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2007年3月14日 (水)

【秋庭系東京地下物語2007】(第3話)水没した赤坂見附駅の妄想

Mitsuke1 休日になると、外濠沿いの通りには、散歩やジョギングを楽しむ人たちを見かける。お濠には、釣り堀もあって、穏やかな水面を水鳥たちがのんびりと泳いでいる。春の陽気に包まれた平和なひとときである。

1993年8月27日、この景色は一変した。台風11号が首都圏を襲い、東京を記録的な大雨が降った。当時、この新見附濠と、市ヶ谷駅の陸橋を挟んだ市ヶ谷濠では、営団地下鉄が南北線の建設工事を行っていた。新見附濠と市ヶ谷濠では、それぞれ4分の1くらい仕切って、水を抜き、穴を開け、そこから掘削機や建設機械を入れて、市ヶ谷駅の建設やトンネルの掘削工事を行っていたのだ。記録的な豪雨により、濠の水位は一気に上がり、仕切りを越えて、トンネルへと水が流れ込んだ。これにより、1台12億円もする最新型掘削機2台が水没した。

一方、同じ日、営団地下鉄の赤坂見附駅では、トンネルを流れてきた水で、駅のホームが水没していた。水は、地上の出入り口から階段を流れてきたのではなく、電車が走っているトンネルから流れ込んできた。

同じ日に起きた2つの事故には、台風11号と記録的豪雨という要素以外には共通点は見られないように思える。でも、事故から10年以上が過ぎたある日、地下の都市伝説の権威・秋庭俊先生が、『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)の文庫版あとがきで、この事故の真相を明らかにした。赤坂見附駅を水没させた水は、弁慶濠の水で、弁慶濠から南北線に流された水が、営団の設計士も知らないトンネルから、一部が赤坂見附駅へと逆流したのだという。

えっ?

弁慶濠? 南北線? 逆流?

今回は、赤坂見附駅の水没の真相に迫る。

1993年9月8日付「朝日新聞」の夕刊が、南北線のトンネル水没の事実を伝えている。

市ヶ谷濠と新見附濠は、周辺の雨水をためる調整池としても使われている。濠を工事で仕切れば貯水量が減るため、雨で濠がそれぞれの警戒水位を超えた場合は、仕切り板のバルブを開いて工事現場内に雨水を入れるよう、営団と東京都で協定を結んでいたのだ。でも、警戒水位を超えなきゃいけないほどの豪雨など、めったに降らない。余程のことがなければそれはなかったが、余程のことが起きてしまった。8月27日に、台風11号がもたらした記録的豪雨は、この2つの濠の警戒水位をあっけなく突破した。このため、営団は、協定通りに、仕切り内に水を入れたわけだ。

地下では建設中の市ヶ谷駅構内から、直径約10メートルの円筒形をした掘削機が2機、四谷と飯田橋方面へトンネルを掘り進めていた。濠から注がれた水は地下で約4メートルたまり、トンネル内へも流れ込み、掘削機が泥まみれになった。

この事故は、営団がまとめた『南北線建設史』にも、「台風襲来による被害」として記載されている。

Tameike さて、ここには、溜池山王が登場しない。右の写真が、南北線の溜池山王駅。秋庭先生の話では、弁慶濠の水が南北線のトンネルに流れ出し、溜池山王から、「設計士も知らないトンネル」を通って、赤坂見附駅に逆流したと書いている。地下鉄に詳しい方ならお分かりだろうが、当時ここはまだ完成しておらず、工事が行われていた。溜池山王駅は、南北線だけでなく、銀座線の新駅も同時に工事が始まり、建設が進んでいた。今は、千代田線の国会議事堂前駅と銀座線の溜池山王駅とつながっていて、丸ノ内線の国会議事堂前駅には、千代田線の国会議事堂駅のホームを迂回しなければならない。

さて、皆さん、この赤坂見附駅の冠水事故は、「丸ノ内線」だと思っただろうか。「銀座線」だと思っただろうか。

あほやなー、赤坂見附駅は、丸ノ内線も銀座線も両方が同じホームにあるから、どっちってわけじゃないでしょって思ったあなた、とても頭が良い。そうなのだ。この冠水事故は、丸ノ内線だけで起こったわけじゃなくて、銀座線でも同時に起こらないとおかしい。

ところが。

『帝都東京・隠された地下網の秘密2』(新潮文庫)の文庫版あとがきに、秋庭先生は、「丸ノ内線同駅の冠水事故」と書いている。実は、オイラも最初、この事故は丸ノ内線の事故で、冠水した水は、丸ノ内線のトンネルを流れてきたものだと勘違いしていた。秋庭先生が言っている「設計士の知らないトンネル」は、丸ノ内線のトンネルにつながっているものとばかり思いこんでいた。

営団が作成した『南北線建設史』の年表に、この事故についての記載がある。

14時18分ころ、銀座線赤坂見附-虎ノ門間トンネル改良土木工事箇所から雨水が浸入し、赤坂見附駅B線ホームに停車中の銀座線と丸ノ内線各1箇列車が座席シートまで冠水。

水は、銀座線のトンネルから流れてきたのである。

オイラは、当時の新聞各紙の縮刷版をめくってみた。

1993年8月28日朝刊、冠水事故の翌日である。

朝日新聞は、1面トップで報じた。見出しは、「台風11号 首都の足 終日大混乱」とある。写真は、赤坂見附駅でホームの途中でストップした地下鉄車両。さらに、社会面で、「首都のもろさ大雨が突く」という見出しで、詳しく報じている。内容は、丸ノ内線が赤坂見附駅構内の線路の冠水でストップしたというもの。でも、その一文の後には何故か、「銀座行きの電車の先頭車両が、ホームにかかった所で停車した」と、突然、銀座線の電車の話が組み込まれている。このすぐあとに、赤坂見附駅から約800メートル離れたところに「溜池」新駅の建設工事現場があり、ここから浸水したという営団の公式発表を挟み、いきなり丸ノ内線に話題が戻り、四ツ谷駅から出た電車が赤坂見附駅手前のトンネル内で立ち往生したという文章が入って、記事が終わっている。

銀座線の話と、丸ノ内線の話がごちゃごちゃになっているのだ。

毎日新聞は、社会面で、「首都機能あっぷあっぷ」と報じた。営団地下鉄赤坂見附・四ツ谷間で、流水のため丸ノ内線1本が立ち往生したと報じている。銀座線は、運休した事実しか書いておらず、赤坂見附駅ホームで停車中の電車が半分まで水につかったと書いたが、何線の車両かは書いていない。

読売新聞は、やはり社会面で、「メロメロ首都の鉄道」と報じた。記事は、丸ノ内線と銀座線の双方が運休したと書いているが、見出しは、「丸ノ内線など不通」とある。

この事故について、各紙は、「丸ノ内線の赤坂見附駅が冠水した」というトーンで記事を書いているのだ。

極めつけは、毎日新聞だった。社会面の写真には、「雨水が流れ込み、冠水した丸ノ内線(地下鉄丸の内線赤坂見附駅で)」というキャプションがついているが、写真をよーく目をこらして見ると、冠水した電車の先頭にある行き先には、「銀座」と表示があった。この車両、朝日新聞が「ホームにかかった所で停車した」と報じた銀座線の車両なのである。新聞各紙が写した冠水した車両は、すべて銀座線の「銀座行き」だった。

訂正(2007年4月2日)…この日の朝刊に掲載されていた赤坂見附駅の写真は、すべて丸ノ内線の車両でした。丸ノ内線の銀座行きの先頭車両がホームにかかったところで、浸水によって電車がストップ。初稿では、毎日新聞の写真のキャプションが間違っていると書いていましたが、丸ノ内線の車両が正しいです。自称営団職員は、これらの新聞やテレビで、丸ノ内線が冠水した写真や映像を見ていたからこそ、「設計士しか知らないトンネル」が必要だったのです。

秋庭先生は、何故か、当時の営団が駅構内やトンネルの撮影を禁止していると書いているが、新聞各紙はそろって、赤坂見附駅構内を撮影している。

この冠水事故の真相の情報源は、秋庭先生曰く、「営団地下鉄に勤務している」人なのだという。ここまで来ると、どうも怪しい。

仮に、弁慶濠の水が南北線に流されて、溜池山王から赤坂見附駅に流れ込んだというのが真実だったとしよう。「設計士も知らないトンネル」を通って、水が流れる必要があるのだろうか。当時、銀座線の溜池山王駅予定地では、新駅建設工事が行われている。それは、営団が公式発表していて、そこから水が流れ込んだとしている。ならば、何も「設計士の知らないトンネル」などなくても、南北線の溜池山王駅から、銀座線の溜池山王駅に向かって、連絡通路を通って水が逆流すればいいわけで、「設計士も知らないトンネル」などなくても、水は自然と逆流するのである。

“弁慶濠の水が南北線に流されて、溜池山王の新駅建設現場から銀座線のトンネルに逆流した”…こういう話で足りるのではないか。

これはオイラの推理だが、秋庭先生への情報提供者である、自称営団職員は、この冠水事故が、「丸ノ内線のトンネル」で起きた事故だと思っているのではないか。丸ノ内線と溜池山王駅は、直接にはつながっていない。国会議事堂前駅は、千代田線の深いホームを迂回しなければならない。千代田線を水没させずに水を丸ノ内線に逆流させるには、「設計士も知らないトンネル」がどこかにないと、つじつまが合わないのだ。

営団の職員なら、仮にも「知られざる地下鉄」のことを知っている職員というなら、水が銀座線から流れてきたという事実を、知らないわけがない。この人は、当時のテレビや新聞で、「丸ノ内線が冠水」という報道を見た。直接つながっていない丸ノ内線と南北線をつなげるには、「設計士の知らないトンネル」が必要だったのではないか。

つまり、この自称営団職員は、偽物である可能性が高い。

秋庭先生、もしこれを読んでいたら、確認していただきたい。オイラは、これ以上、この件を追究するつもりはないから、自分で確認して、自分の中でとどめておいていただいて構わない。教えていただく必要もない。

彼は、本当に営団職員の名刺を持っていただろうか。部署や肩書きは、本物だっただろうか。

もう一つ、彼は、今も、連絡が取れているだろうか。

この2つが確認できないのであれば、この話は2度としないほうがいい。

それは、ガセネタである。

 

さて、秋庭先生の著作を読んでらっしゃる方なら、地図を読んで、ここに地下道があるんじゃないかと推理することができる人は多いのではないか。実は、23区の区界に、地下河川が流れている場所がある。それを見つけるコツは案外簡単で、区界なのにグニャグニャと曲がりくねっていたり、何もないはずの場所に妙なカーブがあったりする。そんな区界にある地下河川の不思議に迫ろうと思う。

次回の【秋庭系東京地下物語2007】は、根津駅に停まります。

(関連記事)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?12

(ブログで紹介した書籍)

【秋庭系東京地下物語2007】

第1話 サンシャイン・シティの妄想

第2話 「極秘」護送地下鉄の妄想

第3話 水没した赤坂見附駅の妄想

第4話 区界の地下に流れる「川」の妄想

第5話 東京メトロ有楽町線の妄想

第6話 築地の運河跡にある「政府専用地下駐車場」の妄想

最終話 地下鉄サリン事件・霞ヶ関駅の真実

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コメント

1993年8月27日に、台風11号が関東を直撃!!
千葉県銚子市、東京都中野区に上陸した。
翌8月28日に、北海道へ上陸した。

投稿: FMちゃん | 2014年6月29日 (日) 16時55分

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