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2006年1月の17件の記事

2006年1月29日 (日)

眞鍋姉さん、ナチュラルって、そーゆー意味っすか(笑)

「あくまでナチュラルに」って、その結論が、

題: ウィ

本文:

「お疲レインボー。またよろしくお願いしマッシュルーム。」

って。

全然、自然じゃありませんから!!!

不気味過ぎますから!!!!

そんな、眞鍋姉さんに突っ込んで、今夜のブログをスタート。

オイラも、眞鍋姉さんに近いときってあったよ。っていうか、男の子って、誰でも一度くらいは、アニメに出てくる女の子に恋したりする時期ってあるんじゃないだろうか。オタクとかってじゃなくて。え、やっぱ、オタク?

よくあるでしょ。宮崎駿さんの『風の谷のナウシカ』とかに本気で恋しちゃう人。

オイラは、ナウシカって苦手なんだよね。

あれだけプライド高くて、理想を掲げちゃって、伝説の人だったりして、風を自由に操るし、何と言っても、キモいのは、虫と会話したり、仲良くなっちゃったりするところ。しかも、腐海に単独で乗り込んで、虫の死骸に寝転んで猛毒の雪を眺めながら、心を落ち着かせちゃうなんて。

もしも現代にナウシカがいて、仮に結婚なんかしたら、大変だよ。

きっと、ゴミの資源化にはこだわる人で、ゴミの回収ステーションに仁王立ちで住民のゴミ出しを監視して、家のゴキブリと仲良くなって、むしろ共存を追求したりして。料理は有機野菜しか使わなくて、家の庭で家庭菜園とかやって、生ゴミのたい肥とか作ったりして。そのくせ、夜になると、歌舞伎町あたりの繁華街に単独で乗り込んで、ファンキーな一夜を過ごしてきたりする。

今日、たまたま取材でリサイクルの市民団体の人に山ほど会ってきて、ナウシカっぽい人をたくさん見てきた。

で、結論としては、

現代にナウシカはいらない。

もっと、楽に生きようと。

なので、オイラは、仮にナウシカからコクられたとしても、速攻断ると思う。

いや、っていうか、呼ぶだけ呼んで、説教する?

アニメやゲームのキャラに憧れるってのはあるけど、現実の彼氏・彼女って話になると、ちょっと好き嫌いの傾向が変わると思う。

そんな、オイラの憧れの人は、

深見じゅんさん原作の『悪女(わる)』の主人公、田中麻理鈴。

近江物産の落ちこぼれOL・麻理鈴が、イニシャルがT・Oの男性に一目惚れして、彼に会うために、出世街道を邁進するという漫画。彼女の職場は、最初は、コネの女の子が入る資材管理室だったけれど、彼女のパワーと運で、だんだん出世していき、最後はT・Oさんと同じ職場で働き、結ばれる。

恋を仕事のパワーにしちゃうところなんてすごい。何より、麻理鈴は一途な恋心が武器になっていて、どんな試練にも、彼氏に会いたいという思いだけで乗り切ってしまう。

彼女の前に立ちはだかる、どんな悪人も、彼女に会うといい人になるし、彼女の味方をしてくれる。

こういう人間になりたい。こういう恋をしたい。こういう仕事をしたい。こういう女性と結婚したい。・・・いろんな意味で、麻理鈴は、オイラのバイブルになった。

眞鍋姉さん、どうだね、読んでみないかね。

麻理鈴が活躍した時代は、ケータイもメールもない時代だけれど、彼女のパワーは、ケータイ世代の女の子も救えると思うな。

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2006年1月27日 (金)

生まれてきてくれて、ありがとう。

何だか変かもしれないけれど、オイラは、大切な人の誕生日のメッセージには、こう綴ることにしている。おめでとう、というのは、ちょっと押しつけがましいというか、ありきたりというか、しっくりこないのだ。

生まれてきてくれて、ありがとう。

出会ってくれて、ありがとう。

仲良くしてくれて、ありがとう。

これからの人生も、ありがとう。

生誕に対する感謝の気持ち。いつまでも大切にしたいと思う。

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2006年1月24日 (火)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

ひょんなきっかけで、秋庭俊氏の『帝都東京・地下の謎86』(洋泉社)という本を読んだ。

一言で言って、どこまでが本当でどこまでがガセなのか、見分けがつかない。

例えば、こんな記述がある。

改札を出た後、すぐに地上に出たくても、延々と通路を歩かなければならない。300メートル近くも歩かないと、地上には出られない構造である。…(略)…。この駅の地下通路は、東大まで続いている。(36ページ「東大のなかの地下鉄出入口」)

地下鉄南北線で東大前駅をお使いの方なら、読んだ瞬間、大嘘だと気づくだろう。東大前駅の改札口を出ても、地上に向かう階段は改札口のすぐ左にあり、300メートルも歩く地下通路はない。むしろこの駅が腹が立つのは、地下鉄の出入り口を出た後、東大としては一番メジャーな赤門前にたどり着くまでに、相当地上を歩かされるということだ。どうして、筆者は、一度歩けばすぐ誤りだと分かるような記述をしてしまったのだろうか。

次のページには、「東京都道路現況調書」についての記述がある。

環状七号線は広く知られているが、三号線を知っている人は少ないと思う。港区から江東区まで皇居外濠の少し外側を一周している。現況調書では明らかに完成している。(38ページ「目に見えない道路」)

「計画中の道路は、この表には掲載されない」とも述べている。この道路現況調書は、都市計画決定された道路の整備状況を示している資料である。この本で示されている表は、都市計画決定された環状三号線の、路線名、延長(距離)、起点、終点を示したもので、道路の現況を示している部分ではない。次ページに示した地図は、文京区の都市計画図で、これこそまさに、実際の道路の現況とは異なっている。普通に調べれば分かるはずなのだが、ここでも秋庭氏は調べもせずに、「環状三号線は地下の道路」と勘違いしている。

次は、118ページ。

江東区の東京都現代美術館の下には、地下鉄の駅があるということである。この話を私は東京芸大の学生から聞いたが、十分に信頼できるという印象を持った。(118ページ「東京の南東部」)

確かにその通りである。東京都現代美術館の建っている都立木場公園の地下には、都営地下鉄大江戸線の木場車両検修場がある。ざくっと言って、地下車両基地である。信頼できるとかできないではなく、東京都の交通局は、子どもを集めて見学ツアーまで行っている。しかも、オイラは仕事柄、2000年9月に行われた東京都総合防災訓練の取材の際に、この車両基地に降りているのである。大江戸線の高松車両基地から木場車両基地まで、訓練の自衛隊の方々と同乗した。車両基地から長い階段を上がると、都立木場公園に出たのを覚えている。

さて、オイラが大して調べなくても、このくらいの誤りはすぐに指摘できる程度の本である。これだけ目立つ穴があると、本全体の信憑性を疑ってしまう。

実は、オイラは、秋庭氏の書いている地下の秘密が、あながち妄想ばかりではないと思っている。この本の誤りにしても、ただの妄想なのではなくて、真実をわざとゆがめて分かりにくくすることで、逆に信憑性を裏付けているのではないかと、裏読みしたくなる。

が、オイラは、それ以上の詮索はやめた。

オイラが例え真実にたどり着いたとしても、そのネタ元である秋庭氏自体が妄想と現実の境目を区別できないまま書いているとしたら、ジャーナリズムを持ち出すまでもなく、モノを書く人間として同じ扱いを受けたくないからである。

(関連記事)

東京の地下鉄は戦前にすでに作られていたという噂は本当か?

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『新説東京地下要塞-隠された巨大地下ネットワークの真実-』を読む

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『写真と地図で読む!帝都東京・地下の秘密』(洋泉社MOOK)を読んでみた。

『大東京の地下99の謎』(秋庭俊著、二見文庫)を読む

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2006年1月23日 (月)

ちょっと気になって法律の勉強をしたが、今ひとつピンと来なかった。

最近、六本木周辺で大活躍中の東京地検。素朴な素人の疑問だが、警察でも警視庁でもなく、東京地検特捜部という部署である。「逮捕」というと、すぐに警察がするような気になってしまうのは、オイラも、いかにも学生時代の落第生だなあ、警察と検察庁の違いも、まだよく分かっていなかったりする。

検察庁のホームページで調べてみた。

警察は、犯罪が発生すると捜査を行い、被疑者を逮捕したり、証拠を収集したり、取り調べを行う。警察は、被疑者を逮捕してから48時間以内に、事件記録とともに、事件を検察官に送致しなければならない。この辺は、『踊る大捜査線』を何度も観ている人は、ちょっとご存知かもしれない。検察庁では、警察から送致された被疑者を独自に取り調べたり、捜査を行ったりする。被疑者を起訴するか否かを決定するのは、検察官だけの権限である。

さらに、今回、ホリエモンを逮捕したのは、警察ではなく、東京地検特捜部。

特捜部は、東京、大阪、名古屋にだけある部で、独自捜査を専門に行う部署。汚職や汚職、巨額の脱税といった事件には、特捜部が最初から独自に捜査を行うことがある。例えば、リクルート事件やロッキード事件、ゼネコン汚職事件など、オイラたちの記憶に鮮明な事件は、この方々のお手柄というわけ。

それにしても、そんなこともよく分からず、オイラは、世の中を渡り、こうして仕事をしている。奇跡だ。

そう言えば、オイラは、子どもの頃、探偵と刑事の違いが分からなかった。

金田一耕助は、公務員ではない。

高校時代、それを密かに悟り、夕陽に向かって黄昏れた。

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2006年1月22日 (日)

「わんぱくですね」~友人、知人の間で流行っていること~

人間は、年をとっても、子ども心を忘れたくないものである。例えば、電車に乗るとついつい先頭車両の運転台の背後を陣取ってみたり(これはタダの鉄ちゃんか)、新車を購入して乗ってもいないうちからピカピカに磨いてみたり、子どもといっしょに見ていたヒーローものに密かに心をときめかせたり…。

オイラの場合、お酒を飲んで発散するということがないものだから、ついつい食べ物でストレスを発散させることになる。ファミレスに入ると、超大型なハンバーグを食べてみたり、近所の中華屋さんで唐揚げ定食大盛りにしてみたり。山盛りのご飯は、よくファミリー向けのアニメに、例えば、ど根性ガエルのヒロシとか、一発貫太くんとか、いなかっぺ大将の大左エ門とかが食べていたよね。ハンバーグといえば、何と言っても、ハクション大魔王。

そんなとき、オイラは、例えば、山盛りのどんぶり飯や特大のハンバーグを眺めながら、心の中でささやくのである。

オイラって、わんぱくだなあ。

三十路を越えれば、油っぽいものは避けたいと思うし、実際避けているんだけれど、どうしても、子どもの頃憧れた特大ステーキや山盛りご飯にチャレンジしたくなることがあるんだね。

そんな食事を、友達や同僚とかと食べていると、オイラの山盛りご飯や特大ハンバーグを見て、彼らも一言、つぶやくのである。

相変わらず、わんぱくですね。

わんぱくシリーズは、さらに広がりを見せ、丸いまんまのケーキに丸ごとかじりつくとか、卵焼きにマヨネーズをてんこ盛りするとか、様々なわんぱくな技が増えていくのである。

わんぱくだね。

うん、わんぱくだよ。

そんな、謎の会話を繰り広げる不思議空間。

今日の髪型、わんぱくだね。←ボサボサになっていた。

もう帰るの? わんぱくだな~。←午後5時終業と同時に帰る同僚を見て。

もっと、流行らせたいと思っている。

・・・・・・・・・・・・・

この記事は、「ブログ普及委員会」の「答えてブログ」にエントリーしています。

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2006年1月21日 (土)

調布市内は雪です。

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2006年1月20日 (金)

眞鍋姉さん、恋って、するものじゃなくて、落ちるものだと思うんだよね。

…なんてね。ちょっとクサかったかなあ(^^;)

眞鍋姉さんは、恋愛をするとき、疲れるんじゃないかとか、めんどくさいなあって思うのかな。人を好きになるのって、もっと突発的だし、無計画だし、少なくともその瞬間は、衝動的なんじゃないだろうか。いざ、つきあうってなると、確かに、お互いに時間にしばられたり、相手のことを気にして、自分の気持ちを押し殺したり、めんどくさいなあって思うことは確かになるけどね。オイラは、眞鍋姉さんよりも10年以上長く生きているけれど、この辺の、恋心の突発性は避けられなくて、やっぱり、好きなものは、好きなんだな。

確かに、眞鍋姉さんくらいの年齢になると、「現状に満足」って女性は多いよね。オイラの会社を見回してみても、「一生に一度ウエディングドレスは着てみたいけど、結婚はしたくない」って女性が多い。それって、おそらく、女性が社会的にも経済的にも自立している証拠なんだと思う。今の時代、男性の給料が高くて、女性が低いとは限らなくて、それなりの給料をもらっている女性も増えてきた。だから、男と結婚なんてしなくても、むしろ結婚なんかして、子育てやら男の面倒に時間もお金もかかるより、シングルライフを楽しもう、そんな感じだろうか。結構多いよ、姉さんみたいな女性は…。

婚期が遅れる。・・・確かにそうだよね。実際の統計でも、男女を問わず、初婚の年齢は上昇傾向にあるしね。女性が一人で食事を楽しむ「おひとりさま」が、最近増えているらしい。20代の後半くらいでマンションを買って、マンションの独り暮らしを満喫している女性も、最近は増えてきた。

そこは、おそらく、「負け犬」の判断基準にはならないんじゃないかな。眞鍋姉さんに限らず、同じことを感じてる女性は多いと思う。

ただ、恋愛までひっくるめて、「面倒」ってのは、ちょっと疲れているのかなって、そんな気もしたかな。

10代ピチピチで、フェロモンを発散させまくっていた時期なら、いつも脳みそのアンテナが「男」に向いていて、恋愛に関して敏感だったことだろう。でも、20代になって、多くの人に出会い、多様な価値観に触れ、ある程度の恋愛を経験してしまうと、その人なりの「目」が座ってきて、今までとは違う、落ち着いた恋愛感情が芽生えてくるもんじゃないかと思う。若いときなら、イケメンなら誰でもいいわってノリだったのが、少し一般的な顔だけど、話をすると、深いところで共感できるとか、口べただけど近くにいると落ち着くとか。

で、そうやって恋愛のかたちが変化したとしても、やはり、恋はするものじゃなくって、落ちるものなんだろうと思う。

姉さんは、今、恋をしていないの?

まさかね。

記事でも、「彼氏はいない」とは、一言も書いていないもんね。

オイラが今つきあっている人は、このブログを知らない。だから、遠慮なく書いてしまうけれど、そんなに遠くない将来、ちゃんとプロポーズしようと思っている。ただ、すぐに結婚とは思わなくて、現状に満足している。ドキドキするような恋愛ではないかな。かなり落ち着いていて、たまに、男女の違いを超えた友達のような気持ちになることもある。それに不満も不安も感じないし、でも、異性でなければ満たされない関係でもあると思う。

まあ、今、非常に幸せです…。

しばらくこういうのもいいか…。

・・・なんてね。

眞鍋姉さんの『ココだけの話』最新記事を読みながら。

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2006年1月19日 (木)

スーパー特盛なでなでスペシャル

オイラは、口が達者な人間ではないから、誰かを慰めるとか、説得するとか、そういう言葉で相手を諭すのが苦手なんだ。

だから、最近、オイラの得意兵器にしている。

なでなで。

それは、「愛している」という意味でもあり、「コントロールできない」という白旗の意味でもある。

そして、

特盛なでなで。

これは、さらに愛情をこめて…。

さらに、

スーパー特盛なでなで。

こうなると、もう開き直りである。

ケンカばかりの恋人同士の皆様、一言吐いてしまう前に、いかがだろうか。

ちなみに、

スーパー特盛なでなでスペシャル。

これは、現在、開発中である。

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2006年1月18日 (水)

誰かを叩くことでガスを抜こうとして、結果としては鬱積する日本

ブログを更新する前にパソコンを閉めてしまった(;^_^A

テレビも新聞も、朝から晩まで、ライブドアの強制捜査で一色になった。基本的にオイラは、ジャーナリズムという言葉が嫌いだ。こういう事件が起きると、ますます痛感する。これまで散々、ホリエモンを持ち上げておいて、いざ事件となると、自分たちの責任を棚に上げて叩きに入る。この強制捜査の「仕掛人」は、それをちゃんと分かっていて、存分にメディアを利用している。

耐震強度偽装事件で国民の関心は、姉歯やオジャマモンから、政府や政治家へと移りつつあった。鬱積した国民のガス抜きを狙い、どこかの誰かさんが、ホリエモンを選んだらしい。その狙い通り、ライブドアは、ご機嫌ななめな国民の標的となり、ホリエモンは、窮地に立たされている。

仮に、ホリエモンが抹殺されたとしても、民衆の鬱憤が晴らされることはない。次の獲物を求めて、狼煙をあげるに違いない。そのたび、日本をコントロールしている人たちは、新たな標的を持ち出し、“祭り”を始める。

ハマったように群がるマス・メディア。

今日、日本の株価は大暴落した。海外の市場にも影響が出ているらしい。「仕掛人」にとって、これは想定の範囲なのだろうか。もしそうなら、かなりのチャレンジャーだと思う。

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2006年1月17日 (火)

阪神・淡路大震災から11年、言葉にならない…

ずーっと、この日のために何を書こうか迷ってきたというのに、ついに言葉が降りてこなかった。

1995年1月17日

この日、オイラは、自宅で寝坊していた。午前9時頃、電話が鳴り、目を覚ました。

「もんち、ちょっとテレビ見て…」

友達の声に寝ぼけながら、テレビをつけると、高速道路が倒れていた。阪神高速だった。京都や大阪の友達に電話をしてみたが、つながらなかった。

テレビでは、大阪方面から映した神戸の映像が流れていた。神戸のビル群の向こう側から、煙がもくもくと上がっていた。長田地区の火災だったらしい。夜になって、テレビは、炎上する神戸市内の映像を映し続けた。

その数日後、オイラは、今の会社への入社が決まった。

入社して、最初の取材は、都内の自治体から阪神地方への支援の内容だった。

この年の3月、地下鉄サリン事件が起きる。何故か、その日オイラは、自宅で寝ていた。たまたま、有給休暇をとっていた。いつも取材で使う地下鉄がパニックになっていた。その映像を、自宅からジッと見つめていた。

その時には気づかなかったが、日本の、何かが変わり始めたときだった。

あれから、11年が過ぎた。

日本は、今も、大地震が来るたびに、多くの犠牲者と被災者を出している。設計士がマンションの耐震構造を偽造し、都内には格安マンションが乱立している。

オイラは、今でも、あのサリン事件を起こした宗教団体の陳腐な曲を覚えている。その宗教集団は、名前を変えた今でも、地域住民と紛争を起こしている。

日本人は、あの震災で失った「何か」を、未だに取り戻せないでいる。

ホリエモン率いるライブドアに東京地検が強制捜査に入ったからといって、社会は何も取り戻すことはできない。人々の空しいため息だけが、後を引くだけだ。オジャマモンは、相変わらず、ハマったように国民の反感を買い、トカゲの尻尾役を演じる。

オイラたちが、あのとき失った「何か」とは、何か?

1月17日を迎えるたびに、自問自答している。

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2006年1月12日 (木)

オイラが時事ネタを扱わない理由

オイラは、めったに他のブログを紹介したりしないし、真鍋姉さんの教えを守りながら、マイペースに書き続けるタイプのブロガーである。

が、たまには紹介したくなるブログもある。

きっこのブログ

この方、フリーのヘアメークと自称してらっしゃるが、とにかく時事ネタが豊富で、小泉内閣やら狂牛病問題やらを、容赦なく片っ端から切ってらっしゃる。とりわけ、巷で話題になっている耐震偽造マンションの事件については、事件の黒幕を暴露してしまうなど、一躍有名になってしまったブログだ。

仕事柄、時事ネタは嫌いではない。

が、オイラが、記者という本職のことについて、あまり書かないのは、単純に、オイラが書いてしまうと、あまりにも直接的過ぎて、取材先や情報元との信頼関係が確保できないからである。なので、きっこさんくらい辛辣に世間をぶった切っているブログに出会うと、正直、うらやましいのである。

それに…、

毎日、1日も欠かさず更新されているではないか。

オイラも、見習わなければ。

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2006年1月11日 (水)

突然ネットがつながらなくなり、途方に暮れていた。

オイラは、かなりネットとの相性が良い方なのだが、昨夜、パソコンを開けてみると、ネットにつながらないことが分かった。いつもはWindowsPCを使っているので、試しにMacを使ってつなげてみたら、やはりつながらなかった。原因は、パソコンにあるのではなくて、そこにつながるラインにあるらしい。

人間の精神状態と、パソコンの安定感は、比例するものがあると思っている。

精神的に不安定な人間は、どんなパソコンを持っても、パソコンの調子は悪くなるばかり。インターネットにつながらない、メールが送れない、無線LANがつながらないと、精神的にも追いつめられていく。同じ傾向のあるデジタル製品は、携帯電話。精神状態が悪いと、持っている携帯電話の調子も悪くなる。電波がつながらない、imodeがつながらない、使いにくい。クレーマーへ変貌する人も少なくない。が、どんなにクレームをたたきつけても、気持ちよくならない。

以前、オイラの会社には、自費で買ったノートパソコンを持ち歩く輩がいた。かっちょいいのである。やるなこいつ、って感じである。が、オイラの会社は、ノートパソコンを持ち歩かなければできない仕事など、ほとんどない。いや、ノートパソコンなどいらないと言っても過言ではない。が、彼は、データ通信カードを装備したノートパソコンをえっちらこっちらと持ち運んでは、外で仕事をしていた。会社でやればいいのに…。

彼の機嫌は、パソコン次第だし、彼の働きぶりもパソコンに左右された。パソコンが侵したミスは、彼のミスそのものだった。一度、大切なファイルをフロッピィディスクに転送したつもりが、まったくできていなくて、大騒ぎになったことがあった。そんな彼を見ていて思ったのだ。

彼は、パソコンが本体なのではないか。

彼自身は、パソコンのツールの1つに過ぎず、彼の本体であるパソコンを運ぶのが、彼の使命なのだ。

さて、オイラは、昨夜ネットの不具合で途方に暮れた。

オイラも、例外なく、本体はパソコンのほうかもしれない。

問題は、WindowsかMacか、どっちが本体なのか、ということだ。オイラ的には、Macに愛着を感じている。

おーい、オイラは、どっちだー。

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2006年1月 9日 (月)

遅刻魔にも遅刻魔なりの理由があるんだわさ。

オイラは、人を待たせるのが嫌いな男である。相手より先に目的地に着いていたいし、待たせたら、仮に時間が間に合っていても、「ごめん」と謝る。オイラの友達は、特に恋人は、歴代そろって共通項があって、遅刻魔なのだ。待つことには慣れているし、待たなければ落ち着かない。

そんなオイラも、かつては遅刻魔だった。

遅刻魔には、遅刻魔なりの理由がある。遅刻してはいけないときに限って、トラブルがあったり、何か勘違いしていたり、時間を間違えていたり、体調が悪かったりする。登校拒否の子どもが、学校に行く前になるとお腹が痛くなったりするのと似ているかもしれない。仮病ではない。マジに、何かあるのだ。

時には、絶対に達成できないプランを立てることもある。間に合わないことは明らかなのに、そのことに気づかずに予定を立てて、そのときになって後悔することもある。元来、アダルトチルドレンは、計画立案不実行型が多い。家族の機能が壊れていると、せっかく立てた計画が実行できないことなど、当たり前だからだ。分かっていても、できないプランを立てる。できないと、自分を追い込み、破綻する。

そんな遅刻魔が、この数年くらい、すっかり遅刻をしなくなった。会社で仕事をしていると、時間厳守なので、いつの間にか身に付いたのかもしれない。

たぶん、一番のきっかけは、本能のままに生きるようになった、ということかもしれない。予定は、あまり立てない。手帳は、空白が多い。朝、お腹の空き具合で予定を立てたりする。早めに会社に出て、パンを食べたり、朝は食べずにランチを食べたり。

お腹の虫は、オイラの思考よりも、理にかなっているんだと思う。

最近、人を待たせることは、ほとんどなくなった。1時間前に待ち合わせ場所に着いて、途方に暮れることが多い。

腹の虫が、そうさせたのだと思っている。

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2006年1月 8日 (日)

受験勉強の原動力は、年上の女の子だった。

高校3年生のとき、某大手予備校の現役コースに通っていた。良い大学に行こうなんて思っていなかった。むしろ、大学よりもやりたいことがあった。が、オイラの両親は、そういう話が通じる人ではなかった。

4月に受けた模擬試験の偏差値は、37だった。偏差値に40以下があるとは、素朴な感動を覚えた。

その大手予備校では、なぜか高校の世界史の先生が、日本史を教えていた。クラスは、京大コースだった。オイラは、受験では世界史を選択していた。ある日、先生が、その某大手予備校で教えていると聞いて、夕方からの講義の前に、講師控え室に遊びに行った。

夕陽で赤く染まる講師控え室に、先生の姿があった。彼の横には、腰まで長い黒髪のある女の子がいた。

オイラは、彼女に一目惚れしてしまった。

彼女は、京大を目指す浪人生だった。日本史を教える先生のところに、論文の添削をしてもらいに来ていたのだ。

それ以来、オイラは、毎週同じ曜日の夕方、その某大手予備校の講師控え室に、先生に会うという名目で、彼女に会いに通った。

夏休みや冬休みには、彼女の姿を追って、予備校の自習室に通った。夏期講習、冬期講習では、京大の関連講座を受けた。

もう一度繰り返すが、オイラは偏差値37である。

模擬試験では、意味もなく第1志望は京大文学部にしていた。

もちろん、冗談ではなく、実際に京大の願書を提出した。高校3年生になって、文系に絞っていたから、数学も理科も、さっぱり勉強していなかったが、共通一次試験も受けることになった。

同じ大学に合格して、同じキャンパスに通い、運命の出会いをして、告白しよう。

そんな、アホみたいな夢物語を描いて、オイラは、かつてないほどの猛勉強をした。

もう一度繰り返すが、オイラは偏差値37である。

模擬試験では、第1志望は京大文学部である。合格確率はE、25%以下だった。

共通一次試験(今ではセンター試験かな)を受けたが、さっぱりだった。京大の願書は出したが、足切りで、試験を受けることすらできなかった。

オイラの話はこれで終わりである。

終わり?(@_@)

そうなのである。オイラの恋愛は、ストーカー状態で終わってしまったのである。夢物語では、オイラは、京大のキャンバスで告白、という予定だったので、それ以前に玉砕したのである。

その後の話を少し。

彼女は、京大には合格できず、名古屋市内の私立大学に合格し、通ったらしい。本人は2浪してでもと思ったようだが、親が許さなかったみたいだ。

オイラは、現役時代、たった1つの大学にすら合格できず、浪人生活に入った。1年後、京都にある某私立大学に合格し、通った。偏差値37だったオイラには、もったいないくらいハイレベルな大学だった。女目当てだったにせよ、オイラは毎日予備校に通い詰め、バリバリの京大レベルの勉強をこなした。結果的にオイラは、京大とは言わないまでも、それなりの学力が身に付いたらしい。

彼女の、メガネの奥のまん丸い、きれいな瞳、長い、長い黒髪、清楚なファッション、真っ白な肌…。

今も、刻銘に記憶に残っている。

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2006年1月 7日 (土)

その日オイラは、ほ乳瓶とオムツを捨てた~人生で一番古い記憶~

それは、おそらく幼稚園に入る、ほんの少し前だと思う。

覚えているのは、オムツをはいているオイラが、初めてコップでジュースを飲んだのだ。おそらく、林檎ジュースだったと思う。両親と祖母が、「うまい、うまい」と誉めていた。その頃住んでいた家は、愛知県名古屋市の熱田神宮の近くだった。木造の狭苦しい家の1階の畳部屋。8畳ほどの部屋の片隅…何故か片隅にコタツがあり、父が猫背で座っていた。

オムツをはいている記憶は、この後途絶えているから、おそらく、オイラの記憶が確かならば、この日、オイラは初めてコップで飲み物を飲み、オムツを放棄したのだ。

これ以前の記憶は、必死に遡っても、存在しない。

実は、子どもの頃にも同じように記憶を遡ったことがあるが、やはり、この記憶から昔には遡ることができなかった。子ども心に、もしかして、自分はこれ以前に存在していなかったのではないかと、疑ったこともある。何故、この記憶が最古になるのか、いくら考えても分からない。ただ、平和な一コマだったことだけは、確かだ。

そして、この後の記憶は、いきなり幼稚園のバスが家の前を通り過ぎる。幼稚園通園第1日目の記憶だ。幼稚園の制服を着て、黄色いカバンを提げて、母親に連れられて、家の玄関を出た。すると、家の前を幼稚園の黄色いバスが通り過ぎた。オイラの左手にバスのお迎え場所があった。オイラは、生まれて初めて、家族から離れた。名前を呼ばれたら返事をする、という、普通のコミュニケーションができなかった。何度も怒られたが、卒園するまで治らなかった。

オイラの記憶が正しければ、昭和46年4月のことになる。

ちょうどこの頃、時代は高度経済成長期だった。名古屋市では、地下鉄の建設が着々と進み、路面電車が次第に姿を消していた。オイラは、祖父に連れられて、路面電車…いわゆる市電に乗った記憶がある。

昭和49年に地下鉄名城線の金山・新瑞橋間が開通。路面電車も市内から全廃された。生まれて初めて乗った地下鉄は、どんがらがっしゃんと、騒がしかった。現在のように冷暖房はなく、トンネルから下水臭い風が車内に吹き込んでいた。電車の音がうるさくて、車内では会話にならなかった。

実は、オイラは、両親から、これ以前の出来事を聞かされた覚えがある。何度も、何度も、しつこく聞かされたので、聞かされた記憶だけが鮮明に残っているが、残念ながら、その出来事自体は、今ではまったく覚えていない。

1970年に大阪で万国博覧会が開催された。両親とオイラは、新幹線で万博見物に訪れたらしい。関西弁を初めて耳にしたオイラは、とにかく関西弁が気に入ったようで、途中に立ち寄ったレストランで、覚え立ての関西弁を大声でしゃべって、失笑を買っていたらしい。万博の目玉でもあった月の石も、この目で見ているようだ。帰りの新幹線は大混雑で、父親に肩車されたオイラは、新幹線の入口の上部に頭をぶつけて、大泣きしたそうだ。

まだ3歳だったから、最初に書いた記憶よりも、さらに昔になる。

まったく覚えていない(-_-;)

両親には、よほど記憶に鮮明らしく、いつまで立っても、昔の話と言えば、この話題になる。何百回話されても、思い出せない。

両親には悪いが、もしかしてガセネタではないかと疑っている。

・・・・・・この記事は、眞鍋姉さんが委員長の「ブログ普及委員会」の「答えてブログ」にエントリーしています。

ban-s

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2006年1月 3日 (火)

どう抱きしめてあげたらいいのか分からないんだ…

SA340002抱こうと思えば、いくらでも抱いてあげられるけど、それは、これまで彼女の前に現れた男たちと何も変わらない気がしたんだ。

彼女が挑発し、それにいちいちキレて、結論が出ないのに罵りあい、双方が行き詰まると抱き合って、仲直りした気分に浸る。彼女は、彼氏が分かってくれないと腹を立て、怒りを募らせ、悲しさをため込み、リストカットする。彼は、腕を切っている彼女に腹を立て、惨めになり、無理矢理やめさせ、怒りをぶつける。そのうち彼女は精神的に破綻し、救急に担ぎ込まれる。

関係を維持できないのに、関係を終わらせることもできない。これは、とても悲劇的な恋愛なのだと思う。

でも…。

意外に多いのだ。自分の恋人や妻をコントロールすることで、自分のアイデンティティを保とうとする男って…。同時に、やめときゃいいのに、そこにはまってしまう女も…。

オイラは、彼女がこれまで繰り返してきた負の連鎖を断ち切らなければ、オイラ自身も幸せにはなれない、という、壁に立ちはだかってしまった。それは、彼女が変わらなければならない側面が大きいが、オイラも自分自身が変わらなければならない、ということでもある。

オイラも、自分の両親が「暴力」「借金」という負の連鎖を止められずにいて、オイラ自身がその連鎖を断ち切る使命を帯びている。

オイラは、ようやく、今年、何をしなければならないのか、自覚をした。

彼女をギュッと抱きしめると、まるで「子ども」を抱きしめているような、父親のような錯覚を覚えた。オイラが向き合っているのは、彼女のインナーチャイルドなのかもしれない。

“あなたも、殴りに来たの?それとも、私を抱きに来たの?”…少し怯えたような彼女の瞳は、オイラにそう語っているように思えた。

ううん。

違うよ。どちらでもない。

答えは、今も、オイラの中でくすぶっている。この答えを出すには、まず自分が変わらなければならない気がする。

今年は、そういう年にしたいと思っている。

明けましておめでとう。

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2006年1月 1日 (日)

2006謹賀新年

bord 新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

旧年中は、たくさんの方にブログを読んでいただき、心よりお礼申し上げます。今年も、相変わらず気ままで迷子ではありますが、ちょくちょくとマイペースにブログを更新してまいる所存でありますので、のんびりとお待ちくださいませ。

2006年1月1日 元旦

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