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2007年2月の30件の記事

2007年2月28日 (水)

一言で言えば、風邪である。。。

ゲホゲホと咳き込みながら会社に向かった。たった2日間のうちに、会社中に風邪が蔓延している。

もちろん、震源地はオイラではない。だって、オイラは、ずっと休んでいたから、オイラのウイルスは、誰にも移していないのだ。

普通に座って仕事ができたのは、わずか1時間程度だった。すぐに咳き込んで、仕事が停滞する。電話に出るのも、うっとおしい。

怒濤のごとく仕事を片づけて、午後3時、早めに撤収した。

家で薬を飲んで、布団にくるまる。

困ったことだ。そんなこんなしているうちに、2月終了。もう1年のうち6分の1が過ぎ去ったことになる。

なんてこった。

さて。

google八分もどきのオイラのブログだが、こんな状態にもかかわらず、ここんところリピート率は上がりっぱなしだ。まあ、不特定多数がヒットしにくくなった証拠でもあるが、ご愛読を心より感謝したい。

こうやって1つのブログやキーワードを追いかけてみると、googleの検索エンジンは、日々微妙に変わりつつあるのだと分かる。

とりあえず、オイラは、風邪を治したい。

まずは、そこから始まる。

ぶえっくしょん!!!!!!

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2007年2月27日 (火)

風邪で2日連続会社を休むのは久しぶり

とにかく、週末から、咳が止まらなかった。痰がひどくて、マヨネーズをどぼっと出してしまったような痰が出る。でも、熱はなくて、身体はピンピンしているから不思議だ。さすがに今日は会社に出たかったが、朝、声を出してみたら、ガラガラ声で、別人みたい。会社に半休しようと電話をしていて、すでに自分の声がガラガラどころかさっぱり出ていないことが分かって、かすれた声で、

今日も1日休みます。

電話の向こうの上司も、それを聞いて、しゃあーないなという感じだった。

そんなわけで、ブログを書くパワーもない。

今夜は、こんな記事を1つ紹介しておこう。

<ネット脅迫>掲示板で家族評論家を攻撃 東京の会社員逮捕(Yahoo!ニュース・毎日新聞)

 インターネットの掲示板「2ちゃんねる」に評論家の池内ひろ美さん(45)を脅す内容の書き込みをし、池内さんの講座を中止に追い込んだとして警視庁捜査1課と目白署は27日、東京都日野市三沢1、会社員、小林一美容疑者(45)を脅迫と威力業務妨害容疑で逮捕した。「(ブログの内容が)批判されているのに謝罪しないので腹が立った」と供述している。
 調べでは、小林容疑者は昨年12月20日、自宅のパソコンから「一気にかたをつけるのには、文化センターを血で染め上げることです」「教室に灯油をぶちまき 火をつければ あっさり終了」などと2ちゃんねるに書き込み、池内さんを脅迫。同日午後に名古屋市内の文化センターで予定されていた池内さんの教養講座を中止させた疑い。
 池内さんは「夫婦・家族問題評論家」。昨年10月、自らのブログで、居酒屋で居合わせた男性客との会話を紹介。この中に「差別的な表現があった」と一部ネット上で指摘されていた。
 毎日新聞の取材に対し、池内さんは講座を中止した理由を「参加者に何かあったら取り返しがつかない」と説明。「ネット上で議論するのは結構だが、匿名で脅迫するのは許せない。詳しい動機は分からないが、私のブログが発端でこのような事件が起きたことは大変遺憾」と話した。【鈴木泰広、佐々木洋】

45歳のおじさんが、掲示板に脅し文句並べて、警察に逮捕される。つくづく、大変な社会になってしまったものだなと思う。中学生や高校生じゃないんだから。ちなみに、脅された池内さんは、これを機にブログを閉めてしまった。

池内ひろ美の考察の日々

オイラもこうやってブログを書いているけれど、正直言って、公の場所で実名で文章を書くことと、こんな風にネット上で本名をさらさずに文章を書くこととは、あまり精神的なプレッシャーに違いはない。ものを書いて給料をもらっている身だからかもしれないが、どこで文章を書くにせよ、誰がそれを読んでいるかを考えると、萎縮せずにはいられないからだ。ネットには、ネットなりの楽しみもあるけれど、文章を書くという行為は、どんな媒体であれ、他人の心に向かってナイフを振り回しているようなものだと思う。逆に言えば、人を傷つけずにものを書くことなど、不可能なのだと思う。

以前、朝日新聞が「萎縮の構図」というシリーズを連載していた。それを読みながら、何か、違和感を持ってしまった。1つ目は、萎縮しているのは、社会全体というより、朝日新聞とその支持者たちではないかということ。2つ目は、萎縮していることが悪いことだという思いこみがあるということ。マスコミやマスメディアがこれまで、どれだけ報道の名の下に多くの人を傷つけてきたのか。そのことを棚に上げて、ブログが炎上した、メールが監視される、そんな個別の事例をあげて嘆いてみたところで、何が解決するというのだろうか。少なくとも、今回逮捕された45歳のおじさんは、たぶん萎縮などしていなかったはずだ。

ものを書く人間が人を傷つける怖さ、書いたことによって他人の反応に傷つくのではないかという怖さ、この2つの怖さが消えてしまったら、文章はただの凶器になる。

オイラだって、誰かを傷つけているかもしれない。

ネットという場所は、不特定多数に監視されている場所だということを自覚したい。オイラのブログを読んで、どこかで傷ついている人がいたなら、

ごめんなさいm(_ _)m

素直に謝りたいと思う。

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2007年2月26日 (月)

眞鍋姉さん、酸素カプセルも、地ビール飲み比べも、結婚生活には何の関係もなくて、むしろ、お一人様用ですから!

結婚するんやしね、一人で満喫できるグッズをお互いに交換したりしたら、それって、結婚ってより、

これから、別々の人生を楽しく歩んでね

って感じで、どうかなーと思った。

そんなこんなで、咳が止まらず思わず起きて、眞鍋姉さんにトラックバック。

「婚約指輪は、給料の3ヶ月分」って言われた時代があったような。オイラなんて、ずぼらだからだろうか、指輪なんてたかだか鉄のリングに石っころがひっついてるだけなんだから、どうでもいいじゃんって思ったりする。でも、女性に聞くと、やっぱり婚約指輪は、ちゃんとしたのが欲しいって言うんだよね。

確かに貴金属ってのは、後々まで消耗せずに残るから、お互いの誓いを立てる意味では、なかなか良い品なんだろう。

ウエディングドレスも、結婚したくない症候群の女性でも、「結婚したくないけど、一度着てみたい」なんて宣う。

あーゆー、形式張っているというか、フォーマルなイベントは、オイラは苦手なんだな。

そんな眞鍋姉さんは、「世界中の地ビール飲み比べ」がよろしいようで。

オススメは、こんなところかな。

下北沢にある「地ビールハウス蔵くら」

世界中ってほどたくさんの種類があるわけじゃないけど、ヒューガルデンホワイトが生で飲めるし、定番のベルギービールはもとより、ドイツをはじめ、日本ではなかなかお目にかかれないビールも飲むことができる。もちろん、日本の美味しい地ビールも、全国津々浦々から入荷していて、地ビール党にはたまらない。それに、ここは料理が美味しくて、お酒が飲めない人でも楽しめるんじゃないだろうか。オイラが毎晩ベロベロに酔っぱらっていた時代は、よくここに通い詰めていた。

って、しかし、眞鍋姉さん、彼氏は、プロポーズのときに、何て言葉で口説くわけ?

「かをりさんと、美味しいビールを飲みたいな」

「かをりさんは、オイラにとってビール酵母みたいな存在だ」

「かをりさん、ビールの次は、オイラで酔ってください」

「かをりさん、オイラと発酵してください」

…なんかなー。指輪の代わりはきついんちゃう?(笑)

ちなみに、お酒飲みが地ビールにハマるのは、肝臓が弱っている証拠だよ。

飲み過ぎ注意。

そんなこんなで、おやすみなさい。

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2007年2月25日 (日)

これも隠蔽工作ってことだろうか(笑)

googleでヒットされなくなると、ブログのアクセスはどうなるのだろうか。

オイラのブログのアクセス解析を見ながら、考えてみよう。

まずは、過去7日間のアクセス解析である。

2月18日 訪問者数128 アクセス数315

2月19日 訪問者数104 アクセス数393

2月20日 訪問者数234 アクセス数582

2月21日 訪問者数116 アクセス数339

2月22日 訪問者数192 アクセス数387

2月23日 訪問者数88 アクセス数228

2月24日 訪問者数46 アクセス数168

これだけ見て分かるのは、2月20日に、急激に訪問者数とアクセス数が増えている。これは、ある都府県のサーバを通じてアクセスしているので、その役所の職員である可能性が強い。朝から夕方まで、おそらくクッキーが有効のブラウザと、無効のブラウザを搭載したPCを複数台用意して、オイラのブログを片っ端から閲覧していただいた。その分のアクセス数がおそらく150くらいあると思われる。訪問者数も増えているのは、クッキーを無効にしたブラウザも用いているためで、訪問者数は倍増しているが、実質的には前日と後日の訪問者数くらいしかアクセスしていないのだと思う。

異変は、2月23日である。前日のアクセス数も少し多いが、これも、ある都府県のサーバから100近くアクセスしているが、この日は午前中で撤収した模様である。23日は、前日の半分近くまで訪問者数が落ち込み、昨日は46まで減った。

では、どの検索サイトを通して、このブログに到達したのかを見てみよう。

2月21日 google 24 yahoo! 7 goo 5 MSN 3

2月22日 google 20 yahoo! 11 MSN 2 Infoseek 1

2月23日 yahoo! 25 google 12 goo2 Infoseek 1

2月24日 yahoo! 8 MSN 3 google 3 Infoseek 1

オイラのブログのアクセス数が減ると同時に、googleでのヒット数も減っていることがお分かりになると思う。

続いて、過去1週間分の検索ワード・フレーズはどうだったか。

1位「秋庭俊」 19 2位「そらめく日々」 9 3位「東京 地下」 8 4位「松岡ヨシミ」 7 5位「サンシャイン 地下 秘密」 6

松岡ちゃん、意外に健闘しているね(笑)

これを、2月23日だけで集計すると、こうなる。

1位「秋俊」 2 2位以下はすべて1である。「東京 戦前 地下鉄」 「かつ丼屋 練馬区」「地下鉄 噂」…etc

それなりに地下ネタでも引っかかっているようにも見えるが、これらをgoogleのみの集計にしぼってみると、

googleでの検索は3件しかない。「衆議院予算委員会」「木場車両検修場」「戦前 地下鉄 そらめく」である。

もう少し個別の事例を追ってみよう。

googleで、「秋庭俊 サンシャイン」と検索すると、オイラのエントリーは、2ページ目にならないと出てこない。ところが、「秋葉俊 サンシャイン」と検索すると、1ページ目の上から2つ目に登場する。

こうした現象は、どうして起きるのだろうか。

オイラみたいな素人が深読みしても仕方ないが、ただ、現状のネット社会が、google検索とは切っても切れない関係になってしまっていることは確かである。googleで検索されないページは、そもそも、世の中に存在しないも同然である。それだけの大きな影響力がある。googleは、意図的に一部のサイトを検索から排除しているが、その場合はそもそも検索そのものができなくなる。でも、検索できても、それがどの辺でヒットするかで、そのサイトの価値は大きく変わる。

残念ながら、検索エンジンとは、一企業が操っているものだし、その限りにおいては、そのやり方に異議を唱えることは難しい。googleだけでなく、yahoo!も、同じように検索機能にフィルターをかけている。こういうものの是非については、オイラの専門外だが、ネット上で表現の自由が保障されているという勘違いだけは避けたいと思っている。

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やっぱり、隠蔽工作だろうか(笑)

念のためGoogleを、いろいろ試してみた。

例えば、Googleで、「秋庭俊」と検索する。この場合、2ページ目の上から3番目、つまり13番目に、天涯さんの「書き散らsyndrome」のエントリーが登場する。これ自体、以前の検索結果からはるかに下なのだけど、一応、探せば見つかる場所だ。

では、オイラのエントリーはどこに?

ずーっと、ずーっと、はるか彼方にちゃんと検索されるらしい。が、普通、そこまで遡る人はいないだろう。では、オイラのブログのエントリーは、何ページ目でヒットするだろうか。

なんと…、

73ページ目だった!!!(爆笑)

ちなみに、全体のページ数は、74ページであるから、かなーり底のほうである。

Googleがどのような手を加えたのか、それは分からないし、Googleの検索機能が無自覚にそうさせたのかもしれない。そこまで踏み込むつもりはない。

が、ちょっと、おもしろいことをしてみよう。一番最後尾の74ページ目に、こんなのがある。

最も的確な結果を表示するために、上の738件と似たページは除かれています。
検索結果をすべて表示するには、ここから再検索してください。

書かれている通り、再検索してみる。すると、天涯さんのエントリーが2ページ目に登場し、そのすぐ真下に、オイラのエントリーが登場する。下記のエントリーである。

『新説東京地下要塞-隠された地下巨大ネットワークの真実-』を読む1

最初の検索で、73ページ目にあったエントリーが、2ページ目に出てきた。実は、このエントリーは、オイラのブログの中ではおそらく最も読まれている記事である。本が発売して数日後に書いたためか、ものすごい数のアクセスがあった。数ヶ月したら、Googleでは、「新説東京地下要塞」と検索すると、トップに躍り出たエントリーでもある。

たった今検索したら、20ページ目に落ちていた。

さて、ここも、40ページ目、つまり最終ページを開くと、

最も的確な結果を表示するために、上の397件と似たページは除かれています。
検索結果をすべて表示するには、ここから再検索してください。

とあり、クリックしてみる。

すると、3ページ目に、このエントリーが登場した。

さて、オイラが追跡できるのは、このくらいのことしかない。あとは、皆さんが、自分でいろいろと妄想してみていただきたい。もしも、秋庭さんや出版社の思惑が反映しているのだとしたら、地下の真実を隠蔽しようとしているのは、誰なのかという問いになる。Googleが無作為にこうしたというなら、Googleの検索エンジンとしての機能を疑うことになる。

いずれにせよ、オイラはこれで、変ながついてしまったことだけは間違いない。

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隠蔽工作だろうか(笑)

ここ数日、オイラのブログのアクセス数が微妙に落ちたことに気づいた。それ自体はどうってことないのだが、検索ワードを調べてみて、その理由がすぐに分かった。

「秋庭俊」でgoogle検索してくる人がいない。

おもしろいもので、「秋葉俊」で検索した人は来ている。

オイラのブログを検索してくる人は、どんなキーワードで来るのか、下の記事が詳しい。上位のキーワードは、yahoo!やgoogleで検索すると、1ページ目や2ページ目に登場したものであるが…。

【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本ってマジっすか?7

ところが、今朝調べてみると、「秋庭俊」と検索しても、オイラのブログが引っかからない。

掘っても、掘っても、出てこない。

ちなみに、数日前までは、1ページ目の5、6番目に登場していた。

これまで、「新説東京地下要塞」と検索すると、この半年くらい、一番上に、オイラのブログのエントリーが登場したが、今ははるか奥深く潜行している。

なぜ、突然?

試しに、yahoo!で検索したら、検索結果は以前とあまり変わらなかった。

googleに何が起きたのか。

Googleの複雑で自動化された検索方法には人為的な介入がありません。 PageRankTMを販売したり、商業的に検索結果を操作するということは一切ありません。Google検索は高品質なウェブサイトを手軽に探すための、正確で客観的な手段です。

ということなので、人為的な操作をされたとは思いたくないが、ほんの数日前まで、1日100人近い人が地下ネタをぐぐってここに来ていたのに、それがピタッって止まるのは、ちょっと気持ち悪いものだね。

ちなみに、「そらめく日々」と検索しても、ここが登場するのは、4ページ目。ここのトラックバック送信先やリンク先のほうが先に検索される。

やっぱり、隠蔽工作か(爆)

皆さん、オイラのブログを探したいときは、Yahoo!を検索してくださいm(_ _)m

むかっ腹が立ったので、近日中に、【秋庭俊先生応援企画】を復活させたいと思う。ねっ、先生、遊んで、遊んで…(笑)

 

金曜日に急に喉をやられて、咳が止まらない。

困ったものだ。

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2007年2月23日 (金)

続・線路は続くよどこまでも

続・線路は続くよどこまでも
春らしい雨が降っている。今日も都心を遠く離れ多摩川を渡る。空気がヒンヤリとして、ちとブルッとした。

京王には、「準特急」という意味不明な種別が走っている。急行でも、特急でもない。オイラの地元駅は通過する。そもそも、特急は、「特別急行」なわけで、特別なんだが、「準」って、それは、急行の立場がない。だからなのか、京王線の調布以西では、朝と深夜を除くと、急行の姿が見当たらない。

あくまで特急だと言い張りたいのか。かつて、相撲には、横綱に、張出横綱ってのがいたが、まあ、張出特急といったところか。

全然話は変わるが、高校時代、同級生が、「丸の内線には特急がある」と言い張っていた。東京・新宿間は、止まらないそうだ。子供の頃、乗ったことがあるというのだ。いっしょに東京に遊びに行ったとき、彼は、大真面目に「次は特急じゃないだろうな」と、丸の内線の時刻表を確認していた。

時刻表を見つめる彼の表情が少し変わったのに気づいたのは、ずっとあとのことだった。

彼の記憶は、間違っていたのか?

今となっては想像するしかないが、たぶん、都営浅草線の記憶が混乱していたのだろう。もしくは、国民が知らない極秘の政府専用地下鉄に迷いこんでいたとしたら、きっとそれは、宮城を縦断する東京市の第五線に違いない。

はっ(@д@)

眠くてついつい、秋庭ワールドが…( ̄□ ̄;)!!

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2007年2月22日 (木)

線路は続くよどこまでも2

線路は続くよどこまでも2
JRから分岐した単線は、玉川上水を渡り、ある場所へと吸い込まれていく。西武線からこの単線に渡ることはできないが、JR青梅線方面から、時折タンクを乗せた貨物列車が、オレンジ色のディーゼル機関車に引かれて、西武線を横切っていく。

かつて、京浜工業地帯から、南武線、青梅線を経由して、ここに至るルートは、米軍にとっては重要な輸送ルートだったらしい。戦後長い間、南武線に快速が走らなかったのは、米軍の輸送を優先させたダイヤを組んだからだと、ある本で読んだ記憶がある。

今日は、爆音が聞こえない。珍しく静かな昼下がり。

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線路は続くよどこまでも

線路は続くよどこまでも
久しぶりに、西多摩方面に遠出している。いつもと変わらぬオレンジ色の電車。すぐ向こうは、青梅市になる。風が冷たくて、立っていると腰が冷える。

駅まで歩く道すがら、自転車を引いたおばちゃんに話しかけられた。

「カバンの紐が地面にすれとるよ」

肩掛けの紐がダラリとぶらさがっていた。ニッコリと、人懐っこく笑うおばちゃん。

平和な昼下がり。

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2007年2月21日 (水)

号泣したいお年頃が、好んで観る映画

どうにも泣きたくなる時ってあるんだよね。男子やねんから、しっかりせんかいって思うけど、男やろが、女やろが、人間やから、泣きたいときは、泣きたいもんやねん。

今夜は、本当は空のライブに行き、まったりと、癒されてこようと思ったのだけれど、夕方、天窓のサイトを覗いたら、急遽、出演を中止。あちゃーっ。この日のために、早めに仕事を切り上げたのだけど、結局、さっさと家に帰ることになった。

一人で部屋に籠もっていると、泣きたいときもあっても、泣けるものでもない。誰かが見ているわけではないから、わんわん泣いても実害はないが、何故か泣けない。

オイラが、どうにも泣ける映画がある。

1つ目は、中嶋朋子、柳葉敏郎主演の『四月怪談』。

勘違いで幽霊になった初子(中嶋朋子)が、先輩幽霊の青年(柳葉敏郎)の導きで、生きていることの意味を探りながら、あちこちを飛び回るというストーリー。人が生きている意味は、人を愛するから、人に愛されるから、というシンプルなテーマを描いた映画。大阪・梅田のミニシアターで出会ってから、何度も繰り返し観ている。

中嶋朋子さんは、『北の国から』の蛍ちゃんで有名だけれど、まだ高校生の彼女が、少し不器用で、癖のある女の子を好演している。

ラストシーンで、死んでしまった初子の遺体が、あと少しで焼かれてしまうシーン。

ネタバレになるから、これ以上書かないけれど、どうにも泣けてしまう。

2つ目は、草彅剛主演(「なぎ」の時は、弓へんに、「前」の下に「力」)の『THE HOTEL VENUS』。

最果ての街に、ワケありの流れ者たちがひっそりと暮らすホテル。そこに、やっぱりワケありな父娘がやってきて、騒動を巻き起こす。誰かが心を開くと、誰かが心を閉ざす。そんなギクシャクした関係の中で、人と人が分かり合う意味を探る。草彅くんは、ぶっ壊れた男を演じると、最高にフィットする。

最後、映画の中の重要な役回りを演じる女の子が、画面いっぱいのアップの顔で、どうしようもないくらい、悲しく泣く、泣く、泣く、泣く、泣く。ひたすら、涙を流す。

新宿の映画館で、一目もはばからずに、ワンワン泣きわめいた。

隣の女の子が、なんじゃこいつって目でオイラをにらんでいた。

こんな泣き虫なオイラなのに、『世界の中心で愛を叫ぶ』では、さっぱり泣けなかった。これって、泣かそう、泣かそうって、演出側の意図が伝わって、いかにも予定調和で泣かそうとする。分かったよ、って感じで、クールにいなしてしまう。

そう言えば、中学生くらいの頃、『銀河鉄道999』の映画版で、ラストシーンに涙を流していたこともある。ラストシーンで、鉄郎とメーテルの別れ。999が飛び立ったあと、ゴダイゴが唄うエンディングテーマが流れ、鉄郎がトボトボと歩き始める。でも、途中から、鉄郎が、力強く走るんだよ。

男だって、泣くさ。

そんな夜、オイラは、今夜、『THE HOTEL VENUS』のDVDを鑑賞中。

泣くまで、起きていられるかどうか…。

眠い。

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2007年2月19日 (月)

つ…疲れた…。

たくさん考え事をした1日。

オイラの脳みそは、薄味だから、思考能力が弱くて、考えてばかり、緊張してばかりだと、きゅーっと、縮んで、ぷしゅーっとオーバーヒートするみたい。

テンション高い人っているやろ?

オイラは、苦手や。

仕事だから、仕方なく、営業用のテンションを上げることはある。でも、日常生活はほとんど、ローテンション。攻撃も、ローキック専門なのだ(謎)

相手の言葉に、必要以上に頷いている人。

オイラは、苦手や。

そーんな、頑張って、頷かんでいいよ。相手に合わせないでいいよ。分からないことは首を傾げてくれていいよ。空気なんて読まなくていいよ。

俺がメシおごってやるって人。

オイラは、苦手や。

自分の金で食うし。そんな先輩風、ふかせんでいいよ。おごったからって、サービスせえへんよ。人が人を崇拝するのは、気前の良さではなくて、心の広さやと思う。

何か困ったことがあったら、相談しなさいって人。

オイラは、苦手や。

自分で解決するし。何でもかんでも、あんたに解決できるなんて、誰も思っていないし。

全然関係ない話。

小さい頃、かくれんぼをして、誰にも見つからない場所に隠れて、ワクワクと鬼を待っていたら、いつの間にかみんな帰ってしまって、一人取り残されたことってない?

オイラは、あるんだな。

公園で、悪ガキが落とし穴をつくって遊んでいて、それにオイラが引っかかって、悪ガキたちはそのまま逃げて、通りかかった大人に、何故か落とし穴のことを叱責されて、オイラが落とし穴を埋めたこと、あったんだよね。

今振り返ると、あの落とし穴を掘った悪ガキは、いったいどこの誰だったんだろうか。思い出せないんだよね。

小学校時代、学校から帰って、友達と待ち合わせして、自転車で再び小学校へ戻った。夕方の学校は、なんかノスタルジックで雰囲気が良くて、部活帰りの子どもたちもいたりして、いつもとは違う学校が楽しかった。でも、帰ると、自宅周辺は大騒ぎだった。いつの間にか、時間は午後7時を過ぎていて、親たちは死にものぐるいでオイラたちを探していたのだ。

あのとき、マジで時間の感覚が消えて、麻痺していた。

もしかすると、オイラはあの「短い」時間、どこかへタイムスリップしていたんじゃないだろうか、なんて。帰宅したオイラは、浦島太郎のような気持ちだったんだよね。学校まで歩いても20分くらい。自転車で往復して、どうして帰りが午後7時になってしまったのか。

オイラは、いったいどこに出かけていたんだろうって。

そんな、過ぎ去った過去を掘り返すようなひととき。

おやすみなさい。

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2007年2月17日 (土)

バタフライエフェクトな埼京線とりんかい線

金曜日の朝、オイラは新宿から埼京線に乗って、大崎に向かっていた。運悪く、埼京線は大幅な遅れ。オイラの乗っていた電車は、30分近く遅延していた。

渋谷を過ぎたあたりで、大学生くらいのリクルートスーツの女の子がケータイで電話を始めた。乗客はかなり減っていたが、まだラッシュの時間帯である。普通なら、かなりひんしゅくなのであるが、事情が事情だったようだ。これから、東京ビッグサイトで筆記試験があるらしい。就職試験なのかな。

「朝一番で出てきたんですが、電車が大幅に遅れまして…」

試験の始まりの時間まで、あと10分くらい。こりゃ、無理だわ。幸い、試験は1日に何回かあるらしく、午後からの回なら間に合うらしかった。

「本当に申し訳ありません」

ケータイを持ちながら、ペコペコと頭を下げている彼女。もちろん、乗客に向かった謝っているわけでなく、電話の向こうの人に謝っているのだろう。

オイラは大崎で山手線に乗り換えたので、彼女が無事に目的地に着いたのかは、分からない。埼京線は便利な路線だ。ちょっと遅れ気味だから、ワープしようってときは、ノロノロと進む山手線を1、2本、追い抜いてくれる。でも、朝のラッシュでは、おそらく日本で一番混雑する路線だろう。痴漢の名所でもある。

でも、いったん遅れが生じた埼京線は、かなりやっかいだ。

池袋で数分なのが、新宿では5分以上遅れ、大崎では7、8分遅れになる。さらに、直通運転しているりんかい線は、その倍くらい遅れてしまう。遅れがひどくなると、川越線やりんかい線への直通運転を中止する。山手線は、あまり遅れを意識しない路線だ。数分に1本、電車が来るから、止まってしまわない限り、あまり関係ないのかもしれない。

以前、埼京線が大幅に遅れたときに乗ったら、発着時間が遅れながらも、大崎まではスムーズに走ったけれど、大崎から先は、駅に止まるたびに時間調整をするノロノロ運転になってしまった。埼京線は、大宮も、大崎も、両端が両端じゃない。っていうのは、多くの電車が、大宮から先まで走るし、大崎から先まで走るのだ。端っこは別にある。

りんかい線は、新木場が端っこ。つまり、ここがどん詰まりだから、電車が溜まる。事故や混雑で遅れた電車が、新宿から先、一気に遅れを取り戻して大崎に次々と入ってくる。でも、りんかい線は、盲腸みたいな路線だから、新木場ですべての電車が折り返す。しかも、直通電車の合間に、りんかい線内のみの電車も走っている。だから、遅れを取り戻すのが大変なのだ。

新宿で数分の遅れが、りんかい線では、10分、20分と遅れることになる。

以前、同じようなことをこのブログで書いたら、コメント欄で教えていただいた。

こういうのを、バタフライエフェクトっていうらしい。

なので、もしも、臨海副都心で大切な用事があって、遅れてはダメなとき、急ごうと埼京線を選んだら遅れていた、なんてときは、あきらめて山手線で新橋まで出て、ゆりかもめを使うことをオススメしたい。理想的には、渋谷から銀座線を経由して、新橋からゆりかもめっていうルートが良い。

別の例で考えると、京王線で調布方面から新宿に向かっていたとき、電車が事故やトラブルで遅れたとする。そんなとき、たいていは、調布から先の電車はノロノロ運転を余儀なくされる。この場合、京王線新宿止まりの電車に乗るより、笹塚から先、京王新線の電車に乗った方が、新宿には早く着く可能性が高い。新宿駅はどん詰まりだけど、新線新宿駅は、先の都営新宿線まで電車が抜けるから、詰まることがあまりないからだ。

ほんまかいな?

残念ながら、客観的な調査をしたことがない。

でも、そんなもんちゃうかな。

彼女は、無事に試験を受けられたかな。

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朝からズブズブに予定が狂っていた金曜日、それでも最後はライブでしめる、の巻

朝、寝坊した時点で、何かが狂い始めてると思ったんだ。その日、午後5時を過ぎても、仕事が終わる気配がしない。正確に言うと、オイラの仕事は終わっていたのだが、全体の仕事が終わっていなかった。38歳ともなると、自分の仕事だけ終えて、はい、さよならーってわけにもいかない。

ふと気づくと、午後8時を回っていた。

今夜は、四谷天窓.comfort谷口深雪ちゃんのライブ。企画は午後7時からスタートしているが、谷口ちゃんは、午後8時過ぎに登場する予定だった。

ああっ、始まっちゃったなー。

気まずい思いで、もう、どうあがいても間に合わないと自覚し、ふと手帳を開けると、そこには今夜のチケット。

あちゃー、買ってるわー。Hさん、うまい商売してるなー。

ま、いっか、顔だけでも出すか。もしかすると、予定を押しているかもしれないし、あの谷口ちゃんのことだから、ゆったり系バラードを次々と繰り出して、のんびりライブを楽しんでいるかもしれない。先日の代々木のライブでは、たった4曲で30分以上唄っていた。

会社を出て、西武新宿線で高田馬場へ。

comfortに到着すると、やはり、谷口ちゃんがすでに唄っていた。すでに残り2曲のみ。

先日のusuライブに引き続き、巌流島モードのライブ参戦である。

さて、谷口ちゃん、ここんとこ、気分が沈んでいて、引きこもり気味だったという。もう耐えられへんと、ある日、午前3時に、大阪のおかんに電話したんだそうな。すると、 「何かあったん?」「いや、何ってわけでもないけど」「何にもないんやったら、こんな時間に電話すんな」「いや、実はな、…」

おかんに悩んでいることを話すと、

「そんなことで悩んでるなら、詩でも書き」

と、バサッと切られたそうな。

「おかんは、27歳のとき、おんなじように悩まへんかったん?」

「今日1日生きるのに必死やったからな。悩んでる暇なかったわ」

谷口ちゃんのおかんは、もう60歳過ぎている。午前3時といえば、相当眠かったろう。そこに、娘が電話をかけてくる。心配やったろうけど、頼りがいのある言葉をかける。それだけで、娘は救われる。

ちょっと、谷口ちゃんが、うやらましい。

歌い手は、幸せ者である。

物書きっていうのは、何か伝えようと思うと、とことん伝えきらないと、それは伝わらない。でも、音楽家の類は、伝えきれないものを伝える武器を持っている。言葉だけではない、音色やリズムがあって、縦横無尽にコントロールできる。その可能性は、おそらく無限大で、あきらめない限り、とどまることを知らない広大な世界なのだろう。

谷口ちゃんは、不器用なタイプだ。いじいじしたり、くじけたり、イライラしたかと思えば、くよくよする。そして、それを隠すことなく、ライブで吐露する。満たしきれない思いをぶつけるかのように、指が鍵盤を打ち鳴らす。あとのアーティストが、このピアノ、調律狂ってる?って思うくらい、がんがん、鍵盤に指を振り下ろす。

そんな、人間臭さが、とても愛おしくて、憎めない。

だから、みんな、谷口ちゃんの歌を聴きに、足を運ぶ。

今夜も。

たぶん、これからも。

帰り際、天窓スタッフのTくんが、窓口からひょいと顔を出して、

「今夜はぜひ、tomomiさんのライブを聴いていただきたかったんですよ」

と声をかけてきた。

残念。彼がオススメというなら、かなり角度の高いアーティストなのだろうけど、今夜は間に合わなかった。今度ひっそりと彼女のライブに顔を出してみよう。

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2007年2月15日 (木)

ライトアップされた国会にウットリした夕べ

仕事を終えて、駅に向かう途中、ライトアップされた国会議事堂を見つけて、しばしウットリとたたずんだ。国会議事堂が建設されたのは戦前のことだけれど、米軍は日本を爆撃したとき、この建物を避けて、爆撃した。

正面から左が衆議院、右が参議院。

中学生のとき、修学旅行は、日光と東京だった。東京では、この国会議事堂を見学した。そのときは、もちろん真っ昼間で、夜になるとライトアップされていることも知らなかった。まさか、そのとき、東京に住む日が来ようとは思ってもいなかった。

就職して、年に何回か、この国会議事堂の前を通ることがある。何年かに1回、議員会館を訪れることもある。来るたびに、周りの景色が微妙に変わる。でも、この議事堂だけは、昔のまんまである。

が…。

真正面から議事堂を見たくなって、暗くなった通りを早足で歩いた。日が暮れると、この辺を歩く人は、ほとんどいない。警備の警官だけがやけに目立つ。

070215_175801_1 おおっと少し感動。でも…、なんじゃ、こりゃ?

背後にそびえる、もう一つの夜景。高層ビル。それにしても、興ざめするなー。

この高層ビルを消せないかと、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。怪しい。実は、右側にも、大きなビルがそびえている。

この2つの景観台無しビルは、ここ数年で建ったものだ。

070215_175901 おお、これなら、国会議事堂だけがフレームに収まる。この建物は、日本でも有数の美しい建築物だ。中で働いている人たちは、ひどいもんだが、これをデザインし、設計した人は、そう意識したかどうかは分からないが、100年先まで通用する議事堂を建てたのだ。今の日本に、それだけの建築家がいるのだろうか。いないから、この背後にある2つのビルは、無造作に建ってしまったんじゃなかろうか。

美しい景観を創る会というのがある。

早稲田大学特命教授の伊藤滋さんをはじめとする学識経験者が集まり、2004年12月に設立された。設立の目的は、「国造り、都市づくり、むらづくりなど日本の景観形成、修復、保存等に関わる各分野の第一人者が大同団結することを通じて、それぞれの分野の中堅、若手専門家が分野横断的に連携する動きを促進する原動力となる」ということである。この会が、「悪い景観100景」というのを選んで、ホームページに公開している。

その51番目に、「国会議事堂前 ビスタ景観」というのがある。

確かに、日本の景観はひどい。しかも、国の象徴のような建物の背後に、超高層ビル。オイラたち国民は、ここをこうして眺めることなんて、めったにない。だから、背景に何があるかなんて、分からない。でも、ここで会議をしている皆さんは、毎日、近くで何が建つのかを見ているわけで、こうなってしまう前に手を打てなかったのだろうか。職場の景観のこと、考えなかったのだろうか。

この会のファイナルシンポジウムが、2月16日に東京で開かれる。

もう終わりなの?

少し残念だなあ。

美しいって、何だろうね。安倍総理は、「美しい国」という言葉を使ったけど、「美しい」という概念は、とても主観的なもので、その人の価値観によって大きく異なるものだ。「美しい国」なんて言われても、日本に生まれて日本が好きな人も、嫌いな人もいるし、外国人から見て、日本がきれいだと思う人もいれば、汚いと思う人もいる。

景観も同じように、人によって、見解は違うんだろう。

でも、国会議事堂の背景にそびえ立つ超高層ビル。

美しいだろうか。

「悪い景観 100景」を1つ1つ見ながら、「美しい」の意味を考えてみる、そんな夜である。

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2007年2月14日 (水)

眞鍋姉さん、画像の貼り付け方、設定を変えてみてはどうだろー。

眞鍋姉さんの香港報告第2弾。前回もそやってんけど、ココログのデフォルト設定の関係で、サムネイルをクリックすると、原寸大の画像がポップアップウインドウで表示されるようになっているのね。眞鍋姉さんがアップした画像は、おそらくデジカメで撮影しているから、ポップアップウインドウに表示すると、パソコンの画面をはみ出しちゃうのだ。

ココログの「画像の挿入」のデフォルト設定は、「テキストの回りこみ」が「画像を左に」にチェックが入っていて、「サムネイルの作成」もチェックが入っていて、大きさは幅100ピクセルになっているのね。あとは、「ポップアップウインドウ」もチェックが入っている。

で、これだと、幅100ピクセルのサムネイルをクリックすると、どーんとポップアップウインドウが開いて、巨大な画像が表示されることになるわけだね。

なので、こうしてはいかがだろうか。

新規投稿画面から、画像の挿入ボタンをクリック。

「カスタム設定」のチェックボックスをON。

「テキストの回りこみ」は、そのまま、「画像を左に」

「サムネイルの作成」は、幅を100ピクセルではなく、200ピクセルに。

「ポップアップウインドウ」のチェックを外す。

こうすると、サムネイルの画像が大きめになって、しかも、クリックしても原寸大画像は開かないようになる。

でもまあ、眞鍋姉さんのファンとしては、原寸大の超巨大な眞鍋姉さんもじっくり、なめるように眺めてみたいなーと思わないでもない。

そんなこんなで、眞鍋姉さんにトラックバック。

ま、こんなん、読んでへんやろけどなー(笑)

それにしても、

たむけんショーツの眞鍋姉さん

……妄想だけでごちそうさま<(_ _)>

あと、この中華料理、ほんまに中華?

これは、ほとんどフランス料理のような美しい盛りつけじゃないか。

オイラは、香港行っても、普通の中華料理屋だったなー。

セレブ化していく眞鍋姉さん。

そのうち、香港の大金持ちと結婚して、玉の輿で香港生活を満喫したりして。

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2007年2月13日 (火)

それでも、しつこく考える。2007年、「強い」の意味を。

もう、すっかり忘れている人は、多いだろう。メディアのせいだろうか、時間が経過するのが早すぎる。せめて、マイペースで更新できるブロガーは、自分の時間を大切にしたいものである。

大晦日のK1 Dynamaite!の秋山vs桜庭戦をめぐって、いろいろとあったのだ。覚えていない方は、過去の記事を読んでほしい。

2007年「強い」の意味を考えてみる

再び、考えてみる、2007年、「強い」の意味を

またもや考えてみる、2007年、「強い」の意味を

もう、みんな、忘れているよね。メディアって、どうして、こうやって、過去を過去として、流してしまうんだろうか。

実は、すっごくクローズアップされた雑誌がある。

それは、ベースボール・マガジン社の『格闘技通信』である。

年明け早々に発売された『格闘技通信』の2月8日号(414号)では、昨年の大晦日に行われたK1の秋山vs桜庭戦を、“秋山時代の到来と、桜庭時代の終焉”という図式に描き、しかも、そのとき秋山さんのセコンドが、「滑らせろ!」と叫んでいたことを、「ローキックを滑らせるように打て」という意味だと、冒頭でわざわざ解説までしてしまったのだ。

ところが、原稿の締め切りを過ぎてすぐに、K1サイドが会見を開催。秋山vs桜庭戦は、秋山選手が体にクリームを塗ったために、ノーコンテストという結果を発表した。

最悪のタイミングだった。

時すでに遅し。店頭には、“秋山時代到来、さよなら桜庭”を最大限アピールした『格闘技通信』が、山のように積まれた。

原稿を書いたライターのブログはもちろん、『格闘技通信』の編集長ブログまで、大炎上した。

まあ、当たり前っちゃー、当たり前である。

『格闘技通信』翌415号(2月23日号)では、「検証!桜庭和志vs秋山成勲、幻のノーコンテスト」と題して、特集を組んだ。散々、秋山さん寄りに記事を書いておいて、「桜庭の主張は正しかった」と書く虚しさ。しかも、秋山絶賛ライターが、自ら釈明の記事を書く。

この試合のリポートは1月4日早朝に入稿したものであるということ。この時点でFEG側の公式見解は“シロ”だったため、秋山は塗っていないということを前提に勝者にスポットを当てて書いた次第だ。

その言葉(「滑らせろ!」のこと)をなぜ試合リポートの冒頭に持ってきたかといえば、一部でこのアドバイスに対して疑いがかけられていたからだ。結果的にあまりにもタイミングが悪くなってしまったが、そうすることで山田トレーナーにかけられた疑いを晴らしたかった。

気持ちは分からないでもない。筆が走りすぎることは、よくあることだ。でも、あんたは、日刊紙のライターではないはずだ。大晦日から、1月4日までの時間が与えられていたはずだ。あのとき、桜庭さんの表情は、尋常ではなかった。テレビを観ている誰もが、桜庭さんにしてはおかしい、と感じたはずだ。そういう現場の空気をちゃんと受け止めていれば、あんな滑稽な秋山礼賛の記事なんて、書きたくても書けなかったはずだ。書けたのは、あなたの目が節穴だったか、あなたが意図的だったかどちらかだろう。

その号では、書いた本人も交えた緊急座談会が掲載されている。

秋山選手がシロだと信じて試合リポートを書いた私は悔しくて仕方ない。

そりゃ、そうだろうが、あの時点で、秋山選手をシロと信じることができたなら、かなり冒険者である。オイラが、同じ立場で試合をリポートすれば、やはり、「何かおかしい」と書かざるを得なかった。恥ずかしいくらい持ちあげて、“秋山時代到来”を書くことなどできなかっただろう。試合の直後の、会場の異様な雰囲気を直に感じ取っていたライターが、素直に秋山時代到来を記事に出来たとしたら、ある意味、優れた勇気の持ち主と言えるだろう。

「強い」って、何だろうね。

仮に、である。

秋山さんが、不正がなかったとしよう。桜庭さんをボコボコに殴って、勝利したとする。あのとき、敗者の桜庭さんに対して、試合終了後に挨拶もせず、お互いに讃え合うこともせず、しかも、柔道着を着ずに殴り続けておいて、「柔道って強い」と豪語したこと。あれは、格闘家として、正しい姿だったのだろうか。『格闘技通信』は、それでもやはり、秋山最高と記事を書いたのだろうか。

格闘技ってのは、勝てばいいのか。相手をボコボコにすればいいのか。

違うだろ?

マスメディアが、あの試合に、いっさい異議を唱えることができなかったという事実に、大きな失望を感じた。TBSは、二度と格闘技なんて、放映すべきではない。不快だ。

『格闘技通信』の三次敏之編集長が、「巻頭コラム」でこう語っている。

答えてくれるかどうかは別にして、秋山に直接聞きたかったのが、彼は勝利した直後にマイクアピールで「柔道最高!」を口癖にしている。ここまで口にするくらいなのだから、武道精神あるいは、スポーツマンシップがある人間だと思われるのが普通である。その辺りを彼がどのように思っているのかを確認したかった。自分が思われていること、自分がどれだけ多くの人間に見られているかという部分においても、彼は欠落していたと思うしかない。

今回、格闘技会が負ったダメージは大きい。こういう選手が現れてしまった以上、より選手の管理・監督をする義務が生じたわけだ。視聴率重視のマッチメイクを組みたい気持ちも分かるが、今後は選手の安全・管理や指導もしっかりと強化していかなければならないだろう。話題優先主義はお休みしてもいいと思う。

その言葉、『格闘技通信』に、すべてお返ししたい。

あの試合を、秋山時代到来と捉えることなんて、何か意図がなければできないことだと思う。

この話は、まだ1月の頃のネタ。急遽、特集を組んでしまい、ネタを放置してしまったけれど、最近、また話題が薄れてきたような気がしたので、あえて、今夜、この話題を書いてみた。

「強い」って、なんだ?

格闘技界では、勝ちゃいいのか?

書く側からも、問いたい。

「強い」って、なんだ?

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2007年2月12日 (月)

本日より通常営業(笑)実は、この1週間は、怒濤のライブラッシュだったりした。

東京の地下には何の興味もない皆さん、お待たせしました。ずっと特別企画をお送りしていたが、今日から通常営業に戻りたい。

実は、秋庭先生を応援している間に、オイラは、あちこちのライブに出撃していた。

まずは、2月6日火曜日、代々木Bogaloo谷口深雪ちゃん。満員の客席は、少し興奮気味だったけれど、谷口ちゃんは、マイペース。サポートなしの弾き語りを気持ちよく楽しんでいるようだった。最近できたライブハウスだけど、なかなか良いハコだと思う。初登場のアーティストでも、トリだったりすることがある不思議なところでもある。

次は、翌2月7日水曜日。四谷天窓.comfort紅月ノリコちゃん。

この人をこのブログで紹介するのは、初めてだね。オイラが、この数年、出てくるぞ、出てくるぞと、密かに期待している。可愛らしい顔にだまされてはいけない。彼女の歌は、みんな、毛穴全開系の情熱あふれるものばかり。弾き語りより、むしろバンドが似合うのかもしれない。裸足の足をドンドン踏みならしながらペダルを踏む姿は、鬼気迫るものがある。観客が微動だにしない。吸い込まれていく。

見た目より、はるかに、熱いアーティストだ。最近、どいつもこいつも癒し系ばかりで刺激が足りないとお悩みのあなた、いかがだろうか。古くさいほど、エキサイティングである。

次は、翌2月8日木曜日。渋谷BOXXイズミカワソラちゃん。

2月14日のバレンタインデーに誕生日を迎えるソラちゃん。ご存知、当ブログの「そらめく」の「そら」を担当している、いや、担当してるわけちゃうな、語源となっている人である。この日は、前半、バイオリン2人を率いて、ソラちゃんが弾き語り。後半は、DAUGHTERでお馴染みの妹・marhyも登場し、DAUGHTERの曲を披露した。

ソラちゃんの単独ライブは、およそ1年ぶり。すっかり出不精の彼女だけれど、彼女の歌の世界は、変わることはない。何度聴いても、楽しい。

誕生日、おめでとう。

次は、翌2月9日金曜日。飯田橋にあるセントラルプラザRAMLAの区境ホールで行われた拝郷メイコさんの無料ライブ。この日の彼女は、風邪がかなりひどいらしく、痛々しいほど喉が枯れている。必死に声を枯らしてのライブ。そして、最後は、やっぱり、「ソイトゲヨウ」。今年に入って、もう3度目くらいか。今年は、拝郷さんと相性が良いらしい。

そして、1日おいて、2月11日日曜日。しかも、真っ昼間。前日からぐっすりと眠り、起きるとすでに昼の12時。慌てて起きて、四谷天窓.comfortへと急いだ。

この日は、kyokoさんのライブ。この人も、最近オイラが見つけた掘り出しアーティスト。ゾクゾクするような重みのある曲と詩。それを見事に支える重厚な声。ライブ会場の空気を変えるような独特の世界観。前回のライブでCDを買ったんだけど、どうもCDでは伝わりきらない。生で歌を聴きたい人だ。

次は、翌2月12日月曜日。今夜である。四谷天窓usu

房総で遊び、友達の結婚式で幸せに満たされ、すっかりご機嫌なusuのルンルンライブである。新曲「クローバー」は、usuにとって、2曲目の「クローバー」。1曲目の「クローバー」も、なかなか可愛くて素敵な歌なのだけれど、気分がクローバーにしたかったらしい。帰り際、「1曲目はどうするの?」と聞くと、「あれは、何だか難しいことになっちゃってたから」と。

????

ま、いっか。

これにて、怒濤の1週間は終了。

それにしても早いもので、今年もすでに40日以上過ぎている。時間の流れが速い。

最後に、どこかで結婚式をあげた妊婦様。

おめでとー。

ん?

誰かって?

秘密。

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2007年2月11日 (日)

【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?10 最終回

長々と続いた【秋庭俊先生応援企画】も、とりあえず、今夜が最終回である。

とりあえず?

いや、それはともかくとして、最後に、このブログの読者に考えてみてほしいことがある。

前回も書いた、「どこかにあるはずの真実」は、本当にあるのだろうか。

オイラたちは、秋庭先生の言葉に賛同する人も、批判する人も、どちらにも限らず、秋庭先生が作り出したコンセプトを一般論のように受け入れていることがあるのだ。

例えば、「改描」である。

地図が間違えていると、「改描」という言葉が脳裏に浮かぶ人、結構多いのではないか。現実とは違う。地図によって表現が違う。これは、「改描」だと。仮に、東京の地下に「隠された地下網」があったとして、それを地図の上に「改描」することは、絶対にあり得ない。普通に考えれば当たり前で、隠すべきものをわざわざ地図上に記号を配置して教えるというのは、頭隠して何とやら、である。

地図は、堂々と間違えるという話は、以前した通りである。民間の地図会社が意図的に、本来の場所や町名を隠したり、変えたりすることもある。それ以前に、地図とはそもそも、「意図」の塊であり、目的さえ達成していれば、客観的である必要などない。

でも、いつの間にか、オイラたちは、地図の間違いを、「改描」と結びつける癖をつけている。オイラのブログには、「改描」というキーワードで検索してくる人が多い。「現代 改描」なんて検索をしてくる人は、間違いなく、秋庭ワールドにハマっている人だろう。

そもそも、「地図が間違っている」→「改描だ」という結び付けをしたのは、秋庭先生に他ならない。

もう1つ例をあげれば、 「地下処理」である。

いかにもありそうな話だが、そもそも秋庭先生が『帝都東京・隠された地下網の秘密』の中でサラリと、ためらいもなく使い始めた言葉だった。秋庭先生がこの本を出す以前に、これと同じ意味で同じ言葉を使っていた人が、果たしているだろうか。この言葉自体、秋庭流に解釈されているのではないか。「改描」と同じように。

実は、「地下処理」という言葉を使わずに、似たような話を聞いたことがある。

オイラは、仕事である大型開発の担当者にお会いした。その方が話していたのは、こんなことだった。「丸い建物というのは、ディベロッパーが嫌うんです。いったん丸いものを建てると、土地に癖がついてしまう。あとで建物を取り壊して、新しい建物を建てるとき、その癖をなおさないと、四角い建物を建てることができない。だから、その分の手間を考えると、土地の価値が低くなるんです」

確かにそこには、丸いものが建とうとしていた。

ここで言う「癖」とは、いわゆる地下の話が含まれている。地下は、いったん掘ってしまうと、埋め戻すことができない。秋庭先生の言う「地下処理」とは、こういう話が元になっているものと考えられる。

戦後に東京に張り巡らされた地下鉄のルートの一部に、こういう「地下処理」が絡んでいたことは、別に珍しいことでも何でもないように思える。例えば、地下鉄千代田線の霞ヶ関駅が防空壕を取り壊してできたものだという事実が、正々堂々と千代田線の建設史に掲載されている。それをあたかも、「政府の陰謀」として描き出して、「地下処理」=「政府の陰謀」という方程式を作ったのは、秋庭先生に他ならない。でも、地上も地下も問わず、「地下処理」抜きに何かを構築できる物件など、あり得ないのだと思う。

これが、インターネットというものだろう。秋庭先生が頭の中で創り上げた用語が、ネットを一人歩きする。ネットでは、誰かから、誰かへと受け継がれていくうちに、秋庭語が、あたかも常識で語られるようになる。それは、次第に都市伝説として、リアルワールドで語り継がれるようになる。でも、何も明らかにならない。どこに「隠された地下網」があるのか、誰も知らない。「隠されている」という印象だけが、漠然と人々の中に残る。

そう考えてみて、オイラは、ふと気づいたんだ。

実は、秋庭先生は、東京の地下について、まだ何も知らずにいるということを。

取材先に気を遣って、結論が書けないわけではない。政府の機密事項だから堂々と表に出せないことが多いわけではない。秋庭先生が取材をしても、相手が真実を語らないのは、相手が悪いのではなく、秋庭先生の取材姿勢に問題がある。秋庭先生が「隠された地下」を暴露しても、それが見つからないのは、政府が隠しているのではなく、そもそも何もない。秋庭先生が「政府が隠している」と豪語した地下は、たいてい誰も隠していない。

じゃあ、秋庭先生は、何を知っているんだ?

ズバリ、オイラも妄想を。

定規で、地図に線を引っ張る。

ただ、これだけだと思うよ。地図は大判のほうがいい。適当な漢字を見つけて、あっちからこっちへと線を引っ張ってみる。駅の向いている方角も大切らしい。ホームの方角に向けて、定規で線を引っ張ると、どこかの神社仏閣や重要施設にぶつかる。カーブしている地下鉄を、カーブの手前から曲がらずにまっすぐ延ばすと、どこどこにつながる。よっし、秘密の地下鉄がここにあった!

アホみたい?

いや、マジでやっているんだよ。どことは言わないが、ある方のブログに、秋庭先生がおもむろにこうして地下網の話をしていたことが書いてあったよ。大切なのは、ここからで、図書館に籠もって、肉付けを行う。中村順平さんの都市計画図に合致しているとか、どこどこの区の戦前の地図に点線があるとか。

おそらく、まともに取材活動をすることができないほど、行き詰まっているんじゃないだろうか。

『帝都東京・地下の謎86』(洋泉社)では、こんなことを告白している。

年末になって先の本の続編が出た頃には、もう、専門家の方々にお会いするのも、ままならなくなっていた。(P214)

秋庭先生が、「公安委員会」と「公安調査庁」との違いが分からなくなっていることにも驚愕したが、上記の言葉は、建築の世界が古くさいのではなく、秋庭先生の恐ろしいほどの独善的な書きっぷりに、専門家たちが完全にビビってしまっていたことを示している。怖くて、取材など受けられないのだ。間違って、自分が、ありもしない地下の秘密を隠しているとでも思われたら、目も当てられないから。

最後に、「応援企画」なのだから、それらしく、応援して最後を締めくくりたい。

「トンデモ本」だから、もう真偽は問わなくていいのだと思う。地図と定規で政府の陰謀を暴くなら、それで良い。オカルトは、オカルトらしく、自由奔放に創造力を駆使すればいいのだよ。最近、秋庭先生の消息が不明だから、秋庭先生のファンは、みんな心配していると思う。でも、もう心配いらない。もう、秋庭先生の書籍は、真偽を問うことに意味がなくなったのだから。正しいかどうかを横において、おもしろければそれでいい。開き直ればいいじゃないか。

UFO、心霊、宇宙人、そして、隠された地下網…。

オカルトに新たなジャンルを構築した秋庭俊先生を、オイラは、これからも、心から応援したいと思う。

(おわり)

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【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?

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【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?9

これを読んでいる方は、秋庭俊先生の書いている「地下網」について、肯定的な立場の方もいれば、否定的な立場の方もいるだろう。オイラは、最初に秋庭先生の書籍に出会ったとき、にわかには信じられないような内容だが、何らかの理由で表現が曖昧な箇所が多く、どこかに真実が隠されているような気がしていた。

オイラは、仕事上、都内のあちこちを歩いているから、秋庭先生が「戦前からある」と主張する場所を通ることもあった。通りがかりで真実が分かるわけはないが、そこを何度通っても、実際には、謎と言えるようなものではなかったし、明らかに間違っていることの方が多かった。それでも、誰にだって間違いはあるもので、間違いが散りばめられたどこかに、誰にも反証不可能な真理が存在するのではないかと、わずかの望みを持っていたこともあった。

最初は、「隠された地下網」は、秋庭先生の論証に間違いが多いけれど、どこかに必ず存在していて、大筋では正しいことのような気がしていた。でも、秋庭先生の本を読み進めていくうちに、その小さな確証は、だんだんと萎んでいった。このブログでいろいろと書くようになってからも、それでもやはり、東京のどこかに「国民には隠された地下網」が存在するのではないかという、かすかな望みを持っていたのである。大筋では間違っているが、どこかに真実が含まれている。いつの間にか、そんなところまでトーンダウンしていた。

どこかにあるはずの真実…それは、本当にあるのだろうか。

少なくとも、秋庭先生に最初の「ネタ」を提供した人物は、秋庭先生に対して、「真実」を語っていたのではないだろうか。それが誰か分からないが、その「真実」を導き出すための論証は、秋庭先生に託されたのではないか。そんな妄想をしていた。今や、秋庭先生の思考回路では、東京全体を政府専用地下鉄が走り回っているという誇大妄想にまで広がってしまっている。でも、もともとは、もっと小さな芽から始まったのではないか。

しかし、ここのところ、そのわずかな芽も、オイラの妄想なのではないかと疑うようになった。

以下は、『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)からの引用である。

その半年前、私は東京都交通局のOB数人に話を聞いていた。証言はじつにリアリティがあって、「先に地下があった」ことはそれだけで十分にわかった。ところが、この頃OBの代表氏から連絡が入り、いまでも私の意見に賛同しているものの、無記名でもおそらく個人が特定される。本書の根拠になるような使い方は避けてほしいということだった。インタビューを長くあたためていれば、こういうことになる。わかっていながら半年が過ぎていた。これは私に責任があった。(P400,401)

東京都交通局のOB氏が勤めている職場へ私は向かった。そのOB氏と初めて話をしたのは二年ほど前のことである。(P371)

きょうはOB氏にトロリーについて聞かなければならなかった。(P373)

東京都交通局というのは、都営地下鉄の“経営主体”である。そのOBの証言は、この本を読む上では、かなり「根拠」として使われている。例えば、OB氏は、地下鉄新宿線が東京駅から五番町まで戦前に作られていたのかと聞かれて、

「私も、もういいかと思うんですけどね」(P372)

と答えて、これを最大の根拠としている。

さらに、隠された地下トンネルをトロリーが走っているかどうかOB氏に尋ねると、

「何を言っているんです。もう、知らないことなんかないじゃありませんか」(P374)

と答え、これもやはり、この本の根拠として使われている。

OB氏に断られたわりには、ずいぶんと根拠として活用しているところが、秋庭式なのかもしれない。ただ、OB氏は、秋庭先生の質問に対して、いっさい肯定していないところがおもしろい。これが秋庭先生の「演出」なのか、それとも、本当にこうしゃべったのかは分からない。でも、これを読んだ人は、戦前の東京の地下には、トロリーバスが走り回っていたという結論を、何となく印象づけることになる。

本の内容は、いかにも秋庭先生が自力で取材して書いているように読めるが、上の証言を読む限り、「半年前にOB数人に聞いた話し」の内容が登場していないことに気づく。秋庭先生は、一応、筋は通して、取材先との信頼関係を維持したわけだ。

もっとも、『隠された地下網』には、もう1つ、東京都交通局OBとおぼしき人物が登場する箇所がある。

地下鉄関係者の覆面座談会によると、都営浅草線は新橋-大門間で直線街路に地下鉄を建設していたが、一九六六年(昭和四十一)に政府の方針が一八〇度転換し、直線街路は政府、東京都の専用ルートにすると定められた。早速、ここで途切れたルートをつなぎ直すように言われ、設計士は当時、あまりのショックに髪の毛がまっ白になったという。(P326)

これは、間違いなく、「半年前にOB数人に聞いた話し」の一部だろう。

余談になるが、都営浅草線の新橋・大門間は、1964年(昭和39年)10月である。当時は、単線で開業した。新橋・大門間の複線化は、4年後の1968年6月のこととなる。地下鉄関係者が語っているという1966年は、すでにトンネルが存在している。つまり、地下鉄関係者が嘘をついているか、秋庭先生が話を歪曲したり、間違ったかのどちらかである。

東京都交通局のOBは、何を知っていたというのだろうか。そもそも、東京の地下鉄のほとんどは、営団(現在の東京メトロ)が経営している。でも、秋庭本には、東京メトロ(営団)のOBは、登場しない。交通局のOBなら、皇居の地下を縦断する地下鉄新宿線や丸ノ内線が戦前からあったという事実を知っているとは思えない。畑が全然違うからだ。もしも知っているのだとしたら、その話は、“また聞き”ということになる。どちらにせよ、証拠としては薄いのである。

Iさんは戦後、交通局でトロリーを運転していた。(P373)

確かに戦後、東京都交通局は一部でトロリーバスを走らせている。戦災で都電は路上の軌道が壊滅状態だった。地下鉄は、当時、東京都が建設するには、経営主体の一元化の問題が残っている。そんなわけで、手っ取り早く整備できるものが、トロリーバス路線だった。もちろん、地上の話である。その後、結局、路面電車や既存のバス路線も復旧し、地下鉄の建設も始まり、東京からトロリーバスは消える。

秋庭先生は、OB氏に対して、「Iさんは戦後初代だって聞いてましたけど、戦前にもありましたよね。新宿とか、溜池山王あたりに」と尋ねる。でも、答えは、上にあったような、「何を言っているんです」という意味不明な回答だった。結局、トロリーバスが地下を走っていたかどうかは分からないまま、次の話へと進んでしまう。日本に戦前、トロリーバスがあったということは確かだが、それが「隠された地下網」を走っていたかどうかは、まったく分からないまま、である。でも、ここをさらっと読むと、あたかも地下にトロリーが走り回っているような気がしてしまう。

なんだ、要するに地下があるような気がすればよかったのか。

この本は、何一つ論証していない。大切なのは、そこにあるかどうかではなく、政府の陰謀で地下が隠されているという印象だけが読者に伝われば、それでいいのである。それ以上は、書いている秋庭先生本人も期待していない。

本書の趣旨は地下道の暴露でもなければセンセーショナリズムでもない…(『新説東京地下要塞』講談社、P232)

逆に言えば、秋庭先生の推測通り、地下道などマジで出てきてしまっては、困惑するのは秋庭先生のほうなのかもしれない。どこに地下道があるかなんて、最初から興味の範疇にないからだ。だからこそ、秋庭先生は、その方法論として、必ず「隠された地下道」が見つかるような書き方はしない。見つかった瞬間、秋庭先生の仕事は終わってしまうもの。ってか、そんなもの、間違っても見つかるはずはないのだ。

ここからは、オイラの妄想である。信者の皆さん、もう一度繰り返すが、オイラの妄想である。秋庭先生、もしも読んでいたら、くどいようだが、オイラの妄想である。

東京の地下について、私はまだ何も知らなかった。(『帝都東京・隠された地下網の秘密』新潮文庫、P69)

もしかして、秋庭先生は、今もまだ、東京の地下について、何も知らないのではなかろうか。

(つづく)

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2007年2月10日 (土)

【番組の途中ですが】累計アクセス数9万突破のご報告

いつの間にか、深夜である。今夜は、1つ、ご報告をしておきたい。

2月8日深夜に、オイラのブログの累計アクセス数が、9万を突破した。

例によって、右上にあるアクセスカウンタは、若干遅れていて、あと少しで88888に達するので、よろしければ、踏んでくだされ。踏んでも、何も出ないけどね。

何にせよ、もう少しで10万を達成する。予想到達日は、3月8日~9日くらいかな。何が起こるわけでもないが、1つの節目になると思う。

【秋庭俊先生応援企画】が続いているせいか、この1週間くらい、アクセス数がかなり増えた。やはり、地下ネタは、ウケるね。でも、オイラは、今回、秋庭本の矛盾点を指摘することよりも、もっと、別のことを伝えようとしている。

今夜は、とりあえず、ご報告まで。

おやすみなさい。

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2007年2月 8日 (木)

【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?8

今夜はお休みしようと思ったんだけど、今朝の朝刊におもしろい記事が載っていたので、予定を変えて、いぢってみたい。

今日(2月8日)の朝日新聞朝刊の文化総合面に、「『都市伝説』またぞろ脚光/単行本・TVで人気 DVDヒット」という記事が出ている。

今、20~30代の若者を中心に、都市伝説が注目を集めているという。

お笑いコンビ・ハローバイバイの関暁夫さんが語る都市伝説をまとめた『ハローバイバイ・関暁夫の都市伝説』(竹書房)は、実売で10万部を突破した。彼のライブは、都市伝説を語るもので、笑いはまったく起きず、客層は、20~30代なのだという。記事は、様々な専門家の意見を聴きながら、今、何故都市伝説が流行しているのかを探っている。

オイラも、『関暁夫の都市伝説』を読んだことがあって、ここにも地下鉄の都市伝説が登場する。ただし、この本は、都市伝説を片っ端から並べただけで、その真偽までは問わない。信じるか信じないかは、読者次第で、はなっからジャーナリストの顔をする秋庭俊先生とは一線を画す内容だ。でも、関さんの都市伝説本が売れる背景と、秋庭本が売れる背景は、おそらく、同じだろう。これはオイラの妄想でしかないが、読者層は、双方とも、20~30代なのだと思う。

おもしろいことに、現代の都市伝説の語り部は、女子高校生や小学生ではないのだ。オイラの子どもの頃、「口裂け女」とか多くの都市伝説を耳にしたが、ほとんどが同じ世代の子どもの口から聞いた。「トイレの花子さん」も、同じだろう。ところが、今の都市伝説は、大の大人が語り部である。しかも、かなりマジで語っていたりする。地下鉄の都市伝説も、おそらく、秋庭本を読んだ大人たちが語り継いでいるものだろう。

「都市伝説」という言葉の起源となったブルンヴァン著『消えるヒッチハイカー』を翻訳した、民俗学者の大月隆寛さんのコメントが印象的だ。

マスメディアを介した「タテマエ」が濃密になった分、「それ以外」への欲望がふくらみ、ウワサやゴシップの広まる環境は整っている。

メディアが発達して情報がまんべんなく流通するようになれば、「真実」がより確かになるのではなく、「真実」とされるタテマエが増殖し、それに比例して「それ以外」も肥大する。都市伝説的なものが宿りやすくなっている部分はあるのでしょう。

朝日新聞が記事を盗用し、関西テレビがデータをねつ造する。何が真実なのか分からなくなった時代に、ネット上には、真偽が不確かな情報が溢れ、人々の心をゆさぶる。真偽よりも、楽しみや興奮が優先される。真実を追い求めるというタテマエを持ったはずのマスコミやマスメディアが自壊していく中で、タテマエは、括弧付きではなく、本当に建前でしかなくなる。マスコミやマスメディアといった報道機関の情報が、「信じるか、信じないかは、あなた次第」という、都市伝説と同じレベルで語られるようになる。

ジャーナリスト・秋庭俊は、そんな時代に現れ、一世を風靡した。

『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)の「文庫版あとがき」で、秋庭先生は、こう書いている。

この本が出版される以前、誰がこんな話に耳を傾けただろう。まして、戦前から走っていた地下鉄は、銀座線だけではないなどといえば、まともな人物には取りあってもらえなかったに違いない。私にとって、この本が果たした役割は大きい。

もちろん、今でも私の主張は当局には認められていない。地下鉄関係者がその通りだと証言したわけでもない。だが、この本は多くのメディアに取り上げられ、ほとんどが好意的な扱いだった。(P408)

なぜ、メディアは、秋庭先生の“嘘”を見抜けなかったのだろうか。新潮文庫版の前に出した洋泉社は、発売から4年近くの期間を経て、「トンデモ本」というレッテルをはった。オイラのブログを丹念に読んでいただいている方なら、秋庭本の内容の真偽について、お分かりいただいているかと思う。オイラがブログを始めるはるか前から、ネット上では、特に某巨大掲示板などで真偽が論争となっていた。

結局、メディアは、たった1冊のトンデモ本に無力だったということだ。この現実は、かなりリアルで、生々しい。もしも、大新聞が、「どこどこの連続殺人事件は、怨霊の仕業」と書いたら、かなり怖い。毎日新聞や、週刊エコノミストなどが、無批判に秋庭本を評価する書評を掲載したことは、メディアの自殺のようなものだった。トドメは、新潮社が文庫化するという暴挙だろう。

信じるか、信じないかは、あなた次第。

自称ジャーナリストの書いた本に、こんな一言を付け加えなければならなくなった時代。

オイラは、現代は、活字が自殺をする時代だと感じている。

(つづく)

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【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?

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2007年2月 7日 (水)

【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?7

何をマジになってんのさ…って人、多いと思う。たかだか、秋庭俊、たかだか、オカルト作家じゃん。秋庭俊先生の本が間違っていても、それを読んで喜んでいる人がいるなら、そう、目くじら立てずにほっといたら?

うん。確かに、それも一理ある。所詮は、出版社に「トンデモ本」扱いされているんだから、1つ1つ間違いにツッコミいれなさんな。そうだね。確かに、そういう面もあると思う。

が、オイラは、毎日、このブログのアクセス解析を目にしていて、あながち秋庭本を読んでいる人たちは、「トンデモ本」として読んでいるかというと、そうではないことに気づく。意外に、マジで受け止めている人が多いような気がしてきているのだ。

最近、4ヶ月の検索フレーズを紹介してみよう。

第1位は、ぶっちぎりで「秋庭俊」である。ちなみに、第12位に、「秋葉俊」というフレーズで検索している人もいるが、正式な名前は、「秋庭俊」である。

著者の名前だから、一番ヒットするのは当然だろう。ちなみに、Yahoo!のWeb検索で、「秋庭俊」と検索すると、だいたい10番目くらいに、オイラのエントリーが登場する。googleで検索すると、5番目くらいに、やはり、オイラのエントリーが登場する。狙ったわけではないが、こうして来てくれるのは、ありがたいものである。

第2位は、「豊島変電所」である。

そりゃまあね、知りたくもなるよね。読んでいかがだっただろうか。まだ豊島変電所は、極秘の地下変電所と思ってらっしゃるだろうか。東京電力のリストにも載っているし、地下5階に降りようと思えば、降りられるみたいだよ。

第3位は、「東京の地下」。

これだけ秋庭先生が煽ると、何かあると思いたくもなるね。お目当ての情報には行き着いただろうか。

第4位は、「東京 地下 謎」。

謎は、見つかったかな。このブログは、こういうキーワードを検索すると、案外上に出てくるくせに、全然、謎なんて書いていない。申し訳ない。

第5位は、「そらめく日々」。第6位は、「そらめく」だった。

直接、オイラのブログを探してくれた方々、ありがとう。

第7位は、「大東京の地下99の謎」である。ちなみに、第11位にも、同じフレーズが入っているけど、そっちは「99」が全角である。

ああ、買っちゃったか。で、ここにたどり着いちゃったか。まあ、こういうわけなんだな。読んでがっくりしたかもしれないけど、謎なんてないんだよ。

第8位は、「政府専用地下鉄」。

えっ? まだ、走っていると思ってるの、政府専用地下鉄。走ってないから。ここ、読んだよね。ちなみにね、空なら、政府専用機が飛んでいることもあるよ。でも、地下はねえ。

同じく、第8位は、「地下鉄の謎」。

あ、そう、地下鉄に謎があるの? 解明できるといいね。秋庭先生が謎だと騒いでいることの中には、謎でも何でもないことのほうが多いんだよ。よーく、このブログを読んでみてよ。

第10位は、「14歳の母 最終回」。

観たよ、最終回。泣いちゃったよ。地下の秘密に興奮しているより、こういうドラマをたくさん観て欲しい。

第13位は、「石田紗英子」。

Weathernewsのキャスターを卒業しちゃったんだよね。ほんとに残念。最後の放送でウルウル泣いていたのが、こっちももらい泣きしちゃったもんね。あ、地下には関係ないっす。

第15位は、「東京 地下」。

何か、見つかった? 東京の地下は、奥深いね。でも、ネットで分かることって少ないよね。

第16位は、「東京 地下 秘密」。

秘密、見つかった? オイラのブログは、どっちかっていうと、秘密なんてないよねーっていうところなので、ちょっと拍子抜けしちゃったかな。

第17位は、「東京 地下道 戦前」。

戦前からある地下道って、ないってことないんじゃないかな。あると思う。政府専用地下鉄が東京中を走り回っているなんてことは、ありえないけど、地下道はどこかに眠っていても、おかしくないと思う。でも、ネットには書いていないよ。

第18位は、「人文社 首都圏 市役所前」。

ああ、秋庭先生が、『帝都東京・隠された地下網の秘密2』で言っていた、地図の誤りだよね。あれね、たぶん、製作者の誤植の可能性、高いみたい。改描ではないみたいよ。

第19位は、「新国立美術館」。

オイラも行ったよ。近未来の建物みたいだよね。

同じく、第19位は、「地下街路」だった。

このブログでは、地下街路でヒットしても、あまり、好奇心を煽られなかったよね。申し訳ない。事実は、案外、こんなもんだよ。

たぶん、これらの検索した人たちは、みんな秋庭先生の著作に対する反論を読みたかったわけではないだろう。おそらく、秋庭先生の著作を読んで、その真偽を、ネット上で検証してみたかった人は多いかもしれない。もしかすると、もっとネット上のどこかに真実が隠されていると思った可能性もある。

過去1週間で調べてみると、こんなフレーズでも検索されている。

例えば、「戦時改描」。

おそらく、こんなフレーズの検索をしてくる人は、秋庭先生の著作で「改描」に出会ったのだろう。

「東京ドーム 地下 バンク」

ないし。東京ドームには、競輪バンクの部品がバラバラになって収納してある。

「迎賓館 地図 改描」

これ、おもしろい記事が、オイラのブログのエントリーにあるから、探してみて。ただ、改描ではないみたいよ。

「サンシャインシティ 地下 変電所」

あるよ、変電所。でも、国民に隠されているわけではない。

「溜池山王 地下鉄 謎」

へー。謎があるんだー。何が?

「現代 改描」

ないし。

どうだろうか。こういう検索されたキーワードを並べてみると、秋庭先生の著作が、案外、真面目に受け取られていることが分かる。現代に改描があるなんてありえないけど、こうして検索しているからには、あるような気がしているんだろう。とにかく、秋庭先生が、新しい著作を出すたびに、その著作にある新しいキーワードで検索してくる人が増える。どんな思いで、このブログを読んでいるか分からないが、少し可哀想になってくることもあるのだ。秋庭先生の著作が、「トンデモ本」というなら、UFOや心霊にいちゃもんつける人なんて、そんなにいないわけで、放置しておけばいいような気がする。東京の地下に秘密の地下道があると思いたいなら、勝手に思っていればいいじゃないかと思うんだ。

でも、本当にそうだろうか。

秋庭先生が、自分で自分をオカルト作家と称しているなら、それは放置しておけばいい。道端の占い師を捕まえて、科学性を問いつめたところで、意味などない。でも、彼は、自らを「ジャーナリスト」と称している。政府の陰謀を暴く正義の味方として、世の中を闊歩している。これは、おかしい。

「あるある」問題は、データのねつ造だった。報道に携わる機関がねつ造をすれば、結果が正しくても、葬り去られる。秋庭先生は、果たして、データを正しく運用しているだろうか。仮説をねつ造していないだろうか。現代のマスコミ不信は、マスコミ自身が過ちを犯したところから始まっている。やらせ、ねつ造、無断盗用…。ジャーナリズムの虚飾を被ったオカルト本が、世に出回ることは、マスコミの退廃を象徴するものだし、出版界の自滅を意味している。

オイラは、ノンフィクションとオカルト本との境目は、ハッキリさせるべきだと思う。だからこそ、洋泉社が、このたび秋庭本を「トンデモ本」と評価したことを、諸手をあげて歓迎したいのである。

(つづく)

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【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?

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2007年2月 6日 (火)

ま…、眞鍋姉さん、それ、なんすか?

眞鍋姉さん、今夜は、どないしはったん?

楽屋に並べて、何やってはるん?

パンダ?

はあ、そっかー。

あれ、次は、香港幸せ報告第2弾とちゃうの?

また、今度?

え、これって、ロシアの人形ちゃうん?

香港に売ってたん?

てか、眞鍋姉さん、

きもいっす!!!

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【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?6

秋庭俊先生が参考文献としている資料には、東京都立中央図書館では、手に入らない資料もある。今回は、その資料から、秋庭先生が地下のマスタープランとして、あらゆる自著で紹介している『東京の都市計画を如何にすべき乎』(中村順平)を探そう。

場所は、あの地下8階の書庫で有名な国立国会図書館である。

国立国会図書館

日本で唯一の国立図書館である。日本で出版されるすべての書籍を閲覧することができるスーパー図書館だ。本来の機能は、国会議員の調査研究活動なのだが、満18歳以上なら、誰でも利用することができる。場所が場所だけに敷居は高いが、意外と気軽に利用できる図書館である。

すべての図書・資料は書庫にあり、読みたい図書・資料はカウンターで手続きしないと出してもらえない。書棚を見ながら本を探すという楽しみは、ここでは味わえない。(略)「利用する」よりも、「見学する」ことをおすすめしたい図書館である。(『大東京の地下99の謎』P52、二見文庫)

まあ、しかしだね、日本で発行された書籍を片っ端から開架式本棚に並べたら、たぶん超高層ビルが必要だろうね。むしろ、そっちのほうが探しにくくなる。書棚を見ながら本を探すという楽しみは、ぜひ、地元の区市町村の図書館でお願いしたい。でも、その際にも、古い図書はどっちにせよ書庫から出してもらわなければならないだろうけど。現に、秋庭先生は、この国会図書館で、使いにくいなあーって思いながら、『東京の都市計画を如何にすべき乎』を読んだのではないだろうか。

それは、さすがに、オイラの妄想かな?

さて、話を戻すと、秋庭先生が嘆いている通り、ほとんどの資料は請求しないと出してもらえない。ただ、カウンターで手続きするわけではない。

初めて利用する人は、まず新館の出入り口から入る。まずは、端末に必要事項を入力して、館内利用カードを受け取る。もちろん、無料だ。荷物は、都立中央図書館と同様、ロッカーに入れて、筆記用具などを、備え付けの透明な袋に入れる。ゲートを通ると、すぐに資料を検索する端末が並んでいる。端末の読み取り機に館内利用カードを差し込むと、入力画面が起動する。ここで、読みたい資料を検索する。お目当ての資料が見つかったら、画面上で資料請求の手続きを行う。

カウンターで請求するわけじゃないのね。

当たり前のことだが、所属省庁を問われたりすることはないので、安心してもらいたい。すべて閉架式という特徴を除けば、誰でも気軽に利用できる図書館である。

手続きが終わったら、画面に表示された資料を受け取る場所へと移動する。ほとんどの場合は、本館の図書カウンターになるだろう。請求した資料が用意できると、館内の「到着案内モニタ」や、端末画面に、館内利用カードの番号が表示される。あとは、受け取るだけである。本館にも、新館にも、閲覧室があるので、所定の場所で閲覧する。

オイラのお目当ては、『東京の都市計画を如何にすべき乎』である。資料請求してから、15分くらいだろうか。「到着案内モニタ」に番号が表示されたので、受け取りに行くと、カウンターには、古い本ではなく、ビニールの薄っぺらい入れ物。その中にある封筒に、透明なシートが入っている。

な、なんと!

国会図書館では、古くて貴重な資料を、マイクロフィッシュ(シート状のフィルムに画像を碁盤目状に配置したもの)にして、閲覧できるようにしている。この場合、マイクロリーダーで閲覧することになる。実物に触れられないのは残念だが、ご安心を。政府の陰謀によって、一部見られないページがあったり、伏せ字が使われていたりすることはない。もちろん、著作権の許す範囲で、複写も可能である。

秋庭先生が、あちこちで引用している「大東京市復興計画案 平面図」がある。マイクロリーダーで、旧漢字に埋め尽くされた資料を読むのはなかなか酷なのだが、やはり、この地図を見ると興奮するね。何たって、地下のマスタープランである。「地上にはない在来道路」が記載されている「新旧道路位置比較図」もある。

中村順平さんが、どんなことを考えているのかが分かる。

数世紀の未来に於ける東京市民の生活様式を先づ只今の東京都市計画立案の標的とするのでなければ、結局は無方針な基礎の上に建てられたる市内の甚一小区域の区画整理は、一時を糊塗する自動車の泥よけ程度の計画でなければ、無益な凸坊の落書きに終わってしまう。

一都市というふものは要するに一全市民の家に外ならぬ。都市計画を司る職掌が建築士である理由の一つがここにある。

関東大震災の惨状を目の前にした若き中村順平建築士の思いが詰まっているし、当時の躍動感が伝わってくる。なかなか、おもしろい。

当時、帝都復興は最大の危機に瀕している。後藤新平は、1923年9月の関東大震災直後に山本内閣の内務大臣に就任。帝都復興プランをぶちあげたが、翌年1月、虎ノ門事件を契機に山本内閣は総辞職した。東京の復興が中途半端に終わろうとしたとき、中村順平さんはこの案を世に発表した。本の一番末尾に、金50銭と書いてあるから、市販されていたことが分かる。本はそれほど厚くなく、本というより、パンフレットやブックレットに近いものと感じた。

当時、最も難航していたのは、区画整理である。道路も公園も公共施設も、区画整理によって空地ができなければ、そもそも建設することができない。ところが、今でも区画整理には反対が多いけれど、当時ならなおさらで、「地主の土地のタダ取り」という誤解が蔓延していて、大きな反発をくらうことになる。中村さんは、こういう現状を憂えていたのだろう。この本の中で、地主が反対しているなら、その地主の土地だけ残して、道路を敷いてしまえばいいじゃないかと書き、まさか東京にはそんな地主はいないだろうと皮肉っている。これは皮肉で、帝都復興は地主の大反発を食っていた。

どんどん規模が縮小されていく帝都復興を見て、しかも、ようやく動き出したと思ったら、後藤新平の失脚。居ても立ってもいられなかったのではないだろうか。

秋庭先生のストーリーは、こうである。

中村はこのとき何も真相を知らなかった。政府が過去の道路にこだわっているというのは、確かにそのとおりだったが、政府は道路にこだわってはいなかった。(略)政府がこだわっていたのは、地下である。(『帝都東京・隠された地下網の秘密2』新潮文庫P167)

つまり、東京の地下には、そもそも市区改正の地下道があって、政府はそれにこだわっているから、東京の大改造を嫌ったという仮説である。

おかしな話で、『帝都東京・隠された地下網の秘密』では、市区改正の地下道があったけれど、後藤新平東京市長が、新たな6路線の地下鉄と同時に、直線の地下街路を敷いたから、政府が納得したというストーリーがあったのに、すっかりここでは変わってしまっている。『地下網2』では、政府は帝都復興でも過去の道路を焼き直しただけだったけれど、中村順平の案を採用して、秘密の地下道を構築した、しかも市区改正の地下道はB1で、中村の地下道はB2というストーリーになってしまっている。

自分の仮説を勝手に修正するところは、秋庭式ならでは、である。

『地下網2』の171ページには、「大東京復興計画案 鳥瞰図」が掲載されており、秋庭先生が、「立体模型写真」と解説している。でも、これは、誰が見ても、ただの絵だ。

「東京近郊」という質の高い地図が製作されたのも、このような立体模型がつくられたのも、地下東京のマスタープランが完成したためで、そうでなければ、陸地測量部や航空部までが参加することはなかっただろう。(『帝都東京・隠された地下網の秘密2』新潮文庫P172)

ここで時間経過が分からなくなっている。

「中村は真相を知らなかった」→「でも、中村の作った鳥瞰図は、地下東京のマスタープランをもとにしている」→「なぜなら、陸地測量部や航空部が作成に参加しているからだ」

中村順平さんが自ら地下のマスタープランをつくったのか、それとも、中村さんの地上の都市計画案を、政府が地下のマスタープランに位置づけ、地下道を敷いたのか。秋庭先生の頭の中で混乱しているのではないだろうか。鳥瞰図が、「地下のマスタープラン」をもとにつくったというなら、中村さんは本を書く以前に、地下のプランという前提を知っていたことになる。でも、「真相は知らない」という。

おそらく、オイラの妄想が創り上げた真相は、こんな感じである。

中村順平さんは、『東京の都市計画は如何にすべき乎』の中で、ル・コルビュジェの「輝く都市」やパリの都市計画の考え方をもとにして、基幹道路の地下に地下鉄を走らせることを前提とした都市計画案を提案した。ここまでは、東京に6本の地下鉄を敷こうとした後藤新平と同じ発想である。それは、「地下のマスタープラン」と表現するなら、できないわけでもない。でも、その地下道は、秘密の地下道ではなく、国民が広く利用する地下鉄のことである。中村さんは、国民に隠された地下網のことなど、いっさい意識していない。

中村さんの都市計画の発想は、後世の建築士たちにその精神が受け継がれている。専門家に、後世の都市計画にこの本の発想が反映されているか質問すれば、おそらく、「YES」と答えるだろう。でも、それは、「地下のマスタープランだというお墨付きをいただいた」とは、かなり意味が違うということも、一言指摘しておこう。

ところで、この本の平面図のもとになった航空写真に、陸地測量部や航空部が関わったというのは、何が根拠になっているだろうか。少なくともこの本には書いていないから、秋庭先生の独自の「取材」によって明らかになったというなら、そのことを明記すべきであるし、何か参考資料があるなら、出典を明記していただきたい。

余談となるが、オイラは、『大東京の地下99の謎』を読んで、のけぞった。

写真は陸軍航空部が撮影したものだが、当初、このプランは地上の道路計画だったのをすぐに地下のプランに変更されたのだと、その後のGHQの地図などから私は推測する。(P74)

このプランが地下の計画だという根拠が、いつの間にか、GHQの地図へと変わってしまった。専門家は? B1には、市区改正の地下道があったんじゃないの?これって、取材でうらをとったわけでなくて、秋庭先生の推測?

でも、オイラは、秋庭先生の本音は、『99の謎』の方だと思う。GHQの地図を見ながら、記号と記号をつなげたら、千住大橋と品川が1本で結ばれた。中村さんの計画案にも、千住大橋から一直線の街路が走っている。帝都復興の設計士も、『発達史』で似たようなことを書いていた。一致した。…こんな感じだろうか。結局のところ、こうやって図書館で読んだ本と本を照らし合わせて、つじつまを合わせるのが、秋庭式なのかもしれない。

東京都立中央図書館と国立国会図書館とでは、間違いなく、国立国会図書館のほうが蔵書数では圧倒している。でも、無作為に本棚をあさりながら、自分のお目当ての情報を見つけ出すという努力をするのも、なかなか楽しいと思う。オイラも最初は、秋庭先生の参考文献にはこだわらずに、東京室の資料を読み耽ったものだった。すると、おもしろいもので、いつの間にか、秋庭先生が読んでいた本と同じものに遭遇している。そういう、秋庭先生の足取りを追うような試みも、これはこれで、おもしろい試みではないか。

ここまで読んで、おいおい、秋庭先生は偉大なジャーナリストで、図書館で本を読み耽って、本を書いているなんてこと、まさかないでしょ…と感じた方、いると思う。でも、オイラは、大胆に妄想してみたい。秋庭先生が行った「取材」の大半は、ごく普通の図書館を使った資料探しだと思う。『地下網』の第一作は、さすがに何人もの人物に取材をしたかもしれないが、そこから先は、誰に取材しても、彼が考える「真実」には近づけず、結局彼は、こういう形で「うらをとる」しかなかったんじゃないだろうか。誰も証言してくれないから、資料から読み解くしかない。

秋庭先生が、公式サイトの「近況報告」で、こんなことを書いたことがある。

もともと、この本は、従来のジャーナリズムの枠にあっては届かないと思われるところに、どのような方法論をもって到達するかという試みだったわけで、受賞できない理由は山ほどあるかとは思いますが、それにしても、なぜ、ノミネートしたことを伏せていて、落選したことだけ発表するのでしょう。それならせめて、ノミネートされたことを発表していただけたならと思わずにいられません。

「従来のジャーナリズムの枠にあっては届かないと思われるところに、どのような方法論をもって到達するかという試み」 …この方法論、何だと思う?

多くは語るまい。ここから先は、このエントリーを読んだ皆さんが、自分で答えを出してほしい。オイラは、所詮はこんなもんだと思っている。

(つづく)

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【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?

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2007年2月 5日 (月)

【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?5

秋庭俊先生の世界を、オイラたちパンピーでも体験することができる場所を紹介しよう。

東京都立中央図書館5F東京室

明治以降に発行された東京に関わる資料と、東京都内の自治体の行政資料を閲覧することができる。所蔵冊数は、15万冊を越える。東京のことなら、何でも分かるし、もちろん、秋庭俊先生の著作も所蔵している。秋庭先生の著作の最後には、必ず参考文献を記載しているが、そのほとんどの文献を、ここで閲覧することが可能だ。

場所は、都立有栖川宮記念公園の敷地内。東京メトロ日比谷線の広尾駅から徒歩8分、または、JR目黒駅から都バス橋86系統で、「愛育病院前」で下車、あの高貴な方や山口もえさんでお馴染みの愛育病院を横目に歩き、徒歩2分くらい。

図書館の入り口で、入館証を受け取る。この入館証は、閉架の資料を請求するときに必要となり、帰りに返却する。まずは、奥のコイン式ロッカーに荷物を入れる。館内には、筆記用具やノートなどを除き、ほとんどの荷物を持ち込むことができない。5階に食堂があるので、昼食や夕食も心配ない。オイラは、1日中ねばることもある。ここの資料は貸し出しをしていないので、その場で読まなければならない。

どんな資料を所蔵しているのか、試しに検索してみよう。

資料検索

秋庭先生の引用している参考文献の中で、これを一度読んでみたいとか、引用されている資料を自分の目で確かめてみたいという方は、まずここで検索してみてはいかがだろうか。

例えば、「品川から千住大橋に通じしめ」た一直線の街路を「暴露」したという帝都復興の設計士が書いた文章を、この本で読むことができる。秋庭先生がバイブルとしている『近代日本建築学発達史』(丸善)である。この本は、東京に関する本ではないので、4階の自然科学室の閉架書庫に所蔵されているが、5階の東京室でも閲覧請求できる。

秋庭先生の著作で、引用部分だけを読んだ場合の印象と、自分の目で端から端まで読んだ印象はまったく違う。特に、本全体を手にして、帝都復興の設計士以外の箇所も含めて、目にしてみると、この本の性格を何となく伺えるし、何より、この本が戦前ではなく、戦後に執筆、編集されたことが分かる。

秋庭先生は、『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)で、「言いたいことが言えない時代にこれだけのことを語ろうとすれば、相当の覚悟が必要とされる。(略)命を削るような覚悟をしたうえで、設計士は後世に真実を伝えている」(P321)と、帝都復興の設計士が戦前にこの文章を書いているように表現しているけれど、この本は戦後、1972年に刊行されたものである。

あとで気づいたのだろう。『新説東京地下要塞』(講談社)では、「東京の再建計画をまとめた設計士は、戦後『近代日本建築学発達史』のなかで次のように述べている」(P91)と書いて、さりげなく修正を加えている。

こういう、秋庭先生の、いわば、“息づかい”にまで迫ろうとすると、やはり資料の実物を手に取るのが一番手っ取り早い。

ちなみに、『発達史』には、海の中を通る道路が記された地図も記載されている。秋庭先生の著作に登場する、あのアバウトな市区改正計画図とまるっきり同じものを目にすることができる。政府がひた隠しにした「海の中の道路」を自分の目でリアルタイムで、しかも実物を目にするのであるから、興奮せずにはいられない。

さて、どうせ都立中央図書館まで足を運んだのである。このまま帰るのは、もったいない。ぜひ、市区改正計画の原図を手にとってからお帰りいただいても遅くはなかろう。それは、『東京都市計画資料集成(明治・大正篇)第34巻・東京市区改正図』(本の友社)である。

図が5枚収録されている。『発達史』では、白黒のアバウトな図だったが、これは、カラー刷りで、デカい。内容は、修正市区改正図、修正品海築港図、東京市区改正全図、東京市区改正新設計図、東京市区改正旧設計現設計対照図。この中で、「海の中を通る道路」にお目にかかれるはずだ。ぜひ、マジな秘密地下道を体験していただきたい。

さて、ここまで来ると、市区改正計画の内容まで踏み込んでみたいと思う人も多いだろう。前掲した『発達史』でも、市区改正についての記述があるので、そこを読んでいただくと、簡単な市区改正の流れを追うことができる。が、やはり、詳しく市区改正について調べたいとなると、もう少し専門書をあさりたいものだ。

そこで、オススメなのは、秋庭先生も自著で参考文献になさっている、

『明治の東京計画』(藤森照信著、岩波書店)

である。これは、市区改正計画の始まりから、終わりまでを詳しく知ることができる、まあ、いわば、市区改正を勉強する人たちのバイブルのようなものだ。これを読むと、秋庭先生がよく主張している「市区改正は湯水のように金を使ったが、1本の道路も敷かなかった」という話が、まるっきり見当違いということが分かる。

この他にも、市区改正についての資料がたくさんあるので、「市区改正」で検索してみよう。閉架でも、資料を請求すれば閲覧することが可能だから、気軽に請求すればいい。

この図書館は、多くが閉架(書庫にしまってある)で所蔵されているけれど、開架(本棚に陳列してある)の本も多い。ぜひ、東京室の本棚を物色してみよう。ほら、行政資料の千代田区のスペースには、あの『新編千代田区史』がある。前回書いたのを覚えているだろうか。お堀の地下に広大な地下空間があるとする、政府の陰謀を暴いた正義の書を目にすることができる。しかも、開架である。

越沢明氏の『東京の都市計画』(岩波新書)も、本棚に並んでいる。これも、隠された地下網の図が随所に掲載されている、秋庭式陰謀参考書の1つである。明治から現代に至るまでの都市計画の歴史を知ることができる。これを最初に読んでおくと、都市計画のイロハとでも言うようなことを学ことができる。ちなみに、もっと詳しく知ろうとするなら、越沢氏の『東京都市計画物語』(日本経済評論社)がいい。例えば、幻の環状3号線についても論じている。発行が1990年代と古いので、麻布トンネルの件など、現状と一致しない点があることを留意しよう。

この他にも、市区改正委員会の議事録や、大正時代の東京市議会の議事録、帝都復興計画の原図など、秋庭先生が活用していらっしゃる様々な資料があるので、検索で調べてみよう。

今夜は、何だか不思議なノリだね。

おそらく、秋庭先生の著作をマメに読んでいる方は、引用されている資料の膨大さを感じるはずだ。でも、こうやって、彼の使っている参考文献を1つ1つ調べると、実は著作の大部分は、非常に基本的な参考書をもとにしていることが分かる。だから、どんな人でも、秋庭ワールドに触れることは、とても簡単なのである。

世の中のことは、大半がネットで調べられる時代になった。だからこそ、オイラたちは、ついついネットの情報に依存し、その情報を信じようとする。でも、先人のほとんどは、インターネットなんて知らない時代に生きており、彼らの書いた書籍はほとんどネット上には存在していない。ネットは、あらゆる情報に触れることができるような気がするが、実は、地球上に存在する“情報”の氷山の一角なのである。いわゆる都市伝説のようなものが、活字にするとただのフィクションなのに、ネット上ではあたかも真実のような顔をして一人歩きしてしまうのは、そういう背景がある。

で、皆さん、もしも首都圏に住んでいて、秋庭ワールドを体験したいというなら、ぜひ、都立中央図書館の東京室を、心ゆくまで探索していただきたい。秋庭ワールドからは、一気に解放され、きっと、“東京”の奥深さや多様さに気づくはずである。

図書館が、なぜ無料で誰でも利用できるのか。それは、民主主義の基本なのである。知りたい情報と出会う場所。「知る権利」を保障された場所。ネットに埋もれている間に、オイラたちは、「知る」ことを忘れかけている。真実は、ネットでは見つからない。自分の目で見て、自分の頭で考え、感じたこと、それこそが真実である。

(つづく)

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【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?

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2007年2月 3日 (土)

眞鍋姉さん、オイラも香港には行ったことあるけど、あんまり良い思い出がなかったなー。

それにしても、眞鍋姉さん、豪華すぎるんでないの?オイラも、フォーシーズンホテルは、泊まったことない。ルームサービスに、ジャグジーにって。すっかりセレブなお姉様。気分良く酔ってらっしゃるところ、申し訳ないけど、姉さん、画像デカすぎて、クリックして出てくる画像が表示しきれなくて、画像の左上の一部だけしか見えないよ。右クリックして、「リンクを新しいウインドウで開く」にすれば、何とかスクロールさせることができるけどね。

そんなこんなで、セレブな眞鍋姉さんに、今夜は久々トラックバック。

オイラも、香港に行ったことあるんだ。大学生のとき、両親といっしょに。

名古屋空港から、キャセイパシフィックのファーストクラス。

豪華でしょ。オイラ、貧乏人生活長かったんで、JRのグリーン車なんて乗ったことなかったし、名鉄特急の指定席ですらセレブの範疇だった。だから、飛行機のファーストクラスなんて、乗れるわけないと思っていたら、何と、両親は何食わぬ顔で、ファーストクラスを選んだんだ。

どこに、そんな金あるんだ?

いや、結果としてはなかったんだけどね、まあ、それはおいといて…。

名古屋空港を飛び立つと、すぐにランチが始まるわけ。しかも、お肉か魚か聞いてくるんじゃなくて、お肉も魚も出てきたよ。お酒も飲み放題でね、美味しい白ワインを、グデングデンになるまで飲んだね。旧九龍国際空港に降りたったときには、もうフラフラだったくらい。その飛行機は、台湾の大連経由でね、大連に降りて、もう一度飛び立つときには、またもう1回機内食が登場する。今度は短時間だから、肉か魚か選ぶわけだけど。

で、香港に着くと、空港に、ロールスロイスがお出迎えに来ている。泊まるのはヒルトンホテルだから、それほど極端に高級なホテルじゃないと思うけどね。母親が、これもまた、何食わぬ顔で、ロールスロイスの車内でおしぼりの入っている場所とか知ってるのね。こいつ、ロールスロイス、乗ったことあるらしい。「ここを開けると、ほら、ウイスキーが…」

あんた、家族に隠れて、何やってんだ?

これだけ豪華旅行をやっている両親なのに、何かが変だ。

だってね、香港の中華料理店、しかも、相当高級そうなお店に入ってだよ、

チャーハンください。

って、真面目な顔でオーダーするんだよね。香港で、そんな日本的な料理、作ってくれるのか?

そしたら、案の定、チャーハンは来なくて、人数分のお茶を用意してくれた。

「ちゃ」つながりだよ!!!

何故だ。ロールスロイスの乗り方を知っている親が、どうして中国料理の店でチャーハン頼むんだ。

あと、ホテルのラウンジに入ったとき。

母が、何食わぬ顔で、

「ホット、3つ」

えっ?オイラは、さすがに耳を疑った。英語と中国語しか通じない世界で、「ホット」が通じるものなのか。店員さんが、しばらくウーンと唸ったあと、「OK」と奥に下がった。

しばらくして、店員が運んできたのは、コーヒーではなく、ホットドックだった。

あんた、ファーストクラスで香港まで来て、ロールスロイスでお出迎えしてもらってんじゃないの?

こうやって、香港の馬鹿話を並べると、キリがない。

もう1つ謎だったのは、こういう金はどこから出ていたのか。何かあくどい商売でもしていたのか。香港で両親が会った人たちも、かなりヤバそうな人たちだった。こういう訳の分からない贅沢を覚えたオイラは、その後の人生を苦労したのは、当然のことなのかもしれない。

贅沢したければ、働けってことだよね。

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【番組の途中ですが】衆議院予算委員会をインターネット中継しているのをご存知ですか?

この4日間、一気に【秋庭俊先生応援企画】をアップし続けたが、皆さん、着いてきてくれているだろうか。アクセス記録を見てみたら、ここのところ訪問者数が3割増くらいになっており、やはり地下ネタには根強いファンがいることがうかがえた。週末ゆっくりとネットを回る方のために、土日はお休みして、ちょっと閑話休題といきたい。

オイラは、仕事を離れてしまうと、ほとんど政治の世界には興味がなくなる。NHKで国会の代表質問とかやっているけど、まあ、そんなの観ることはまずほとんどない。仕事柄、新聞の政治欄は欠かさず読んでいるけれど、あくまで「仕事柄」であって、週末のオイラは、タダの「ムトーハ」なのである。

<衆院予算委>金子委員長が落書き、暇つぶし(2月3日、Yahoo!ニュース・毎日新聞配信)

野党4党が欠席して行われた2日の衆院予算委員会で、自民党の金子一義委員長が委員長席で、自民党の理事などの似顔絵を次々に描き、本人らに披露した。この日の野党分の質疑時間は計5時間。野党議員の出席を待つ間などに手元の書類に落書きした。
 金子委員長のこうした行動について、隣に座っていた安倍晋三首相は2日夜、記者団から感想を求められたが、「私は見たわけではないので答えようがありません」とコメントを避けた。

今日配信されたこの記事を読んで、おもしろそうなので、衆議院TVを見てみたのだ。ここでは、衆議院インターネット審議中継を、生でも録画でも観ることができる。本会議はテレビでも中継するけど、委員会については、予算委員会以外では、オイラたちが目にすることはほとんどないだろう。ここでは、どんなに短時間でも、どんなマニアックな委員会でも、ちゃんと中継してくれる。国会の議事録ができるまでには時間がかかるので、リアルタイムで審議の様子を知りたいなら、かなりオススメである。

で、この2月2日、野党が審議拒否して、空転した衆院予算委員会はどうなってんだろうと思って、2月2日のビデオライブラリーにアクセスしてみた。

そしたら、野党の委員の出席を待っている約5時間も含めて、しっかり録画中継されていた。収録時間は6時間を超えているが、そのうち与党委員の質疑は1時間くらいしかなく、あとはひたすら、金子予算委員長が委員長席に座っている姿を、延々と映し続けるという、もう、金子一義さんの支持者の皆さんにはたまらない、お得映像となっている。

午前中の審議が始まったのは、午前9時1分。金子委員長が予算委員会の開会を宣言したものの、野党席は欠席のまま。

金子委員長「これより、会議を始めます。開会に先立ちまして、民主党・無所属クラブ、日本共産党、社会民主党・市民連合、国民新党・無所属の会所属委員に、事務局をして出席を要請いたさせましたが、ご出席が得られません。やむを得ず議事を進めます。(略)これより、民主党・無所属クラブ、日本共産党、社会民主党・市民連合、国民新党・無所属の会所属委員の質疑に入ることにいたしておりましたが、質疑者の通告が得られておりません。再度理事をして、野党各会派の所属委員に対し、出席とともに質疑者の通告を要請いたさせますので、しばらくお待ちください。速記を止めてください」

ここから、映像はひたすら、真ん中に金子委員長。議員と雑談していたり、ぼーっとしていたり、資料を読み耽っていたり。すぐ隣の閣僚席は、一番端っこが阿部総理。何をしているかと思えば、薄っぺらい資料を延々と読んでいる。

しばらくして、

金子委員長「速記を起こしてください。理事をして、出席と質疑者の通告を要請いたしましたが、出席及び質疑者の通告が得られません。委員会開会のまま、さらに出席を要請いたしますので、このままお待ちください」

再び、金子委員長を真ん中に、議場の様子が延々と映し出される。

委員長席の前は、速記席になっているんだけど、速記を止めた状態でも、ペンを片手にすぐに速記ができる状態で待機。そして、時間になると、交替要員が来て、何も速記していなくてもそこで交替。これがずーっと続く。

午前中の審議が終わるまで、約3時間あまり。この後、午後1時から自民党が約1時間くらい質疑があるけど、その後は再び、野党の持ち時間。金子委員長の独占中継が続くわけである。(まあ、独占といっても、速記を止めている間、音が出ないし、途中で副委員長と交替したりするんだけどね)

審議拒否をしても、欠席した会派の持ち時間分だけ委員会を開会してしまえば、再び野党が委員会に出席しても、「もう持ち時間、終わったよー。来ないアンタたちが悪いんだよー」ってなるわけだね。で、誰も何も発言していないし、委員長は似顔絵書いて遊んでいても、予算委員会は開会しているから、その間は、ネット中継も延々と続けざるを得ないわけだ。で、録画された委員会中継も、いっさい編集なしに視聴することができる。

衆議院TV

5時間もの間、誰も何もしゃべらない委員会中継を、ひたすら見物しようなんて、暇な人がいるかどうか分からないけれど、「難しい政治の話は分からない」という方は、ぜひ、こんんなアホな中継をやっているんだということをご覧になってはいかがだろうか。

まあ、野党の皆さんも、審議拒否にはいろんな理由があるのだろう。そういう難しい大人の話は、オイラにはよく分からない。仕事ならいろいろ解説もしてみるだろうけど、このブログはプライベートな場所だから。

でも、もったいないよね、審議拒否って。

与党委員の絶対数が多いから、いくら野党委員が欠席しても、予算委員会自体は成立してしまう。委員長がいったん開会宣言をすれば、誰もしゃべらなくても、持ち時間はひたすら消化されてしまう。テレビなら、空転している間、別の映像流したりして、お茶を濁すだろうね。でも、ネット中継だから垂れ流しなわけである。

仮に、あの問題発言しちゃった大臣を辞めさせたいってなら、5時間の持ち時間、ひたすら、その追求をし続けて、阿部総理も、他の閣僚も、辟易とさせて、もうめんどくさいから、あいつ切ろうぜって雰囲気にしたほうがいいんでないの? でもまあ、それがそうならないのが、大人の事情なのだろうなー。オイラなら、5時間で、「柳沢やめろ」と何回発言できるか、野党4会派で競ってみたらおもしろいと思うんだけどね。100回繰り返して、1回総理に「…と思うけど、どうですか?」と答弁を求めるとか。

そんなこんなで、誰もしゃべらない、何もしないガチンコ委員会中継、ぜひご覧になっていただきたい。オイラは、1時間くらいで挫折した。与党委員の質疑も含めて、6時間14分、耐えられた人は、ぜひ教えてほしい。

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2007年2月 2日 (金)

【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?4

秋庭俊先生の真骨頂は、誰でも入手可能な資料から、「国民に隠された地下網」を探し出すことである。これまで多くの著作で引用された地図や資料、図面の9割以上は、それほどの努力を使わずに目にすることが可能だ。つまり、書いている内容は、「国民に隠されている」が、その根拠としている資料は、ほぼ100%、一般に公表されている資料である。

ここが、秋庭先生のおもしろいところだ。

普通、“米軍が宇宙人の人体実験をしていた”なんて極秘資料は、アメリカが何十年もして公開した資料だったり、関係者から密かに入手したものだったり、資料の左上あたりに丸秘のマークがついていたり、「取り扱い注意」とか書いてあったりするものだ。秋庭先生の場合、そういう類の資料は、おそらく1つもなく、まず間違いなく、市販されている地図だったり、図書館に行けば閲覧できるものだったりする。

なのに、国民に隠された地下道は、「政府の陰謀」だし、それを追おうとすると、公安につけ狙われたりするのである。

例えば、『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)の341ページに掲載している「大東京街路網図」は、越沢明氏の『東京の都市計画』から引用されている。この本、赤いカバーでお馴染みの岩波新書である。発行は、1991年だから、まだ新しい。岩波新書なら、ほとんどの書店で手に入れることができる。

住民の移転なしに三倍に広くできるのは、地下道だけではないだろうか。おそらくこのとき全長一三〇キロの地下道がつくられ、「帝都復興」と合わせて全長四〇〇キロに迫ることになった。地上の道路が地下の幅に追いついたのは、オリンピックの時期になると私は思う。(P340)

これだけスゴい仮説を立てる根拠となっているのに、出典は岩波新書である。つくづく「政府」は、お気楽な陰謀を企てたものである。

この本には、たかだか新書のくせに、秋庭先生が見つけた秘密の地下道がたくさん登場する。

例えば、『帝都東京・地下の謎86』(洋泉社)の203ページにある「東京都市計画新宿駅付近広場及び街路の図」(1934年4月18日決定)である。

「広場」から淀橋浄水場へ、「新設街路」というものが延びている。いま、ここには中央通りの地下道、街路四号がある。街路四号の下には、地下鉄大江戸線が走っている。(P202)

205ページに掲載している「東京都市計画新宿駅付近広場及び街路の図」(1933年現在)も、同じ出典だ。

新宿地下計画の詳細図が左にある。「広場」のなかの計画である。いま、地下駐車場が広がっているあたりに、東京高速鉄道、西武高速鉄道という二つの地下鉄が並んでいる。(略)戦前に走っていた地下鉄はいまの銀座線だけで、西武が地下鉄を走らせていたという話はなかったはずである。(P204)

同じように、『新説東京地下要塞』(講談社)でも、同書から図が引用されている。

思い切ったのは、秋庭先生ではなく、むしろ、越沢氏である。岩波新書のように、万人が目に触れる書籍に、国民に隠された地下網が記された秘密文書を掲載しているのである。これが本当なら、公安に狙われるべきなのは、秋庭先生ではなく、越沢氏ということになるのではないだろうか。

『帝都東京・隠された地下網の秘密2』(新潮文庫)では、67ページに、「江戸城内の地層断面想定図」という資料が掲載されている。

千鳥ヶ淵と半蔵濠に矢印がある。お堀の下に広大な地下空間がある。このような空間が内堀をぐるりと囲んでいる。(P65)

すごいことになっている。この図は、『新編千代田区史』から引用している。何と、今度は、千代田区が作成した「千代田区史」が、お堀の地下に国民には隠された広大な地下空間があるという図を、正々堂々と掲載しているのである。区史を編纂するのは、もちろん、区役所の職員だ。皇居を有する千代田区役所の職員が、守秘義務を犯して、極秘の地下空間の存在を知らしめるとは、随分、命知らずな告発を挑んだものである。

同じく、『地下網2』では、105ページに、「高野山東京別院・地下透視図」がある。この図の引用は、東京電力のパンフレットと記されている。

お寺の地下に巨大な変電所があるのは不思議だったが、お寺と電力会社の間で話がついている以上、口をはさむべきではないと思っていた。その後、何人かの先輩ジャーナリストにアドバイスをいただいたことで、それとこれとは別だと教わり、このような透視図を掲載することにした。(P105,106)

言っている意味、分かっただろうか。引用は、東京電力のパンフレットである。パンフレットってのは、広く配るためにある冊子で、極秘の資料ではない。それを本に掲載することに、秋庭先生は何故ためらったのかが理解できない。先輩ジャーナリストに何を相談したんだろうか。おそらく、先輩は、「そんなの、掲載すればいいんじゃないの?」ってアドバイスしてくれたことだろう。オイラも、そう思う。

さて、もうそろそろ、オイラの言いたいことが分かっていただけただろうか。

秋庭先生の著作を読んだ当時、ここで紹介されている様々な資料は、一般市民が簡単には入手できない極秘資料を駆使しているものとばかり思っていた。が、調べてみると、ほとんどの資料を、自分自身が手にすることができた。

秋庭先生の公式サイトの「近況報告」に、こんな記述があった。

この続編では、前回は控えていた資料をいくつか出しています。私は、この程度の資料では差し止めにはならない、なってはならないと思っていますが、見る人が見ると、飛び上がってしまいそうなものも含まれています。というわけで、本文では何も触れてなくても、資料を看破してください。

確かに、この程度の資料では、出版差し止めになることはありえない。戦後の民主主義社会で、掲載された資料が「極秘」という理由で出版を差し止められたことなど、一度もない。だって、岩波新書に掲載してあるんだから。千代田区史に掲載してあるんだから。東京電力のパンフレットに掲載してあるんだから。むしろ、秋庭先生がもっと配慮したほうが良いのは、使う資料の著作権である。

よくテレビの報道特集とかで、匿名の関係者が極秘の文書を明かしていたり、アメリカに飛んで、公開された公文書を探してみたり、そんなハラハラドキドキの展開を目にする。ところが、秋庭先生の著作には、そうした緊張感はほとんどない。著作の中には、東京都公文書館とか国立公文書館に足を運んだという記述があるが、実際に著作で引用されている資料には、公文書館に行かなければ手に入らない資料はないし、記述の内容についても、公文書館で確認すべき資料はほとんどないのではなかろうか。

つまり、

「隠された地下網」は、万人の目にさらされている。

地下道は極秘だが、出典は広く公開されている。

では、次はいよいよ、「秋庭式地下網探索法」を実際に体験してみよう。

(つづく)

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2007年2月 1日 (木)

【秋庭俊先生応援企画】『帝都東京・隠された地下網の秘密』がトンデモ本って、マジっすか?3

秋庭本の最大の特徴は、「国民に隠された地下道」の存在を証明するのに、非常に小さな証拠をたった1つだけしか提示しないということだ。そのために、たった1つの証拠が崩れてしまうと、地下道そのものは秋庭先生の妄想でしかなく、まさに幻の地下道となる。悲しいことに、その幻の地下道の存在をベースにして、次の仮説を立てているから、本の導入部分でこけると、最後までこけっぱなしという悲惨な事態になるわけだ。

『大東京の地下の謎99』では、「61 東大の敷地内にある地下鉄出入り口の謎」という項目がある。

東京メトロ南北線の東大前駅は、改札口から出入り口まで300メートルもの地下道が続いているから、大変不便だ、という内容である。この駅を降りたことのある人は分かるだろうが、300メートルもの長さの地下道は、この駅にはない。とてもオーソドックスな駅である。おそらく、東大前駅を「不便」と言ってしまったら、東京のほとんどの駅はかなり不便な駅で、すべての駅の通路は戦前からあったという話になってしまうだろう。

ここを読んでも、さっぱり謎の気配がしないのは、300メートルという数字がデタラメだからではない。

今回もやはり、『帝都東京・地下の謎86』を引用してみよう。「12◆東大のなかの地下鉄出入口」という章である。

改札前に階段ができることが住民の希望だが、この駅には大きな仕掛けがあるらしく、期待はできそうにない。この本ではとても説明しきれないから結論だけ述べると、仕掛けというのは地下の道路である。(P36)

この本では、300メートルという距離だけでなく、上記のような仮説が立ててある。この次の章「13◆目に見えない道路」では、この東大前駅のすぐ上あたりを、国民に隠された地下道、環状3号線が走っているという仮説へと至っている。

『99の謎』では、この駅の上にある環状3号線が、すっぽりと抜け落ちているから、何が謎なのかさっぱり分からなくなり、300メートルというデタラメな数字だけが、東大前駅の謎として提示されているわけだ。つまり、地下通路が長いという以上には、この駅の謎なんてどこにもないし、長くないことが分かってしまうと、むしろ謎なのは、秋庭先生のメガネの度数か、歩幅の短さくらいしか思いつかないのである。

目に見えない道路は、どこに消えてしまったのだろうか?

秋庭先生は、環状3号線が国民に隠された地下道などでなないことに、おそらく気づいてしまったのだろう。取材の成果なのか、誰かに教えてもらったのか、どこやらのブログを読んでしまったのか、それは分からない。環状3号線が国民に隠された地下道だという仮説を、秋庭先生は、『道路現況調書』を唯一の証拠としていたが、この調書で使った秋庭先生の資料が、そこに道路があるかどうかとは関係ないことはすでにこのブログでも述べてきたことだ。

唯一の証拠が消えてしまったからには、「国民には知られていない環状3号線」も消えてしまう。すると、東大前駅の改札前に階段が設けられない理由も消える。でも、この章を消すと、謎は98になってしまう。300メートルは間違っているかもしれないが、この数字を変えるわけにはいかなかったのだろう。

『99の謎』から、もう1つ例をあげると、「94 大江戸線の原点は海のなかを走る道路だった?」がある。

明治時代の「市区改正」の計画図に、海の中を走る道路が示されていて、これは当時の政府がシールド式の掘削機を持っていた証拠で、従って、市区改正計画は、地下の計画なのだという仮説である。

が、この項目でも、秋庭先生は、へんてこりんな修正を加えていた。

これは最終案の少し手前の素案で当時は公にされていないので、修正された可能性はある。(P222)

たった数行で、自分の仮説の信憑性を否定しているのだ。「最終案の少し手前の素案」というのもアバウトな表現だが、「当時は公にされていないので、修正された可能性はある」というのも、何を言い訳にしているのか意味不明なのだ。ただ、秋庭先生は、この短い文章で、自分の仮説は間違っているかもしれないよと、さじを投げていることだけは確かである。

『帝都東京・隠された地下網の秘密2』では、かなり自信を持って、この海の中の道路があると断言し、市区改正計画は地下の計画と断定している。

つまり、「市区改正」は初めから地上の計画ではなかった。この図は当時の内部資料、国民には、隠されていたものである。日本建築学会が、戦後、公開に踏み切った。この海の中の道路は、佃島砲台と越中島砲台を結んでいる。(新潮文庫P129)

ちなみに、この計画図を公開したのは、日本建築学会ではない。何故彼がそう書いたかというと、秋庭先生は、日本建築学会が編集した『近代日本建築学発達史』を読んで、この中に引用された図を、自著でも使用しているからだ。でも、この『発達史』は戦後かなり過ぎてから刊行されたもので、それ以前からこの図は国民に公開されている。しかも、『発達史』に掲載された図よりも、かなり正確で分かりやすく、さらにカラー刷りの大判の図まで市販で手に入れることができる。

で、『99の謎』で、何故秋庭先生が数行の言い訳を加えなければならなかったのか。

おそらく、秋庭先生は、『発達史』の図ではない、原典の市区改正計画を自分の目で見てしまったのだ。そこにはたぶん、この図が最終案ではないことも書いてあるし、さらに、計画図が変遷した様子までが手に取るように分かるはずだ。海の中を走っているように見える道路が、実は埋め立て地になる予定の場所で、海の中を走る必要などなく、従って、地下トンネルを掘る必要もないことを、見つけてしまったのだろう。実際、「海の中の道路」は、最終案では削除されているから、秋庭先生はやはり、否定できない事実にぶつかってしまったと考えるのが自然だろう。

でも、もう、引っ込みがつかない。

『99の謎』では、「市区改正計画は地下の計画」という壮大な仮説は省かれていて、単に多くの地下鉄のルートに一致すると書いているだけである。『発達史』の図はかなりアバウトなので、こんな風に地下鉄ルートに一致するかどうか認識することなどできないと思うのだが、秋庭先生の眼力なのだろうか。いずれにせよ、謎のスケールは小さくなり、おまけに、「修正された可能性はある」と自分で自説の信憑性を疑ってしまっているわけだ。

秋庭先生は、国民に隠された地下網の秘密を自著で暴露し、証明してみせているが、実はその証明はかなり小さなもので、簡単に崩れてしまう信憑性に乏しいものがほとんどなのである。だから、その小さな証拠を1つでも突き崩すと、芋づる式に地下網全体の存在の根拠が音を立てて崩れていくのである。

秋庭先生独特の方法論とは何か?

実は、これを読んでいる皆さんでも簡単に「秋庭式地下網探索法」を体験することができるのである。

(つづく)

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東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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【突然ですが】きのなおをさがせ!

単に出たがりなのか、それとも、狙っているのか、本人に聞いていただきたい。おそらく、たった1人でこれだけ多くのアーティストのブログに出没しているのは、木下直子しかいないだろう。

それでは…。

谷口深雪

usu

シミズリエ

川崎萌

戸城佳南江

とりわけ、シミズリエさんところは危険だ。木下ちゃんがどうか不明だが、こんな見事なおでこは、彼女以外にはあるまい。

人脈が広いのか、人望が厚いのか。いずれにせよ、あちこちで大活躍中である。

さて、今夜は、仕事が終わると、午後8時。絶望的に遅い時間だが、恵比寿天窓switchへと向かった。木下ちゃんは、午後6時半スタート。usuは、午後8時15分スタート。どっちも間に合うわけがない。

会場に入ると、すでにusuがライブを始めて、「雛」を唄っている最中。それでも、何とか途中には間に合った。

usuのライブ後、ふと振り返ると、階段に座る木下ちゃん。瞳をいたずらっぽくクルクルさせながら、

きのなお「今日は、何番目の曲が良かったですかー(ニヤニヤ)」

こ、こいつー。

が、オイラも負けてはいられない。←意味不明の勝負

オイラ「えっとねー、一番最初の」

きのなお「そうですかー、やっぱりそうですよねー(ニヤニヤ)」

こ、こいつー。

帰り際、

きのなお「間に合わなかったけど、きっと『生きとし生けるもの』、届いてましたよねー(ニヤニヤ)」

オイラ「あ、もちろんっす」

きのなお「うっそー、唄わなかったもん(ニヤニヤ)」

こ、こいつー。

今夜は、完敗である。

トリを務めたのは、今夜唯一の男子、村上通さん。

「先ほど初めてusuさんの歌を聴きました。惚れました。好きです」

ステージ上から愛を告白するアーティストも初めてである(爆)

それにしても、ライブ会場の空気は、オイラが仕事をしている空間の空気とは、水星冥王星くらい違う。仕事場は、何か張りつめたようなよどんだ空気で、帰りの電車までそういう空気を引きずってしまうのだけど、こうやってライブに来ると、一瞬で空気が変わる。時計の針が急にスピードダウンするというか、ケチャップから真水に変換されるというか。usuの歌声は、特にα派に満ちあふれているから、なおさらなのだ。専門家は、この目に見えない癒し効果のことを、「うす波」と呼ぶ。

忙しい夜ほど、本当はこういうところに足を運びたいところなのだ。が、今日はまだ運が良いほうで、行けないライブの数のほうが多いのだよね。

そんなわけで、

おおっと、もう日付が変わった。

おやすみなさい。

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