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2006年8月28日 (月)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?20

Imageyasukuni_2 先日、秋庭俊さんの公式サイトに、左のような地図が掲載された。地図の意味は良く分からないが、「靖国神社の極秘地下道」とある。これをいくら眺めても、どこに地下道があるのか分からないし、あったから、だから何なんだとツッコミを入れたくなる。秋庭さんの特徴は、戦前からあった地下網が、現代の地下鉄に転用されているというだけでなく、今も政府があちこちで、国民に隠された地下網を築いていると主張しているところである。でも、現代の政府がつくった極秘地下網の実物を、オイラたちに提示したことは、まだ一度もない。あの、豊島変電所の下にある「広大な道路」にしても、代々木駅の下を走っている地下道にしても、外からあるぞ、あるぞと騒いでいるだけである。

今夜は、『帝都東京・隠された地下網の秘密』(秋庭俊、新潮文庫)からの引用である。

 一九六六年(昭和四十一)四月、「交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法」が公布された。都内を迅速に移動すべき重要人物のため、特別のルートが整備されることになった。当時、とくに反対の声は上がらなかったが、戦後の地下ルート建設のよりどころになっているのはこの法律だと私は思う。東京市の第五線はこうして合法的な存在となった。(P385)

「交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法」が、どうして「都内を迅速に移動すべき重要人物のため、特別のルートが整備される」という話になるのか、オイラにはさっぱり分からない。この法律が出来た背景は、高度経済成長期に急増した交通事故対策である。

この法律には、第一条にこう書いてある。

交通事故が多発している道路その他緊急に交通の安全を確保する必要がある道路について、総合的な計画のもとに交通安全施設等整備事業を実施することにより、これらの道路における交通環境の改善を行ない、もつて交通事故の防止を図り、あわせて交通の円滑化に資することを目的とする。

法律の条文のどこを読んでも、重要な人物は登場しない。

この法律に基づいて行われる事業は、以下のようなものである。

一 都道府県公安委員会(道路交通法(昭和三十五年法律第百五号)第百十四条の規定により権限の委任を受けた方面公安委員会を含む。以下同じ。)が同法の規定に基づいて行なう信号機、道路標識又は道路標示の設置に関する事業

二 道路管理者が道路法の規定に基づいて行なう次に掲げる事業

イ 横断歩道橋(地下横断歩道を含む。)の設置に関する事業又は緊急に交通の安全を確保する必要がある小区間について応急措置として行なう歩道の設置その他の道路の改築で政令で定めるものに関する事業

ロ 道路標識、さく、街灯その他政令で定める道路の附属物で安全な交通を確保するためのもの又は区画線の設置に関する事業

そもそも、国民に極秘に地下自動車道を建設するのに、法律などいらない。こっそり作ればいいのである。予算など、流用すればいい。

ネットを調べれば、法律の条文が出てくるので、実際に読んでみてほしい。秋庭さんの見解は、妄想以外の何ものでもない。いや、そもそも、この法律から想像することさえ困難だ。何故、この法律を使うと、地下自動車道が建設できるのか、むしろ、秋庭さんから問いただしたいところである。

 一九七〇年(昭和四十五)、営団地下鉄は高温高湿対策研究会を設け、それまでの駅冷房からトンネル冷房への転換を決めている。
 一般の利用客にとっては、駅と車両のなかが冷房されていれば十分だったが、この法律以降、地下鉄の「B1」には重要人物のための地下自動車道が整備されることになった。そのトンネルを冷房すると決めている。これに対して政府は当初、三〇〇億円の補助をしている。(P386)

秋庭さんの展開は無茶苦茶なので、正しい流れを追いたい。

昭和40年9月、営団は、山内副総裁(当時)を委員長とする「高温高湿対策委員会」を設置し、地下鉄構内の温湿度調査を行った。

さらに、昭和45年、内田秀雄東大教授を会長とし、外部の学識経験者も交えた「高温高湿対策研究会」を発足した。

昭和46年夏、銀座線・日比谷線の銀座駅、銀座線・東西線の日本橋駅で、駅の冷房実験が始まる。さらに、銀座線上野・稲荷町間では、営団本社から冷水を供給して、トンネル冷房試験が始まった。銀座線の京橋・日本橋間では、通風口2カ所から外気を吸引し、冷却して、トンネル内に吹き出す試験も行われた。

こうした実験などを経て、上の研究会は、昭和48年に「地下鉄の空調システム」を策定した。それによると、相互直通のない路線(銀座線・丸ノ内線)では、主要駅とトンネルを冷房、通風口に機械換気を設置、車内冷房を行わず、トンネル内の冷気を車内に取り入れることになった。相互直通のある路線では、地下鉄トンネル内で冷房車両を運転した場合、電車用電力が約30%増加することや、さらに排熱設備が必要となることから、当面、銀座線・丸ノ内線との関連のある主要駅からの冷房化を行うことになった。

総額は、358億円。営団は、これを自己資金で行った。秋庭さんが300億円補助しているというのは誤りで、この経費の一部について、当時の運輸省を通じて、大蔵省に財政投融資を依頼、つまり、政府から借りたのである。

営団は、昭和46年から平成2年末までに、406億円を投じ、地下鉄の121駅のうち、63駅の冷房化を実施した。冷房化率は、52%に引き上げた。当時、JRや私鉄では、主要路線でほぼ100%を達成していたのを考えると、確実に遅れていた。昭和62年10月、「営団地下鉄の冷房化計画」を決め、駅冷房とトンネル冷房を並行して実施することになった。これを受け、昭和63年、日比谷線、東西線、千代田線、有楽町線、半蔵門線に冷房車両を導入した。

銀座線01系、丸ノ内線02系では、車両設計上、冷房装置の搭載が困難とされていたが、薄型冷房装置の開発によって解決し、平成2年から車内冷房を開始した。

こうした冷房化の進展は、車両からの排熱という問題を生じさせる。さらに、運賃値上げによる風当たりも強かったため、平成4年、営団は、新しい冷房化計画を策定し、ようやく全路線の地下駅を対象に冷房化を決めた。

平成8年夏、ついに営団地下鉄は、車内冷房の100%完備を実現した。

同時にこれは、トンネル冷房の役割の終焉を意味した。

平成11年2月、営団は、トンネル冷房の停止を決定した。

さて、秋庭さん曰く、重要人物のためにB1にある地下自動車道を冷房していたのだが、営団は、その冷房を止めてしまったらしい。地球の温暖化は、都市を暑くしているというのに、今年の夏、重要人物が使っている地下自動車道では、冷房が止まったままである。そして、オイラたち一般市民は、冷房が効いた地下鉄で快適に移動している。さすがは、政府の重要人物である。冷房の使いすぎは、地球温暖化につながる。きっと、クールビズでやせ我慢しているのだろう(笑)

こういう滑稽な展開を読んで、大真面目に、政府専用地下道があると信じて興奮している人は、少ないと信じたいものである。秋庭さんは、あちこちで戦後も政府専用の地下道や地下鉄が建設されていると繰り返している。が、その根拠は、ほとんど提示しないし、これに関しては、戦前モノに登場する中川さんも営団OBも証言をしてくれていない。証拠もない、証言者もない。秋庭さんはそれでも、あると主張する。どうしてそこまで自信を持てるのだろうか。それは、ぜひ本人に聞いてあげていただきたい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

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