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2005年10月14日 (金)

追っかけの深層心理その2

男性の追っかけの潜在的欲求は、母親探しにある、という話は以前にも書いた通りだ。そこには、幼少期に母親から精神的・物理的虐待を受けていたり、母親が家庭の中で機能を失っていた、あるいは母親が何らかの理由で存在しなかったなど、母親像の喪失が根底にある。

これは、彼が大人になったときに、主に女性との人間関係に障害が生じたり、性的嗜癖(しへき)を持ったりといった問題を抱えてしまうことにつながる。いわゆる「オタク」と言われる人たちが、ある特定の物に異常に執着し、溺愛する一方で、人間関係の形成には不器用で長続きしないのは、やはり幼少期にトラウマを抱えているケースが多いと言える。「物集め」と「人間関係」を混同してとらえる傾向は、実は、彼の人間関係の喪失、掘り下げれば幼少期における母親像の喪失を、潜在的に覆い隠す役割を持っている。例えば、ライブ中、その前後のアーティストの写真撮影、CD等グッズ類の購入、ライブ等イベントへの参加、これらを連続的に絶え間なく行おうとする行動パターンには、こうした背景があると思っている。

さて、さらにそれを掘り下げて考えてみたいのだが、追っかけの心理をズバリ一言で言えば、“英雄主義”である。わかりやすく言えば、「こんなに応援しているのだから、特別扱いしてくれて当然」という思い込みや、「実際、特別扱いされている」という勘違いだ。もっと言えば、“選ばれし者”という宗教的妄想である。ただ、実際には、アイドルが彼を選んでいるわけではなく、彼がアイドルを選び、溺愛しているから、どこまでもその英雄主義が満たされることはあまりなく、別のアイドルへと次々と触手を伸ばすことになる。

追っかけを分類すると、以下のように分けられると思う。
(1)友達きどり
(2)彼氏きどり
(3)カメラマンきどり
(4)専門家きどり
(5)マネージャーきどり
(6)プロデューサーきどり
・・・さて、そろそろ怒られそうである(笑)

私も、例外ではなく、自他ともに認める追っかけに分類される男である。さすがにオタクと言われるのは抵抗があるが、他人から見れば、オタッキーな感じがするのは、否定できない現実だと思っている。

ただ、イズミカワソラちゃんのライブに顔を出すようになって6年近く、追っかけという行動自体が、現実の人間関係を豊かにしたことはないし、現実生活を潤したことはないと感じている。追っかけをやっている人のほとんどは、現実社会の中で何らかの“生きづらさ”を抱えていて、それを癒す手段として「追いかける」。でも、それは決して現実世界の生きづらさを解消させてくれることはない。生きづらさは、現実と真正面から向き合わなければ、決して解消されないのだ。

私は決して、追っかけという存在を否定するつもりもないし、馬鹿にしようとも思わない。むしろ、幼少期の喪失感を埋めたいのであれば、思う存分、燃え尽きるまで追いかけまくればよいと思う。その際に、次のようなことを意識してはどうだろうか。

(1)「物集め」をやめる。…CDは1枚買えばよい。写真はたまに写せばよい。
(2)「非武装主義者」になる。…カメラも録音機器も持たない。プレゼントは量や質より動機づけが大切。
(3)「教え子」になる。…アーティストの歌や言葉から自分が学ぶこと。応援してあげているのではなく、私たちは彼女から授かっているのだ。

長っ(笑)

そろそろ仕事に戻らなくちゃ。

昨夜は松岡ちゃんのライブ、今月すでに第3夜。いやはや、私も、かなりハマっている。まだまだハマるつもりだ(爆)

20051014113217.jpg

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