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2005年12月の21件の記事

2005年12月31日 (土)

このブログを初めて訪れてくれた方へ、2005年をざっと振り返る、「そらめく日々」

今年もあとわずか、残り今日1日となった。

今年の一番の思い出は、やはり、ブログ普及委員会の「答えてブログ」で、眞鍋姉さんに紹介していただいたことだろう。おかげさまで、このブログには、たくさんの方が来ていただいた。今年の5月にブログがスタートして、180件を越える記事を投稿したものの、過去のブログまでさかのぼって読むには、少々手間がかかると言うもの。そこで、今回は、今年5月以来の記事の中から、代表的な記事だけを選んで、リンクしてみた。

雨の日には傘をさすのが当たり前と思っているでしょ。(5月30日)

アルコール依存症(6月5日)

sorameku(6月19日)

私たちの世代(6月28日)

選挙と髪の毛(7月4日)

聖書(7月5日)

京王線各駅停車(7月12日)

結婚式(7月24日)

眞鍋ねえさん、オイラ、せつないっす(8月5日)

ダンス(8月7日)

東海道本線の全駅を暗記している男(8月18日)

母の借金・父の借金(8月24日)

眞鍋姉さん、ひとり同窓会、オイラもやります(9月25日)

眞鍋姉さん、路チュウ禁止しましょう(10月6日)

眞鍋姉さん、職業病ならオイラにもあるよ(10月15日)

usu画伯(10月16日)

眞鍋姉さん、オイラも領収書には苦労するんだな(10月19日)

眞鍋姉さん、オイラの写真は危険や(/_;)(10月25日)

眞鍋姉さん、オイラ、歯医者に行ったことないんだよ(10月31日)

眞鍋姉さん、オイラの母も「マジで!!!?」なんだな(11月11日)

眞鍋姉さん、オイラの苗字は名古屋市に2件しかないよ(11月16日)

“自作自演”な転職スカウト~今だから笑える、2005年トホホな出来事~(12月5日)

生まれて初めて女性専用車に乗りました(12月22日)

この記事も含めて、今年投稿された記事は、全部で185件。閲覧件数は、30日現在8800件を越えている。

オイラのつたない文章につきあっていただき、心より感謝申し上げたい。

新年も相変わらずこんなノリで続けるつもりである。

それでは、良いお年を。

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2005年12月30日 (金)

2年間自炊をしない男のこだわり料理~これはウマイ!変だけどハマるレシピ~

オイラは、もう2年間、台所には立っていない。それは、いろいろな理由があるのだけれど、要はめんどくさいからだ。が、もともとは、オイラは料理が大好きで、カレーからハンバーグから鍋料理から毎朝の朝食にお弁当に至るまで、台所に立つのが似合う男だったのである。

そんな男の、なんじゃこら?でも、意外にハマるかも?というレシピを1つだけご紹介しよう。本来なら、実際に料理して、写真で紹介するのがいいのだろうが、最初にも触れたように、オイラは2年間、自炊から遠ざかっている。レシピの紹介にとどめることをご容赦願いたい。

用意するのは、アスパラオリーブ油

まずは、アスパラを食べやすい大きさに切り(おおざっぱだなあ(^_^;))、太さが大きいようなら少し切り目を入れよう。フライパンにサラダ油を大さじ1杯程度入れて温め、油がなじんだところで、アスパラを3~4本程度炒める。アスパラに熱が通ったら、焦げないうちに、アスパラの上から卵を落とし、目玉焼き状態にする。フライパンにふたをして、しばらく蒸し焼きにする。水を入れると蒸しすぎるので、ここは水は入れない。黄身が半熟の状態でふたをとり、お皿に盛る。上から、オリーブ油をたっぷりとかけよう。

料理名が決まっていないなあ(^^;)

アスパラエッグオリーブ風味…ってことでいかがだろうか。誰かに教えてもらったのか、本で読んだのか、覚えがない。でも、トロリと半熟の目玉焼きの黄身を遠慮なく破壊して、アスパラをそれに混ぜて食べると美味。オリーブ油の風味もいいし。

フランスパンを焼いて、カリカリかじりながらってのはいかがだろうか。100%のオレンジジュースなんか飲んでね。

うーん…(-_-)

なんか普通すぎるなあ(^_^;)

ごめん、眞鍋姉さん、やっぱ、ぶっちゃけるわ!(^^)!

オイラは、大学時代は、家賃が月1万8000円の部屋に住んでいた。トイレも共同の、4畳半の部屋。しかも、部屋の形は三角形という、妙な部屋である。何もかもかさばって仕方ないのだよね。毎月12万円くらいで生活していた。今では考えられないくらいの貧乏生活だった。

こんなとき、オイラを支えたレシピは…、

マヨネーズ丼

作り方は簡単である。どんぶりにご飯をたっぷり盛って、マヨネーズを上からたっぷりとかけよう(笑)…これだけ、ほんまにこれだけである。実家から送られてきた焼き海苔といっしょに食べても美味しい。海苔とマヨネーズは意外に合うのだ。

もう少し食費に余裕があるという方には、こんなのはいかがだろうか。

厚焼き玉子丼マヨネーズ風味

作り方は簡単である。どんぶりにご飯をたっぷり盛って、厚焼き卵を作って、ご飯の上にきれいに並べよう。その上から、マヨネーズをたっぷりとかければ完成(笑)実家から送られてきた焼き海苔といっしょに食べても美味しい。海苔と卵とマヨネーズは意外と合うのだ。

野菜が足りない?うん、そういうベジタリアンなあなたには、

ツナキャベツ丼マヨネーズ風味

作り方は簡単である。どんぶりにご飯をたっぷり盛って、キャベツの千切りをのせる。ツナ缶を開けて、キャベツの上にのせよう。その上から、マヨネーズをたっぷりとかければ完成。ツナ缶は、100円ショップで売っているのをまとめ買い。キャベツは、丸ごと1つ買えば、当分このレシピで生活できる。

ん?そろそろ気づいてもらえただろうか。

オイラは、生粋のマヨラーである。

とにかく何を食べるのも、マヨネーズである。さすがに持ち歩くことはしないが、家ではマヨネーズが欠かせない。

おかげさまで、オイラは20代後半で脂肪肝の診断を受けた。

マヨラーの諸君、健康にはくれぐれも気を付けてほしい。

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この記事は、「ブログ普及委員会」の「答えてブログ」にエントリーしています。

ban-s

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2005年12月29日 (木)

もう、かれこれ5年近く、年末年始は東京で過ごしている。

最初は、2001年の年末だったと記憶している。

暮れが近づいてきた頃から、オイラの会社には、ガラの悪いおっさんから、借金の取り立ての電話が入るようになった。もちろん、オイラは、そんなガラの悪いおっさんから借金をした覚えもないし、仮にお金を借りたとしても、おそらく、ほとんど期日に返しているはずである。としたら、私の借金ではない。最初は、母の借金だった。それが、電話が増えるにつれ、父の名前も出てくるようになった。自宅にも電話がかかるようになり、オイラは、携帯電話と自宅の電話番号を変えた。実家に電話をしても電話は通じないし、恐ろしくて帰省などできなかった。年末年始という、独特の時期が無性に気持ち悪くなり、自宅以外の場所で年末年始を過ごすことを決めた。

とはいえ、オイラの知り合いは、大抵結婚していたり、田舎に帰省している。そこで、その年の年末年始を、都内のホテルに籠もることに決めた。場所は、お台場に近い、シングルで1泊1万円前後で宿泊できるビジネスホテルである。

ホテルで年末年始、なんていうと、すごくデラックスに感じるかもしれないが、男が1人で宿泊しても、大してやることもない。酒を持ち込んでは、テレビを見て、眠り、メシを食い、そんな自宅にいるのとほとんど変わらない生活だ。ただ、常軌を逸した実家の世界から解放されたという実感だけが、やけに身にしみて、ホッとしていた。

それ以来、オイラは、年末年始を毎年同じホテルで過ごしている。

実は、今年、例年とは違うホテルを予約した。理由は、今年は、いっしょに過ごす人がいるからだ。いつもと同じようで、随分違う年末年始を迎えることになった。

「トトロの着ぐるみで過ごそう」「あなたは、猫バスね」

そんな話題で1週間ほど盛り上がったが、あえなく却下された。予想外にグレードの高いホテルと分かり、それなりにシャキッとチェックインすべきと思ったのだ。

「せめて、マヨネーズの抱き枕はだめかなあ…」

相方の、そんな最後の望みは、とりあえずペンディングしている。猫バスよりはマシかもしれないが、そんなの抱えて持ち込むのか。こっそり持ち込めないか。

そんなアホな心配をしていると、ふと実家の両親のことも思い出した。

生きているのか、死んでいるのか。

名古屋は、19年ぶりの大雪なのだそうだ。

オイラも、相方も、いろいろな事情から、両親と決別を余儀なくされている。そんな2人が、ひょんなことから出会い、年末年始を過ごすことになった。それにしても、ハイヤーパワーは、オイラたちをどこに導こうとしているのだろうか。

マヨネーズの抱き枕くらいいいではないか。

そんな気分になってきた。

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2005年12月28日 (水)

仕事納めの日まで仕事をしていたのは、入社以来、初めてのことじゃないだろうか?

今日は、仕事納めの日。オイラの会社でも、半分くらいの社員は、とっくの昔に有給休暇で休んでいた。職場に現れた社員も、何か仕事があるというよりは、むしろ、やることがなくて、仕方なく会社に来てしまったとか、夕方に催されるささやかな飲み会、会社が出してくれるからタダなのだけど、これに出席するためだけに、わざわざ会社に来る、という感じの人がほとんどだった。

ところが、オイラは、朝からフル回転。

午前中は、仕事のお得意様宛の年賀状の宛名書き、そして、国家官僚は、ギリギリまで働いているんだね、午後は、国の、とある省庁の会議を取材に麻布十番へ。会社に戻ると、すでに、ささやかな宴会が佳境を迎えていて、参加者はすっかり酔いが回っていた。オイラは、食べ残しの寿司を片づけると、あっさりと会社を出た。

「良いお年を…」

思えば、入社して11年にもなるが、仕事納めの日まで仕事をしていたのは、初めてのことかもしれない。新年明けの新聞のこともあるので、ゲラの確認に半日だけ出るなんてことはあっても、ここのところ、クリスマス以降には働いた試しがない。2年前は、クリスマスイブが事実上の仕事納めだったし、昨年もクリスマス以降に1日だけ出社したのみだった。

年末の、この時期が大好きだ。朝のラッシュも、人が少なくて、座って新宿に出られる。東京は、帰省の時期にみんな首都圏を脱出するから、街中の人が少なくなっていき、オイラの街なんか、人気がなくなる。気持ち悪いくらい、静かになる。ゆっくりと自分を振り返るには、ちょうどよい静けさだと思う。天気も良いし、空気もきれいになる。

そらめくには、最高なのだ。

なので、こんな時期に仕事をするのは、もったいないと思う。なのに、今年は、バリバリと仕事をしていた。

少し、何かが変わりつつあるのかもしれない。

ところで、

眞鍋姉さんがオイラのブログを選んでくれたおかげと、あと、眞鍋姉さんのブログの記事に、かなり早い時期にトラックバックしたことから、この数日、ものすごいアクセス数となっている。最高で1日1000件。今年5月にブログがスタートしてから、総数が7000件なので、たった数日で2000件以上を記録したことになる。

書くことを仕事としている人間としては、嬉しい限りである。

でも、ちょっと怖い。

眞鍋姉さん、オイラは、少しビビっているよ…。

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2005年12月26日 (月)

ブログ普及委員会「答えてブログ」の第1回お題でオイラの記事が選ばれました。

真鍋かをり姉さんを委員長に始まった「ブログ普及委員会」の「答えてブログ」の第1回目のお題「今だから笑える、2005年トホホな出来事」にエントリーしたところ、オイラの記事が選ばれた。

〝自作自演〟な転職スカウト~今だから笑える、2005年トホホな出来事~

真鍋姉さんのコメント付きで紹介されている。

姉さん、ありがとう。

取り急ぎ、ご報告まで。

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特製バナーが届きました。(12月27日)

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2005年12月25日 (日)

眞鍋姉さん、メリークリスマス(T-T)

姉さん、もういいよ。これ以上、自分をいじめなくていいから…(笑)

オイラは、ライブのハシゴでした。晩ご飯は、ロースとんかつ定食でした。美味しかったです。帰ってきてから、ショートケーキ食べました。食べ過ぎて、おえっと来ました。

眞鍋姉さん、メリークリスマス。

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2005年12月23日 (金)

大好き

大好き。愛しているよ。好きだよ。好きだってば。大好きだよ。好きって言ってるのに。愛している。好き。崇拝しています。大好きなんだよ。好き、好き、好き、好き、好き。愛しているんだよ。愛してるって。好きさ。嫌い?好きだよね。愛してるもん。大好きだもん。大、大、大、大、大好き。

え、何が言いたいかって?

いえ、ちょっと、やってみたかっただけ。

「ダーリン、うちのこと、好きっていうっちゃ!」

いや、そーゆーことでもなくって。

「どうして、好きの一言が言えないっちゃ」

だから、連発してるじゃん。

いや、ほんと意味ないっす。

イブは、街中が「好き」であふれている。だから、こんな風に「好き」で埋もれていてもいいかもしれないって…。照れ隠しもなく、そんなこと言えるのは、こんなときしかないような気がしない?

大好きです。

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2005年12月22日 (木)

生まれて初めて女性専用車に乗りました

え、お前、男だろって?

はい。37歳独身のおじさんである。

今夜、会社を出ると、自由が丘マルディグラでウエタマミコさんのライブがあり、渋谷から東急東横線の急行に乗り込んだのだ。年末ということもあってか、車内はあまり混んではおらず、車両の前に行けば席が空いているような気がしたのだ。そこで、オイラは、長いホームを延々と歩き始めた。

しばらく歩くと、やはり一番前の車両は、ガラガラだったのである。オイラは、しめたと思い、空いている座席に座った。

誰もが無口に下を向いていた。だから、最初は気づかなかったのである。

オイラは、心からほーっとため息をついた。

ん?

車両の窓に、「女性専用車」のマークを見つけた。やられた。この車両には、女性しかいない。が、あまりにも当たり前のようにオイラは、そこにいた。

もちろん、スカートははいていない。背広である。

もちろん、化粧はしていない。おっさんである。

が、オイラの空気は、無に近かった。

ただ、甘い香りがした。

「違う…」

オイラの声で、ようやく周りのほんの一部の女性が、オイラの存在の異常に気づいた。

オイラは、慌てて、車両から飛び出した。

その間、ほんの数分間。

実は、オイラが普段利用している京王線は、一番新宿よりの車両、つまり下り電車なら最後尾が女性専用車両なのである。しかも、普段オイラは、各駅停車にしか乗らない。なので、女性専用車がどこかなんて、意識することなど、ほとんどないのだ。ところが、東急は、逆に下り電車の進行方向の一番前が女性専用車、しかも、今日はライブの時間に間に合わないかと思い、急いでいたため、急行に乗ったのだ。

いや、言い訳はいい。乗ったオイラが悪い。

せめて、「ごめんなさい」とくらい、言えば良かった。

っていうか…、

女性の皆様…、

間違えていたら、ちゃんとつっこんでくださいよ!!!

女性専用車の乗り心地は、意外に甘酸っぱかった。

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2005年12月21日 (水)

「かかりつけ医」という概念を知っている人は少ないだろうな

オイラは、季節の変わり目に、必ず風邪をひく。特徴があって、いろいろな症状が混ざり合っても、必ず下痢を伴うのだ。時には、下痢以外に症状はほとんどなく、でも、結果としては風邪だったということがある。

今回も、そのパターン。

下痢が止まらなくて、午前中、苦しい思いをしながら仕事したので、早めに撤収して、自宅の近所の診療所に向かった。典型的な町のお医者さんである。風邪くらいの軽い症状でよく通う、いわゆる、行きつけの医者である。

主治医は、白髪が素敵な初老の男性。「下痢です」と言うと、カルテを眺めながら、「いつのもかな」とつぶやいた。そう。前も、その前も、その前の前も、ここに来た理由は、下痢とその他諸々だった。

この診療所、検査をほとんどしない。オイラは、通い始めて6年ほどになるが、尿検査も血液検査もしたことがない。大丈夫か?と思うかもしれないが、会社の健保で1年に1回健康診断があるから、どちらもまったくやらないわけではないのだ。

主治医は、いくつかの質問のやりとりを経て、お腹の触診をして、すぐにカルテに処方箋を記入する。

これだけ。

今日も風邪の薬と下痢の薬を出してくれた。

時々、江戸時代の、よく大岡越前とかに出てくる小石川養生所だか何だかと思うことがあるが、しなくてもいい検査をする病院よりマシだと思っている。

「いつもの」って一言で病気を見抜くところなんて、いかにもそれっぽい。

「かかりつけ医」というのをご存知だろうか。最初から総合病院で診察してもらうのではなくて、最初に近所の診療所のかかりつけ医に診察してもらい、病院を紹介してもらう。医療の順番は、そういう原則がある。今日、いつもの主治医と、いつもの病気ですと言われ、いつもの薬をもらい、帰ってきて、こーゆーのは総合病院にはないよなあと感心していた。

ほら、もう、下痢は治っている。

もっとも、大病を見落としていないという確信はない。それは、たぶん、毎年の検診の役目なんだろうと開き直っている。オイラなりの役割分担というものなのだろう。

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2005年12月20日 (火)

誰のために泣いたら良いか分からないけれど

真夜中にふと目が覚めてしまった。ふと気づくと、オイラは、暖かい布団に包まれていて、隣の布団では、彼女がジッとオイラの顔を見つめていた。「ん?」とオイラが首を傾げると、彼女は、「ううん」と首を横に振った。時間はもう、午前2時半を過ぎていた。しばらく、2人で天井を見上げていたら、彼女が、「そっち行っていい?」と。オイラが、うんと頷くと、彼女は満面の笑みを浮かべて、オイラの布団に飛び込んできた。「あったかい」と、彼女がオイラの胸元に顔をうずめた。ほんの10分くらい、お互いにギュッと抱きしめていた。でも、彼女は、「ううっ。暑いよ」と、身をよじり始めた。「暑い?」「サウナみたいだよ(笑)」「オイラって、他人より体温が高いのかな」「熱ある?」「いや、たぶん、36度5分」「不思議だあ」…ふと、自分のパジャマを触って、汗でビショビショだと気づいた。「ほんとだ」…何だかおかしくて、お互い笑っていた。

笑っていたのは、ほんの数十秒だった。

急にオイラは、フラッシュバックに襲われた。孤独や憎しみ、憎悪、怒り…、この2年間、封印していたものが、解き放たれるような感触に襲われた。

「今まで、何て寒いところで、たった独りで生きてきたんだろう…」

そう思ったら、涙がポロポロと流れてきた。彼女が、驚いた顔をして、枕元のタオルでオイラの顔をぬぐった。

次の日、彼女は、モンブランのケーキを丸ごとプレゼントしてくれた。モンブランの上には、「2周年おめでとう」というチョコのプレートがのっていた。「以前言ってたでしょ。丸ごとがぶって食べるのが夢だって…」

彼女の部屋で、オイラは、モンブランにかぶりついた。彼女が嬉しそうに、ケータイのカメラでそれを写していた。

12月24日クリスマス・イブ。

オイラは、その日、いろんな意味で、「2周年」を迎える。

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2005年12月19日 (月)

バラで30枚買っちゃったよ~宝くじ当たったらどうする!?~

買ったよ。「ブログ普及委員会」の「答えてブログ」にエントリーするため、買っちゃったよ。バラで30枚。買いもしないのに、ネタにはならんもんなあ(^_^;)

会社でさっそく、横に座る2人の同僚に聞いてみた。

「宝くじ、当たったらどうする?」

「しんかい2000で日本海溝に潜ります」

「そ…それは、夢にあふれているね~(^^;)」

「いくらくらいかかりますかね」

「さ…、さあ…、でも、3億円当てても、足りるかなあ」

「そうですよね。国家予算を使って潜るくらいですもんね」

ところで、調べてみたら、「しんかい2000」は、現在、引退して、今は、「しんかい6500」なのだそうだ。ちなみに所有しているのは、独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)。もしも、彼女が3億円当てたら、売ってあげて欲しい(無理)。

「そういう、あなたは?」

「オイラっすか。うーん、

全額1頭の馬に賭けてみるかな

「それいいですね。でも、可能なんですか、そんなこと…」

「当てちゃったら、すごいことになるよね」

万馬券なら、JRAが潰れちゃうかもしんないなあ。

うーんと、2人で悩んでいると、ふと気づいた。

どっちも、3億円当てても、実現できないかもしれない。

っていうか、問題は、額の大きさなのか?

もう1人、入社したばかりの女の子は、にっこりと笑い、こう語った。

「あたし、マレーシア、行きたいです(^^)」

い…いいのか?

余っちゃうぞ。

っていうか、宝くじ当てないと、行けないのか?(@_@)

で、思ったのである。

リアリティのない想定では、人間の想像力は貧困なのである。

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ところで、オイラは、宝くじを買うとき、連番を買わない。当選番号を確認するとき、連番だと、すぐに全部外れと分かってしまうからだ。1枚、1枚、当たっているかどうか、確認しながら、友達や恋人と盛り上がりたい。「きゃーっ、惜しーっ!」って。

今回も、バラで30枚。

あ、いけね。

「1等と前後賞あわせて3億円」

これじゃあ、3億円、当たらないや(T_T)

ban-s

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2005年12月16日 (金)

疲れた…

とにかく休みたいときは、思い切り休みたいよね。

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2005年12月15日 (木)

「ブログ普及委員会」でサバを読まされた?

眞鍋委員長の「ブログ普及委員会」がスタートし、すでに委員は5000人に達しようとしている。ここに、委員のコメントを毎週更新しているページがあって、12月15日現在、オイラのコメントもちゃっかり載せてもらっているので、探してあげてほしい。このブログへのリンクも張ってある。ついでに、オイラの年齢まで書いてある。

ところで…。

オイラは、33歳ではない。

いや、別にいいんだけどね。

委員に申し込んだ人は分かると思うが、フォームには、年齢を書き込む欄はなくて、生年月日を入力するようになっている。なので、オイラが、サバを読んでいるわけではない。計算ミスだろうか。

眞鍋姉さん、気を使わせてしまって、すまんね(違うって)

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2005年12月13日 (火)

クリスマスだからといって、無理に抱き合う必要はないんじゃないかと…

…理屈っぽいこと言ってないで、彼女をどう満足させるのか、冷静に考えたほうがいいし、いないなら、さっさと探したほうがいいと思う。

前にも書いたが、オイラは、プロテスタント系の高校に通っていたので、クリスマスが何を意味するのか、よーく知っているし、本場のクリスマスがどんなに質素で、霊験あらたかなものなのかを理解している。第一、オイラの高校は男子校だから、クリスマスと女は、どんなに想像しても結びつくことはなかった。

では、今の日本のクリスマスの乱痴気騒ぎに、このブログでもの申してもいいではないかと思うかもしれない。が、オイラは、これはこれで楽しむ主義である。

確かに、何もこの時期を狙って、男女が抱き合う必要があるとは、さっぱり思えない。やりたいときにやればいいではないか。

まあ、眞鍋姉さんが路チュー禁止を唱えていたのも分からないでもないが…。

が、イルミネーションに心をときめかせ、空を舞う雪に心躍らせるのは、実に普通で当たり前の感性ではないか。

オイラの友達は、イルミネーションで地球の温暖化を危惧していたが、地球の温暖化はクリスマスのせいではない。

楽しみたいときに楽しめない人間は、資本主義社会では生き残れないよ。

いや、そんな難しいことを考えなくとも、きれいなものは、きれい。気持ちよいものは、気持ちよい。素敵なものは、素敵。誰が考えたのか知らんが、そこにどんなロマンスを描くかは、人それぞれ勝手なのである。

なので、オイラは、今年も、楽しもうと思っている。

もうすぐクリスマス。

キリスト殿、しばらくの大騒ぎ、許してくだされ。

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2005年12月12日 (月)

手帳を変えたら、楽になりそうな気がする

今日、新宿のロフトで来年の手帳を買った。手のひらサイズでポッケに入る。書き込む場所が少なくて、計画を立てるのが苦手なオイラにとっては、ちょうどよい大きさだと思った。見開きで1週間だけれど、1日分には、小さなハコが4つと、メモ欄がほんの少し。

大学時代、生まれて初めて買った手帳は、最初、手のひらサイズの小さなものだった。昔の警察手帳みたいなやつ。でも、しばらくしたら、A4サイズのデカい本みたいな手帳を買った。ギッシリと予定が組まれて、それだけで充実感でいっぱいだった。

そのうち、そんな大きな手帳は、「手」帳とは思えず、しかも、持ち運びしにくいから、システム手帳に変えた。

手帳の中身は、時間別に予定が書き込めるタイプがお気に入りだった。

何時から何時は、何をして、何時から何時は、誰に会って…。

予定が埋まれば、そこに生き甲斐があった。

でも…、

先日、昔の手帳が見つかった。仕事の鬼で、毎日、朝から晩までスケジュールが埋まっていた。仕事だけじゃなくて、何もかも、予定が入っていないと気が済まないくらい…。

で、もしかして、自分は、自分の予定があって手帳があったのではなくて、手帳が先にあって、それにコントロールされる自分があったような気がした。

そう言えば、一時期、手帳をやめて、PDAにしたことがある。アラームの電子音で規定される、オイラの生活、一挙手一投足。

オイラは、手帳にコントロールされるのは、よそうと思った。

来年は、この小さな手帳を頼りに、毎日が始まる。いや、12月19日から書き込めるから、そこからスタートかな。

さあ、何から書き込もうか。

また、新しい1年が始まる。

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2005年12月11日 (日)

「生きとし生けるもの」といえば…?

「生きとし生けるもの」という歌を歌っている人といえば、おそらく、ほとんどの人が、森山直太朗さんのことを想像するかもしれない。が、オイラは、彼がテレビで歌い始める、かなり前から、「生きとし生けるもの」といえば、木下直子さんのほうを想像してしまう。

とにかく、日本人が、毎日、こんなに「生きる」ことを考えさせられるのは、おそらく戦後、初めてのことではないだろうか。今日は、京都で塾の講師が小学生を殺したし、つい先日は、広島で外国人が女児を殺し、直後には栃木の女児が殺された。

イヤな事件ばかり。どれもこれも、弱い生命が犠牲になる。しかも、何かとてつもなく壮大な世界観があるわけではなく、動機はちっぽけなことで、子どもっぽい。それを大人がやるから、さらに、せつない。

人間は、途方もない同胞たちを傷付け殺しながら、それでいて愛に飢えていて、寂しがりやの生き物だ。戦争で罪のない人を殺す癖に、愛を求めて群れたがる。

木下ちゃんの「生きとし生けるもの」は、そんな愚かで、愛おしい人間たちを讃える。

今夜は、四谷天窓.comfortで木下直子さんのワンマンライブ。アンコールで歌ったのが、「生きとし生けるもの」だった。

彼女の声は、おそらく、この歌を唄うために空から与えられたものだと思える。声自体が清涼剤というか、空気を震わせ、清らかにする力がある。だからこそ、こういう歌を歌うだけの説得力がある。

・・・・・・・・・・

ところで、今夜、ライブが終了し、木下ちゃんに声をかけると、彼女は、ニヤリと微笑み、人差し指でオイラのお腹をつんつんとつついた。

「つんつん」

最近、予告なく、オイラのお腹をつんつんする女性が増えつつある。

オイラのお腹は、八百屋のトマトじゃありませんから!

っていうか…

出てきました。

出てきましたよ、オイラのお腹…。

撃沈(T_T)

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2005年12月 7日 (水)

死を目の前にすると人は優しくなれるのかな

人の死に直面して、途方に暮れている人に、どう言葉をかけたらいいのだろうか。

オイラは、4人の家族のうち、父方の祖母を、中学生のときに亡くした。そのとき、悲しみに暮れている両親には、あまりかける言葉がなかったし、そもそも、生まれて初めて直面した死に、うまく向き合えなくて、変な言い方かもしれないが、少し照れくさかったのだ。

祖母は、1年ほど入院していた。町医者の触診で胃ガンが見つかり、病院で検査したときには手遅れの状態だった。数ヶ月ももたないと言われた。オイラは、おばあちゃん子だったから、電車で30分近くかかる国立病院へと毎日通った。

祖母の死は、突然訪れたが、それは、かなり前から予告されていたものだった。だから、驚きもなかったし、むしろ、淡々としている自分に驚いていた。

通夜は、いとこ同士の社交場になっていた。通夜だというのに、たくさん騒いで、たくさん笑った。不謹慎かもしれないが、誰もが吹っ切れていた。

大学時代、オイラと同じ年の友達が死んだ。が、その報告を、オイラは至って冷静に受け止めた。自殺だった。

オイラは、どうやら、死と冷静に向き合う癖というか、能力というか、変な性格がある。

今朝、友達から、「自分の友達が死んだの」と報告を受けた。

泣いている彼女に、かける言葉もなかった。

空を見上げると、雲の隙間から、きれいな青空が広がっていた。今日は晴天になるという。

「空になったんなら、きっと、今日の空は気持ちいいんじゃないかな…」

彼女は、「ありがと」とつぶやいた。

青空は、午後には雲一つなくなっていた。

気持ちいいな、と、空を見上げて、ため息をついていた。

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2005年12月 6日 (火)

眞鍋姉さん、オイラの寝ぼけっぷりも、かなりのもんだよ

眞鍋姉さんが、空港での寝ぼけ話を披露しています。寝ぼけっぷりでは、オイラも負けません。いや、特に、バスの中っていうのは、やけに静かだから、ちょっとした独り言や寝言とかが、よく聞こえるんだな。

以前、広島に一人旅に出た帰りの夜行バスでのこと。

オイラは、朝方に悪夢を見るタイプなんだな。広島から夜行バスで東京に向かった、翌朝やったけど、

暴走トラックをオイラが運転して、あちこちを破壊しながら爆走する夢

を見ていたんだ。ストレスたまってたんだろうなー。

ちなみに、オイラ、運転免許、持っていない。無免許なのだ。←夢だっつうの

暴走するトラックは、揺れに揺れながら、前方の巨大ビルに向かい、突撃していくわけだわさ。ブレーキもきかない。ハンドルも回らない。

ああああああああっ!!!!!!!!!!!

叫んでいた。

夢の中で、ではなく、もうそのときは目覚めていて、夢の続きで叫んでいた。

高速バスの満員の乗客が、オイラを眠そうに見つめていた。

バスは、ちょうど首都高をのんびりと東京に向けて走っていた。

こーゆーとき、お互い、どういうリアクションをとればよいか、分からない。

ただただ、無表情に再び目をつむるしかない。

・・・・・・

そういえば、ここんとこ、会社の帰り道は疲れることが多くて、帰りの電車で思わず、間違えた駅で降りることがある。

オイラの降りる駅は、急行や快速が止まる駅だから、急行や快速なら混んでいて、あまり座ることはない。けれど、そんな混雑が嫌いだから、空いている各駅停車でのんびりと帰る。すると、いつの間にか、こくり、こくりと眠りにつく。

はっ

と、気づいて、周りを見渡す。

あっ、降りなきゃ!

ガバッと起きて、ホームに飛び出す。

すると、駅は、全然関係のない駅だったりして、最近だと、冷たい風が吹いている。

さぶっ(T_T)

ガバッと起きると、電車を降りなきゃっていう強迫観念は、どっから来るんだろう。

お酒を飲んでいた頃は、夜中の電車に乗って、よく駅を乗り越して、とんでもないところで気がついて飛び降りたなんてことあるけど。あの頃の反射神経が残っているのだろうか。

あ、そうだ。

寝ぼけて、ネクタイをつけずに家を出たとか、靴下をはいていなかったとか、財布も定期も持っていなかったとか、真冬なのにコートを持たずに出たとか、雨なのに傘をさしていなかったとか、駅に着いてから、土曜日で休みだと気づいたとか、そんなボケは、日常茶飯事である。

そそ。やはり、一番痛かったのは、土曜日だと思って起きて、昼頃になってテレビで「笑っていいとも」をやっているのを見て、平日だと気づき、愕然としたことだろうか。

えーっと、ところで、今日は何曜日?

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2005年12月 5日 (月)

〝自作自演〟な転職スカウト~今だから笑える、2005年トホホな出来事~

まだ1年も過ぎていないけれど、もう勝手に時効にしようと思う。先方には申し訳ないが、暴露してしまおう。

年明け早々、オイラのメールに、ある会社のエラい人から連絡が入った。

「近況などお聞きしたくメールいたしました」

この方は、昨年、転職しようと採用試験を受けた会社なのだ。そのときはあっけなく落とされたものだから、あまり良い印象はない。が、「お昼を食べませんか?」というので、美味しいランチをおごってくれるなら嬉しいなと、ヒョコヒョコと先方へ出向いたのだった。が、これが、驚くべき話をされた。

「もしも気が変わっていないなら、うちに転職しないか?」

マグロ丼を食べる手がぴたりと止まってしまった。

何っ?

あんた、一度、オイラを落としたじゃないか!

この方、オイラを落としたときに、履歴書をちゃっかり自分の机にしまい込んで、チャンスがあれば、オイラを入れることができないかと企んでいたらしい。そのときは、年齢が高いからと落としたが、年末に突然、会社の中堅が2人も退社して独立するものだから、その穴埋めに即戦力が欲しいという話だった。

それにしても、個人情報保護にうるさい時代に、履歴書をこっそり隠してましたって、あんた、そりゃ、ビミョーだよ。

が、突然舞い込んだ転職話に、すっかりオイラは食いついてしまった。

「よろしくお願いしますm(_ _)m」

即決した。先方は用意周到で、その時点で、代表取締役の面接、健康診断と研修の日程、3月1日入社という具体的なスケジュールまで決まってしまった。

「社長との面接は、形式的なものだから…」

この一言が、怪しかった。

オイラは、それを受けて、すぐに現在の会社の、一部の人間にだけ、転職する旨を伝えた。何人かの同僚が、「思いとどまれ」と、説得に来た。が、その1つ1つを説き伏せて、あとは会社に退職願を出すだけ、というところまで来た。

さて、代表取締役との面接である。

その会社は、霞ヶ関に近いビルの1室にあった。社長は、憮然とした表情で面接会場に現れた。

ん???

社長「君は、うちに来ると年収が下がるみたいだ。やめたほうがいい」

な・・・・なんですとーっ(?_?)

オイラ「ある程度下がるのは、承知の上でお受けしましたが…」

社長「いや、絶対後悔する。そうやってうちに入社して、居着いた試しがない」

は・・・・・はあっ?

社長「だってなあ、うちの連中、変なやつばっかりだからなあ、絶対、後悔するよ」

・・・・・・???????

社長「もう一度、考え直してみてくれ」

ぼう然。

その日、夕方、メールが来た。

「実力とお人柄については、全員が認めるところでございますが、年収の件などを含め、現在の職場にいてもらったほうが、よろしいのではないか、ということになりました」

転職を誘ったのは、あんたたちですから!!!!!

そんなわけで、オイラは、今も、細々と今の会社で働いている。

正直言って、オイラの転職をやめさせようと説得にあたった同僚たちが、一番驚いているし、彼らにとっては、もう、笑い事ではなくなっている。

オイラは、とりあえず、笑ってやろうと思う。

本当は、社名まで暴露したい気持ちなのだが、とりあえず、そこは理性を働かせて、踏みとどまりたい。

ただ、社名を聞いただけで、今にも爆発しそうな会社だということだけは、明かしておこう(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、この記事は、眞鍋姉さんが今日からスタートした「ブログ普及委員会」の「答えてブログ」にエントリーするために書いています。

kt01

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2005年12月 4日 (日)

EZナビウオークを使ってみたものの…

ケータイを、ドコモからauに変えた。auといえば、EZナビウオーク。ケータイのGPS機能を使い、目的地までのルートを地図と音声で道を教えてくれるサービスなのだ。

さっそく、案内してくれる音声を、加藤ローサちゃんの声にした。

自宅から駅までを検索。自宅の前でさっそくEZアプリを起動して、加藤ローサちゃんの案内でナビが始まった。

「100メートル先を右ですよ」とか「左ですよ」とか、ラブリーな声で教えてくれる。

うーん。なるほど、快適だ。

自宅から駅までおよそ8分程度。

ルート通り、駅の目前までたどり着いた。目の前は、ホームがある。

が・・・。

思わぬ障害が立ちはだかった。

踏切である。

ナビは、駅の南側の道を直進し、もう100メートルほど歩けば駅南口の改札口にたどりつくところを、何故か直前の踏切を渡り、北口の改札口に向かうルートを選んでいた。

何せ、加藤ローサちゃんのナビである。

ローサちゃんの声を無視して、ルートを外れることなど、できるものか。

が、そんなオイラの思いは空しかった。

この踏切は・・・

開かずの踏切なのである。

右から左から、次々と来る電車。時間はあっという間に5分以上が過ぎた。踏切は開く気配がない。

オイラは、決断した。

ごめん、ローサちゃん・・・(/_;)

オイラは、EZナビウオークを終了させ、ケータイをしまい、南口へと向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、今夜は、ライブ解禁第2夜。

松岡ヨシミちゃんとつだみさこさんのライブで、代官山NOMADへと向かった。

例によって、つだみさこさんの言葉は、心地よい。

「無事生き残ってるって、すごいことなんですよ」

「生きてるんですから、まあ、まあ…」

悲惨な事件ばかりを目にするけれど、“あたたかい”って、こういうことだなと思う。

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2005年12月 3日 (土)

断酒から2年が過ぎて

断酒を決意したのは、2年前の11月末だった。何もかも失ったような虚脱感に見舞われて、目の前に大きな穴ぼこで開いたままで、しかも、その穴ぼこの中は、とてつもなく奥深い暗闇に包まれていて、一歩間違えば、逆さまに落ちてしまうような怖さがあった。

この穴ぼこに酒を注ぎ込めば、どこまでも埋まることなく、酒が注入され続けるような気がしていた。この穴は、少々のアルコールで埋められるような、簡単なものではなかった。たぶん、これから先、飲み続ければ、命が尽きるまで永遠に飲み続けなければならなくなるような恐怖感に襲われた。

壊す家庭でもあれば、むしろ壊すまで飲んで、底を見ることもできたかもしれない。が、オイラには、壊す家庭もなく、尽きるところは、即、「死」ということが、すぐに想像できた。

これまで、あまりにも重すぎる荷物を抱えて、必死に生きてきた。ここで、あらゆる重荷を下ろさなければ、取り返しのつかない闇の奥まで、永遠に突き落とされるに違いない。もう、ありとあらゆるものを、いったん降ろそう。そのためには、重荷を背負うために必要だった、アルコールは、まず最初に捨てようと思ったのだ。

あれから、2年が過ぎた。私は、相変わらず同じ場所で同じように生きている。が、何もかも同じようで、何もかも変わっている。

時間が過ぎれば、周りも、以前のオイラを思い出して、元に戻そうと躍起になる。でも、いったん降ろしてしまった荷物は、もう抱えることはできないだろう。

ふと、もう1年以上、主治医と会っていないことに気づいた。

「気が向いたら来てください」

そう言われて、それっきり、気が向くことはなかった。

ここのところ、昔の穴ぼこが悲鳴を上げることがある。理由は分からない。2周年で興奮しているのかもしれない。

そろそろ、主治医に会おうと思った。

オイラが、倒れなければならなかった意味。

オイラが、アルコールを断たなければならなかった意味。

いろいろと、振り返ることが必要な師走がやってきたような気がする。

・・・・・

ところで、今夜は、1か月ぶりのライブ解禁。

解禁、第一弾は、usuライブだった。場所は、四谷天窓.comfort。

ケータイは、ドコモから、auに乗り換えた。

usuのメールは、au版の絵文字が踊っていた。

新しい、3年目が、確かに、始まっている。

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