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2006年2月 6日 (月)

うんこ難民の根絶こそ、東京再生の第一義的課題

汚い話である。道端を歩いていて、突然、うんこがしたくなることはないだろうか。よく本屋で立ち読みしていると、うんこをしたくなるらしい。オイラも、外を歩いていて、お腹が痛いわけでもないが、突然、うんこをしたくなって、慌ててデパートや駅に駆け込んで、トイレに入ることがある。

女性の事情はよく分からない。

気のせいなのかもしれないが、オイラは、最近、東京のトイレが、特に大便所が足りなくなっていることに気づいた。とにかく、どこのトイレでも、大便所の回転率は高い。

小学校から中学校にかけて、学校でうんこをすることは、犯罪的行為だと思っていた。もしもそれがバレるようなことがあれば、おそらく卒業するまで、いや、末代に渡って、うんこ男の異名を得るに違いない。ただ、うんこをしたという、たった1つの事実でもって、壮絶ないじめを体験した男の子は、少なくないのではなかろうか。

女性は、何を目的にトイレに行こうが、その目的をにわかに知られることはないから、あまりその手のいじめがない。

男は、うんこも命がけなのだ。

そんな事情もあって、学校の大便所は、1つさえ埋まっていることはなかった。

ところが、である。東京を歩いていると、本当にどこのトイレも満杯であることに気づく。とりわけ、最初にも書いたが、本屋の大便所の使用率は、極めて高い。もともと、お客様用のトイレを設置している本屋は、数少ないし、仮にあっても、大便所の数は、かなり限られているのが実情だ。が、人間がうんこをしたくなるのは、本屋が多いのだから、本当は、本屋にこそ大便所を増設すべきなのだと思う。

東京の街を東西南北歩き回っているオイラから見て、都心部でトイレが足りない場所は、渋谷駅東口周辺である。ここには、かつて東急文化会館があったが、ここのトイレの大便器はかなり年代物で、しかも数が少ないことで有名だった。大便所が空いていることはほとんどなく、空いていたとしても、一目見て、おえっと目を伏せるものだった。この数少ないうんこスポットですら、取り壊されてしまった。

渋谷駅東口には、東急百貨店もあるが、ここの大便器も相対的に少ない。オイラは、上から順番に空いている便器を探して、下まで降りたが、1つも空いていなかった経験がある。西武百貨店や丸井、パルコなどが林立する西口と比べて、不特定多数がうんこをする場所が限られているのが、東口の特徴と言えるだろう。

うんこを待つ、というのは、落ち着かない作業である。

オイラは、すぐ下の階が空いているのではないかと階段を下りたり、別のデパートなら空いているだろうと、隣の建物に移動することは、日常茶飯事である。しかし、悲しいかな、どこに行っても大便所が満室、という経験は多い。

うんこ難民……大都市東京で、こんな哀れな人々を、放置しておいていいのだろうか。

以前、ポストの数ほど保育園を、という主張があった。オイラは、主張したい。

ポストの数ほど大便器を!

うんこ難民の根絶を!

首都・東京の課題は、まず、大便器の大増設である。

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