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2006年5月24日 (水)

ブログは燃えるようにできているから、「炎上」するのは仕方ない。システムの問題だよ。

元日本テレビアナウンサーのブログが「炎上」した。現役日テレアナの盗撮事件を擁護するような記事を掲載して、ネット上で大反発を喰らったのだ。

昔、ブログなんてツールがなかった時代は、掲示板くらいしか意見をぶつけ合う場所はなかった。掲示板の場合、ブログのように大量の記事が書き込まれると、掲示板のログが流れてしまうから、単純にそれは、「荒れた」と言われた。荒れると掲示板は閉鎖され、削除され、荒れた形跡すら残らなかった。

今は、便利な時代になった。ブログは、延々とコメントを書き込んでも、限度を知らない。それは、いったん火を放つと、燃え尽きることなく、永遠と、ブログの容量が続く限り、延焼を続けるのである。眞鍋姉さんのブログには、コメントの機能はないが、トラックバックを受け付けていて、時にはトラックバック数が2000を超えることもある。でも、それをもって「炎上」とは、誰も言わない。

ブログは、耐火構造ではなく、「炎上」するように作られている。掲示板なら、荒れても、あっという間に燃え尽きてしまう。ブログは、実質的に無限である。「大炎上」「大々炎上」もできて、全焼することはない。

オイラたちは、ブログというシステムを使って、簡単に自分の考え方や主張、感想、独り言を書き込んでいる。でも、そのことのリスクなど、あまり考えようとしない。オイラのブログも、いったいいつ誰の反発をかって、火を放たれ、燃え始めるか、予想もつかない。

眞鍋姉さんが、ブログ本で、こんなことを書いている。

言葉を発信できるということは、その言葉で人を傷付けることもできるということ。この部分はブログを書くうえで私が一番気を付けていることです。記事の見直しをしながら「これを読んで傷付く人がいないだろうか」といつも心配になります。(略)「むやみに人を傷つけないこと」を意識して当事者の立場からもものを見て、言葉を選び抜いた主張なら、読み手が嫌な思いをすることは少ないでしょう。結局、自分本位で読み手のことを考えないブログというのは読まれないんです。(『眞鍋かをりのココだけの話』P316~317)

オイラは、モノを書いて仕事をしている人間である。

モノを書くとは、人を傷つけることだと思っている。

逆に言えば、人を傷つけずにモノを書くことなどできないと思う。

そこを覚悟してペンを握らねば(キーボードを叩かなくては)、モノを書く人間として、責任のある文章は書けない。

それは、ブログでも同じことだと思う。

自分では正しいと思って、ブログ上で主義主張をしたとしても、受け取る側はそう思わないことは、結構ある。眞鍋姉さんは、自分本位のブログは読まれないと書いているけど、実際は、読まれないのではなく、その主張が痛ければ痛いほど、多くの人が反応し、ブログには火を放たれる。いったん火がついたブログは、「炎上」する。飽きるまで、延焼を続ける。

「炎上」というと、まるで火を放った方が悪いような印象を受けるが、炎上するのは、ブログのシステムがそうさせているのだ。それを避けるには、コメント機能を外してしまうしかない。トラックバックまで気になるなら、それも外すしかない。実際、きっこさんとこのブログには、両方ともない。もっとも、コメントもトラックバックもないブログって、ブログというのかどうか…。

もっといろいろと書こうとしたけれど、長くなってしまった。

最後に一言。

オイラは、どんなに腹の立つブログにも、火を放つことはない。腹が立つなら、読まなければいい。違法なら通報する、ただそれだけ。最悪、どうしても反論したければ、自分のブログに書いてトラックバックを送る。それが、ブログのマナーだと思っている。

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