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2006年8月27日 (日)

最初のうちは結構感動してテレビにかじりついていたような気がするんだよね。でも、24時間走り続けるって、そんなにエラいのか?

オイラだって、最初、間寛平が走っていた時期くらいまでは、それなりに感動しながらテレビを観ていたような気がする。

人が、何かメッセージを伝えようとして、自分を痛めつけることは、結構あるんだと思う。テレビだから、そこに、いろんな演出が伴ってしまうのも、まあ、仕方のないことだと思うんだよね。テレビカメラの被写体が、芸人とかタレントなら、アスリートたちのマラソンではやらないような演出を加えるのも、それはそれとして、テレビって、そんなものだと思う。

それにしても、あのマラソンが始まったのは、それまでの24時間テレビの路線がマンネリだということで、新たな流れをつくりたくて、歌を唄ってみせたり、深夜の時間帯にお笑いを入れたりしたんだと思うけど、今となると、それ自体ももう、マンネリと化していて、予定調和と化していて、観ていられなくなったんだよね。

ランナーが武道館に近づくと、ハマったように「負けないで」を歌い出し、ゴールすると、ハマったように「サライ」を唄っちゃうところも、同じドラマを毎年リメイクしているような気持ち悪さを感じてしまう。『男はつらいよ』は、何十年も年末年始になると、同じようなストーリーで繰り返し上映されるけれど、それでも、毎年楽しめるんだよ。でも、こいつは、同じことを繰り返すたびに、だんだん痛くなってくる。

で、つまり、マラソンランナーが24時間、ひたすら走り続けるって、エラいのか?

途中で挫折して、走れなくなっちゃ、いけないのか?

頑張らなきゃ、いけないのか?

世の中ががんじがらめで、頑張りすぎて、空気もピンピンに張りつめているっていうのに、もっと頑張れ、立ち止まるな、迷うな、ゴールまで走り続けろと、追い立てる。そんな番組コンセプトって、オイラには、ちょっと苦しすぎるし、痛すぎる。

むしろ、オイラなら、

もう、立ち止まっていいよ、

と伝えたい。

頑張れないなら、頑張らなくていい。

壊れないうちに、休んでいいから、

と。

そんな、ゆるーい24時間テレビ…、無理だろうなー(笑)

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