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2006年8月16日 (水)

サン・テグジュペリの生涯に涙した「星の王子さまミュージアム」

まあ、あまり期待はしていなかったのだけれど、オイラは、サン・テグジュペリの「星の王子さま」のファンなので、箱根に行ったなら、ここに来なければと思ったのだ。こういう温泉地にある美術館とかって、裏切られることが多い。何となく雰囲気が味わえれば、それで十分だと思っていた。

8月12日、箱根旅行の最終日、ポーラ美術館でピカソ展を楽しんだ後、バスで星の王子さまミュージアムへ移動した。

今にも雨が降りそうな曇り空。あちらこちらで雷の鳴る音がして、一気に豪雨になっても、おかしくなかった。

で、星の王子さまミュージアムの門をくぐった途端、雷が鳴り響き、雨が降り出した。

慌てて、オイラたちは、建物の中に飛び込むと、そこは、サン・テグジュペリの生涯を綴る展示。クーラーが効いていて、外からは雷の音が響くけれど、中は静寂に包まれていた。

彼は、日本では「星の王子さま」で有名だけれど、飛行家でもあり、ジャーナリストでもある。世界を飛び回り、空軍でパイロットを経験したこともある。

空とともにあり、空とともに歩んだ生涯。

それは、第一次世界大戦から第二次世界大戦へ向けて、飛行機が、夢を載せた乗り物ではなくて、「兵器」と変貌してきた歴史でもある。

宮崎駿さんが、新潮文庫版『人間の土地』に後書きを寄せている。

「人類のやることは凶暴すぎる。20世紀の初頭に生まれたばかりの飛行機械に、才能と野心と労力と資材を注ぎ込み、失敗につぐ失敗にめげず、墜ち、死に、破産し、時に讃えられ、時に嘲られながら、わずか10年ばかりの間に大量殺戮兵器の主役にしてしまったのである」

古き良き時代の飛行機乗りたちの物語を、宮崎さんは、『紅の豚』というアニメで描いている。あのとき、ポルコが大戦で失った「友」は、もしかして、サン・テグジュペリではないだろうかと、オイラは妄想してみた。ジーナが愛し、ポルコとともにジーナを愛した「友」は、飛行機同士の空中戦の末、雲の上へと旅立ってしまう。

そう言えば、サン・テグジュペリも、ニューヨークの亡命生活を経て、再び飛行機乗りとして、戦地へと赴く。

1944年7月31日、写真偵察のために飛び立ったサン・テグジュペリは、地中海上で消息を絶った。

「世界は蟻の塚だ」と書き遺して…。

王子さまはいいました。

「さあ……もう、なんにもいうことはない……」

『星の王子さま』(岩波書店)より

オイラたちは、サン・テグジュペリの歩んだ歴史を振り返り、ちょうど近づいていた終戦の日に思いを寄せていた。可愛らしい絵本からは想像できない、行動する作家の姿。これまでずっと思っていたサン・テグジュペリとはまったく違うイメージに、戸惑ったり、感動したり、共鳴していた。

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「星の王子さまミュージアム」

営業時間 9時00分~18時00分(チケット販売終了17時00分)

入園料 一般1500円 小・中学生 700円

小田急・箱根登山線「箱根湯本」より箱根登山バスで約30分

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