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2006年4月の16件の記事

2006年4月26日 (水)

おほほほ…

おほほほ…

三越日本橋本店の最上階にて、600円もするカプチーノを味わう。

うまいね〜。

「あたくし、輸入雑貨のお店をやってますの。おほほほ…」

上流の奥様方は、普段こんなものを食してらっしゃるのね(;・∀・)

おほほほ…

(ノ-_-)ノ~┻━┻

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2006年4月25日 (火)

深夜、謎の物音がオイラを襲ったのであった(/▽\)♪

昨夜は午前2時半くらいに目が覚めてしまい、布団の中で悶々としていると、どこからか…、

「かーっヾ(#`□´)/」
「かーっヾ(#`□´)/」
「かーっヾ(#`□´)/」

とクシャミ(?)をする声がして、そのうち…、

トントントントト…
トントントントト…

と、リズミカルな太鼓の音色が響いてきた。

いったいどの部屋なのか、調べようと、暗闇の中で部屋の窓を開けたら…

トントントントト…

その音が聞こえるのだ。
我が家のベランダから。

誰かいる?((((;゜Д゜)))

トントントントト…

その正体は、

なんと、

洗濯機の水が漏れている音だったのだ!

洗濯機の中の蛇口が緩んで、ポツポツと、プラスティック製の洗濯槽にしたたり落ちて、リズミカルな音を奏でていた。
なので、水道の元の蛇口をしめたら、すっかりおとなしくなった。

なあんだヽ(~〜~ )ノ

さあ、寝ようと、布団に潜ったら、

「かーっヾ(#`□´)/」
「かーっヾ(#`□´)/」

o(T△T=T△T)o

そんなわけで、あまり眠れず朝を迎えたオイラなのであった(´д⊂)‥

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2006年4月24日 (月)

山手線・埼京線運転見合わせ

山手線・埼京線運転見合わせ

東京は、本当にもろい都市である。山手線が止まって振り替え輸送と言ったって、地下鉄をいくつも乗り継がなきゃならない。他の線が止まるのとは、わけが違う。

前も書いたけど、オイラは仕事では山手線と中央線は極力使わない。

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2006年4月23日 (日)

眞鍋姉さん、オイラから問題です。右から読んでも、左から読んでも「まなべ」、これって何?

眞鍋姉さん、最近、クイズ番組、よく出ているよね。昨晩は、IQサプリでダメダメな醜態をさらしてしまっていたのは、オイラはてっきり天然ボケの女の子で、本当は眞鍋はかわいいんだよーってアピールしたかったのかと思ったけれど、実は、マジボケだったりするんだろうか。どっかの番組では、わんわん涙を流して泣いていたけれど、眞鍋姉さん、ナイス!かわいい女の子に見えるよって、テレビ画面に向かってグッドサインを送っていたオイラは、ただ思いこみが激しすぎるんだろうか。

さて、そんなわけで、眞鍋姉さんにトラックバック。

あっ、忘れていた。

右から読んでも、左から読んでも「まなべ」、これって何?

上の問題。

分かりませんか?

冷静に考えたら分かるんだけどなあ。

だって…、ねえ…。

そんなの、ねえーよっ!

「まなべ」は、左から読んだら、「まなべ」だし、右から読んだら、「べなま」だよっ!

え、こーゆーことじゃないの?

では、悩んで思わず、

「なまべ」とか、

訳の分からない答えを出したあなたに、

問題です!

「笑点」の司会は…

右から何番目?

うう…。

右からっすか?

左からだと1番目のような気がするんですが…。

右からっすか?

っていうか、いったい、いつどこで、誰と並んで、右から何だろうか。

そんな「ワカラナイクイズ」なのであった。

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東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か10

いつも否定ばかりしていると、それが本意ではないとはいえ、一方的なものの見方に見えてしまうものだ。たまには、彼の著作の内容を肯定する部分があって良いと思う。

このブログでも何度も紹介してきた『帝都東京・地下の謎86』(秋庭俊/洋泉社)を読みながら、誰でもできる、国民に隠された地下網の秘密を探る方法を考えてみたい。

戦後の地下鉄は、橋を避けていない。大江戸線の廐橋だけである。このような設計をするのは、陸軍だけではなかったのか。御徒町から寿町を通って、廐橋へ、春日通りには大江戸線が建設されるはるか昔、戦前の頃から地下鉄が走っていたのではないか。(P26,27「大江戸線はなぜ、廐橋を避けているのか」)

オイラの手元にある地図も、大江戸線はこの橋の上を避けている。戦時中は、橋が空襲で爆撃の目標とされる。そのため、外国の古い地下鉄や、戦前にできた銀座線は、橋の下を避けて造られているという。

日本橋川に空を取り戻す会

今、小泉首相の鶴の一声で、日本橋川の上を走る首都高速道路を撤去しようという検討を、国や地元が行っている。上記のサイトは、現在検討している検討会のホームページで、ここには会議で提出された資料が掲載されている。2006年2月14日に行われた第1回目の会議に提出された資料がある。PDFファイルが閲覧できる環境のある方は、ぜひ、この資料を見てほしい。

この資料の4ページ目には、首都高速道路を高架にするルート、地下にするルートが、それぞれ描かれてあり、首都高速道路と交差する地下鉄のルートも、はっきりと描かれている。右半分の中央部を縦に走っているオレンジのラインが、銀座線。日本橋の上を左側に避けている。この銀座線は、戦前に作られた。

※現在は、削除されており、「総理への提言」の本文18ページに同じ図がある。(2006年12月10日追記)

同じページの左半分には、縦に、緑色のラインと赤色のラインが走っている。緑が千代田線、赤が丸の内線である。丸ノ内線は、明らかに左側に橋を避けているし、千代田線は、微妙に右側に避けているように見える。オイラの手元にある地図では、銀座線はもちろん、丸ノ内線も、千代田線も、橋を避けていない。

日本橋川に空を取り戻す会の資料が間違っているのかもしれない。が、他の資料では、首都高速道路の地下案として、地下鉄の上を首都高が走った場合の縦断面が描かれており、地下鉄の場所がいい加減ではできないシミュレーションをしていることからも、どうやらトンネルが橋を避けていると考えるのが、無難なようである。

戦後に作られた千代田線や丸の内線が、何故、橋の下を避けているのかは、オイラには分からない。

秋庭氏のような地下の探り方は、意外に簡単なものだということが、こういう紐解き方で分かると思う。彼は、特別なことなど、何もしていないのである。大切なのは、何かおかしいぞ→戦前からあったんだ、という、信じて疑わない童心である。

さて、千代田線や丸ノ内線が、何故橋の上を避けているのか。それは、東京メトロに直接聞いていただくか、秋庭氏に調べてもらってほしい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


(関連記事)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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2006年4月22日 (土)

それにしても、疲れた…

振り返れば久しぶりのブログ更新。

この2週間くらいだろうか、会社で小規模ながら異動があり、オイラの部署は、新人が入るまでは1人分欠員のままになっている。しかも、正社員としてフルに働けるのは、オイラ1人。おかげさまで仕事が積み重なり、大変なことになっている。

まあ、何年か前の状態よりは、はるかに楽なのだけどね。

今日は夕方くらいにようやく起きて、近くの中華料理のファミレスに向かい、遅すぎるブランチを食べていた。

すぐ前の席には、緑色のコートを着たおじさんがいた。

叔父さんは、ドリンクバイキングでお茶を飲んでいたが、そのうち店員を呼び止め、酢豚とライスを注文した。

「ライスは、大盛りとかあるの?」

「はい、普通のサイズと大盛りがありますが…」

「じゃあ、普通のサイズ」

大盛りじゃないのかよっ!!!!!

明日は、自宅を掃除しようと思う。

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2006年4月16日 (日)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か9

それにしても、戦前の地下に興味のある人たちが多いなと思う。オイラのブログには、毎日、何人もの人が「秋庭」「地下」「戦前」「秘密」などの言葉を組み合わせたキーワードで検索してくる人がいる。秋庭俊さんの本は、それだけ人の心を魅了しているということを裏付けている。でも、その大半が事実かどうか微妙であることは、このブログでも触れてきた通りだ。

どうして、人は、あっさり物事を信じてしまうのだろう。

しかも、熱狂的に…。

日本人がお人好しだからではないはずだ。

そんなことを考えながら、もうすでに9回を数えるこのシリーズ。あまりにも陳腐な誤りがあるから、おもしろくて、ネタがないといぢっている今日この頃だが、オイラが言いたいのは、秋庭氏が間違っている、ということではない。でも、それを話すのは、もう少しこの本につきあってからになりそうである。

『写真と地図で読む!帝都東京地下の謎』(洋泉社)

国土交通省の『道路現況調書』には、国道、都道、区道など、すべての道路が掲載されている。戦争直後に道路法が改正されて以来、地下自動車道も単に「道路」と呼ぶと決められている。都道のなかには一般都道と特例都道があり、特例都道の四一四には次のようにある。
特例都道四一四 四谷角筈線
起点 新宿区四谷一丁目
終点 同区西新宿一丁目
距離 五八七五M
この起点と終点は、MEIJIストリートに、ほぼ合致するものである。また、この都道四一四は道幅の平均が三〇メートルをこえるのだという。絵画館の周回道路、千駄ヶ谷駅前、西新宿付近などでは、地上の道路幅はせいぜい二〇メートルで、この特例都道が地下にあること、しかも、その幅は地上の道路をはみだしていることがわかると私は思う。
現在、特例都道の本数は、ざっと一二〇、総延長は四四一キロだという。GHQのアベニューとストリートすべてというところだろうか。(P80「GHQ地図の謎のMEIJIストリート」)

秋庭氏は、環状3号線を、国民には秘密の政府専用の地下自動車道と証明しようとして、『道路現況調書』を持ち出したが、この本を読んでも国民に隠された地下網など解明できないことは、以前にもオイラが述べた通りである。この本は、都庁の都民情報ルームや都立図書館など、行政資料がそろっている場所に行けば、一般都民も見られる資料である。したがって、仮に地下自動車道が表記されていたとしても、「国民に隠された地下網」ではない。信じる前に、まず調べてみれば分かることである。

ところで、それ以前の問題として、秋庭氏は、「特例都道」という言葉の意味を誤解している。この書きっぷりからして、どうやら彼は、特例都道がすべて地下自動車道と思いこんでいるようである。道幅が平均30メートル以上というのがどこから導き出されたのか分からないが、いずれにしても、計画と現況は別物なので、本の読み方を間違っているとしか言いようがない。

「特例都道」とは、道路法第89条認定路線のことである。都の特別区内で、道路法第7条第1項の規定によらず、道路法第89条によって区間を決めた路線。都内を走る首都高速道路の大半が、特例都道である。

特例都道四一四は、補助五六号と五七号をつなげた部分と合致している。秋庭氏の本では、GHQの地図を掲載して、主な道路を「地下」と結論づけている。が、秋庭氏は、仮にそうであれば、自らの別の主張と矛盾することに気づいていない。

放射6号の話を覚えているだろうか。現在の靖国通りにあたる放射6号を、彼はかつて、市ヶ谷の外濠の下を横断している地下道のことだと示唆していた。この図をよく見ていただきたい。靖国通りにあたる「MINISTRY AVE」は、外濠の地下を横断せず、わざわざ橋の上を通っている。以前、秋庭氏が出した資料が正しいのであれば、この図にある通りが地下であることが否定される。逆にこちらを地下と証明すれば、以前に掲載した放射6号が外濠を横断している図は、地下であることが否定される。

さて、今夜もそろそろ、フォローしておいたほうが良かろう。熱心な秋庭系信者の夢を壊すようなことがあってはいけないから。オイラは、秋庭氏が主張している地下網の秘密が、すべて妄想だとは思っていない。

どちらが国民に隠された地下網の秘密を証明した資料なのであろうか。それは、ぜひ、最近音沙汰のない秋庭氏本人に聞いていただきたい。オイラのほうは、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


(関連記事)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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2006年4月13日 (木)

えーっと

えーっと

痛いです。

数寄屋橋の交差点にて。

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2006年4月12日 (水)

眞鍋姉さん、オイラも1杯つきあうよ。

眞鍋姉さん、今夜は、フランス料理じゃないのかい。カウンター、今夜は空いてなかったのかな?うまい棒にチューハイとは、何とまあ、質素な晩酌ですな。安上がりでいいと思うよう。オイラは、よくソーセージの、ビニールの皮をむいて食べるやつ、あれに、マヨネーズをたっぷりつけて、おつまみにしていたこと、あったっけ。本当にお金がないときは、マヨネーズだけでも、結構いけるんだな、これが。

そんなこんなで、眞鍋姉さんにトラックバック。

忙しい毎日が続くと、いつの間にか異常な日常をおくっていることに気づく。

最近、オイラは、フランスパンをかじるのがマイブームだ。会社帰りにフランスパンを買って、99円ショップで、ピーナッツクリームとか、白ごまクリームとか買って、家でフランスパンをガリガリとかじりながら、パソコンに向かう。

さあ、今夜もブログ書かなきゃって。

お風呂上がりに、パソコンを前に、硬いフランスパンをがじがじとかじっている姿は、さぞや異様な光景なのだと思う。お茶なんて入れないもんね。ペットボトルからラッパ飲みさ。少々おかしくても、こんなもんさと自分を慰める。

フランスパンは、焼いても美味しい。適当な厚さに切って、トースターで2、3分。熱々のフランスパンをかじると、カリカリとして香ばしくて、幸せだ。この上から、たっぷりとバターをぬって、バリバリと食べる。

そして、飲むヨーグルトをごっくん。

至高の幸せである。

ところで、オイラは、よく、電車の中とかで、赤ちゃんにガンつけられる。すっごい見られていることがある。オイラの顔に何かついてる?って聞いてやりたいほど、ジーッと見られていたりする。赤ちゃん好みの顔立ちをしているらしい。

好かれているのか、興味の対象なのか。

オイラ自身は、あまり意識していない。

むしろ、赤ちゃんなんて、どう扱ったらいいか分からなくて、途方に暮れる。

父親には向かないタイプなのかもしれない。

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2006年4月11日 (火)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か8

それにしても、東京の地下は、奥が深い。何気なく歩いている道路には、地下があるようでないし、ないようで、ある。先日、近所を歩いていたら、変電所の近くにある空き地と空き地の間の小道のマンホールが空いていて、ヘルメットをつけた作業員が出入りしていた。その小道を通らないと家には戻れないから、穴に落ちないよう、用心深く通り過ぎた。ふとマンホールの穴をのぞくと、「○×洞道」という表示があった。

この下には、トンネルがある。

畑や空き地が広がる場所である。おそらく、変電所からどこかに向けて、洞道が続いている。・・・・そんな想像をしていたら、秋庭氏に近づいた気がして、ちとぶるった。

ちなみに、このマンホール、この日も夜中だったのだが、たまに夜になると、警備員が小道の両端にいて、真ん中のマンホールのふたが開いている。いったい何をしているのだろうか。

さて、オイラも、しつこい男である。

『帝都東京・隠された地下網の秘密』(洋泉社)

戦前の地下鉄4号線のルートを追いかけていくと、築地川地下駐車場というものに遭遇した。ただ、ここは政府専用の地下駐車場らしく、駐車場マップはおろか、ハローページにも載っていないというレアなものだった。この駐車場には、第一、第二、第三があり、道路と公園の下に延々と続いている。二〇〇〇台から三〇〇〇台の収容能力だろうか。(P108)

これは、オイラの想像でしかないが、秋庭氏は、ここでも大きな勘違いをしている。築地川駐車場は、地下ではなく、地上にある。第一駐車場は、築地市場の本場と場外市場との間にある。第二は、築地本願寺の裏、第三は、築地川公園の北側にある。第二と第三は、中央区が管理しているが、第一は、オイラはよく分からない。もちろん、3つとも、政府専用などではなく、一般の国民がお金を払えば堂々と駐車することが出来る。

収容台数は、2000台どころか、各駐車場その10分の1程度しかない。2000台も車を止めたら、築地周辺の地下は、すべて駐車場ということになってしまうだろう。

築地川は、昔、実際に川が流れていて、戦後に埋め立てられた。かつては、首都高速道路のルートになったこともあったが、計画が変更され、中途半端な状態で、川の痕跡だけが残されている。ここには今、築地川公園がある。桜の季節には、花見もできる。

実は、この築地川公園の地下には、国民が入ることができない空間がある。車が出入りする出入り口が2カ所にあるが、普段は門が閉められている。中は、駐車場ではない。

え?どうして分かるかって?

金網越しに中を覗くことができるからである。この地下空間を管理しているのは、中央区らしい。もちろん、2000台もの車の収容能力はない。

いったい何に使っているのかとか、元々何があったとか、調べようと思えばいくらでも調べることができる。

が、オイラは、ここでやめる。皆さんは、ぜひ現地に行き、金網越しに「政府専用駐車場」を見物してきていただきたい。それ以上の詮索は、必要ないと思う。できれば、秋庭氏ご本人に、自分の想像の正体を、自分の目で拝んでいただきたいと思う。

環状7号線は『大東京街路』計画で建設がスタートした。戦前にはついに完成することなく、オリンピック前にようやくできあがった。ところが、この道路の下に延々四〇キロにわたってトンネルを建設し、神田川の増水を東京湾に流すという。壮大といえば壮大な計画になるかもしれないが、十年に一度、水が走ると、九年と三六四日はガランドウだという。先にトンネルがあったのでなければ、ありえない話ではないだろうか。(P262)

これは、杉並区や中野区で水害に苦しんでいる住民に対する冒涜である。

昨年9月の大水害のとき、環7地下にある貯水池は、第一期工区までしか完成していなかった。それを全部埋めてしまっても、増水は収まるところを知らず、都はついに工事中の第二期工区まで、工事中の機材も置き去りのまま水を流し込んだ。それでも、増水はあふれて、何千世帯もの家が浸水した。

もしも、はじめから東京湾に向けてトンネルが通じているのであれば、水はあふれることなく、東京湾に流れたことだろう。トンネルがなかったからこそ、水は杉並区や中野区であふれたのである。なぜ、あんな住宅街の真ん中に、巨大な地下貯水池が必要なのか、冷静に歴史を振り返れば、「戦前にすでに地下があった」などという馬鹿な想像などできるはずがない。

そろそろ言い訳をしておいたほうがよかろう。熱心な信者に怒られてはいけないから。オイラは、秋庭氏が主張している「国民に隠された地下網」が、まったくのガセネタだとは思っていない。ここまでけっちょんけっちょんにいぢっておいて、ガセネタでない部分はどこなんだと、ツッコミを受けそうだが、どこがガセネタでないかは、読者の皆さんが、自分の力で紐解いてほしい。オイラの方は、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


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2006年4月10日 (月)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か7

最近仕事が忙しい。理由は、担当部署が変わったからである。そのせいか、秋庭氏が大好きな溜池山王や永田町やらの、国民には隠された地下網の一部を歩くことが多い。そのたびに、延々と続くトンネルを見つめながら、最近、音沙汰がなくなった秋庭氏がいったいどうしているのかと、思いを巡らせたりする。

『写真と地図で読む!帝都東京地下の謎』(編著秋庭俊、洋泉社MOOK)

 永田町駅では、地下二階と地下三階の間の床が取り払われている。有楽町線のホームは地下四階にある。この駅の右側には、多数の細長いトンネルがあるが、その中央、地下四階に三つ並んでいるうちの二つが地下鉄有楽町線ということになる。残りの一つは壁のすぐ向こうにあるが、正体は不明である。
 この有楽町線の上に、三つの大きなトンネルがある。これが補助五五号線、つまり、地下自動車道である。地下自動車道は、さらに、有楽町線の下にもある。(P48「知られざる地下自動車道は存在する!」)

この次のページには、『東京地下鉄道半蔵門線建設史』から引用した永田町駅周辺の線路図と線路の断面図が掲載されている。さて、有楽町線で永田町駅を利用する人なら、秋庭氏の想像がまったくの妄想だということに気づくはずである。

簡単なところから指摘すると、「三つ並んでいるうちの二つが地下鉄有楽町線」というところが間違っている。有楽町線の永田町駅は、初のメガネ式シールド工法で作られており、3本のトンネルのうち両サイドが線路、真ん中はホームということになる。だから、壁の向こうには、「正体不明」のトンネルはない。

次に、有楽町線のトンネルは、本の図で色塗りされているフロアよりも1つ下にある、3階建てトンネルの一番下である。では、上の2階分は何があるかというと、有楽町線のコンコースにあたる部分である。一番上が、改札口のある地下1階、真ん中は半蔵門線のホームから階段を上がってきたフロア、つまり地下2階である。ここから有楽町線のホームへは、エスカレーターで地下4階まで降りる。

そう。地下自動車道など存在しない。

永田町駅は、有楽町線側へのウイングと、半蔵門線側へのびるウイングが、八の字型に広がっている構造となっている。この図の左側は、半蔵門線側にのびたウイング、右側の細いのは、有楽町線側にのびているウイングになる。

もしも有楽町線のトンネルの上に地下自動車道があったら、このコンコースと激突する。コンコースからホームへはエレベーターもあるし、エスカレーターもあるから、自動車道の真ん中に巨大な柱が立っているという、何とも使いにくい自動車道になってしまう。この駅の構造上、地下自動車道など配置できない。

では、有楽町線の建設記録にある地下道の拡幅とは何か。

『帝都東京・隠された地下網の秘密』(洋泉社)

 「拡幅」とあるからには55号は以前からここにあり、五億円もかけて工事したからには、いまもこのあたりの地下にあるのだろう。つまり、街路は地下にある。(P260)

秋庭氏は、あらゆる著書で一貫して、補助55号線が地下街路だと思いこんでいる。だが、補助55号線が地下にあると証明したことは一度もない。

補助55号線は、市ヶ谷から永田町までの間を、有楽町線の上を走っている、地上の道路のことである。秋庭氏が資料に出している拡幅工事は、有楽町線の工事に併せて、その上で行った地上の道路の拡幅工事のことである。ここでも、放射6号と同じく昔の地図を出して、地下だ、地下だと騒いでいるが、これもやはり、都市計画決定された道路の予定図であって、地下にある街路を示してはいない。この図から、地下と判断することなど、不可能だ。

補助55号線をなぜ地下と誤解しているのか、その理由は謎である。もしも地下なら、今地上にある補助55号線は、何だと言うのだろうか。地下も地上も同じ呼び名では、紛らわしいことこの上ない。しかも、補助55号線には、永田町から有楽町線のルートを外れて南に降りる支線がある。この支線すら、地下というのだろうか。

 しかし、そうすると、放射6号という街路は、一九二七年に計画され、一九六三年も計画とされていて、二〇〇二年もやはり計画だった。街路の関係者はいずれ真実が明らかになるとは思わないのだろうか。これは計画だ、計画だと言っていられるのは、五年か十年がせいぜいではないだろうか。(P258)

秋庭氏は、東京の都市計画を根本的に誤解している。東京の都市計画道路のほとんどは、戦後の戦災復興期に計画された道路ばかりだが、今も計画のまま開通していない道路など、たくさんある。一番有名なのは、環状8号線。今年5月28日にようやく全通する。昭和60年の環状7号線の開通以来、21年ぶりの全線開通だという。環状2号線、3号線は、今も全通していない。23区内は、まだマシである。多摩地域では、都市計画道路の整備率は、5割そこそこは当たり前だ。都市計画道路は、5年や10年では、完成しないのである。

もっとも秋庭氏からすれば、長年計画のままの都市計画道路は、地下にすでに存在する、ということになるのだろうか。もしそうなら、東京の地下は、秋庭氏の想像以上に穴だらけである。

さて、そろそろ断っておいたほうがよかろう。オイラは、秋庭氏が主張するような地下の秘密が、すべてガセだとは思っていない。

最近、秋庭氏が、講談社から新刊を出すと噂を聞いた。未だに実現していない。最近まで検索すれば、3月25日発売ということが分かったが、ここのところ検索しても探せなくなってしまった。ホームページでも書いてあった新刊は、いつ出すつもりなのだろうか。病気でもして、本を出せないのだろうか。それとも、政府から圧力がかかったのだろうか。その理由は、ぜひ講談社か本人に聞いていただきたい。オイラの方は、「いろいろ、あるんだよ」とでも言うよりほかない。


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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

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2006年4月 6日 (木)

眞鍋姉さん、太りました?

ココログのアクセス解析を見ていたら、「眞鍋 太る」というキーワードで検索している人がいた。

眞鍋姉さん、太ったの?(^_^;)

そんなこんなで、眞鍋姉さんにトラックバック

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2006年4月 4日 (火)

今さらのように大掃除をしているオイラであった。

何というわけではないが、部屋を大掃除している。今まで見えなかった床も見えてきた。それにしても、汚い部屋だった。いらないものも、多すぎる。そのくせ、肝心なモノが見あたらない。

ずいぶん前、ごみの最終埋め立て地が足りなくなっていると、大騒ぎになったことがあった。今、東京湾で埋め立てている処分場は、東京湾では最後の処分場になるという。

オイラの地元では、家庭ごみ収集が有料化されている。ごみを減らそうということらしい。でも、オイラの家には、ごみが溜まるばかりで、確かに排出量は減ったかもしれないが、発生量は減っておらず、要は、家のあちらこちらに堆積していたのだった。

自分の家を最終処分場にしてどうする。

そんなツッコミを自分に入れて、オイラは、先月末くらいから、少しずつ家にあった不要品を捨て始めた。後生大事に保管しておいても、何の意味もない、生きながらの「遺品」は、意外に多い。自分がこの世から消えれば、どのみち、捨てられる運命にある。

捨てればいいのだと思う。

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2006年4月 3日 (月)

悲しいかな、明日も、明後日も、明々後日も、ずっと、ずっと、今日という1日は繰り返されるわけで…

あの瞬間、オイラは、確かにこのまま死んでやろうと思って、ウロウロしていたような気がする。そのときの衝動って、おそらく嘘ではない。「おそらく」というのは、そんな瞬間は、今思い出そうとしても、思い出しようがないくらい瞬間だったし、その前後の「生きたい」という気持ちが、その瞬間を押しつぶしてしまっている。

でも、たまに、何かの拍子にそのときの鈍い、鈍器で殴ったような心の痛みが、遠い記憶の彼方で起こったりする。

酒っていうのは、怖いもので、その遠い記憶が、ずっとずっと近いような錯覚に陥りさせてしまう。そうして、もう過ぎ去ってしまったはずの記憶を体感することは、考えただけでも、ゾッとしてしまう。困ったことに、その記憶は、意外にも甘酸っぱくてリアリティのある感覚で、現に目の前に広がっているリアリティのない現実と比べると、はるかに近寄りやすいものなのだ。

結局、そういう記憶は、飲み込むしかない。

そして、安全な場所で吐き出すしかない。

オイラは、ずいぶん昔から、そういう記憶と向き合いながら、生きてきた。たまに、何かのきっかけで、とてつもなく、小さなきっかけで復活することもある。

それでも、毎日は続くし、明日もやってくる。

実は、この明日もやってくる、というのが大切で、とにかく夜明けを待ってみる、これほど難しくて、大変なことはない。誰もが当たり前のようにやっていることなのに、いざというときには、とてつもなく長い夜だったりする。

明日は来る。

つらいけれど、明日は来る。

たぶん、自分の大切な人が記憶の彼方に落ちてしまったら、そう言って、夜明けをいっしょに待って、共に共有しようと思う。

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2006年4月 2日 (日)

結婚と結婚と結婚と結婚と結婚と…えーっと。。。

まだ大酒飲みだった頃、毎日のように地元の某居酒屋チェーン店に通っていた。カウンターの席で、買ったばかりのケータイをいじって遊んでいた。酔った勢いで、その頃つきあっていた女の子にプロポーズしたことがあった。

「しらふで言ってよ」

冷たい返事が返ってきた。ごもっともだと思う。

3月に、勤続10年の特別休暇を利用して、江ノ島に遊びに行った。彼女を連れて、藤沢にあるビジネスホテルを拠点に、江ノ電で遊び回った。

ほとんどの時間は、彼女の雑貨屋さん巡りにつきあわされた感があるが、本当の目的は、もっと別にあった。

藤沢の最初の夜、オイラは、駅に近い和風居酒屋に誘った。観光ガイドに載っていた、串焼きと刺身が美味しいお店だ。

彼女に促されるように、オイラは、2年4か月ぶりにお酒を飲んだ。

彼女と出会って、丸1年が過ぎようとしていた。

出会ったきっかけや、1年に起こった様々な出来事を話した。

ホテルに戻ると、彼女はかなり酔っぱらっていた。

「どうして、こんな私とつきあってるの?」

↑実際には、もっとえげつなく、絡んでくる感じだ(笑)

「こらっ!正直に話せ!どうするつもりだっ!」

あまりにもしつこく絡んでくるから、彼女をベッドに押さえ込んだ。

「今すぐは無理かもしれないけれど、1年後か2年後か、結婚しようと思ってるんだよ」

彼女は、急に酔いが覚めたようにオイラを黙って見つめた。

「まじで?」

「うん」

オイラは、すぐに返事は求めなかった。

いろいろな事情があって、オイラも、彼女も、独りで生きていくことを考えていた。彼女は、一度結婚に失敗したし、オイラも、いろいろあった。きっかけはともかくとして、オイラたちは1年前に出会い、いつの間にか、プチ旅行していた。お互いの傷をちゃんと理解しているけれど、結婚はないものだと、お互いが勝手に思っていた。

それが、この何ヶ月かで、少し変わりつつある。

その日以来、彼女なりに考えたのか、「結婚したら…」とか「結婚する気なら…」と、妙な仮定で問いかけられるようになった。まだ、お互いにリアリティを感じていないけれど、何かが動き出したような気もする。

ちゃんとプロポーズしなければ、と思った。

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2006年4月 1日 (土)

ねえ、君は、どんなことを考えて、30年も、そんなところに鎮座しているんだい?

オイラは、とにかく帽子が大好きで、しかも、何ヶ月かに1回くらい、東急ハンズとかパルコとかで、新しい帽子を買ってしまう。

今日、渋谷を、彼女と歩いていたら、ラブホテルが建ち並ぶ一角に、小さな雑貨屋さんのようなお店に出会ったんだ。

こんなところに、どうして?

そこは、アジア系の雑貨を中心に、大小様々な置物やらアクセサリーやらが並んでいて、オイラも彼女も、あっという間に虜になってしまった。小指の先ほどの小さな猫の置物…、しかも、ヒゲがぽよんぽよんとゴムで弾んでいる。バケツの中に汚い石が詰まっていると思ったら、石のひび割れの中から、美しい原石が見える。石によって、中身は青だったり、緑だったり…。

その店の一番奥には、帽子が並んでいるコーナーがあって、ターバンっぽいのから、麦わら帽子みたいのや、猫耳付きだったりして…。

で、その帽子コーナーの一番奥に、巨大な帽子、うーんと…、ツタンカーメンが被っているように黄金色で、そこには赤や緑や青の色彩の絵が描いてある。これが、オイラたちをジッと見つめているような気がしたんだ。

「ねえ、被ってごらんよ」

彼女がそう言うので、オイラは少しビビりながらも、その巨大なツタンカーメン風の帽子を頭に載せてみた。

「似合う」

「……(苦笑)」

オイラは、鏡に自分の姿を映してみた。

ひどい。

オイラたちは、アホみたいに笑った。彼女は、オイラの顔を見て、オイラは、鏡に映るオイラを見て、とにかく腹が痛くなるほど笑い尽くした。

はあーっと一息ついて、オイラは、帽子を外そうと…

ん?

外そうと…

ん?

外れない。

彼女が、オイラの帽子を引っ張った。が、頭の皮が伸びるような感触があるばかりで、帽子はさっぱり外れなかった。

うそ。

ふと振り返ると、初老の男性が、オイラの方を見て、震えていた。

「あの…、お店の方ですか。帽子がとれなくて…」

「あんた…、とんでもないことをしてくれたな」

「なんです?」

「その帽子は、国の特別保護記念物なんだ。壊したら、大変なことになる」

「特別…?なんですか、それは…」

突然、けたたましく非常ベルが鳴った。数十秒もしないうちに、店はパトカーやら消防車やらに取り囲まれて、レスキュー隊が店に入ってきた。

「帽子は?」

「あの、とれなくなりました。とっていただけるんですか」

「残念ですが、あなたから帽子をはなすのではなく、帽子からあなたをはなすのです」

レスキュー隊が、全員一斉にノコギリを手にした。

えっ?

切られちゃうのは、オイラ!?

オイラと彼女は、お店中のモノをひっくり返して、抵抗したが、すぐにオイラが確保されてしまった。彼女を店に残して、オイラは、外に引きずり出された。

「待てよ。そんなノコギリで切ったら、帽子に返り血が飛んでしまうぞ。汚れてもいいのか?」

レスキュー隊の隊長が、「なるほど」と頷いた。

なんだ、随分物わかりがいいじゃないか。

「お前は、帽子ごとラミネート加工して、国立博物館に展示する」

なっ!!!!!!!!!!!!!!

あれから、30年、オイラは、あの帽子を被ったまま、博物館の片隅にある展示ルームに、鎮座している。たまに彼女が来てくれるが、その頻度も、年を追う毎に減って、最近はもう、何年も姿を見ていない。

・・・・・・・2006年4月1日

サクラは、満開を迎えているらしい。

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