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2006年6月20日 (火)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か12

秋庭俊さんの『帝都東京・隠された地下網の秘密』(文庫版・新潮文庫)の文庫版あとがきには、秋庭さんが自慢のネタを披露している。

南北線の建設に際して、営団は国土交通省に覚え書きを提出させられた。大雨などで弁慶濠があふれそうになったときは、工事が終了していなくても、これまで通りトンネルに水を流すというものである。十年に一度の大雨でもない限り問題はなかったが、あの日、その大雨が降った。国交省から水を流すと通告され、営団はすべての工事を中断し、作業員を地上に避難させた。全員の無事を確認するのが精一杯で、機械類は搬出できなかった。南北線のトンネルは、弁慶濠から溜池山王を通り、虎ノ門、新橋を経て海に注ぐ予定だったが、溜池山王には営団の設計士も知らなかったトンネルがあり、一部が赤坂見附駅へと逆流したのだという。(P411-412)

皆さんは、豪雨で丸ノ内線の赤坂見附駅が冠水したのが、いったいつのことだと思っただろうか。ネットで調べてみると、2000年7月4日に豪雨により、丸ノ内線の国会議事堂前駅と赤坂見附駅の間で冠水している。秋庭さんが、「数年前の赤坂見附の冠水事故」と言っているので、てっきりこれのことかと思ったら、南北線の溜池山王-四ツ谷間が開通したのは、1997年9月30日である。つまり、南北線はすでに溜池山王駅の工事が終了して、営業運転を始めている。なので、南北線のトンネルに弁慶濠の水を流したら、大量の溺死者ができてしまうことになる。これは、あり得ない。

秋庭さんの公式サイトを見たら、やはり「平成5年」と書いてあった。これが正しい。正確には、1993年8月27日である。この日午後2時頃、台風11号が関東に上陸し、首都圏の交通は麻痺し、当時の営団地下鉄の丸ノ内線、銀座線の赤坂見附駅、東西線の飯田橋駅周辺が冠水した。1つ、確認をしておくと、省庁再編により国土交通省が誕生したのは、2001年のことだから、この時点では国土交通省は存在しない。よって、国土交通省と営団との覚え書きなど、存在しない。

当時の新聞が、この冠水事故を報じている。朝日新聞は、翌28日の朝刊で、営団のコメントを紹介していて、赤坂見附駅から約800メートル離れたところに「溜池」新駅の建設工事現場があり、ここから流水したらしいと報じた。読売新聞も、同じ日の朝刊で、営団の説明を紹介して、赤坂見附駅の冠水が、増設工事中の溜池駅から水が入り込み、約800メートル離れた赤坂見附駅まで線路づたいに流れ込んだと報じた。

つまり、現在の溜池山王駅の工事現場から、丸ノ内線のトンネルに水が流れ込み、赤坂見附駅まで水が流れて、駅が冠水したというのは、誰かが秘密にしているわけではなくて、営団自身が認めていることである。

朝日新聞の1993年9月8日号の夕刊では、社会面に、「1台12億円の最新型掘削機2台が水没」「修理や復旧に時間、再会まで2か月」という見出しがある。

市ヶ谷・新見附濠は、周辺の雨水を溜める調整池として使われている。当時、ここでは地下鉄南北線の工事が行われていて、濠を仕切って、穴を開けて、掘削機をここから入れて、四ツ谷と飯田橋に向かって、シールド掘削機が掘り進んでいた。

どうして、わざわざ水のある濠に?それは、普通の道路や空き地でそれをやると、ガス管や水道管をどかして仮設させたりするから、面倒になる。水の下には何もないから、濠に仕切りをして、工事をしようというわけである。

濠を工事で仕切れば、貯水量が減る。このため、大雨で濠がそれぞれの警戒水位を越えた場合は、仕切り板のバルブを開いて、工事現場内に雨水を入れるよう、営団と東京都が協定を結んでいたのだ。

そう。営団が覚え書きを交わしていたのは、国土交通省とではなく、東京都である。

で、台風11号による豪雨で、濠の警戒水位は突破し、覚え書き通り、工事現場、つまりトンネルに向かって、哀れにも水は流れ込み、1台12億円もする掘削機が2台も水没したのである。

当時の営団は、まさか本当に警戒水位を越える日が来ようとは、夢にも思わなかったようである。営団職員の戸惑いのコメントが記事になっている。それだけ、この豪雨は、東京にとって想定外だったようである。

さて、ここで、最初に紹介した、秋庭さんの自慢のネタに戻ってもらいたい。随分違う話だとは思わないだろうか。市ヶ谷から流れた水は、残念ながら溜池山王には届かなかったようである。掘削機は、まだその手前を掘っていたのである。では、赤坂見附を冠水させた水は、どこから来たのか。それは、記者の言葉通り、溜池山王駅の工事現場から流れ込んだ水なのだろう。

溜池は、読んで字のごとく、昔は溜池だった。雨になるとこの周辺は、水が溜まり、浸水した。そのど真ん中に地下鉄駅の工事現場がある。まさか、それが丸ノ内線のトンネルにまで流れ込むとは営団すら予想しなかったようである。

これが、秋庭氏が書いている丸ノ内線赤坂見附駅冠水事故の真相である。

「首相官邸の裏ですから」…こう苦笑した営団の職員とは、いったい何者なのであろうか。秋庭氏は、彼からガセネタを仕込まれたのであろうか。それとも、秋庭氏が、彼の話を誤解したまま、文庫本の後書きやサイトに紹介しているのであろうか。それは、ぜひ、営団と秋庭さんに聞いていただきたい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


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