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2006年12月の32件の記事

2006年12月31日 (日)

2006年を振り返る【そして、そらめく日々編】

今日現在のブログのアクセス数(2005年5月ブログ開設以来)を紹介しておこう。

累計アクセス数 77,645

1日当たりの平均 132.27

昨年の大晦日では、まだ1万弱だったような気がする。そう考えると、今年はアクセス数が飛躍的に増えた年だった。昨年の記事を読み返すと、最初の数ヶ月では、1日当たりの平均アクセス数が20くらい。数人しか訪問しない日もあったりして、オイラはまったりとブログを書き連ねていた。今では、キーワードによっては、グーグルで上位に検索される。

それだけ、自分の書き込む内容には、社会的責任も負っていることになる。ブログは、気ままに書く媒体だけれども、書くからにはリスクが伴うことを忘れてはならない気がした。

さて、今年のベスト投稿を、自画自賛して、終わることにしよう。

奥さん…(2006年6月30日)

七夕の短冊に、人妻からの切ないメッセージを見つける。波乱に満ちた今年、奥さんは、何を思い、年の瀬を迎えたのだろうか。

大金持ちになりたい。

新妻M

ぜひ、叶えてあげてほしいと思う。

オイラはこれから、フラリと出かけることにする。カウントダウンは、どこで迎えるのだろうか。

では、来年、また会いましょう。

良い新年をお迎えください。

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2006年を振り返る【眞鍋姉さんへトラックバック編】

オイラのブログでは、すっかりお馴染みとなった。眞鍋かをりお姉様のブログへトラックバックを飛ばしまくるシリーズ2年目。

眞鍋かをりのココだけの話

今や、しょこたんブログの影に隠れつつある感は否めないものの、全国のブロガーの師匠として、今年も勢いは衰えることがなかった。やはり、仕事が忙しくなったのだろうか、更新回数が減ったような気がするが。昨年と比べて、今年はテレビの露出が多くなり、いくつものレギュラーもあった。

11月には本も出した。

『眞鍋かをりの女みがきブログ日誌・オイラの美力』(集英社)

でもまあ、ブログを愛読するオイラとしては、ぜひ、『ココだけの話』の第2弾を熱望したいところかな。

では、今年1年、眞鍋姉さんに向かってトラックバックを飛ばしまくった記事の一部を紹介しておこう。

眞鍋姉さん、恋って、するものじゃなくて、落ちるものだと思うんだよね。

眞鍋姉さん、お祝い返しって、費用対効果が合わないよね。

眞鍋姉さんも、夢を抱いて上京したんだね~。

眞鍋姉さんという名のビデオテープがあったら、オイラは絶対に巻き戻しをするよ。

眞鍋姉さん、オイラも1杯つきあうよ。

眞鍋姉さん、オイラから問題です。右から読んでも、左から読んでも「まなべ」、これって何?

眞鍋姉さん、オイラは、先日、体脂肪率40%と知って、ぶったまげたばかりだよ。

↑ちなみに、40%というのは、機械が壊れていたらしく、別の場所で測定をしたら、ちゃんと20%台に収まっていた。

眞鍋姉さん、オイラも減量キャンペーンを継続中なんだけど、特に食生活に変化がないよ(笑)

眞鍋姉さん、東京がゴーストタウンのように静まりかえっているよ。でも、オイラは今夜飲み会。

とりあえずでも眞鍋姉さんとつき合えるなら、喜んで100万円払うよ。でも…

眞鍋姉さん、オイラは最近、図書館漬けだよ。

眞鍋姉さん、短時間で夏を満喫するなら、ブログの花火報告をハシゴしてみたらどうかな。

眞鍋姉さん、ジブリ台詞はオイラもやたらと使うけど、あんまりやると周りから見て不気味だよね。

眞鍋姉さん、3時間もエステすると、どうなっちゃうんですか?別人になっちゃうんですかね。

眞鍋姉さん、おかえりー。香港旅行は、オイラにとって、トラウマが多いかも。

眞鍋姉さん、こりゃあ、便利なもっこりだねえ。

眞鍋姉さん、オイラの先祖は、甲賀の忍者かもしれないんだよ。

眞鍋姉さん、ドムドムバーガー碑文谷店に行ってきたよ。いやはや、マックなんかと比べたら、はるかに美味しいよ。

眞鍋姉さん、絶好調だねえ。オイラは蟻のように働いているよ(泣)

眞鍋姉さん、「しけ」はさすがにないけど、オイラは、ケータイのメールで1文字ずらす癖があるよ。

眞鍋姉さん、オイラはぼーっとするのが大好きだから、24時間延々とぼーっとしてたりするけどね。

眞鍋姉さん、ヤバいね。

眞鍋姉さん、やっぱり、あーゆーのはできちゃうもんらしいよ(謎)

眞鍋姉さん、その汗まみれの囚人服に激しく萌えて、今夜も眠れそうにないよ(笑)

眞鍋姉さん、遅ればせながら買ったよ、『眞鍋かをりの女みがきブログ日誌オイラの美力』

眞鍋姉さん、今年もやっぱり、被り物なのかー(号泣)

眞鍋姉さん、被り物はー?(爆)

ま、眞鍋姉さん、なんじゃこりゃー(爆)

ま、眞鍋姉さん、アンタには負けたよ(遠い目)

そんなこんなで、今年もたくさんトラックバックを送らせていただいた。来年は、どんなブログライフを満喫することになるのか。

眞鍋姉さん、良いお年をお迎えくださいm(_ _)m

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2006年を振り返る【歌姫との華麗なる日々編】

とにかく、今年は、のんびりとライブに通えたのは、1月と2月だけ。残りは、手帳に書き置いたライブの2割くらいしか行けていない有様である。

オイラ的な今年の10大ニュースを挙げてみると。

四谷天窓、高田馬場に移転。

四谷なのに、高田馬場とはいかに?思えば、2004年2月から通い続けているアコースティック系ライブの殿堂「四谷天窓」「四谷天窓.comfort」が9月に高田馬場にお引っ越し。引っ越し前に、アーティストの方と、「引っ越したらどんな名前なんですかね」「高田馬場天窓ですか」「ちょっとダサいですよ」「新宿天窓?」「分かりやすい名前ですね~」「高田馬場四谷天窓とか」「どこにあるか分かんないですよ(笑)」…と、アホな会話をしていたが、結局、 「四谷天窓」のままであった。そりゃ、そーだわなー(爆)

木下直子、ひらがなになる。

最近、漢字をやめて、平仮名になったり、カタカナになる人、多いよね。漢字が苦手なオイラでも、ちゃんと読める(汗)先日、koyo様のライブにうかがったが、天窓のサイトの表記は、「こよ」だった。あら、平仮名にしたのかな。思えば、イズミカワソラ様も、最初は「泉川そら」だった。

イズミカワソラの楽屋を訪問する。

2月15日、イズミカワソラちゃんがワンマンライブを初台ドアーズで挙行。ソラちゃんの歌を聴くようになって、もう8年近く。最近、露出がめっきり減ったソラちゃんだが、少ない機会ながら、相変わらずこうしてお会いできるのは、ありがたい限りである。妹のmarhy様にも遭遇。ちょっととぼけているのがソラちゃん、メリハリがあるのがmarhyちゃん、そんな見分けの仕方をしたのであった。ちなみに、2人とも、来年は2月8日、渋谷にあるSHIBUYA BOXXにて、 『詩のチカラ』というイベントに登場する。オイラはさっそくチケットをゲット。何と、整理番号は1番であった。こいつあー、新年早々、縁起がいい?

usuライブ完全制覇。

usuのライブに通い始めて、もう3年も過ぎた。2004年は、年始めの1回を除き、すべてのライブに出陣。2005年は、風邪で1回お休み。そして、2006年、初の皆勤賞である。とはいえ、ライブの回数が以前より少なめだから、今年は忙しいオイラにも通いやすかったかな。

こうやって、10個挙げるのって、結構大変だなー。

以下は略しましょう(笑)

例えば、「松岡ヨシミ、初のミニアルバム発売」「usuブログスタート」「相模大野ラシェットにて久々のライブ」等々、いろいろと話題の多い2006年だった。

さて、昨晩、オイラは、四谷天窓.comfortへと、今年最後のライブに向かった。来年も忙しい毎日になりそうだけれど、マイペースで弾き語りライブを楽しみたいと思う。昨晩のライブ会場で、周りの迷惑も考えずに、会場の後方から汚い野次を飛ばして、空気を悪くしたあげく、フラッシュで写真撮影までした上に、カバンの中に酒瓶を忍ばせて、こっそりグラスに注いでいる大馬鹿がいたけれど、こーゆー悪態を見せて平気でいられる客にはなりたくないものである。

天窓では特に顕著だけれど、インディーズの世界では、アーティストを育てるのは、唄う環境とお客様だと思う。天窓は、環境としては、首都圏で1、2を争う良質なライブハウスを提供している。あとは、お客様。「自分がアーティストを育てている」という、追っかけ特有の勘違いは、ある意味では、正しい因果関係を表していると思う。オイラは、最高の環境を用意してくれているライブハウスのスタッフに感謝しながら、歌を聴き受ける立場として、アーティストの思いを汚さぬような振る舞いを心がけたいと思っている。

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2006年12月30日 (土)

ガラスの歌姫

ガラスの歌姫

会場は満席で、熱気ムンムン。ガラスはくもり、世界は霞む。

高田馬場にある天窓.comfortを訪れた。今夜は、鍋ライブ。オイラのお目当ては、きのしたなおこ様と、松岡ヨシミ様。決して、鍋目当てではない(*^∇^*)

さて、画像は、松岡ちゃんだが、実物にレンズを向けたのではなく…。

明日は大晦日。

晴天らしいよ。

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2006年12月29日 (金)

2006年を振り返る【秋庭系地下ネタ編】

昨夜は仕事納め。もう正月明けまで仕事のことを忘れて、だらしない年末年始を過ごそうとしたのもつかの間、朝一番で仕事先から電話が入り、たたき起こされた。正月明けの仕事の予定が狂った。午前中かけて、会社の関係者と調整。8日出勤の予定が、4日出勤と大幅に前倒しになった。

オイラの2007年は、ついていないらしい。

さて、今年を振り返る第1弾。今年を語るのに欠かせないのは、秋庭俊先生の一連の著作である。1年間で、何と44本の記事。それだけ、よくネタが尽きなかったものである。

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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最初は、読書感想文みたいなものだった。が、第1回目の記事を投稿したあと、オイラのブログの検索キーワードに、「地下」「秋庭」「東京」という検索が大幅に増えた。アクセス数も徐々に増えてきた。これはもしかしてと、2回、3回と続けてみた。やはり、アクセス数はダントツに増えた。

おそらく、全体のアクセス数の8割くらいは、この地下関連のネタを読みに来ているのだと思う。

結論から言うと、秋庭さんの著作の論拠は、あまりにも弱すぎた。

何度も繰り返したことではあるが、オイラは、秋庭さんが言っているような、国民に隠された地下網のようなものが、まったくガセネタだとは思っていない。

でも、秋庭さんのアプローチでは、真実へは一歩も近づくどころか、いじればいじるほど、真実は遠ざかり、オカルトの世界へと埋没する。今では、秋庭さんが一言でも著作で触れるか、サイトで言及しようものなら、その瞬間、そのネタはオカルト扱いになる。

そんなわけで、秋庭さんには、少し黙ってらしたほうがいいのではないかと助言したい。

読んでらっしゃらない方のために、少し秋庭さんの著作を紹介しておこう。←今さらかいな(笑)

すべてはここから始まっている。丸ノ内線のルートを偽っている地図。丸ノ内線と千代田線は、交差しているのか、いないのか。その、そもそもの問題提起からツメが甘かった。国土地理院の原図は、何年かに1回、改訂をしているはずだ。どこの時点で、丸ノ内線のルートを「改描」したのか。丸ノ内線と千代田線が交差した後なら、「交差させたくなかった」という結論も導き出されるが、丸ノ内線が出来たときにすでにルートが誤っているなら、そのようなルートで描く理由がどこかにあるはずだ。ここを明らかにしないと、この謎は、解き明かすスータト地点には立てない。

そして、その次。丸ノ内線の四谷・赤坂見附間のカーブがヤード法で計算されているという事実。秋庭さんは、戦前に作られた証拠としており、「東京の地下鉄は戦前から作られていた」という仮説を立てるスタート地点である。ここもツメが甘い。第1に、戦前に設計されたことを証明することはできても、戦前に建設されたことを証明することはできない。第2に、仮に戦前に建設されているとしても、逆に言えば、これ以外のカーブは戦後に建設されていることの証拠となってしまう。

すべては、ここから秋庭さんのアプローチは失敗し、仮説が破綻したという本である。

第1弾が大売れして、図に乗って出してしまった第2弾の文庫版。

前述したように、最初の段階で仮説が破綻しているので、当然第2弾は、破綻した仮説を土台にして、新たな仮説を組むことになる。江戸時代の秘密の地下網が、現代の地下鉄のトンネルにつながっているという結論に至る。前回、「改描」の定義も間違えてしまい、江戸の地図は「改描」されているという誤りも犯してしまう。「1-8計画」なる仮説も最後に展開しているが、これっきり2度と秋庭さんの口から、この言葉を聞くことはなかった。

上記の2つの著作のネタに、写真を合わせたようなムック。が、新たなネタの提示はない。「写真と地図で読む」とあるが、国民に隠された地下網の写真は、どこにもない。

オイラが買った最初の本は、これである。とにかく、初めて読む人は、ワクワク、ドキドキする。が、地下鉄南北線東大前駅に300メートルにも及ぶ地下道があると書いてあって、ちょうどその頃、オイラは東大に行く用があり、その駅を使ったら、そんなものがなかった。それで、ぼう然とした。もしやと思い、その他の部分も自分なりに検証したら、仮説が間違っていることが分かった。

あとがきにある「もう秋庭さんとは遊ばないことにしよう」「お気をつけて」…この言葉の意味、秋庭さんが真実に近づいているという意味ではなく、あなたはジャーナリストがいてはいけないオカルトの世界にいる、という警告だったんだと思うが、いかがなものだろうか。

公式に実在している地下変電所を、「国民には極秘」と、あくまで言い張った頑固な本。この本が決定的に欠如していることがある。それは、豊島変電所を管理する東京電力自身が、公式コメントとして、「豊島変電所のことは口外してはならないことになっている」もしくは、「豊島変電所など存在しない」と言わせていないところである。言わせられないのは、この変電所が秘密でも何でもないからに他ならないが、せめて見学させろと申込みをして断られるくらいの場面は欲しいところだ。

ところで、変電所には立ち入ってはならない。危ないとか、国民に秘密とかではなく、変電所であろうがなかろうが、一般的に私有地は立ち入り禁止である。それは、政府の陰謀とは何の関係もないし、一般市民のごく一般的な常識である。オイラの家に、知らない人が立ち入ったら、容赦なく、警察に通報する。

秋庭さん本人が書いているのは、最後の章だけ。残りは、複数のライターが手がけている。なるほど、秋庭さんが書いた箇所を除くと、案外読める内容である。丸の内の地下駐車場が、戦前は地下鉄の駅だったという結論は、抱腹絶倒である。

そして、これが最新作。さすがに秋庭さんが哀れに思えてくる。こうまでしないと、食っていけないのだろうか。ライターとして生活を支えることは、簡単なことではないと思う。論として破綻していたとしても、今さら引き下がるわけにもいかない。その事情は分からないでもないが、誤りは誤りとしていったん撤退する勇気も持っていただきたいものである。

さて、オイラは、とりあえず、この記事をもって、地下ネタをいったん卒業しようと思う。秋庭さんが再び著作を出すようなら、オイラもすぐに買い、再びいじりたいが、そろそろ飽きてきたというのが正直なところだ。

ああっ、そう言えば、書こうと思って、書くのを忘れていたことがある。サンシャインシティの地下5階には、何があるのかって話。それは…。

あ、もう、長くなり過ぎてしまったなー。

皆さん、もう地下5階には降りただろうか。「広大な道路」なんて、なかったよね。その辺は、ぜひ皆さんで解明してみていただきたい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。

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2006年12月28日 (木)

今年の業務は終了しましたm(__)m

今年度の業務は終了しましたm(__)m

上野駅からアメ横を歩いて、秋葉原へ。今日は、太陽がぽっかぽかで暖かい。今年中に片付ける仕事は、ほぼ終わり、あとは年賀状を書いて、撤収である。

いろいろとあった1年だった。

明日からblogでゆっくり振り返るつもりだが、とりあえず、無事、生き残ったことに感謝しよう。

この青空の下で。

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2006年12月27日 (水)

久しぶりに出かけた四谷天窓.comfortで、掘り出し物なのか、初遭遇のアーティストの巻

オイラの会社は、明日が仕事納め。年末と言えば、まったりと仕事納めの日を迎えるものなのだが、昨年といい、今年といい、今ひとつ、うまくいかない。仕事納めギリギリまで仕事をするなんて、そんなにないのだけどね。

それでも、今日は、何とか仕事を午後6時頃には片づけ、会社を脱出。本当に久しぶりに高田馬場にある四谷天窓.comfortへと向かった。途中、会社からの電話が3本。そうなんや、なかなか、終わらせてくれないんやー。

 

今夜のアーティストは、3組。

オイラが初遭遇のkyokoさん。

何度かライブに顔を出しているfuraniさん。

そして、大人の魔法使いKOYO様。

天窓には頻繁に顔を出しているオイラだが、kyokoさんは初めて。どことなく頼りない雰囲気も持っているのだけど、今夜の3人のアーティストの中では、最も声が通っていた。力強いボーカルは、とても魅力的。それと、この人の歌声が放つα派で、半分夢の世界へ入ってしまった。気持ちよい。

唄うのが、心底好きなんだというのが伝わる。お客様がシーンと集中する。この人が笑うと、空気が震える。こっちまで楽しくなってくる。

帰りに、思わずCDを買った。3曲入りで300円。

まだ、海のものとも山のものとも分からないけど、CDを聴いた限りでは、かなり可能性を感じさせてくれる。

てか、オイラが初遭遇のアーティストさんのCDを買うなんて、かなりレアなケースなので、よほど感銘を受けていたらしい。

でも、CDでは、ライブほど、雰囲気が伝わってこない。

おかしいな、やっぱり、ライブだからこそ伝わるものがあるんだろうか。

グランドピアノを通したライブパフォーマンスが、オイラの目にしっかりと焼き付いてしまっている。

何度かライブを聴いてみたいな。

furaniさんは、天窓ではお馴染みの方。メガネがキュートなお姉さん。ライブに安定感があって、必ず楽しませてくれる人。安心して聴いていられる。

そして、KOYO様

本日は、あでやかな衣装を身にまとい、おじさまたちを撃沈していらっしゃった。今夜、ふと気づいたのだが、KOYO様のライブは、少し客層が違う。女性が意外に多い。しかも、オイラの気のせいかな、セレブなOLっぽい方々が多くて、毛皮が目立つ(爆)

そこは、やはり、KOYO様である。お客様も、格調高いのであろう。

 

さて、明日は、いよいよ、仕事納め。

そして、もう何日かで大晦日を迎える。

いつもそうなんだけれど、今年もやり残したことがいっぱいある。でも、まあ、それなりにやり遂げたなら、それでよしとしたい。いろいろな新しい財産を得て、逆に、その代償として失ったものも多い。手に入れて、またなくして。そんな繰り返しが、生きるということなのかもしれない。失った悲しさより、手に入れた喜びを噛みしめて、あと数日の2006年を過ごしていきたいと思う。

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2006年12月25日 (月)

ま、眞鍋姉さん、アンタには負けたよ(遠い目)

焼肉食べてたと思ったら、フレンチかい。

そうかい…。

そんな時間に営業しているフレンチって、いったい…。

今年の眞鍋サンタには、もう脱帽だよ。

いい夢見てくだされ。

 

てか、大仏、おめー、酒飲んでんじゃねえよー!!

肉食って、酒飲んで、このばちあたりがーっ!!!

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2006年12月24日 (日)

ま、眞鍋姉さん、なんじゃこりゃー(爆)

コンセプトがさっぱり分からんぞー。

叙々苑はええよ、肉やな、分かるわ、肉やんか。

てか、こらーっ、大仏!!

お前、肉食ってええんかー!!!

殺生はあかんでー。

えーっと、眞鍋姉さんは、ホワイトタイガー?

その隣は?

いのしし?

あかんわ。眞鍋姉さん、強烈すぎて、分からへんわー。何をつっこんで欲しいんや。どこに笑いを求めてるんや(汗)

何だか、意味もなく、打ちのめされているわー。M1のあでやかな衣装は?

あの衣装で大仏だったら、満点やったなー。

しゃあない、明石家サンタ観て、寝よう…。

とぼとぼ…。

そんなこんなで、眞鍋姉さんにトラックバック。

眞鍋姉さん、来年も良いお年を。

めりくり(^^)/~~~

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眞鍋姉さん、被り物はー?(爆)

なんや、眞鍋姉さん、イブなのに生放送のお仕事なのね。

その美しいお姿…。

ありゃ、被り物はないの?

M1放送中に突然、何か被ってしまうとか。自分が出場してしまうとか。えーっ、今年は何も被らないの?

そーゆーのは、無しですか。

なんにせよ、美しい(*^_^*)

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2006年12月23日 (土)

冬の江ノ島でそらめくクリスマスイブ前夜

冬の江ノ島でそらめくクリスマスイブ前夜

ふと思いつき、ロマンスカーに飛び乗った。江ノ島展望台の足元で、吉田栄作が何故か歌っていた。

栄「いつも見に来てくれて、今日はボクの歌うのを久しぶりに見るという皆さん、そして、ボクが歌っているなんて知らなかった皆さん、今日は楽しんでいってください」

いいえ、どちらでもありません。

歌っていたのは知っていたが、今も歌っているとは、知らなかった。そう思ったのは、オイラだけではなかったに違いない。

生しらす食べて帰ろうと思ったら、

「本日入荷なし」

ちぇっ┐(´〜`;)┌

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眞鍋姉さん、今年もやっぱり、被り物なのかー(号泣)

オイラも買ったよ、自分で。

クリプレ for 自分←略す意味あるのか?(^^;)

一つ目は、ケータイ。ワンセグが観られて、液晶画面が、縦にも、横にも開けられるやつ。ささやかすぎるけどね。

二つ目は、デジカメのバッテリ(爆)

えっ、デジカメ本体ではないのかって? いや、もう3年近く使っているカメラやねんけど、使いやすくて、デザインもかっちょいいから、なかなか手放せない。そのうち、バッテリの調子が良くなくなって、1度使っただけでも電源が足りなくなるようになった。で、予備のバッテリを買ったわけ。

そんなこんなで、眞鍋姉さんにトラックバックを送ろう。

でも、この間、何となくケータイの説明書を開いていたら、

ケータイのカメラの画素数が、デジカメの画素数を抜いていました(T_T)

これって、わざわざケータイも持ち、デジカメを持つって、もったいないってこと?

でもねー、仕事でも、このデジカメを使うことがあるから、仕事先でケータイでパチパチやってるのって、危うくないか?

ところで、今年も眞鍋姉さん、クリスマスイブに、リアルタイムな企画を企んでらっしゃるようだ。

昨年は、和民でウサギの被り物。←ウサギだったのねん。ネズミかと思った。

来年は、イノシシイヤーだもんね。やっぱし、イノシシかな。

てか、眞鍋姉さん、そんな計画的な被り物して、結構悲しいイブだよね(泣)

昨年は、たまたま眞鍋姉さんが投稿したくらいの時間に、オイラもブログにアクセスしていて、速攻、トラックバックを送ったんだよね。「ブログ普及委員会」のエントリーもあったおかげで、クリスマス当日の25日、オイラのブログは、1日1000件以上のアクセスが…。

今年は、オイラも被り物で対抗しようかなー。

いや、対抗してどうする。

眞鍋姉さん、楽しいクリスマスを過ごしなはれ(^^)/~~~

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2006年12月22日 (金)

またもや新しいブログのお知らせです

来年の企画にしようかと思っていましたが、今日、衝動的な有給休暇を取得し、時間が空いたので、スタートしてしまいました。

そらめく科学 気象予報士への道

オイラは、数学も理科も、さっぱりダメな人でした。

方向音痴でも、どこまで気象予報士に迫れるのか。

そんなアホな挑戦です。

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2006年12月21日 (木)

明日は、衝動的有給休暇

とにかく、朝から会社で仕事をしていて、昼頃になり、ふと明日は休もうと思いついた。

思いつくと、決断は早い。

後輩に、「明日休む」と伝え、部長に届出を出し、仕事を片づけにかかった。

明日から3連休。

そう言えば、今の会社に入り、もう10年以上が過ぎたけど、仕事納めまで仕事をしていたのは、昨年が初めてかもしれない。決して暇な会社ではないが、融通のきく会社ではある。

が、今年も年末になって苦戦している。

ふと今朝、明日の予定が空いてることに気づいた。

これしかチャンスはない。

あとは、年末までデッドヒート。

休暇届を出し、週間天気予報をチェックすると、明日は曇り。雨も降るかも。

ちっ、運がないなー。

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2006年12月20日 (水)

14歳の母、ついに最終回

ドラマって、収まるところに収まるものだし、最後はかなり予定調和だったりするから、オイラはそれほどこだわらない。でも、今回は、変な理由で気になってしまった。だって、彼女が生んだ子どもの名前は、

そら

って言うんだもの。

オイラにもしも、子どもができたら、男でも、女でも、「銀河」って名前にしたいと思う。

ぎんがーっ

って、すっごく呼びやすいし、ちょっと男の子っぽい気もするけど、オイラは、女の子にぴったりの名前のような気がしている。

「そら」も可愛いけど、オイラは、宇宙に浮かんでいる銀河も、結構雄大で、素敵なのだと思うんだ。

このドラマね、男が弱いでしょ。

とにかく、男が何もできないんだよね。一ノ瀬ちゃんの「夫」は、何にもできないし、マザコンで、母親がいないと何もできない人。父親は、何だか勢いはあるけど、やっぱり男だよね、なーんにもできない。やけに女が強く感じる。

そーゆー、男の弱さが、せつなくて、共感したりする。

私もだよ、キリちゃんといるとき、空がきれいだなって、いつも、いつも、そう思ってた。だから…、だから…、私…。

すべての子どもは、母から生まれる。

これは、誰にも否定できない、現実なんだ。

母が、14歳だろうが、20歳だろうが、30歳だろうが、40歳だろうが、これだけは、避けることができない。

ひとと順番が違うけど、違うのは順番だけです。

そらは、誰にも望まれなかった子です。でも、そらは小さいけど、生きようとしています。

これはね、母を捨てたオイラだからこそ思うのかもしれないけど、子どもは母にしか育てられないと思う。父も母も協力してって、幻想だと思っている。望まれるかどうかで、生むかどうか、判断しないでほしい。過酷だろうが、不幸せだろうが、しっかり抱きしめてあげてほしい。

先生、もう重いです。すごく、重いです。

なら、大丈夫だ。みんなの愛情がつまっている証拠だもんね。

はい。それと、きっと、未来の希望もつまっています。

生まれてくる命には、いろんな生き様や宿命があるのだと思う。でも、どんな過酷な人生を背負ったとしても、生きる権利を奪うことがあってはならない。どんなに不幸でも、どんなに崖っぷちでも。命を授かることに、無駄なことなんて何もない。生きている限り、その人生には、必ず意味がある。意味もなく生まれた人なんて、どこにもいない。

だから、生んでほしいと思う。どんなに拒否されても、どんなに突き放されても、宿った命を捨ててはならない。

気のせいかもしれないけれど、今日は特別、明日はどうか分からないけれど。

今、ここにそらがいるもん。

奇跡なんだね、お母さん。私にそらちゃんが生まれたことも、私がお母さんから生まれたことも。

ありがと…、ありがとね…、お母さん…。

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2006年12月19日 (火)

そして、来年の新企画を発表…の巻

今年はずっと、地下ばかりに籠もっていて、空を見上げる暇もなかったような気がする。確かにそれで、オイラのブログのアクセス数は、恐ろしく増えたが、考えてみれば、オイラのブログは、「そらめく日々」で、どっちかというと、見上げる方が性に合っている。オイラもそろそろ、地下ネタに飽きてきたから、そろそろ新しいネタを探そうと思ったのだ。

そもそも、そらめくって、辞書で調べても、あまり良い意味が出てこない。「はっきりしない」とか「浮ついた感じがする」という意味。でも、オイラは、空を見上げて、深呼吸して、前向きになろうって意味で受け止めている。すっきりと晴れ渡った青空を見上げて、ホッとしたり、和んだり、癒されたり。透きとおった空気をゆっくりと吸い込んでみたり。そらめくって、そんな、辞書にはない意味があるような気がする。

なので、「そらめく.com」を作るときにも、「青空」をイメージしたのだ。

ところが、オイラは、どうして空が青いのか、どうして空に雲が浮かんでいるのか、どうして空から雨粒が落ちてくるのか…、それがさっぱり理解できていない。オイラは、Weathernewsの提供している「おは天」関東版を毎朝チェックしているが、お天気お姉さんの言われるがままで、傘を持つのも、コートを用意するのも、お天気お姉さん任せだ。いや、それで困ることは何もないし、世の中の大多数はそうやって、天気予報に振り回されているんだよね。

そんなこんなで、オイラは、ここんところ、自分が見上げている空の仕組みを知りたいと思うようになった。

地球温暖化とか異常気象とか、オイラの見上げる空は、今、少々慌ただしくなってきている。

オイラは、その青空を、もっと目を見開いて、科学の目で見つめてみたい。

そう思ったわけだ。

そこで、「そらめく日々」来年の新企画は…、

“そらめく科学。気象予報士への道”

ということである。

気象予報士試験は、1年に2回行われる。

8月と1月の最終日曜日。

来年8月の試験を目指し、独学で勉強を始める。

さて、果たして、3日坊主に終わるか、それとも、見事、試験に合格するか…。

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2006年12月18日 (月)

フグ料理で忘年会

フグ料理で忘年会

フグなんて、何年ぶりやろか。新宿で忘年会を闘い、今帰りの電車に乗る。オイラは、酒を飲まずに、しらふのまま、ひたすら、フグ、フグ、フグ…。

いつも思うけど、お酒を飲まない人にとっては、コース料理はいつも順番が逆。最初にどんぶり飯とお茶を用意したい。つまみを食べながら、ご飯もいただく。でも、そんなお店はなく、ご飯ものは最後と相場が決まっている。

なので、どこまでも延々と、細々としたつまみを片付け続ける。これが、ウザイ。まとめて、どんぶり飯にぶっかけ、がつがつ食いたい。

宴席もほどよく盛り上がり、酔っていく同僚たち。てか、もう壊れかけている。壊れた瞬間の境目に気づく。ああ、こいつ、もう、覚えていないなと。せつない。どこまでも、シラフで付き合う忘年会。明日、また静かに毎日が始まる。

つまんねえなあ。

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空いてないからしゃあないんやけど

空いてないからしゃあないんやけど

スタバでお茶しようと入ると、店内は満席である。

仕方なく、屋外のテラス席へ。

あっという間に凍える。

クシャミ連発。

こりゃいかんと、慌ててコーヒーを飲もうとするが…。

あちちちち…(;□;)!!

たまらんなあ。

今夜は忘年会らしい。

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2006年12月17日 (日)

お知らせです。「そらめく.com」の引っ越し作業について

いつも「そらめく日々」をご覧いただきまして、ありがとうございます。
現在、当ブログの本家でもありあます「そらめく.ocm」の引っ越し作業を行っております。作業自体はほぼ終了しましたが、現在、www.sorameku.comのドメインが定着するまでに時間がかかっており、ドメインのアドレスを打ち込んでも、サイトを表示することができません。
従いまして、今夜いっぱいくらいは、本家の「そらめく.com」が閲覧できませんので、ご了承ください。
なお、今回の引っ越し作業は、ファイルの置き場所を変えただけで、ドメインはこれまでと変わりません。今後とも、「そらめく.com」「そらめく日々」共々、よろしくお願い申し上げます。

追伸(23時13分)

ただいま、無事、「そらめく.com」の表示が確認されました。引っ越ししても、アドレスは変わりません。これまで@niftyで使用していたCGIは、ソラメキちゃんを除いて、いったん削除しています。ここでは、自作CGIやデータベースなど、高機能のサイトを構築できますので、オイラも、勉強しながら、ちょっと挑戦してみようと思います。

それでは、今後ともご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

http://www.sorameku.com/

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2006年12月16日 (土)

眞鍋姉さん、遅ればせながら買ったよ、『眞鍋かをりの女みがきブログ日誌オイラの美力』

いや、オイラは、特に女を磨く予定はないが(笑)

ってか、男を磨かないとなー(汗)

ここんとこ、眞鍋姉さんは、香港に行っただとか、ダイエットしただとか、エステで癒されたとか、やけに女磨きに励んでいたなあと思ったら、こんな本を想定してらっしゃったのだね。

大学を卒業した頃の眞鍋姉さんの写真が載っていて、「オシャレ夜明け前」ってキャプションついているけど、いやいや、十分美しいと思うけどな。

ニキビは、オイラが中学生くらいのときに結構出てきたけど、周りより少なめだったような気がする。大人になって、しかも男がニキビってのは、酒の飲み過ぎが多いんだよね。朝、カミソリでひげを剃ると、あちこち血がにじんでいたり。あれ、ぷちニキビがある証拠なんだけど、思春期に出るニキビとは違って、肝臓が壊れかけている証拠なんだ。

酒をピタリと止めた途端、ニキビはピタッと消えた。

そんなわけで、本の中で眞鍋姉さんと対談している松倉クリニックの先生も、「アルコールは炎症を悪化させてしまうからね」とおっしゃっている。女性はともかく、男性で、この年でニキビかよって人は、酒の飲み過ぎの可能性大なのだ。

それにしても、眞鍋姉さん。

岩盤浴に、香港に、しかも、個室予約に、低周波に、トドメの足つぼにと、これをすべてこなすと、眞鍋姉さんみたく、美しい女性が仕上がるのでせうか。嫁さんから、これやりたいーっとかねだられたら、速効、全力疾走で逃げる。セレブだよ、姉さん。お金ないとだめだよ、姉さん。

貧乏人にも、簡単に美しくなれる方法、探してあげてくだされ。

そんなこんなで、眞鍋姉さんにトラックバックを送る夜。

さて、そろそろクリスマスが近くなった。

眞鍋姉さん、まさか、今年も、被り物で居酒屋ってオチではないよね(笑)

一昨年が、カエル?
昨年が、ピンクのねずみ?

今頃、東急ハンズとかで、ネタ探ししてたりするんだろうか…。

姉さん、読者サービスはいらないよ。ぜひとも、彼氏とセレブなクリスマスを過ごしてほしいものである。

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2006年12月15日 (金)

ケータイを機種変更した。今度は、W44Sである。

とにかく、ケータイ新機種フェチのオイラは、新しい機種が大好きである。auにしてから、最初はアナログテレビ付きのケータイだったが、これがおもちゃみたいで、さっぱり使えない。次は、ケータイでは一番人気の高いあの会社の機種だったが、大雨のときに、何故かゴムの部分がはがれてきて、ただそれだけなのに、修理に出すと2週間かかるっていうから、ぶちきれた。

そこで、今回は、冬ボをもらったその日に発売されたソニーエリクソンの最新機種、W44Sである。

この機種、折りたたみ式なのだが、縦にも横にも開くという、少々器用なケータイである。たいていの折りたたみ式ケータイは、普通に開ければ縦方向に開くものだが、こいつは、片手で開けようとすると、自然に横方向に開く。が、横方向に開けると、ワンセグが横長の大画面で観られるけど、通話はできないという困った端末である。

液晶画面は、縦に開けば、縦方向に長い画面だが、横に開くと、縦長でも横長でも表示できる。器用っちゃ、器用なんだな。

機体の右側に大きな出っ張りのランチャーみたいなのがあって、右手で機体を持とうとすると、これがひっかかる。

ソニーのケータイは初めて。あちこちで評判いいので、一度使ってみたかった。

使った感想は、メール周りの使い勝手は、カシオや日立の方がはるかに良い。漢字変換は、三洋や京セラと比べたらはるかに良いが、カシオや日立のAtokには遠く及ばない。セキュリティ機能は、カシオや日立と同レベル。デザインを優先させているからだが、手に収まりにくい。

が、ケータイとしてのかっちょ良さは、群を抜いている。

持っていて、気持ちよい。

目立たないが、かゆいところに手が届くカシオ、日立。普通にケータイを持つなら、そっちがおすすめだろう。W44Sは、メール周りの機能や手のひらでの収まりの悪さを犠牲にしても、とにかく持っていてかっちょいいケータイがいい人には、ちょうどよい端末だ。できれば、W47Tで実現したテレビ電話や高速通信も盛り込めたら完璧だったのだが。

これはオイラの個人的な感想だが、1年前にauにする前はNTTドコモを長年愛用していた。正直言うと、ドコモのケータイのほうが、auより、はるかに機能が充実しているし、使い勝手が良い。FOMAの初期はひどいもんだった。でも、900シリーズを出してからのFOMAは、とにかく強い。特に、OSを変えてからの富士通と三菱の使い勝手は、パソコンとの連携も含めて完璧だと思う。auに変えて感じたのは、おもちゃみたいなケータイってこと。ビジネスで使うには、遊び心ばかり優先されている。

いったい誰がauのほうが使いやすいって言ったのだろうか。

それはともかく、フルブラウザを定額制の範囲で使えることをのぞくと、NTTドコモの勝ち、と思っている。

ソフトバンクは、問題外。ボーダフォン時代がひどかったから、ろくなイメージがない。「0円」広告は、いかにも孫のケータイって感じ。Jphone時代、カメラ付きで大躍進した時代があった。懐かしいね。あの頃の素朴でオシャレなイメージを取り戻してほしいと思う今日この頃である。

ところで、オイラは、初めてのケータイは、PHSだった。当時は、DDIポケットのカシオ製。これが、とにかくデカい。でも、乾電池でも動くという優れものだった。そのあと、Victor製だったかな。パソコンにつないでデータ通信できるようになった。カラオケ帰りにそれをなくして、その足で京セラ製に機種変更。この頃、PHSは、945円で機種変更できた。そして、J90という伝説の音楽ケータイとの出会い。折りたたみ式で、メールの使い勝手も最高だった。

5年ほど前、NTTドコモへ。最初は、NECのN211iだった。これが使いやすいのなんのって。その後、FOMAへと移行し、NEC、富士通、三菱と変遷した。

相方との通話料を減らすため、オイラが妥協してauへ。

何機種目になるのだろうか。今度は、ソニーエリクソンとのお付き合いである。

せめて、2年は使いこなしたい。

…というのは、願望。

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2006年12月13日 (水)

もうかなり前の話になるが、祖母の葬儀に参列した。

9月に、たった1日だけ名古屋に里帰りした。すっごい昔の話になってしまって、当時、このブログでは、名古屋に帰ったことだけを書いただけだった。あれから、いろいろなことがあって、でも、このブログで言い残していたと思って、今夜急に、その話を書くことにした。

前々日に、父親からのメールを受け取り、母方の祖母が亡くなったことを知った。

祖母は、90歳を超えていた。4人の娘を育て、長女の家に婿養子を迎えていた。祖父は、オイラが大学時代に亡くなった。婿養子は数年前に突然死で亡くなったが、残された長女と孫夫婦に囲まれて、幸せな生活だったらしい。衰えたとはいえ、元気そのもので、毎日近所の喫茶店にコーヒーを飲みに出るのが日課だった。何年か前、つまづいた拍子に足を骨折して、車いす生活を続けていたが、リハビリを欠かさなかった。

オイラは、小さい頃から、彼女の世話になってきた。父方の祖母は、祖父に虐待を受けていたので、身体も小さく、オイラが中学生のときに胃ガンで亡くなった。母方の祖母は、身体が大きくて、どっしりしていたので、「大きいおばあちゃん」と呼んでいた。優しくて、度胸満点の祖母だった。

オイラにとって、彼女は、祖母であり、母であった。母としての優しさは、母からではなく、彼女から教わった。甘えること、叱ってくれること、寄り添ってくれること…。オイラは、典型的なおばあちゃん子だったと思う。母が母としての役割を果たせないとき、彼女は、オイラの母であり続けた。

それは、たぶん、彼女の産んだ4姉妹の子どもたちは、すべてそうだったに違いない。

久しぶりに名古屋に帰省し、孫たちに出会って、それを痛感した。

母は、孫たちのビッグマザーだったのだ。

その日は、突然やってきた。

リハビリの一環として、お泊まり介護に出かけた祖母は、トイレで倒れた。ほとんど苦しまなかったらしい。オイラの母は、連絡を受けて、病院に駆けつける途中で、彼女の死を知った。だからなのか、彼女の死に顔は、実に穏やかだった。普通に眠っているようで、今にも目を覚ましそうだった。

朝一番の新幹線で、オイラは告別式に向かった。

あの頃、2両編成のオンボロ電車しか走っていなかった片田舎だったのに、今では、最新型の電車が地下鉄と直通運転していた。田んぼに囲まれた平和な町だったが、今では住宅街に変貌していた。

告別式の会場には、始まるギリギリの時間に駆け込んだ。

何年かぶりの両親。そして、たぶん20年ぶりくらいだろうか、親戚一同がそろっていた。次女の3兄弟のうち、2人は東京に住んでいるらしい。意外に近くに住んでいた。次女が、「一緒に帰ればいい」と言ったが、笑ってごまかしていた。

祖母の産んだ4姉妹は、いっしょのようで、いっしょではなかった。ほとんど会話を交わしていないことに気づいた。オイラの母は、三女にあたる。一番浮いていることも分かった。長女の婿養子が脳卒中で亡くなったとき、オイラの母は、闇金から逃げていて、行方不明だった。隠しているつもりだろうが、みんな事情を知っている。それがよく分かる。

孫たちは、みんな逃げたがっているのがよく分かった。名古屋は、故郷であると同時に、悪夢がたくさん眠っている。思い出したくない思い出がたくさんある。

思えば、名古屋から逃げ出して、19年の月日が過ぎていた。彼らもみんな、悪夢から抜け出した顔をしている。彼らをつなげたのは、祖母だった。逆に言えば、祖母がいなくなれば、彼らはつながる必要も失った。母とのつながりは、母がいる限り消えないが、少なくとも、親戚とか親類という煩わしさからは解放される。

そんな感じだったんじゃないだろうか。

それは、4姉妹も同じだったらしい。

四女が母に、ケータイの番号を教えろと言ったのに、母は、「仕事が忙しいから電話には出ない」と、意味不明なことを言って断っていた。この人は、自分が育った家系から離れるつもりでいるらしい。祖母が亡くなり、「もうこれで、ここに来なくてすむ」と思っている。

みんな、偉大なるビッグマザーの死を、「関係」の消滅だと思いこもうとしていた。

でも、「関係」から逃れることなど、できるんだろうか。

オイラたちは、いつも家族がつなごうとしていた「関係」を、新たな家族や社会でも模倣しているのではないだろうか。

親の敵を会社でうつ…そんな言葉を思い出した。

「関係」から逃れることなど、そんな簡単にできない。

オイラだって、両親の「関係」からは、逃れたくても、逃れられない。どこかで、両親を真似ている。

名古屋から東京に帰ってきて、ふと気が抜けたようにホッとした。

あのレンガ造りの東京駅を見たら、何年かぶりで故郷に戻ったような感覚に陥った。

オイラは、東京で、また「関係」を築いている。

たぶん、あの偉大なるビッグマザーが教えてくれた「関係」なのだと思う。

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眠れぬ夜に

昨夜、やけに疲れ果てて帰宅すると、パソコンのメールをチェックして、あとはお風呂にも入らずに寝てしまった。

疲れてるなって、思う。

起きたら午前3時半。まだ外は暗い。

子供の頃、こんな時間に起こされて、父の配達の仕事を手伝ったことがある。夏休みに入ると毎朝だった。

今となってはただの児童虐待でしかないが、当時オイラは、夜が明ける前の独特な空が大好きだった。暗いけど、太陽の存在を感じる不思議な時間。藍色の空間。

空気が澄んでいて、時計の針が止まっている感覚。街は、誰も歩いていなくて、まるでゴーストタウン。当時は、今のようにコンビニなんてなくて、牛丼屋のオレンジの看板だけがやけに光り輝いていた。

自分だけが独り占めした時間と空間。

夜明けとともに、街が目を覚ます。

それが、少し憂鬱。

そんな経験、普通の小学生はしないよね。昼間は、眠くて、うたた寝していた。

早朝のコンビニや牛丼屋が好き。気だるい雰囲気。静かな空気。みんな起きているか寝ているか、よく分からない表情をしている。

夜明けまであとわずか。

もう一眠りして、シャワーを浴びよう。

今日も忙しい。

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2006年12月10日 (日)

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む4

『大東京の地下99の謎』を読み解く第4弾。

いい加減、飽きたかな?(笑)

PART4 地下鉄「駅」の謎

80 銀座線の渋谷駅が地下鉄で最高所にあるのは、なぜ?

私は、この部分を建設した東京高速鉄道という会社が、地下鉄の認可をもっていなかったからだと思っている。(P189)

「地下鉄の認可」というのは、ない。東京高速鉄道は、この渋谷駅を、何の認可でつくったと思っているの?

82 後楽園駅の地下5階、巨大な柱、太い柱林立の謎

開業時には電車が着くたびに悲鳴が聞こえ、けが人も出たらしい。その多くは女子中学生で、おしゃべりに夢中になり前方不注意で柱にぶつかったらしい。しかし、撤去されることなく現在も地下5階に立っている。(P193)

この文章のポイントは、3つある。「女子中学生」「おしゃべり」「撤去」。

1つ。女子中学生に失礼。
2つ。談笑しながら柱に激突する女子中学生…、どうなの?
3つ。撤去してはいかんでしょ。

83 赤坂見附駅のホームは、なぜ二段重ね?

営団は、戦前、四谷・赤坂見附間の工事に着手している。鉄板1枚打ち込んだだけという事実は、どの資料にも記載がない。この区間は、銀座線以外で戦前に地下鉄の建設工事が行われた形跡のある唯一の場所だが、秋庭さんは、詳しく調べようとしないで、最初の本から7年が過ぎても、「おかしい」「変だ」と騒いでいるだけである。真実が明らかにされて困るのは、秋庭さんだということである。

86 いまも残る閉鎖された地下鉄「萬世橋駅」の謎

浅草駅から銀座線の先頭車に乗って前方を見ていると神田駅の手前で線路がふたつに分かれるのを見ることができる。(P203)

これが見えた人、かなりやばい。

地下鉄萬世橋駅に向かう分岐なんてないって記事

87 地下鉄駅につけられた「ナンバリング」とは?

どうしてこうなったのかは明らかになっていない。(P206)

「私は知らない」と「明らかになっていない」の区別をつけよ。

88 ホームを新設した銀座線「日本橋駅」の謎

新橋駅には東京高速鉄道がつくった新橋駅の空間があった。(P207)

東京高速鉄道がつくった旧新橋駅と、現在の新橋駅の拡張されたホームは、場所がまったく違う。従って、1対1で、引き分け。日本橋駅の仮説は、成立せず。

90 東京の地下鉄で乗り換え距離が最長の駅はどこ?

最短距離を測ったり計算したりしたデータは残念ながらない。(P210)

あんたが立てたタイトルやん。

PART5 地下鉄「路線」の謎

93 南北線の後楽園〜東大前間のフシギな「扉」の謎

取材を1度もせずに、想像だけ7年間続けるのは、かなり根気が必要だ。

94 大江戸線の原点は海のなかを走る道路だった?

市区改正計画には、海の中を走る道路なんて書いていない。

秋庭さんは、どうして道路が海の中を走っていると勘違いしたのか。これは、彼が愛読している『近代日本建築学発達史』が、市区改正計画の図を掲載する際に、白黒で、しかも、かなり省略した図に改変しているからだ。それは、どこにどんな道路が走っているかは、この本の主題ではないからだ。市区改正計画の原典を見ると、海の中を走っているわけではなくて、月島周辺に当時、東京港を建設する計画があり、当時海だったこの場所を埋め立てて、その真ん中に幹線道路を建設する計画だったことが分かる。

市区改正は、地下の計画ではないっていう記事

市区改正は、地下の計画ではないっていうだめ押し記事

95 地下鉄丸ノ内線「200ヤード」カーブの秘密

200ヤードのカーブが、丸ノ内線が戦前からつくられていたという証拠にはならないって記事

98 地下鉄工事にかかる莫大な費用の謎

路線図を見ていると、どうして道路の下を走らないのかわからない場所がたくさんあるのに気づく。そこで不正が行われていないことを、私は願う。(P231)

そこで、不正を暴くのがジャーナリスト。戦前からあったと妄想するのは、オカルト。

読了。

それにしても、ひどい本だなあ。集大成? いやはや、すごいね。

結局、99もの謎を並べてみても、彼が暴いた地下の真実は、1つもなかった。

おかしいなと思うのは、これまで彼が胸をはって発言してきた地下の秘密の中で、まったくふれられていないネタがあるということだ。赤坂見附駅が浸水した真相は? 環状3号線は国民に隠されているんじゃないの? サンシャインシティから豊島区役所へは一直線に洞道がのびているんじゃないの? 新宿プリンスホテルの地下駐車場は? 築地川駐車場は政府専用ではないの? 1ー8計画はどうなったの? 都営浅草線は戦前からあったんじゃないの?

秋庭さんが、「集大成」の本から、これらのネタをはぶいたのはなぜか?

100個目の謎は、そこである。

(関連記事)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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2006年12月 9日 (土)

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む3

『大東京の地下99の謎』を分析するシリーズ第3弾である。

こういうのに興味のない皆さん、あと少しお待ちを(笑)

PART3 大東京を走る「地下鉄」の謎

49 迷路のような複雑怪奇な東京の地下鉄、その理由は?

双方がそれぞれの利益を追求し、それぞれの都合で路線を決めたり、駅を設置したりしてきたため、東京メトロと都営地下鉄を組み合わせて利用する際の利便性に欠けてしまっている。(P120-121)

地下鉄は、それぞれの都合で路線を決めたり、駅を設置することなどできない。国の審議会で路線を決定する必要がある。鉄道会社の都合で路線を敷くことはできない。大江戸線なら、地元の自治体から再三にわたり整備を求める要望が都に寄せられていた。2つの主体が地下鉄を経営することは、確かに料金体系を複雑にするし、割高にする。ただ、これには大人の事情があった。

国が東京の地下鉄の経営一元化をぶっつぶしたという記事

2線の開通により、「格段に便利になった」と感じている人は少ないだろう。(P121)

毎日この2線を使っている人に聞いてみてはいかがだろうか。ずいぶん便利になったよ。南北線の開通により、山手線の内側では、徒歩で行けない駅はなくなったのだそうだ。昔なら都電やバスがカバーしていた地域でも、地下鉄が走っている。都電はご存じの通り、車社会に飲み込まれて、一部を除き姿を消した。バスも、道路事情の悪さから苦戦している。2線の開通は、麻痺していた都心の交通事情を、かなり改善している。

57 桜田門駅の上に将来、地下自動車道がつくられる?

桜田門に地下自動車道を通過させる計画は戦前にもあった。(P138)

違う。秋庭さんがここで書いている2つの道路計画は、地下のものだとは一言も書いていないし、そういう史実はない。秋庭さんが、地下自動車道ではないかと仮説を立てているだけだ。2つの道路計画を、「地下ではないか」と書くのは自由だが、「戦前にもあった」という表現は、間違っている。

59 関東大震災級の地震に地下鉄は耐えられる?

意味不明である。リーダーになれって…、運転手や車掌を差し置いて、勝手にリーダーしちゃあかんよ。ブルースウイルスじゃないんだから。

60 東京ドームの地下にある競輪バンクの謎

ただし、東京ドームを建設する前から、すでに地下空間があったとすれば、これをなんらかの形で再利用しなければならなくなり、使用頻度は少ないことを承知で競輪バンクをつくったというのもうなずける。(P142)

全然うなずけないじゃん。もしも、東京ドームの下に地下空間があって、それをどうしても再利用したいなら、使用頻度が低い競輪バンクより、地下街やレジャー施設をつくると思うけど。わざわざ東京ドームに競輪バンクを用意したのは、まさに、競輪をやりたいからに他ならない。

秋庭さんは、自分でちゃんと書いているじゃないか。

休止だって。

後楽園競輪は、廃止されたんじゃない。「休止」なんだ。

東京ドームができる前、そこには何があった? 競輪バンクではなかったよね。後楽園プールがあったんだ。でも、後楽園プールには、休止された競輪バンクがそのまま残されていて、利用客がそこで寝そべったりして、海の砂浜みたいにバンクを利用していたのを覚えている人はいるだろうか。

つまり、プールだった頃にも、廃止されることなく、バンクは存在した。

そして、後楽園プールの跡地に、今度は東京ドームを建てた。当然、そこにも、休止された競輪バンクが存在しても、全然おかしくない。

競輪バンクは、組み立て式でドームの床下に眠っている。秋庭さんは、東京ドームにある競輪バンクは、そのまんま楕円形で残っていると勘違いしていた。最初に、『帝都東京・地下の謎86』でこの件を書いたとき、「東京ドームのグラウンドの下には、競輪のバンクが完成している」と表現した。実際には、バラバラに収納されているから、競輪のたびに組み立てなければならない。勘違いしていたのだ。

つまり、競輪バンクと地下の秘密は、全然関係ない。

61 東大の敷地内にある地下鉄出入り口の謎

東大方面の出口は1番だが、こちらは改札から地上出口まで300メートルくらいあるだろう。(P145)

こちらをご覧いただきたい。

061205_13370001 南北線東大前駅の改札口の前から、1番出口方面を写したものである。突き当たりの壁を左に曲がると、地上への階段がある。ここから突き当たりの壁まで、100メートルくらいだろうか。300メートルもあるとは、とても思えない。階段は、エスカレーターを2つ乗り継ぐだけで、最近多い地下深くの駅と比べると、はるかに地上に近い駅だということが分かる。

では、秋庭さんが言う300メートルとは、どこをどう測ったのだろうか。おそらく、この駅のコンコースの全長が300メートルあるかないかという規模の駅である。駅としては、極めて一般的な構造である。秋庭さんの遠近両用メガネは、度が狂っているのかもしれない。

ちなみに、改札口の目の前には、地上へ出るエレベーターも用意してあり、実に便利な駅である。

300メートルもある地下通路なんてないぞって記事

67 豊洲駅と住吉駅にある謎の「未使用ホーム」

延伸計画が頓挫している証しともいえるだろう。(P155)

勝手に頓挫させないこと。

70 なぜ「帝都営団地下鉄」は「東京地下鉄」に変わった?

結局、なぜ変わったのか書いていない。

71 地下鉄のトンネルの掘り方を一目で見破る方法とは?

地下鉄駅のホームから、線路の敷かれたトンネルを覗いてみれば、その地下鉄がどの工法でつくられたものか、わかるはずだ。(P165)

まあ、そりゃそうだわな。ってか、見破ってどうする?

73 池袋〜渋谷、明治通りの真下を通る最新路線の謎

で、何が謎なの?

74 地下鉄の安全を脅かすものとは?

警官が誤射したのは、地下鉄の安全とは関係ないでしょ。地上でも起きる。地下鉄の安全を脅かすものは、そうやって恐怖や不安を煽り、パニックに陥れるオカルト本だと思う。


(関連記事)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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2006年12月 8日 (金)

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む2

時折、言及せずに飛ばす項目もあるが、それは正しいという意味ではなく、めんどくさいから、ということである。

では、『大東京の地下99の謎』からである。

PART2 「山手・中央線周辺」地下の謎

23 御徒町駅北口の道路陥没事故は新旧地下空間が原因?

単に爆発だけでは15メートルも道路の真下に崩落するはずがない。そこに大きな空間、つまりトンネルがあったからではないのか。(P65)

うん。だから、東北新幹線のトンネルがあったんじゃん。

問題の御徒町駅の北口には3本のラインが集まっている。(P65)

図がアバウトすぎてよく分からない。オイラには2本しか見えないが。

24 東京駅の知られざる「赤レンガの地下通路」とは?

私は、東京駅開業よりずっと以前から存在する「知られざる」地下通路だと思う。(P67)

こういうのを、「唐突」というのだ。

27 関東大震災が大都市復興計画を「地下」にすり替えた?

当時としては破格の予算規模だったことや、従来の道路と道筋が変わることなどを理由に、多くの反対にあっている。(P72)

これは誤解。帝都復興事業が議会の反発をくらったのは、2つの理由がある。1つは、後藤新平にもともと政敵が多かったこと。2つは、区画整理事業は地主から土地をタダ取りすることだという誤解があったこと。詳しくは、以下の記事にある。

帝都復興事業の困難と成果はこれだって記事

大都市復興計画は頓挫することになる。(P74)

これも誤解。帝都復興事業は、未だ世界の大都市で類を見ないほどの大規模な区画整理事業を成功させる。東京では、それ以来、大都市改造が成功したことは、戦後も含めてない。詳しくは、上の記事を。

28 二種類の地図の地下表記に違いを発見!

ツメが甘い。ポイントは、丸ノ内線の路線が間違った表記になったのは、千代田線が開通したあとに改訂された地図なのか、それとも丸ノ内線が開通したあとに改訂された地図なのか。どちらかによって、意味はまったく違ってくる。

29 敵国に正確な情報を与えないための「地図の改描」

で、地下の謎は?

30 GHQ占領時の「立入禁止地域」と地下情報の謎

万が一のことを考え、皇居に通じる地下ルートがあれば、その出入り口周辺はたちどころに「立入禁止」にしたに違いない。(P81)

地下ルートがあれば、ね。

ちなみに、皆さんは、東京が空襲で焼け野原だというのに、GHQが接収した建物がなぜしっかり建っていたのか、疑問に思ったことはないだろうか。米軍は、空襲するとき、あとで接収して使えそうな建物の目星をつけていたのである。逆に、庶民が暮らしている地域なんて接収する必要がないから、好き放題焼いたわけである。地下とは関係ない。

31 GHQの地図「インテリジェントレポート」の謎

32 GHQの地図に秘められた「アベニューX」の謎

この2つは、下記の記事で詳しく述べている。

GHQの地図と、隠された地下網は関係なさそうだって記事

33 大江戸線工事で、なぜ「厩橋」を避けたのか?

大江戸線だけが橋を避けているわけではないっていう記事

34 住民に気づかれずに掘れる「シールド工法」

シールド工法のすごいところって、住民に気づかれないこと?

36 「明治通り」「昭和通り」があるのに、「大正通り」がない理由

名前が変更されたという話と、大正通りという道路本体の計画がどうなったという話がごちゃごちゃになっている。

39 新宿中央公園の地下に、超巨大な空調施設が!

そんなものない。新宿副都心にある地域冷暖房施設のプラントは、新宿中央公園の南側にあるパークタワーに隣接した東京ガスの建物の地下にある。都市計画公園の下には、変電所をつくることはできても、地域冷暖房施設をつくることはできない。ちなみに、情報管理など行われていない。

地域冷暖房施設がいかにメジャーな存在なのかって記事

40 戦前の新宿地下計画と大江戸線ルートの奇妙な符合

それなのに、あえて市街地の下を突っ切った理由には、おそらくすでにあった「地下トンネル」を利用したからではなかったのか。(P101)

違う。市街地の下を通らず、道路に合流しようとすると、そこには地下変電所があって、激突してしまうから。

41 池袋駅と周辺の地下には「謎」がいっぱい

少なくとも、これを読む限り、謎なのは、池袋ではなく、この地図である。

42 「口外してはならない」サンシャインシティの謎

前回も書いたが、これは謎でも何でもない。

サンシャインシティの地下には変電所があることは公式の記録にあるって記事

ちなみに、法的に守秘義務があるのは、公務員のみである。サンシャインシティは、入居している会社のことを公明正大にしゃべりはしない。東京電力に直接聞くべきことで、サンシャインビルの周りを半年もウロウロしていても、謎が解けることはありえない。

43 「本土決戦」と「地下駐車場」のフシギな関係とは?

信号も少なく、目的地に着いたら路上駐車するのがあたりまえ(P107)

埼玉や千葉じゃないんだから…。

44 北区の公園地下によこたわる巨大地下鉄車両基地

営団地下鉄南北線は、砲兵本廠のあった後楽園と、武器倉庫が並んでいた西ヶ丘サッカー場を結ぶ計画だった。(P109)

神谷堀公園の地下の車両基地の話が、いつの間にか西ヶ丘サッカー場の話にすりかわっている。

45 高輪の寺の地下36メートルに巨大な「変電所」

これもそうだが、寺に取材しても意味ないから、東京電力に取材してくれ。寺はあくまで場所を提供しているだけ。オイラのアパートの家主が、住人のオイラのプライバシーを他人にペラペラ話していたら、怖いでしょ。

46 東京駅には戦前から秘密の地下鉄線路が走っていた!?

こうした中途半端な数字が出てくるのは、いったい何を意味しているのだろうか。(P113-114)

読者は、すべて秋庭さんのファンではない。秋庭さんの本を読んでいないと分からないような解説をしても、「そんな唐突な…」としか思えないよ。カーブの単位が中途半端だと、なぜ戦前にあったことになるの?


(関連記事)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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2006年12月 7日 (木)

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む1

ココログのメンテナンスが続いていて、すっかり出遅れてしまった。しかも、愛用のDynabookが使えないので、ibookを使っている。文章を書くときにはめったに使わないので、少々戸惑っている。Macの場合、改行の仕方などデザインの仕様が、Windowsとは若干異なるようである。見にくくなるかもしれないが、ご容赦いただきたい。

さて、さっそく、『大東京の地下99の謎』。

「はじめに」からである(笑)

公式には存在しないことになっている地下変電所がある(P3)

そんなものない。下記のページを参照してほしい。

地下変電所は、公式に存在しているって記事

本書はその謎の集大成である。(P3)

「集大成」というからには、この本が秋庭さんなりのライフワークの「まとめ」のようなものだろう。人はいろいろ言うかもしれないが、オイラは、それなりに彼の「集大成」に満足している。

お読みになれば分かるが、この本は、秋庭さんの地下理論が破綻の局地に達したことを如実に示している。7年間に6冊も本を出したが、結局証拠はいっさい見つかりませんでした、この本は、暗にそう宣言している。地下の真実は、明らかにはならなかった。

この本は、そんな敗北の書である。

そこで、オイラも、この本を分析することで、自らの地下ネタの集大成としたい。

PART1 「皇居・霞ヶ関周辺」地下の謎

1 皇居の地下に、もうひとつの江戸城が眠っている

埋め立ての前に囲いのようなものがつくられ、地上の道を地下道に変えるという工事が行われたのではないだろうか。(P15)

太田道灌の城は、確かに地下に眠っている。でも、太田道灌の城の海抜と、地下鉄東西線のトンネルの海抜と、パレスサイドビルの地下7階の海抜は、果たして同じなのだろうか。大切なのは、地上からの深さではなく、海抜である。東京は、山あり谷ありだから、現在ある地上から地下の深さを測ると、同じ深さでも海抜が異なることがある。太田道灌の城があるという場所は、秋庭さんが別の著書で示していた資料では、小高い山だった。

ここで秋庭さんが比べている3つの地下埋設物は、同じ海抜かどうか調べないと、この仮説は成立しない。

2 皇居地下の巨大駐車場、いったい誰が使うのか?

この東庭の地下は、大型乗用車が120台も収容できる巨大駐車場になっている。もちろん、この駐車場を利用した一般参賀客はいない。閣僚や各界の著名人、外国大使が招かれるときにも、この駐車場を使ったという話は聞いたことがない。(P15-16)

一般参賀客が使えないのは当たり前である。何万人も来るんだから、120台収容の駐車場など意味がない。閣僚や著名人、外国大使は使っていない? 秋庭さん、本当だろうか。それは、秋庭さんが聞いたことないだけでは? 

「東庭」とは、宮殿東庭のことで、宮殿というのは、天皇が住んでらっしゃる場所ではなくて、天皇が国賓に会ったり、国の公の儀式がある場合に利用されている建物だ。ここに、駐車場があるのだから、宮殿を訪問する大使や政府関係者などが車を止めるのは、当たり前だ。ちなみに、天皇誕生日の宴や、宮中晩餐も、宮殿で行われる。まさか、参加者は徒歩で来るとでも思っているのだろうか、秋庭さんは…。

3 東京駅丸の内口と皇居を結ぶ地下駐車場の謎

行幸道路は、皇室行事や外国大使の馬車列が通る際に使用される特別な道路で、普段は自動車が進入できない。(P18)

自動車が進入できないのは、道路の真ん中だけで、両側は自動車がバンバン走っている。この項を読んでわかったのは、内務省の地図には行幸通りの真ん中に点線があるということと、行幸通りの地下には駐車場がある、それだけである。

4 毎日新聞社が入るパレスサイドビル、地下6階の謎

真偽のほどは定かではない。(P20)

ビックリしたよ。秋庭さんは、『帝都東京・地下の謎86』で、地下7階には大浴場があると断言しているが、あれからもう2年近く過ぎて、まだ真偽が分からないと。しかも、問い合わせて、地下6階に何があるか聞いて、地下7階に何があるか聞いていないのだ。この人、本気で地下の真実に迫る気があるのだろうか。

5 霞ヶ関駅前と皇居・大手門を結ぶ幻の大地下道

地下道の敷設工事は1938(昭和13)年に開始され、皇居周辺整備にかけられる予算の4分の3が投入され、勤労奉仕延べ5万人が動員されたといわれている。(P21)

秋庭さんが何の資料を参照しているか分からないが、オイラの手元の資料をひもといてみたい。

「紀元2600年記念宮城外苑整備事業」は、宮城外苑そのものの整備と、宮城外苑地下道築造事業の2つからなる。予算は、外苑整備本体が319万円、地下道築造は950万円。

外苑整備事業の起工式は、1939年11月14日に行われ、1943年7月に一部未完成のままで工事を中止した。1942年末に緑地総面積の5万8000坪のうち77%の工事が完了した。使用人員は職工延べ3万人、勤労奉仕延べ49万人だった。

一方、地下道築造事業は、資材と財源の不足のため着工されず中止された。

越沢明氏の『東京都市計画物語』が詳しい。

6 警視庁の地下4階分の床が地上9階分に相当のフシギ

これって、不思議?

地上から見てA型の建物は、地下部分がA型ではない、ただそれだけのような気がする。地上部分は採光のために吹き抜けがあったり、警視庁の建物みたいに三角形の真ん中が空いていたりする。でも、地下は採光の心配はないから、床面積をフルに使える、それだけである。

7 〈東京地検〜小菅刑務所〉極秘地下護送ルートとは?

予算まで組まれた計画が、そうあっけなくご破算になるだろうか。(P26)

予算を組むことと、それが閣議決定されること、さらに国会に上程されること、そして国会で可決されること、実際に執行されること、全部別の話。この話は、どの段階まで進んだ話なのか。予算を組んでも消える計画など、山のようにある。

8 日比谷公園の地下には巨大な水がめが埋まっている

これほどの大規模な地下工事がいつ、どのように行われていたのかということについては公表されていない。(P28)

「知らない」「分からない」と「公表されていない」の区別をつけよ。

11 霞ヶ関の地下につくられた旧海軍防空壕のその後は?

戦後も長らく、国民に知らされることはなかった。(P33)

「私は知らなかった」と「国民に知らされることはなかった」の区別をつけよ。

ちなみに、軍機保護法と、国家公務員法の「守秘義務」はいっさい関係ない。国家公務員が守秘義務を守らなくなったら、大変なことになる。

13 国会議事堂裏の地下には木造の家が埋もれている?

勝手に「家」を作るな。

14 国会議事堂と首相官邸を結ぶ秘密の地下トンネル

横断歩道を渡っている阿部総理を想像すると、背筋が寒くなる。

20 千代田線国会議事堂前駅の謎 その2

こんな濡れた壁に体が触れたら、着ている服は台なしになるだろう。(P56)

滝でも流れているのだろうか。

「少なくとも戦後の建物なら浸水はありえない」というのが専門家の見解である。(P56)

この基準で地下鉄の駅を調べると、東京の駅で戦後にできた駅は1つもない。


(関連記事)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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(電子書籍)

電子書店パピレス『大東京の地下99の謎』

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にこたま

にこたま

ようやくココログのメンテナンスが終了した。それにしても、長いメンテナンスやったね。コメントもトラックバックも受け付けられなかった。

まもなく更新再開。

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2006年12月 3日 (日)

すべてはsoramekuから始まった。あれから3年、変わる日々、変わらない日々…。

このブログ「そらめく日々」と、こことリンクしている「そらめく.com」の、「そらめく」は、オイラが大好きなアーティスト・イズミカワソラさんの「そら」にちなんで、とことんソラっぽく生きているという意味と、もう1つは、usuが歌っている「sorameku」という歌に引っかけたものだ。

「そらめく」の意味は、辞書なんて引いてみると、「確かでないようにみえる」「浮ついた感じがする」という意味が出てくる。usu流の解釈は、かなり違うようだ。

usuが最初にCDとして「sorameku」を発売したとき、ジャケットには、こんなことが書いてある。

“sorameku”はですね……
やさしいところにいてもいいけど
歩き始めたら迷わないぞーって
どこか前向きなことも言いたい曲です。

つまり、つらいときや元気のないとき、立ち止まってもいいけど、一度歩き始めたら、迷わず前に歩こう、そんなことなんだと思う。
最近、日本人は、みんな、頑張りすぎだと感じる。
例えば、これを読んでいる君。
ライブの会場で、必死になってカメラにかぶりついていないだろうか。本人は癒されにライブに行っているつもりだろうけど、レンズをのぞいている、あの血走った表情には、あまり音楽をじっくり聴く余裕が感じられない。そういう人を見ると、ああ、頑張りすぎだなって思うんだ。
会社で必死に働いている人。自分の人生をかけて仕事に打ち込んでいる人。テンション高すぎる人。酒の場で必死に盛り上げようと騒いでいる人。カラオケで自分には不似合いな曲を必死に歌う人。頑張りすぎているOLやサラリーマン、いっぱいいるよね。あれって、ライブ会場のカメラくんと重なることが多い。

質は違うけど、頑張りすぎなんだ。

頑張ることは、悪いことじゃない。頑張らないと生きてゆけない。
営業成績を上げないと、家族を食わせていけない。グループになじめなければ、仲間はずれにされる。きれいな写真をとって、アーティストが喜んでいる顔を見たい。とても分かる。

でも、一度立ち止まる勇気も、大切だと思う。

soramekuという言葉は、そんな気持ちを伝えているような気がする。

usuと出会って、もう3年になる。2003年12月、池袋のインストアライブで歌っている彼女がいた。

あれから3年。

オイラは、いろんなものを手放し、いろんなものを手に入れた。

「そらめく」という言葉は、相変わらず愛用している。

これからも、当分、お世話になるフレーズなのだと思っている。

今夜は、恒例usu企画「ココロニクリカエスモノ第8話sorameku編」。例によって、高田馬場に移転した四谷天窓.comfortである。弾き語りを始める前のように、usuは、立って、アカペラで「sorameku」を歌った。心の中でいっしょに歌いながら、この3年間をちょっとノスタルジックに振り返っていた。

ところで、2000年7月に発売された「sorameku」。今はもう、買いたくても買えないけど、我が家には1つだけある。カモメが舞うジャケットは、usuが自ら描いた絵。いつだったか、本人が、「これ、本当にカモメが舞っていたんです」と言っていた。

「sorameku」の他に、「カタチ」「ずっと…」の2曲入っている。2曲とも、アツい女心を歌っている(笑)
「ずっと…」は、「遺書」なのだそうだ。
たぶん、2曲とも、もうライブで聴くことはないかもしれないけれど、これもまた、usuの歩んだ道ということなのだろうな。

さて。業務連絡。

オイラんちの窓PCを修理に出すことになり、今夜からこのブログはMacくんで書いている。文章を書くときにはめったに使わないのだが、今回ブログの投稿画面を見たら、Macではhtmlのタグを打ち込まないと文章の色やリンクや画像などが入らないことが分かった。めんどくさい。時間を見つけてやるつもりだが、当面、文字だけの愛想のないブログになるかもしれない。ご容赦を。

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2006年12月 2日 (土)

真っ白

真っ白

いきなり何事かと思うかもしれない。

これ、オイラんちの壁。

もう11年も住んでいる。

今日、本当にとてつもなく久しぶりの大掃除を決行。

あんなものや、こんなものの奥から、白い壁が現れた。

四方八方、真っ白け。

落ち着かない(・_・;)

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2006年12月 1日 (金)

いや

いや

こんな風に豪快に山手線で眠れる人って、少数派かと思うんだよね。江戸っ子っていうか、なかなかの大物だよね。すばらしい。

起きたら、どうするのかな。

そんな懸念、横において、おやすみなさい(*v_v*)zzZ

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年っちゅうことやな(Θ_Θ)

年っちゅうことやな(Θ_Θ)

出勤しようと立ち上がった途端、背中の筋肉がつったY(>_<、)Y

最初は、ぎっくり腰かと思ったが、どうやら背中の筋肉がどうかなっているらしい。

これが、痛いったら…>_<

今日はどっちかというと忙しい部類に入る日だが、午前中は撃沈し、休みをとった。

そんなわけで、穏やかな日差しをあびながら、少し猫背気味に重役出勤である。

やれやれ┐(´ー`)┌

ところで、オイラのブログの累計アクセス数が、7万を超えた。例によって、右側のアクセスカウンターは、若干少ないけど、近日中に7万を超えると思う。

大停電の前後と比べると、少しテンポは鈍りつつあるけど、相変わらずのご愛顧に、感謝である(*^ー^)ノ

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