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2005年10月 5日 (水)

胆石と入院と母

胆石で入院する前夜、母がやってきた。手術するときには、親族の同意が必要だから、そのために印鑑1つ押してくれればそれでよかった。が、このとき、少しおかしいなとは思ったのだ。バブリーな母が、なぜか東京に来てもホテルに宿泊するわけでもなく、狭いワンルームの我が家に泊まった。「部屋を掃除する」とか言っていたが、どうやら入院中、家を根城に何かしていたようだ。

手術は、最近ケースが増えてきた腹腔鏡下胆嚢摘出術というもの。お腹をメスで切り開くのではなくて、全身麻酔をして、1センチくらいの穴をお腹に開けて、内視鏡で中を覗き、映像を見ながら胆嚢を切除するという、何とも画期的な手術法である。もっとも、胆嚢の腫れがひどく、癒着していたりすると、やはりお腹を切り開かざるを得ない。当日も、私はリラックスしていた。それどころか、大学病院の麻酔科の女医が、これまた美しい方で、すっかりルンルン気分で手術室へ運ばれて行った。

つくづく、自分がここ一番強い男だなと思った。手術室に入った私は、麻酔の点滴を流されながら、手術室のスタッフと馬鹿話をしていた。上から先ほどの女医さんが顔をのぞき込み、「はい、もう眠りますよ~」と言ったので、「今度、合コンしよーよー」と訳の分からないことをつぶやきながら、私は眠りに入った。アホである。

手術は、順調には進まなかった。腹腔鏡を使って手術したものの、胆嚢の癒着が激しく、続行すると危険と判断して、開腹手術に切り替えた。ほんの数時間で終わるはずの手術は、6時間あまり時間を要した。手術が終わり、ふと目を覚ますと、そこはまだ手術室だった。担当の主治医が、「終わりましたよ。お腹開きましたんで…」と、怖いことを言った。ああ、やられたと思った。が、それを聞いた途端、眠気と痛みがいっしょに襲った。その夜は、1人部屋で、ベッドで動けない状態で、看護婦が付きっきりの看護をしてくれた。手術の説明を受けた母が、呆然として病室に入ってきた。何を言うかと思えば…。

「早く結婚しな」

…意味不明だった。他に何やら意味不明なことを口走っていたが、こっちは自分で痛みに耐えて息をするのに必死で、よく聞こえなかった。

次の朝、ナースが来て、すぐに元の6人の病室に戻された。最近の病院は、スパルタなのだろうか、これが普通なんだろうけれど、お腹が完全にしまらないうちに、もう歩けと言われる。おもしろいもので、案外歩けるものなのだ。呼吸の訓練もする。何だかんだ言って、数日で普通に歩けるようになり、1週間もすれば点滴も外れてしまった。退院を控えて、冷静に自分の傷口を見ると、20センチほどの手術痕が残されていた。ショックというか、星野哲郎みたいで、少しかっこよかった。

ところで、意味不明の母は退院の数日前に治療費も払わずに名古屋に帰った。病室に来ることはあったが、ほとんど東京のどこかで何かしていたようだが、よく分からない。もちろん私は、高い手術代を払うだけの貯金もなかったので、会社にボーナスを前借りして治療費を払った。香港までファーストクラスで往復する人が、どうして治療費をケチったのか、あとになって理由が分かった。

私は、退院して2週間ほど家で療養していた。温泉に行ったり、ブラブラしたり。いろいろと考え事もした。会社に戻ると、なぜか新入社員が2人も増えていた。

少し私は、ああ、あか抜けたかな、という、不思議な感触がしていた。

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