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2005年12月 7日 (水)

死を目の前にすると人は優しくなれるのかな

人の死に直面して、途方に暮れている人に、どう言葉をかけたらいいのだろうか。

オイラは、4人の家族のうち、父方の祖母を、中学生のときに亡くした。そのとき、悲しみに暮れている両親には、あまりかける言葉がなかったし、そもそも、生まれて初めて直面した死に、うまく向き合えなくて、変な言い方かもしれないが、少し照れくさかったのだ。

祖母は、1年ほど入院していた。町医者の触診で胃ガンが見つかり、病院で検査したときには手遅れの状態だった。数ヶ月ももたないと言われた。オイラは、おばあちゃん子だったから、電車で30分近くかかる国立病院へと毎日通った。

祖母の死は、突然訪れたが、それは、かなり前から予告されていたものだった。だから、驚きもなかったし、むしろ、淡々としている自分に驚いていた。

通夜は、いとこ同士の社交場になっていた。通夜だというのに、たくさん騒いで、たくさん笑った。不謹慎かもしれないが、誰もが吹っ切れていた。

大学時代、オイラと同じ年の友達が死んだ。が、その報告を、オイラは至って冷静に受け止めた。自殺だった。

オイラは、どうやら、死と冷静に向き合う癖というか、能力というか、変な性格がある。

今朝、友達から、「自分の友達が死んだの」と報告を受けた。

泣いている彼女に、かける言葉もなかった。

空を見上げると、雲の隙間から、きれいな青空が広がっていた。今日は晴天になるという。

「空になったんなら、きっと、今日の空は気持ちいいんじゃないかな…」

彼女は、「ありがと」とつぶやいた。

青空は、午後には雲一つなくなっていた。

気持ちいいな、と、空を見上げて、ため息をついていた。

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