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2006年1月17日 (火)

阪神・淡路大震災から11年、言葉にならない…

ずーっと、この日のために何を書こうか迷ってきたというのに、ついに言葉が降りてこなかった。

1995年1月17日

この日、オイラは、自宅で寝坊していた。午前9時頃、電話が鳴り、目を覚ました。

「もんち、ちょっとテレビ見て…」

友達の声に寝ぼけながら、テレビをつけると、高速道路が倒れていた。阪神高速だった。京都や大阪の友達に電話をしてみたが、つながらなかった。

テレビでは、大阪方面から映した神戸の映像が流れていた。神戸のビル群の向こう側から、煙がもくもくと上がっていた。長田地区の火災だったらしい。夜になって、テレビは、炎上する神戸市内の映像を映し続けた。

その数日後、オイラは、今の会社への入社が決まった。

入社して、最初の取材は、都内の自治体から阪神地方への支援の内容だった。

この年の3月、地下鉄サリン事件が起きる。何故か、その日オイラは、自宅で寝ていた。たまたま、有給休暇をとっていた。いつも取材で使う地下鉄がパニックになっていた。その映像を、自宅からジッと見つめていた。

その時には気づかなかったが、日本の、何かが変わり始めたときだった。

あれから、11年が過ぎた。

日本は、今も、大地震が来るたびに、多くの犠牲者と被災者を出している。設計士がマンションの耐震構造を偽造し、都内には格安マンションが乱立している。

オイラは、今でも、あのサリン事件を起こした宗教団体の陳腐な曲を覚えている。その宗教集団は、名前を変えた今でも、地域住民と紛争を起こしている。

日本人は、あの震災で失った「何か」を、未だに取り戻せないでいる。

ホリエモン率いるライブドアに東京地検が強制捜査に入ったからといって、社会は何も取り戻すことはできない。人々の空しいため息だけが、後を引くだけだ。オジャマモンは、相変わらず、ハマったように国民の反感を買い、トカゲの尻尾役を演じる。

オイラたちが、あのとき失った「何か」とは、何か?

1月17日を迎えるたびに、自問自答している。

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