立っていない。運河を埋め立て、基盤整備までして、あとは首都高が走るのを待っているだけの空間。ここは、これから、どうなるのだろうか。

そこから分かったのは、日本の道路行政が抱えた矛盾だった。

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2007年3月18日 (日)

【秋庭系東京地下物語2007】(第5話)東京メトロ有楽町線の妄想

Ikebukuro1 こんなところに、どうして地下道があるのだろう。初めて通ると、たいていの人は、そんなことを感じる。

ここは、東京メトロ有楽町線の池袋駅東側にある地下道。駅の改札口を出ると、西武百貨店の地下を通り、まるで、ここだけ独立したような空間がある。地下道の開放時間は、7時から21時までと決まっている。夜中に使う人がいるとは思えないが、昼間に使う人がいるかと言えば、かなり閑散としている。

東京メトロ有楽町線は、高度経済成長期の真っ直中に建設が決まった。当時、丸ノ内線の混雑が深刻で、その救済路線として、銀座線のバイパスとなる半蔵門線といっしょに、緊急に整備すべき路線に決まったのだ。だが、この有楽町線の建設は、一筋縄ではいかなかった。池袋駅から西では、上を通る都道の反対運動が勃発。建設を急がなければならない一方で、急ぐからこその矛盾も抱えることになる。

そんな有楽町線にある、こんな不思議な地下空間。思えば、有楽町線にはもったいない空間が多い。わざわざ有楽町線の車両を綾瀬の車両基地に送るための連絡線や、小竹向原から池袋までの複々線や使われていない駅…。ずいぶん贅沢なつくりだなあと思うのは、オイラだけなのだろうか。

地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生は、この有楽町線に平行して、補助55号線という地下道があるという妄想を炸裂していた。結論から言えば、そんな地下道はないのだが、有楽町線は、様々な都市伝説を生み出すだけのツールが満載の路線なのかもしれない。

今日は、東京メトロ有楽町線の地下道の秘密に迫る。

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2007年3月17日 (土)

【番組の途中ですが】天窓の3階と5階をハシゴした慌ただしい夜

週末は、地下ネタの更新はないと思うので、しばらくオイラのよもや話におつきあいいただきたい。ってか、オイラのブログは、こーゆーのが本家本元で、他人からすればどーでもいいようなまったりした日々を、つれづれなるままに言葉にしているのである。

今夜は、かなり前から楽しみにしていたライブ。

四谷天窓では、このブログではお馴染みのusu、四谷天窓.comfortでは、最近オイラがプッシュしている川畑李子さんと、kyokoさんがそろい踏み。こりゃー、もう、全部のライブを観なきゃ、冬が終わらないってことで、仕事が終わると、高田馬場へ向かった。

まずは、3階の四谷天窓で、usuライブがスタート。

この日は、『音楽倉庫』というイベント企画で、1ヶ月間、出演者の着うたが無料でダウンロードできる。usuは、アルバム『うすうた』でもお馴染みの「化石」。ピアノ弾き語りとはひと味違う、本格的に音が入った歌は、usuらしく、心の有り様を描いた1曲だ。ライブバージョンの「化石」と、アルバムバージョンの微妙な違いも楽しめるかもしれない。←マニアックすぎるか(汗)

usuは、右肩にアザがあって、子どもの頃、それがイヤで、絆創膏とかはったり、ノースリーブが着られなかったりと、切ない思い出があるそうだ。「でも、今では、こんなアザでもあってよかったなって思うんです。墓場まで持って行くつもりなんですよ」

生まれながらのアザって、自分が悪いわけじゃないのに、何故かそのアザに意味を感じてしまう。その人の個性を左右するよね。昔から、SFやファンタジーでは、アザの存在が何かの暗示っていうパターンが多かったような気がする。たぶん、そーゆー大袈裟なものでなくても、何か意味があるのかもしれないって思ってしまう。

usuライブ30分を楽しんだあと、usuに挨拶する暇もなく、速攻で3階から5階に駆け上がる。ちょうど、川畑李子さんの始まる直前に、comfortに駆け込んだ。

ここからは、グランドピアノの弾き語り。

川畑さんは、たまにここでも紹介する、ただいま伸び盛り(オイラの妄想)の弾き語りさん。まだ20歳と若いけれど、あと何年か天窓でキャリアを積めば、良い結果が出せるのではないだろうか。ここのところ、お客さんの層が広くなってきたような気もするし。

彼女が子どもの頃、幼稚園で、林檎屋さんになりたくて、先生にそう言ったら、「林檎屋さんはないから、八百屋さんね」と、八百屋と書いた札をつくってくれたそうな。でも、他の子どもたちは、ケーキ屋さんとか可愛いので、とてもうらやましくなって、自分の番が来たら、「八百屋」の札を持ったまま、「ケーキ屋」と答えたという。

なるほどー。

オイラの実家は、実は、「はんぺい屋」である。

とっくの昔に廃業したけどね。

だっさーっと、子どもながらに思っていて、友達や先生に、「ご両親は何のお仕事?」なんて聞かれると、

水産加工業

って答えていた。

これが、さっぱり伝わらない。

結局、最後には、「要は、はんぺい屋です」ってことになる。

「ああ、おでんに入ってるやつね」って、これもお決まりの返し。

そして、最後は、kyokoさん。

会場のお客様に語りかけるようなMC。この人、独特の声を持っている。可愛らしいキャラっぽい声ではなく、裏声っぽい音域の声がある。

うーん、何て表現すればいいのかな。

言葉を声にするときの音って、吐く声と、吸う声ってある。例えば、アイドルがぶりっこでしゃべるときは、基本的に吐く声。黒木瞳さんとか、囁くようなしゃべり方に魅力がある人って、吸う声があって、のど元で色っぽく響く。ピアノを弾き語りながら、うっとりした目で会場に微笑みかけ、この「吸う声」で語りかけると、たいていのおじさまは撃沈できる。

な…何の話をしているんやら…(爆)

 

な…、なんか、音楽のカテゴリーだったが、音楽よりも、ちょっと蛇足みたいな話だったね(汗)

そんな感じで、まったりと癒された夜。

おやすみなさい。

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2007年3月15日 (木)

【秋庭系東京地下物語2007】(第4話)区界の地下に流れる「川」の妄想

Aizome1 東京メトロ千代田線の根津駅からしばらく歩くと、右へ左へと道がうねっている通りに出る。地図を見ると分かりやすい。その曲がりくねった道路は、文京区と台東区の境目にある。左の画像は、左側が、台東区谷中である。今週日曜日に投票がある区長選・区議選の掲示板がある。右側が、文京区千駄木である。

不思議なことに、文京区と台東区の区界は、千代田線が地下に走る不忍通ではない。その奥にある曲がりくねった細い道路なのである。

この道には、かつて川が流れていた。

藍染川という。

今回は、地図から分かる地下河川の秘密に迫る。

地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生なら、たぶん「地下河川」ってだけで興奮してしまうかもしれないが、今夜の話は、陰謀も、守秘義務も、まったく関係ない、のほほんとした余談である。

ここまで堅めの話が多かったので、ちょっと肩の力を抜いて、読んでもらいたい。秋庭本も一度しまって、いつも使う地図を手にとってみよう。

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【番組の途中ですが】地下鉄千代田線に、隠された「未供与」の駅が4つもあった!!(爆笑)

コメント欄で教えていただいた『別冊ナックルズ・日本“怪”伝説』を読ませていただいた。いや、もう、爆笑なしには読めない、都市伝説の数々。とりわけ、「都市伝説File06」にある「帝都東京『地下帝国』の正体・都内某所の地下には“核シェルター”が存在した!!」については、秋庭系マニアなら必読であろう。

書いているのは、地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生ではなく、木内章次さんである。残念ながら、この方のことをオイラは知らない。内容は、ほぼ80%くらい、秋庭系である。

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2007年3月14日 (水)

【番組の途中ですが】累計アクセス数10万突破のお知らせ

「そらめく日々」「そらめく科学 気象予報士への道」「天使は舞い降りた」の3ブログの累計アクセス数が、本日、10万を突破したことを、ここにご報告します。

2005年5月に、「そらめく日々」をスタートして以来、1年10ヶ月、本当に多くの皆さんが、何の縁なのか、このブログにたどり着き、エントリーを読んでいただいたことに対しまして、この場をお借りしまして、厚く御礼申し上げます。

現在、「そらめく日々」では、【秋庭系東京地下物語2007】を連載しております。これは、アクセス数10万突破を記念して、日頃から購読いただいている読者の皆様への感謝を込めて、企画しております。全部で7回程度を予定しております。

世の中、頑張りすぎる風潮が強くなりました。

頑張らないと生き残れない。頑張っても、報われない。何が真実なのか分からない。「正義」の看板を掲げるやつに、ロクなやつがいない。

そんな時代だからこそ、青空を見上げて、深呼吸し、自分らしさを失わない毎日をおくりたいものです。

たくさん迷って、でも、歩き出したら、しっかり前に進みましょう。

ありきたりの毎日をたくさん積み重ねて、塵も積もれば平和を感じましょう。

「そらめく.com」は、頑張らないあなたを応援します。

今後とも、ご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

 

2007年3月14日

管理人です。

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【秋庭系東京地下物語2007】(第3話)水没した赤坂見附駅の妄想

Mitsuke1 休日になると、外濠沿いの通りには、散歩やジョギングを楽しむ人たちを見かける。お濠には、釣り堀もあって、穏やかな水面を水鳥たちがのんびりと泳いでいる。春の陽気に包まれた平和なひとときである。

1993年8月27日、この景色は一変した。台風11号が首都圏を襲い、東京を記録的な大雨が降った。当時、この新見附濠と、市ヶ谷駅の陸橋を挟んだ市ヶ谷濠では、営団地下鉄が南北線の建設工事を行っていた。新見附濠と市ヶ谷濠では、それぞれ4分の1くらい仕切って、水を抜き、穴を開け、そこから掘削機や建設機械を入れて、市ヶ谷駅の建設やトンネルの掘削工事を行っていたのだ。記録的な豪雨により、濠の水位は一気に上がり、仕切りを越えて、トンネルへと水が流れ込んだ。これにより、1台12億円もする最新型掘削機2台が水没した。

一方、同じ日、営団地下鉄の赤坂見附駅では、トンネルを流れてきた水で、駅のホームが水没していた。水は、地上の出入り口から階段を流れてきたのではなく、電車が走っているトンネルから流れ込んできた。

同じ日に起きた2つの事故には、台風11号と記録的豪雨という要素以外には共通点は見られないように思える。でも、事故から10年以上が過ぎたある日、地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生が、『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)の文庫版あとがきで、この事故の真相を明らかにした。赤坂見附駅を水没させた水は、弁慶濠の水で、弁慶濠から南北線に流された水が、営団の設計士も知らないトンネルから、一部が赤坂見附駅へと逆流したのだという。

えっ?

弁慶濠? 南北線? 逆流?

今回は、赤坂見附駅の水没の真相に迫る。

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2007年3月13日 (火)

眞鍋姉さん、あんたも十分若いよ(笑)

17歳とご飯食べに行って、帰ったら床で寝ているなんて、眞鍋姉さん、まだまだ若いさ。安心しなはれ。まあ、相手は17歳だから、肌の保湿感は負けていたのかもしれないけれど、2人並んでいる眞鍋姉さんは、十分、林明日香ちゃんにとって、「きれいなお姉さん」だったと思うな。オイラなんて、平成生まれの友達なんて…いないなー。

そんなこんなで、眞鍋姉さんにトラックバック。

オイラなんて、友達がすでに結婚して、子どもできたよってのが多い。

「遊びにおいで」なんて言葉を真に受けて、颯爽と出かけると、まあ、奴から出てきた子どもが、生意気そうな顔でこっちを見つめているわけだ。で、モノによっては、オイラを堂々と呼び捨てして、両親の教育方針に苦言を呈してしまうくらいだよね。

でも、そーゆー若い友達、いや、とてつもなく若い友達がいないオイラは、結構そういうガキどもに遊んでもらって、ご満悦だったりする。

帰り際に、必ず約束するんだよね。

あと十何年たったら、飲みに行こうな(笑)

いや、必死ですわ。

それにしても、眞鍋姉さん、あと何年かすれば、相手は年下の女の子ではなく、年下の彼氏とかと仲良く並んで、

「いきなりですが、嫁に行きます」

なんてエントリーを上げてくれるのかな。

まあ、基本的に眞鍋姉さんは、男前だよねー。

男子のオイラでも、姉さんの立ち振る舞いに憧れちゃうもんなー。

が、いつかは、嫁に行くわけで。

自虐ネタにまったりつきあえるのは、あとどのくらいなんだろうか。

ねえ、眞鍋姉さん…。

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【秋庭系東京地下物語2007】(第2話)「極秘」護送地下鉄の妄想

Kosuge3 この威圧感たっぷりの塀は、東京都葛飾区の小菅にある。川と川に挟まれた三角の土地には、高い塀に囲まれた東京拘置所がある。ルーツは、戦前の小菅刑務所。当時巣鴨に東京拘置所があったが、昭和21年4月、連合軍による東京拘置所施設の接収により、小菅刑務所の敷地に東京拘置所が移転してきて、刑務所と拘置所が併設された。その後、この場所が現在のように東京拘置所となるまでのいきさつは、前回に書いた通りである。

今回は、東京拘置所が小菅に移転する計画が進んでいた1970年代の話である。

前回、地下ネタがほとんどなく、堅苦しい話ばかりだったので、今回は妄想たっぷりに地下ネタに没入してみたい。

地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生は、『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)、『新説東京地下要塞』(講談社)、『大東京の地下99の謎』(二見文庫)の中で、朝日新聞の連載『地下鉄物語』に書かれた「幻の地下護送ルート」を紹介している。小菅の東京拘置所から引き込み線で営団地下鉄千代田線へと乗り入れ、霞ヶ関にある東京地検の地下駅へと至る計画である。これは、秋庭先生にしては珍しく現実にあった「極秘」計画だが、不思議なことに、『新説東京地下要塞』で、秋庭先生は、「つくり話」と、バッサリ切っている。

秋庭先生は、何故、千代田線を使った護送電車を否定してしまったのだろうか。

第2話は、実在した「幻の地下護送ルート」に迫る。

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2007年3月12日 (月)

【番組の途中ですが】久々に動く秋庭俊先生を拝見しました。

今日、19時30分頃から、インターネットラジオLFX mudigiの「荘口彰久のブロードバンド!ニッポン」という番組内のコーナー「そうか、SOHいうことか!」に、地下の都市伝説の権威・秋庭俊さんが出演された。

久々の動く秋庭先生である。元気そうで、楽しそうだ。最初のうちは少々緊張気味に自己紹介していたが、地下の話題の核心部分に入ると、髪を振り乱すように、いつもの地下ネタをまくしたてた。やっぱり、地下ネタを話す秋庭先生は、生き生きとしている。

オイラのブログでは、応援企画まで立ち上げて、秋庭先生の登場を心待ちにしていただけに(笑)、今回の番組を食い入るように拝見した。

この番組は、放送後にオンデマンドでも観ることができるらしい。

この後は、ネタバレになるので、ご注意いただきたい。

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【秋庭系東京地下物語2007】(第1話)サンシャイン・シティの妄想

Sun1_1 そのビルを、人はいつしか、「墓石のようだ」と表現するようになった。地上60階を誇るビルは、建設当時、霞ヶ関ビルを抜いて、日本一の高さだった。

ここサンシャイン・シティの敷地には、かつて巣鴨刑務所があった。戦後、GHQはここを接収し、巣鴨プリズンとして戦犯を収容し、60人の戦犯がここで処刑された。日本が戦後を歩み出すにあたって、この土地をどう処理するのかは、まさに戦後処理の総決算でもあった。このビルの足下には、小さな区立公園がある。そこには、この地で処刑された戦犯60人を慰霊する碑がある。上を見上げると、確かに、サンシャインビルは、墓石のように見えないでもない。

この土地の処理は、戦後誰も触れることができなかった“戦争責任”の問題にも、深く関わっている。

サンシャイン・シティには、「幽霊が出た」という類の都市伝説が跡を絶たない。それは、この土地が抱えている「因縁」がもたらした「皿屋敷現象」のようなものだろう。地下の都市伝説の権威でもある秋庭俊先生は、『新説東京地下要塞』(講談社)の中で、「巨大な穴が工事を再開させた」と、この土地の地下にまつわる妄想を展開している。地下5階にある変電所といい、豊島区役所につながる地域冷暖房の洞道といい、ここは都市伝説を創り出すには、あまりにも舞台と小道具がそろいすぎている。

このシリーズの第1回目は、戦後の再開発の象徴とも言えるサンシャイン・シティにまつわる物語である。

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2007年3月11日 (日)

また一週間が始まる

金曜日夜に、久々に松岡ヨシミちゃんのライブに、四谷天窓.comfortへ向かった。考えてみれば、2月16日に谷口深雪ちゃんのライブ以来になる。思えば、あれから忙しい毎日だった。いろいろなことがあったし。

その松岡ちゃん、ここのところ、首をねんざしていたのだそうな。そんなところをねんざするなんて、ろくろ首みたいにぐにゃーっとやっていたのかと思いきや、原因は、肩こりなのだという。首が痛くなるくらい肩がこるなんて、あるんかいと思ったが、思えば、オイラ、かなりの肩こりなので、常に首はあまり曲がらない感じである。少し曲げると、ぼきっ、ぼきって音がする。

てか、オイラって、年中無休で首ねんざ状態?

で、ライブが久しぶりなら、考えてみれば、マッサージも久しぶりと気づき、土曜日の夜、立ち寄ったショッピングセンターのマッサージを受けてみた。そしたら、案の定、ゴリゴリの状態。がっちがっちの状態。

いかんなー。癒されることを忘れる毎日だったのだろうか。

風邪をひいていたからなー。

松岡ちゃんは、夏にセカンドアルバムを出すのだそうで。

彼女が唄っているのを最初に見たのは、彼女が二十歳のときだった。あれからもう、3年近い月日が流れたわけだ。今では、天窓でも1、2を争うピアノ弾き語りに成長した。

時間がたつのは、早いもんだ。

さて、明日から、このブログは、1週間ほどちょっとテンションが変わると思うけれど、ご心配なく。明朝より、新しい企画が始まるので、お楽しみに。

ほな、おやすみなさい。

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2007年3月 8日 (木)

「都市伝説」は、何故受け継がれていくのか?

今夜は少し、都市伝説にスポットをあててみよう。いくつか書籍を紹介してみたい。

『都市伝説探偵団』(アエラ都市伝説探偵団編集、朝日新聞社)

『アエラ』の敏腕記者たちが、わざわざ都市伝説の1つ1つを検証した連載を1冊の本にまとめたものだ。

「下水道には白いワニがいる?」…この話、アニメ『機動警察パトレイバー』でも題材になっていたよね。源流は、1935年2月10日付のニューヨーク・タイムズ紙らしい。「市内のハーレム川近くの下水道で、少年2人が体長2メートル以上のワニを捕獲した」という記事が掲載されたという。それが、渡り渡って、日本の東京で都市伝説になった。現実には、ワニは、熱帯地域の動物だから、下水管の中は寒くて生き残れないのだそうな。

「フリーメーソンは世界征服を狙う?」…フリーメーソンといえば、よくこんな話を聞くけど、国ごとに組織が独立していて、世界を統一する組織ではないらしい。従って、世界征服は不可能。意外なところで、ケンタッキーフライドチキンでお馴染みのカーネルサンダースさんが会員なのだそうだ。実際には、高齢化が深刻で、日本の支部は会員不足で減少傾向にあるという。

「富士の樹海は生きて出られない?」…オイラも、最近まで信じてた。磁気が狂う、方向感覚がなくなる。樹海は、東西8キロ、南北6キロほどで、周りを道路で包囲され、ど真ん中を突っ切る道路まである。自殺志望者でさえ、「出よう」と思えば樹海を抜けることができる。自殺の名所だけれど、案外安全な場所らしい。

『屋根裏に誰かいるんですよ・都市伝説の精神病理』(春日武彦著、河出書房新社)

精神科医の春日武彦さんが、精神病患者の「屋根裏に誰かいるんですよ」という妄想を題材に、都市伝説を絡めて解説している。

「都市伝説であるためには、匿名性あるいは没個性的内容が求められる」「都市伝説にせよ妄想にせよ、それらはオリジナリティーの乏しさこそがリアリティーを保証している」という指摘が、なかなか的を射ていると思った。

そう言われてみると、都市伝説は、必ず直接の語り手から聞くことはなくて、必ず誰かがこんな話をしていたという形で始まる。話の語尾は、「らしい」「なのだという」って感じに、他人事のような締め方をする。秋庭俊さんの一連の著作の特徴だよね。

『東京怪談ディテクション・都市伝説の現場検証』(広坂朋信著、希林館)

これはおもしろかった。

皿屋敷物件4条件…(1)祀られるべきものを持つ「因縁のある土地」がある(2)土地の事情を無視したかのように思われる開発(建築)がある(3)出る、という噂がささやかれる(4)噂に尾ひれがついた挙げ句、住人が変わる、または居なくなる

あるよねー、こういう物件。火のないところに煙は立たない。都市伝説が生まれるだけの出来事や土壌が、そこには必ずあるのだ。

作者は、1つ1つの都市伝説を、実際に現場に赴き、検証する。一概に都市伝説を否定するのではなく、都市伝説の生まれた背景に迫る姿勢に共感した。

 

現代の都市伝説の語り部は、女子高生や子どもたちではなく、二十代から三十代の若い世代の大人だ。何故、彼ら大人が、現実にはあり得ない都市伝説に耳を傾け、夢中になるのか。しかも、大真面目に信じている人が多い。下手をすると、掲示板で論争していたりする。なかなか、おもしろい時代になったなと感じる。

政府は隠し事をしている。マスコミやマスメディアは、嘘をつく。…そんな時代だから、都市伝説に魅力を感じる。その伝説は、かなりステレオタイプで、テレビドラマや小説にしたら、かなり失笑もののような内容だけれど、何故か、まことしやかに、大真面目に、語り継がれる。真実は問わない。そういう時代が、幸福なのか、不幸なのか、オイラには分からない。

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2007年3月 7日 (水)

ブログの影響力

オイラがブログを始めたのは、2005年5月のことである。今年の5月で丸2年を経過する。これまでのエントリーは、「そらめく日々」「そらめく科学」「天使は舞い降りた」の3つのブログを合わせて550超ある。

最初の頃、1日のアクセス数は、一ケタ台しかなく、自分以外誰もアクセスしない日もあった。そんな毎日は、およそ半年くらい続いたような覚えがある。眞鍋姉さんにトラックバックを送るようになり、アクセス数は次第に増えてきた。書いているネタは、最初のうちはもっとまったりしたネタが多かった。ブログのことを「日記風サイト」と呼ぶらしいが、まさにオイラのブログは、日記という域を超えていなかったのだ。

でも、ここ1年くらいで、アクセス数は大幅に増えた。Googleの検索から外された今でも、訪問者は1日60~70人くらい、累計アクセス数は1日200前後に達する。オイラは、真面目にアクセス数を増やそうとするタイプではなく、どっちかというと検索エンジン頼みだったところがあって、ランキングには登録していないし、トラックバックも、一部のサイトを除き、送ることはめったにない。訪問者のほとんどは、不特定多数だが、ここのところ、リピート率が増加傾向にある。

そんなわけで、オイラもそろそろ、このブログを、単純に「日記風サイト」として扱うには、厳しくなってきたような気がした。書いた内容には、自分なりに責任を持っているつもりだが、これだけ多くの人の目にふれるようになると、最低限のルールを遵守した上で、記事を書かないと、これから持たんだろうなと思っている。

今回のGoogleの件は、それを如実に表した事例だったと言えよう。

1つ目は、著作権の問題である。

秋庭俊さんが文筆家である限りにおいて、著作の検証にある程度の引用は欠かせないが、ブログのように、不特定多数に電子化して送信する手段の場合は、ある一定、オイラも勉強しなければならないことがありそうだ。

2つ目は、Googleの“アルゴリズム”を挑発するようなエントリーの上げ方は、慎重にしたいと思う。

Google自体がアカウンタビリティを果たしていないという問題はあるものの、1ブロガーがそれをどうこう問題提起したところでらちがあくものではない。Googleという司祭といかに共存していくのかを、模索していきたい。

3つ目は、アクセス数を上げる努力から、訪問者のリピート率を上げる努力に軸足を移したい。

ある程度、テーマが定まっているブログならともかく、こういう正真正銘の日記風サイトでは、リピーターを増やすのは案外難しいと思う。専門紙でなく、大衆紙を目指すわけで、地下ネタ以外でどれだけ引っ張れるかにかかっているだろう。

なお、右のサイドバーのアクセスカウンターをご覧いただくと分かるように、オイラのブログの累計アクセス数がまもなく10万を突破する。これを記念して、ある企画を準備している。3つのブログの累計アクセス数が10万を超えた前後からスタートする予定。ネタは、もちろん、あれ…。

そう。あれです。

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2007年3月 5日 (月)

静かな休暇

外の強風が止んだ気がする。静かだね。

昨晩、ひどい咳に苦しまされて、朝起きるとグダグダの状態。結局、そのままかかりつけのクリニックへと向かった。

「最近、風邪をひいた後に咳が残るケースが増えているんですよ。これが、残ると結構やっかいなんです」

主治医は、そう言って、処方箋を出してくれた。

相変わらず、この診療所では、検査をしない。主治医は、聴診器をあて、口の中を見て、お腹に異常があれば、お腹を触診する。ただ、それだけ。尿検査も、血液検査もない。

最初のうちは、大丈夫か、この医者…って思ったけど、慣れてしまうと、安心して任せられる。だって、この主治医が出した処方箋は、十中八九、オイラの病に直撃してくれる。治らなかったことは、ほとんどない。しかも、オイラの体調をよく心得ているのか、カルテを見ながら、「今回はお腹にこなかったねー」とか、「この間は咳だったよね」って具合に、オイラの身体に合った診断をしてくれている。

通い始めて、もう7、8年になるけれど、こーゆーのは初めて。医者ってとにかく検査好きで、身体がだるいと言えば血液検査をし、風邪だと言えば尿検査をしって、とにかく、金はかかるが大したことない。

今回の処方箋は、めったに出さないような、ってか、今まで見たことのない薬が入っている。1つは、喘息や気管支炎で使うような強力なやつ。注意書きがある。

「悪心、けいれん、筋肉痛、頻脈などの症状が見られたときにはすぐにご連絡下さい」

少しリスクを伴うくらいの薬らしい。こーゆー強力な薬をくれることは珍しい。

「このケースでは、なかなか治る薬が分からないんです。アレルギー向けのやつを出しても効かなかったりして。薬が切れても治らないようなら、もう一度来てください」

こいつも含めて、全部で4種類の薬。昼と夜と飲んだら、咳がほとんど止まってしまった。さすが、オイラの主治医。1週間苦しんだのが、嘘のようだ。

さて、今週も忙しくなりそうだ。

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2007年3月 4日 (日)

『グーグル Google 既存のビジネスを破壊する』(佐々木俊尚著、文春新書)を読む

やはり、当事者として、読んでおくべきだと感じた。オイラのブログが、「秋庭俊」というキーワードでは検索しにくくなったのは、間違いなくGoogleの“アルゴリズム”が生んだ弊害だし、そこに意図があるかどうかは別にして、これから同じジャンルのエントリーをあげていこうとすると、何度繰り返しても、検索の上位にはならないということになる。

読んでみた感想を率直に言えば、

なんだ、要するに、Googleの“アルゴリズム”に無意識に従順であればいいわけか。

オイラが、【秋庭俊先生応援企画】でやったことは、こういう冠を先頭につけることで、一連の連載を丸ごと、Googleのキーワード検索で上位に上げることを狙ったものだった。この相乗効果は、天涯さんのブログまで波及して、一時期、「そらめく日々」「書き散らsyndrome」の該当エントリーは、本人の公式サイトのすぐ背後まで迫った。

これが、目立ちすぎた。

どういう意図があったにせよ、“アルゴリズム”の悪戯だったにせよ、オイラのエントリーは、検索結果から外されてしまうことになる。

オイラは、某巨大掲示板をいっさい使わない。それは、こういうGoogleが支配するネット社会では、乱立するスレッドと、そこでの無益な議論など何の役にも立たないと感じていたからだ。それは、あちこちから訴訟を起こされて、某巨大掲示板自体の信憑性と説得力が薄れている中では、なおさら、そこにある情報に意味を感じなかった。

だから、オイラは、ブログという手段を選んだ。

Google(の“アルゴリズム”)は、ブログのエントリーを引っかけやすい。

それは、オイラのブログが弾かれた後も、「書き散らsyndrome」が上位に検索され続けていることを見れば、秋庭本批判のステージがどこが一番有効かは一目瞭然だ。

オイラにとって、想定外だったのは、

Googleが、自身の検索結果について、アカウンタビリティ(説明責任)をまったく果たしていない

ということである。

オイラたちの目の前に展開されているネット社会は、無意識のうちに不偏不党なものだと勝手に思いこんでいる。検索結果に、他人が介在する余地などないと、勝手に妄想している。でも、様々な事象は、Googleの展開する世界が、何らかの「意思」に支配されていることを否定できない。

楽園から追放されてしまっても、神の存在を常に意識せざるをえず、神の手のひらからは最終的に逃れることはできないのである。つまるところわれわれは「グーグル八分」にされても、グーグルを使い続け、グーグルの提供する枠組みを追い求めていくしかないということなのだ。(P228)

これまでの権力は、みんなが価値観を共有している規範を中心として「これはしてはいけない」「これをしなさい」と命令をする権力だった。しかし現在の権力は、人々が知らず知らずのうちに行動を限定されたり、特定の行動に向かわされるようなプログラムや機械的なルールによって管理されているというのである。(P238)

グーグルという司祭の権力は、まさしくアーキテクチャーによって成り立っている権力システム以外のなにものでもない。(P240,241)

オイラのブログが上位に検索されたのは、Googleの“アルゴリズム”の悪戯だった。逆に下位に転落したのは、“アルゴリズム”の意志だったのだろう。

“神”と戦うほど、オイラはお人好しではない。では、どうしたらいいのか。

次のテーマは、その辺りなのだろうか。

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2007年3月 3日 (土)

灯りをつけましょ、爆弾に、お花をあげましょ、毒の花~♪

って、縁起の悪い替え歌をつくったのは、どこの誰なんだろうね。

五人囃子の笛、太鼓、今日は楽しいお葬式~♪

いかんよね。こーゆー、しゃれにならん替え歌は。最初にこれを唄ったのは、小学生なんだろうか、それとも、どこかの売れないお笑い芸人だったんだろうか。オイラは、小学校で同じ年代の子が唄っていたのを聞いたのが、最初だったような記憶がある。それを、みんなして真似したんだ。ひな祭りの歌が元になっているけれど、年中無休で唄っていたような気がする。

そう言えば、テレビアニメ『科学戦隊ガッチャマン』の主題歌の替え歌も、誰からともなく、いつの間にか唄っていた。

命をかけて飛び立てば、電信柱にぶつかって♪

死ね!死ね!死ね!ガッチャマン♪

地球は1つ、作れば2つ♪

無茶無茶な歌やなー。誰が最初に歌い始めたんやろ。少なくともオイラが考え出した替え歌ではないけど、オイラの友達で、こんな見事な替え歌をつくる能力のある人を知らない。でも、この替え歌は、全国区で、京都でも東京でも名古屋でも、ああ、昔、そーゆーアホな替え歌、歌ったなあと笑うんや。

これって、都市伝説と同じ?

1970年代後半に流行った都市伝説で、「口裂け女」ってのがある。

小学校のときに、友達の間で話題になっていた。「今日は岐阜を越えたらしい」「俺の友達が実際に見たらしい」「明日にはこの辺を通るかもしれないぞ」って感じで。そんな恐怖の口裂け女が、どうして東海道をノロノロと東京に向かって歩いているのか、今考えれば謎だ。新幹線使えよって。最初に誰が、そんな話を始めたんだろう。てか、「口裂け女」には、誰かの著作権があるんじゃないのか。最初にアイデアをつくり出した人。

当時、名古屋onlyの夕刊紙があって、1面トップで彼女の似顔絵を掲載していた。

さっき検索したら、この都市伝説、映画になるらしい。

映画『口裂け女』公式サイト

こーゆー都市伝説って、先に商業化したほうが勝ちってことなんだろうか。

ってことは、替え歌も?

シュールな替え歌だけ集めて発売したら、結構売れるんじゃないかなー。

てか、元の歌の作者から訴えられる?(笑)

全然関係ないが、オイラは、『ボキャブラ天国』に投稿して、見事に採用されたことがある。

えーっと、フジテレビさん、ボキャ天小座布団、まだ届かないんっすけどー。

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2007年3月 2日 (金)

眞鍋姉さん、オイラもいきなり落ちてしまいそうになるんだよねー。

オイラのばやい、花粉症はそれほどヒドくないのだけど、ここんとこ風邪気味で、常に風邪薬を使っている状態なのだ。これが、よく効く薬、っていうか、眠気を誘う、睡眠薬のような強烈な薬なんだ。駅のベンチでウトウトして、ハッと気がつくと眠っていたなんてことになる。

いつの間にか、かっくん、かっくんしていて、仕事中も何気にぼーっとしていて、うつろなんだよなー。

でも、オイラの会社は、この時期、1年でも最も忙しい時期になり、しかも、ここ数年でも最悪の忙しさに見舞われている。何故なのかは書かないけれど、石原も、浅野も、海江田も、ついでに吉田も、何でもきやがれーって状態の忙しさなのだ。

そんなこんなで、眞鍋姉さんにトラックバック。

「服用後、乗物又は機械類の運転操作をしないでください」

オイラは、自動車を運転しないから、大きな事故に遭わないでいるけど、運転していたら、半分寝てしまうだろうな。

まあ、そんな感じなので、オイラも、眞鍋姉さんと同じく、朝タイムカードを押した途端、

『…帰りたい…』

てな状態になる始末。

朝のうちは止まっていた咳も、午後になると頻繁に出るようになって、体力が奪われていく。帰りたいが、仕事は終わらない。眠気と重なって、ますますテンションは下がる。

丼いっぱい飲んでも眠くならないで、しかも効き目抜群って薬はないのかなー。

でも、そんなスゴい薬、むしろ、ヤバいなー。

ちょっと、非合法っぽくね?

さてさて、明日は土曜日。

あっという間やね。咳が止まらないようなら、クリニック行こう。

おやすみなさい。

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2007年3月 1日 (木)

「そらめく科学 気象予報士への道」からのお知らせ

このたび、このブログの別館「そらめく科学 気象予報士への道」が、『夢×挑戦ブログ』に登録されました。参加ブログを紹介するコーナーでは、「そらめく科学」の紹介と、オイラのコメントも掲載しております。紹介コーナーに、コメントやトラックバックを送ることもできます。

ここんとこ、google八分だとか、風邪だとかと、景気の悪い話ばかりでしたから(笑)、前向きなブログを読みたい方は、お暇なときにお寄りください。

「そらめく科学 気象予報士への道」

『夢×挑戦ブログ』

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