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2006年12月20日 (水)

14歳の母、ついに最終回

ドラマって、収まるところに収まるものだし、最後はかなり予定調和だったりするから、オイラはそれほどこだわらない。でも、今回は、変な理由で気になってしまった。だって、彼女が生んだ子どもの名前は、

そら

って言うんだもの。

オイラにもしも、子どもができたら、男でも、女でも、「銀河」って名前にしたいと思う。

ぎんがーっ

って、すっごく呼びやすいし、ちょっと男の子っぽい気もするけど、オイラは、女の子にぴったりの名前のような気がしている。

「そら」も可愛いけど、オイラは、宇宙に浮かんでいる銀河も、結構雄大で、素敵なのだと思うんだ。

このドラマね、男が弱いでしょ。

とにかく、男が何もできないんだよね。一ノ瀬ちゃんの「夫」は、何にもできないし、マザコンで、母親がいないと何もできない人。父親は、何だか勢いはあるけど、やっぱり男だよね、なーんにもできない。やけに女が強く感じる。

そーゆー、男の弱さが、せつなくて、共感したりする。

私もだよ、キリちゃんといるとき、空がきれいだなって、いつも、いつも、そう思ってた。だから…、だから…、私…。

すべての子どもは、母から生まれる。

これは、誰にも否定できない、現実なんだ。

母が、14歳だろうが、20歳だろうが、30歳だろうが、40歳だろうが、これだけは、避けることができない。

ひとと順番が違うけど、違うのは順番だけです。

そらは、誰にも望まれなかった子です。でも、そらは小さいけど、生きようとしています。

これはね、母を捨てたオイラだからこそ思うのかもしれないけど、子どもは母にしか育てられないと思う。父も母も協力してって、幻想だと思っている。望まれるかどうかで、生むかどうか、判断しないでほしい。過酷だろうが、不幸せだろうが、しっかり抱きしめてあげてほしい。

先生、もう重いです。すごく、重いです。

なら、大丈夫だ。みんなの愛情がつまっている証拠だもんね。

はい。それと、きっと、未来の希望もつまっています。

生まれてくる命には、いろんな生き様や宿命があるのだと思う。でも、どんな過酷な人生を背負ったとしても、生きる権利を奪うことがあってはならない。どんなに不幸でも、どんなに崖っぷちでも。命を授かることに、無駄なことなんて何もない。生きている限り、その人生には、必ず意味がある。意味もなく生まれた人なんて、どこにもいない。

だから、生んでほしいと思う。どんなに拒否されても、どんなに突き放されても、宿った命を捨ててはならない。

気のせいかもしれないけれど、今日は特別、明日はどうか分からないけれど。

今、ここにそらがいるもん。

奇跡なんだね、お母さん。私にそらちゃんが生まれたことも、私がお母さんから生まれたことも。

ありがと…、ありがとね…、お母さん…。

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