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2006年10月30日 (月)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?31

ここまで読んでも、それでも現代の地図に改描があると思いこんでいる方々に、今夜はさらにだめ押しをしていこうと思う。

『帝都東京・隠された地下網の秘密2』(新潮文庫)より。

「序 七つの謎」では、『大きな字の地図 首都圏7000』(人文社)の地図を引用して、あちこちに「市役所前」というマークがついていることを丁寧に1つ1つ説明している。

一般的には、めったにこのようなミスは起こらない。しかも、人文社は地図のプロフェッショナル、確かな技術で知られている。その人文社から出版されているにもかかわらず、なぜ、これほど明らかな誤りが多いのだろうか。(P18)

皆さんは、この手の描画ソフトを使ったことがあるのだろうか。当たり前のことだが、この地図は手書きではない。おそらく描いた担当者は、パソコンの画面とにらめっこして、この地図を製作しているはずである。驚いたのは、秋庭俊さんは、この誤りについて、人文社に取材すらしていない。

私の問い合わせに、先方では担当がいないということだったものの、担当がでてきたときは、おそらく、何らかのミス、誤植ということになるのだろう。(P18)

何と、担当者がいないという、ただそれだけで、人文社が嘘をついているという結論を出している。秋庭さんの取材の特徴で、取材は形式に過ぎず、取材によってどんな回答があったとしても、その回答は、「隠している」「嘘つき」呼ばわりされる。

描画ソフトを使っていると、同じ記号を繰り返すことが多い。この「市役所前」の記号もそうである。同じ記号を一から繰り返し作成することは、かなり面倒である。形を作って、色をつけて、そこにテキストを挿入する。そんな作業を永遠と繰り返す。そんなことやっているとキリがないから、最初にテキストの入った記号を作ると、同じ記号をテキストごと、あちこちにコピーする。コピーした後に、記号のテキスト部分を片っ端から、本来のテキストに書き換える。このブログを読んでいる方は、Webに詳しいだろう。Webサイトにあるボタン、あれも同じように、最初にテキストの入ったボタンをつくり、ボタンのいろいろな設定を加えて、片っ端からコピーする。で、テキストの部分を書き換える。

お分かりだろうか。「市役所前」が何故たくさんあるのか。それは、作成者の単純ミスである。そんなことあるのかって疑問に思うかもしれないが、はるか昔から、地図は間違いだらけである。秋庭さんは、嫌味ったらしく人文社をプロフェッショナルとか書いているが、この「市役所前」が乱立する間違いは、パソコン時代だからこそ起きることで、手書きの地図ではあり得ない間違いである。

そもそも、担当者がいないだけで、人文社の地図は改描と断定しているのだから、秋庭さんは、ジャーナリストとしての責任を放棄している。

20ページで、六本木の交差点が「新宿一丁目」になっている誤りについても、同じことだと思う。ちなみに、この新宿は、皆さんのお馴染みの、都庁が建っている新宿ではない。どこの新宿かは、皆さんのお手元にある地図で確認してほしい。秋庭さんは、おそらく、この「新宿一丁目」のことを新宿区にあるものだと勘違いしているはずである。

で、何故、秋庭さんがこんな勘違いを始めてしまったかというと、改描についての理解が根本的に不足しているからである。

秋庭さんは、「第3章 暗号地図」で、江戸時代の地図には、暗黙の約束事があり、これが暗号のルーツだと説明している。

江戸図では、江戸全体を1枚の地図に収めていた。(P118)

これは誤解。江戸時代に大ヒットした近吾堂の地図は、三十何枚かで1セットになっていた。

『歴史文化ライブラリー168 江戸の地図屋さん 販売競争の舞台裏』(俵元昭、吉川弘文館)では、当時の地図がどう作成され、地図販売業者が地図作製をどう競っていたかを解説している。

江戸時代の地図販売の2大勢力がある。それが、近吾堂と尾張屋。

当時の地図には、表記の原則があった。文字の書き出しの頭が、門・玄関など路面からの入口の方に必ず当てられる。これは、日本の地図が科学的実測にもとづいて始められたと考えられる明暦年間(1655~58)以降に見られる。文字列の最初の字は道路に最も近く書かれている。

より広大な範囲の、より詳細な地図を必要とするようになると、地図自体が大きくなる。当時は老眼鏡も虫眼鏡もないから、当然、地図を大きくしないと読めなくなる。幸い、日本の部屋の床は畳で、土足ではないから、床に地図をだーっと広げることができて、あっちから見たり、こっちから見たりと、地図を回り込むことが可能だ。そんなわけで、当時の地図は、この形式が当たり前になった。

このうちの尾張屋の地図は、独特な特徴があった。それは、地図上に示す大名屋敷の家紋。大名の江戸参勤中に居所とする上屋敷を家紋で示したのだ。大名に限らず、一般に武家屋敷・公儀の用地は、私宅・役宅を問わず、表札や看板類の表示がなかったから、大名屋敷で石高くらいは規模や構えから推測できても、誰の屋敷なのか街路からは何も分からなかった。そんなわけで、紋所は、必ずしも一家一紋に限らないにせよ、主要な紋を駕籠その他につけているから、識別の大きな目印になったのだ。

秋庭さんは、「暗黙の約束事」として、「紋があるところに屋敷の正門がある」(P117)と書いているが、おそらく誤解で、そもそも紋が書いていない地図も当時はあった。尾張屋と競った近吾堂の地図は、どっちかというと正当派の地図で、紋はなかった。江戸時代、たくさんの地図作製業者がいて、激しい競争をしていたので、現代と同じで地図を他業者と差別化しなきゃいけない。そんなわけで、家紋による大名の上屋敷の表示という描写をした業者があった。それだけじゃなくて、道路にしても、大路だけを平行線にして、細路は墨だけの線にとどめるといった、地図の見やすさにこだわる業者が現れた。

つまり、家紋は、当時の地図業者のサービスである。

オイラの持っている現代の地図では、牛丼屋やコンビニ、ファミレスに、会社のマークが表示されている。それと、同じ論理だね。

で、間違えてはいけない。

これは、暗号とは何の関係もない。文字の並べ方は、当時、地図を使う人間は誰もが認識していることで、暗黙の約束事ではあっても、暗号とは何の関係もない。にもかかわらず、秋庭さんは勝手に、自分の地下の話と結び付けを始める。そもそも、この地図がどの業者が出版したのかという特定もされていない。江戸時代、地図は、町人の間で大々的に販売されている。そんな地図に、地下網の秘密を記号化して、どうしようというのか。地下網があるなら、幕府の人間が勝手につくって持っていればいいだけである。市中の町人が読む地図に地下網を示す記号を書き入れて、いったい誰が使うというのだろうか。これは、幕府がつくった地図ではない。文字の並べ方も、家紋も、業者が考え出したサービスの一環である。

つまり、秋庭さんは、改描の意味を根本的に誤解している。

そもそも、地図は、記号によって省略や強調が行われるものであって、それをもって、当時の政府が何かを表現したり、隠したりしているとは限らない。省略も強調もされていない、記号もない地図など、表現不可能である。これは、地図そのものの性質であって、意図的に盛り込むべき情報を省略する改描とは、何の関係もない。

このように真実とはちがう記号を地図の上に掲載し、一部の集団にだけに通じる暗号をつくることを改描という。(P142)

そんなわけで、この改描の解釈は、秋庭さんの妄想で、改描とはこんなものではない。改描とは秋庭さんの解釈とは真逆で、軍事上重要なものを地図上から消去したり、消去した跡にその代わりとなる記号を掲載することや、本来はないはずのものを地図上に掲載することである。つまり、書き加えられた記号のどこを調べても、そこには記号の示したものは何も見つからないというのが改描である。

さて、10月ももう終わりが近づいた。このブログでは1年近く、秋庭さんの著作を検証する作業を続けてきたが、年末に向けて、そろそろ一区切りをつけようと思っている。タイトルが、「東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?」なのだから、本当か、嘘かという結論が必要だろう。

それは…

つまり…

まだ10月だから、断言するのはよそう。いったい秋庭さんは、どこまでが確信犯で、どこまでが天然なのだろうか。もう一度、オイラのブログを振り返ってみて、皆さんなりに考えてほしい。これでもまだ、政府専用地下鉄が走り回っていると思ってらっしゃるだろうか。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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mori-chiさんの「そらめく日々」と勝手に連動企画、また始めます。企画タイト [続きを読む]

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