水は、流れた跡の記憶を持っている。
そんな言葉を思い出した。大学時代、どこかの教授が、そんなことを言っていたような覚えがある。
まだ、梅雨だからね。夏は、これからだというのに、もう記録的豪雨。つくづく、地球が狂っていると思う。
最初にあげた教授は、東京の利根川が、江戸時代に銚子方面に人工的に流れを変えてしまった話をしながら、京都の鴨川の流れも、もしかすると人工的に流れを変えているかもしれないと話していた。京都のど真ん中には、堀川という、普段はあまり水が流れていない川があるのだけれど、雨が降ると、どっと水が流れる。この堀川は、京都の北で鴨川から分かれる。大雨で京都で洪水が起きるときは、いつもこの辺りなのだそうだ。
川は、自分の流れを覚えている。
鴨川は、かつて京をまっすぐ南北に流れていた。それが、人工的に京の町を避けるように、流れを変えた。当時、「まだ仮説」と前置きしながら、そんな話を聞いた。
例えば、蛇行していた川をまっすぐに流れを変えて、上流と下流をショートカットすると、川は、以前の流れを記憶していて、右へ左へと洪水を起こす。東京には、地下河川がたくさん流れているけれど、川は地上を流れていた記憶が残っていて、洪水が起きると、地下河川は地上にあふれて、以前に流れていた地上を川に変えて流れる。
かつて川があった場所は、例えば、それが山の斜面で、今では住宅が立ち並んでいるような場所では、いったん大雨が降ると、川はすぐよみがえる。
昔の農家の方々は、蛇行した川には近寄らなかった。土地があっても、そこで作る農作物は、「取れたらラッキー」くらいの気持ちで育てる。川が増水すると、蛇行した川から水があふれ、周辺の畑は水浸しになる。でも、川をショートカットするという発想は、なかった。それを思いついたのは、日本では昭和になってからだろう。
そう言えば、ナイル川の下流に栄養たっぷりの土を運んでくるのは、ナイル川の洪水だったという話も、どこかで聞いた気がする。
水は、かつて流れた記憶がある。
洪水というと、災害とすぐに直結してしまうが、でも、自然からすれば、水があふれるのは、当たり前なんじゃないかと思うことがある。
自分の住んでいる場所は、昔、何があったのか。
ちょっと調べてみたら、もしかすると、命拾いするかもしれない。
小川でも流れていたら、今年の夏は要注意だ。
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