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2005年10月の32件の記事

2005年10月31日 (月)

眞鍋姉さん、オイラ、歯医者行ったことないんだよ

うらやましいでしょ。正確に言うとね、小学生のとき、1回だけ近所の歯医者に行ったことあるんだけど、

「奥歯に黒ずんだ歯が1本ある」

という、わけの分からない理由だった。虫歯じゃないんだな、これが。なので、黒ずんだ部分を軽く削って、お口くちゅくちゅしただけ。それ以来、ウイーンっていう、あの音は、聞いたことがないのだ。

では、虫歯になったら、どうしているのか?

いいえ、虫歯にはなったことないのだよ。子どもの頃の歯も、抜け落ちた後の大人の歯も、これまで37年間、オイラの歯は、一度も虫歯になったことがない。

よほど歯をきれいに磨いているのだろうと思いきや、そんなことはなく、むしろ、甘いケーキとか散々食べまくった夜に、歯も磨かずに平気で寝てしまう(笑)

オイラの歯は、無敵なんだ(^_^)v

そんなわけで、オイラは、歯医者を恐れる人たちの気持ちがさっぱり分からない。

よく、親知らずを抜いたというので、そのときの痛さを身振り手振りで語ってくれる人がいるのだけれど、

オイラ、分かりませんし(-_-;)

ずいぶん前だけれど、虫歯になりやすい人となりにくい人では、体質があるのだと聞いたことがある。詳しくは分からないけれど、虫歯になりやすい人は、どんなに根気よく歯を磨いても、なるときはなる。でも、オイラみたいな人は、特段歯磨きに努力を注がなくても、虫歯にはならない。随分、不公平なのだね。

よく、大きな事故とかあって、身元確認に歯医者のカルテが利用されたりするでしょ。オイラの場合、おそらく、身元不明のままなんだな。

だって、

オイラのカルテ、どこにもありませんし。

歯の治療をしたことがないんだから。

まいったなあ、でたらめでも1本抜いとくかなあ(T_T)

嘘。痛いからイヤ。

それにしても、眠れない夜には、眞鍋姉さんがブログ更新している。今夜も、何だか寝付けなくて、何となく暗闇の中をパソコンを開けると、眞鍋姉さんが、歯医者の話を書いていた。夜中にご苦労様。トラックバックしちゃおう。

そんなこんなで、虫歯の怖さを知らないオイラなのでした。

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2005年10月30日 (日)

回らない回転寿司

今日、目が覚めると、すでに午後3時だった。金曜日の夜、明け方まで会社で仕事をしていて、すっかり昼と夜が逆転した。お腹が空いたので、のこのこと起きて、調布駅前に出た。

いつものお気に入りの回転寿司へ向かった。ネタが大きくて新鮮なのだ。しかも、オイラのこだわりがあって、回っていない時間帯がいい。午後も3時を過ぎたあたりは、もう、お客さんも少なくて、お皿を回さないで、板さんが直接握ってくれるのだ。何だか得した気分なのだ。

回転寿司が回ってないなんて、ダマされたみたいだが、もともと寿司は回すもんじゃないよね〜(・_・)ノ~ °ポイ

板さんの真ん前を陣取ったオイラは、オススメのネタを、財布と相談しながら、オーダーしていった。

少しすると、オイラの左隣りに、体育会系のごっつい兄ちゃんがでんと座り、バリバリと注文し始めた。最初は、「季節の5カン盛り」。これが、ポンポンと大きな口に放り込み、ゴクリ。秒殺やね"(゜Å゜;∂…オロオロ

こんな高いもん、あっという間に…、もったいねえ〜。

その日、お店は予想外にお客さんが入っていて、板さんは次々に来るオーダーをさばくのにてんてこ舞い。体育会系兄ちゃんは、待ち切れないのか、ベルトの上をわずかながら回っている、乾いてガビガビのネタを次から次へと片付け始めた。

ま、まずそう…(;¬_¬)

でも、あの食べっぷりは、おそらく、ネタの鮮度は関係ないんだろうなあ(-_-;)

さらに、兄ちゃんは、回っていたネタを食べ尽くすと、寒ブリを注文した。脂がのって、とろける美味しさ。この時期の寿司ネタでは、1、2を争うよね。

が、兄ちゃんは、これも、秒殺だった。2カンをポンポンと口に放り込み、その間3秒くらい?

あなたは、寿司よりドンブリめしがお似合いですから!Σ( ̄□ ̄;)

そんなこんなで、体育会系兄ちゃんの豪快な食べっぷりに圧倒されながら、回転しない回転寿司を堪能してきたのだった。

お会計1420円。

ささやかな贅沢であった。

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2005年10月28日 (金)

恋人がリストカットをしていたら…

もう、出会って、7カ月くらいになる。きっかけは、会社の後輩の紹介だった。職場の近くにある小さな日本料理店で、沖しゃぶを食べた。彼女が、インターネットで検索して調べてきたお店だ。

最初、正直言って、結婚とか恋愛を前提として異性に会うのが、煩わしかった。そんなパワーもエネルギーも精神も消えてたから。でも、「友達としてでいいから」という後輩の言葉で、「とにかく会ってみよう」ということになった。

彼女の第一印象は、ケバいというか、とにかく、黙っていればどんどんしゃべる人で、「がははっ」と笑う、その大きな口が印象に残った。初対面だったからかもしれないが、とにかく、彼女の表情は緊張していて、こわばっているようにも見えた。

「まいったな。ずいぶん、一方的に元気な人だな」と思っていた。

沖しゃぶを食べた後、後輩が気を利かせて、先に帰った。オイラと彼女は、駅の近くに何十年も前からある古びたカフェで、カウンターに横並びに座った。対面して話していたときと比べると、彼女は急に大人しくなり、言葉少なに紅茶を飲んだ。

彼女は、静かに自分の生い立ちを話した。彼女には、離婚歴があった。夫は暴力をふるうDV男で、夫から逃げて、生活保護を受けながら1人で暮らしていた。オイラと共通していたのは、アダルト・チルドレンだということ、両親とは決別していたこと。

彼女は、ふと自分の左腕の袖をまくった。そこには、何本、いや何十本ものリストカットの跡があった。オイラは、目を背けずに、ただジッとそれを見つめた。

痛いっ…と思った。

自殺願望は、オイラだって持ったことがある。でも、リストカットは、同じようで、同じではなかった。言葉にはならない、怒りや悲しみや憎悪が詰まっているような気がして、それとどう向き合ったらいいのか、自分には分からなかった。

その日以来、彼女はたまに、オイラのライブ観戦にもつきあうようになった。でも、彼女をどう受け入れたら良いのか、自分には分からないままだった。

2カ月くらいは、そんな関係が続いたが、いつの間にか彼女は、家に引きこもってしまうようになった。「1人にさせてください」とメールが来た。引っ張り出そうとすれば、引っ張り出せたかもしれないが、自分にできることは何もなさそうだった。オイラは、彼女からの連絡を待つことにした。

そんな彼女にもう一度連絡したのは、夏が過ぎて、9月のことだった。まだ暑い最中、オイラは、ひょんなきっかけで彼女のことを思い出していた。メールのやりとりが何回も続き、ある日、久しぶりに会った、すっぴんの彼女は、またリストカットの傷口が増えていた。真新しい傷もあった。友達の結婚式をきっかけに、再発したらしい。

オイラは、黙って彼女の話を聞いていた。

「やめろ」とは言えなかった。彼女の元夫は、殴ってでも止めさせようとしたそうだ。

「がははっ」と笑う彼女の笑顔は、相変わらずだった。

自分に出来ることは何もないが、そばにいようと思った。オイラは、カウンセラーでもなければ、精神科医でもない。ただの男だ。でも、彼女は、自分にとってはかけがえのない、大切な人だった。

あなたなら、大切な人が、例えば、恋人がリストカットしていたら、どうするだろうか。オイラは、もしかすると、ひどい人間なのかもしれない。まだ、彼女の傷口と真正面から向き合えていないのかもしれない。

心配することと、愛することは、別の感情だということ、何となく、そんなことを考えている。オイラは、彼女を心配したいわけでなくて、愛したいだけなんだ。だから、オイラは、とことん、彼女を愛してあげたいと思っている。

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2005年10月25日 (火)

東京のど真ん中

にも、こんな場所がある。芝生で寝っころがり、のんびりと漂う雲を見上げる。

あおいそら
しろいくも

今日のBGMは、日本松ひとみさんの「勿忘草」。

「ボクはまだ前に進めないでいます♪」

昨夜、7thfloorのライブでCDを買った。まだ若いし、これから成長していく人だが、これからが楽しみなアーティストさんだと思う。

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眞鍋姉さん、オイラの写真は、危険や(/_;)

眞鍋姉さん、オイラは、何が苦手って、カメラに向かうってのが大の苦手なり。笑っても引きつってるし、目線もとんでもないほうを向いているし、口も半開きだったりして、眞鍋姉さんが「暴走族」というなら、オイラは、うーん、そうだなー。

あえて言えば…、

水死体?(-_-;)

そんなこんなで、今夜も、眞鍋姉さんにトラックバックである。

いや、笑わせようとしてこんなこと書いているわけでなくて、マジやばいっすよ。放送禁止やし。まあ、オイラの場合、運転免許を持っていないので、眞鍋姉さんのようなことはないんだけどね。パスポートの写真とかは、見せられないなあ。

オイラの仕事は、記者なんだけど、議員さんとか首長さんとか、エラい人に会ってインタビューすることが結構あるんだな。大きな会社ならともかく、うちなんて零細企業、カメラマンもペン記者も一人二役だから、オイラみたいな機械音痴でも、カメラを触らなきゃいけなくなる。

最近は、デジカメが普及してきて、オイラは普段使い慣れたマイデジカメで写真をお撮りして、撮れたての画像をその場で相手に見せて、「こんなんどうですか?」と承諾いただくことにしている。でないと、とてつもなく汚いお顔が掲載されて、まあ、オイラが怒られるのはいいとして、相手が恥をかいては申し訳ない。

下手な写真を載せて、人権侵害をしたくはないし(^_^;)

先日も、あるセンセー、あ、こういう書き方をするということは、先生ではなく、あの方々なのだけどね、女性センセーのところにインタビューにお伺いして、1時間くらい、素晴らしい、お涙ちょうだいのお話を聞かせていただき、例によって、マイデジカメを使って、写真を撮ったのだ。

最初、フラッシュを使って、写真を写した。

で、いつものように、デジカメ画像をセンセーに見せたら、センセーの顔色が変わり、

「これは、やめてください」

「え…、そうっすか。変ですか?」

「はい、これはちょっと…」

「そうですか。ちょっとフラッシュの加減で、顔がてかっちゃってますね」

「ええ…。

   っていうか、アスリートみたいです」

ちなみに、彼女は、30代の独身である。

インタビューを終えた彼女は、オイラのデジカメを見ながら、「お願いしますよ。絶対、それだけは使わないでくださいね」と懇願した。あまりにも悲壮な表情なので、彼女が気に入った写真を残して、アスリート顔はその場で削除した。

はい。

今夜はこのくらいで。

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2005年10月24日 (月)

空を

ジョッキに注いでゴクゴクと飲み干したい。

そんな午後。

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2005年10月23日 (日)

あおいそら

小学校で最初に習った文字は、これだったような覚えがある。

あおいそら
しろいくも

クラス全員で音読した。

「しろいくも」は見当たらない。今日の空は、今年一番の空に違いない。

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2005年10月21日 (金)

穏やかな朝

昨日、仕事をさぼって、女の子とプラネタリウムで星を見て、夕食にたらふく生牡蠣を食べた。

うまかったなあ(ToT)

詳報を書こうと思ったけど、余韻に浸りっぱなしでまったりモード。遅刻確実の電車に乗り、重役出勤中です。

この写真は、プラネタリウムの入口前にあった、深海に住む幻の魚、リューグー…何だっけ?

かなり幸せモード(*^_^*)

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2005年10月19日 (水)

眞鍋姉さん、オイラも領収書には苦労するんだな

眞鍋姉さん、オイラ、姉さんの苗字、漢字で書ける自信ないや(笑)難しいもんね。それにしても、「マーナー」はひどいなあ。何か、東南アジア系の名前だよね。きっと、エスニックな風貌で化粧品を買って、話しかけたら、「ワタシニホンゴワカラナイ」とか言われそうなノリだったのかなあ。そんなわけで、例によって、眞鍋姉さんにトラックバックである。

オイラも、名前を伝えるのに苦労する。オイラの苗字は、漢字で書くと、「木が3つのモリに、地球のチ」って伝える。普通に「もりち」と言っても、大抵の人は、もりいけだったり、もりだったり、もりいちだったり、もおりだったり、いろいろと間違えてくれる。つくづく、自分の名前を伝えるのは、難しい。生後37年間、解決できない課題なのだ。

先日、取材で、ある3セクの部長さんに電話したとき、部長さんは不在で、部下の方が電話に出た。

「恐れ入ります。お戻りになりましたら、折り返しお電話をいただきたいのですが」
「承知しました。失礼ですが、お名前は?」
「もりちと申します」
「おりち様ですか?」
「いえ、もりちです」
「失礼しました。もぎちさんですか?」
「いや、あの、も…、もりちです」
「ああ、失礼、ももりちさんですね」
「そうじゃなくて、もりちなんですが」
「ははは。すいませんね。おりいち様ですか」
「えーっとね、まみむめものも、らりるれろのり、たちつてとのち、で、も・り・ち、です(怒)」
「ああ、なるほど、おぎちさんですね」

貴様、ケンカ売っとんのかー!耳の穴、ちゃんと洗ってっか?

・・・心の中でそう叫びそうになって、ぐっとこらえて、飲み込んだ。こんなことは、日常茶飯事である。

以前、拝郷メイコさんのライブに行き、ライブ後にCDを買って、サインをいただいたとき。彼女のライブは2度目だったが、しばらくご無沙汰していたので、覚えていてくれるのかなあと、不安になりながら彼女の前に立ったのだ。

メイコ「お名前は?」

ああ、やっぱり覚えていてくれないや(-_-;)

オイラ「もりちです。木が3つのモリに…」

メイコ「地球のチ!」

何と!覚えていてくれたのかー(嬉涙)

サイン1つもらうのに、こんなに嬉しかったことはない。この名前、記憶には残るけれど、思い出しにくいのである。

さて、余談だが、オイラの祖母の名前は、「もりちあき」である。ちなみに、小学校のときに、クラスは違ったが同じ学年に、「もりちあき」さんがいた。前者は、「もりち」で、後者は「もり」が苗字である。

そんなこんなで、オイラは、領収書に自分の名前を書いてもらうときは、最初から名刺を出して、「この名前で書いてください」とお願いすることにしている。もう、オイラの名前は、音読で何とかなるほど楽な苗字じゃないんだな。

おそらく、オイラは、結婚したら、嫁さんの姓を名乗ると思う。願わくば、説明する必要のない簡単な苗字であってほしい。

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2005年10月18日 (火)

あちちっ

いや、オイラは1日1〜2時間くらいは、スタバで過ごすんだけど、このカップのちぃーっちゃな飲み口だけは、どうにも慣れない。オイラ、猫舌なものだから、慌てて飲むと熱いし、冷めるのに時間かかるし。

イズミカワソラちゃんが、大のスタバファンやってんけど、それを聞いているときはスタバには興味なかったなあ。もともとオイラは、東京でも田舎を担当していたから、結構大きめの駅でも何年か前まではスタバどころかドトールすらなかったりして、一息つくのは市役所のロビーとかだったりして。

住民票とか取りにきた市民の隣でオロナミンC飲んでるオイラ…。泣けてくるね(‐ェ`q=))…カナシイ

今でも、西武線の沿線で23区を出てしまうと、スタバは清瀬駅前にしかない。ところが、東京を一歩出て所沢にはスタバがあるんだよね。あれ、不思議なのだ。役所の職員さんは、これを称して「三多摩格差」と皮肉っていた。スタバは、都会の象徴なんだろうか。

じゃあ、東京は23区を越えたら田舎なのか?(ノーωー)ノ~┻━┻〜

なして清瀬だけ(・_・、

今では、すっかりスタバの虜で、スコーンにホイップをつけちゃう余裕ぶりである。でも、豆乳だとかシロップだとか、いろんなオプションは、いまだに使いこなせない。めんどくさいし。

新宿周辺には、スタバがたくさんころがっている。取材と称して、さぼっているオイラ。どこかで見掛けても、どうかそぉーっとしておいてほしい…s*_ _)o rry…

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2005年10月16日 (日)

usu画伯

今夜、もう昨夜になってしまうが、自由が丘のマルディグラに、geminiウエタマミコさんのライブに出かけた。

マルディグラ名物のガンボを食べていると、このblogでもピアノ弾き語りアーティストとしてお馴染みのusuが、お客様として現れて、オイラの席の隣に座った。

「珍しいね。天窓の青リンゴじゃないんだ」
「そうなの。さっき気づいたんだけど、最初からこっちに来るつもりだったし」

usuは、ウエタマミコさんのアンケート用紙をテーブルに広げると、一心不乱に絵を描き始めた。usuの手には、写真のようなペンが握られていた。

20051015「珍しいもの、持っているね」
「何か出てきたんですよ」

そのペンは、ペンっていうか、色鉛筆なんだけど、ペンの胴体に色鉛筆の芯みたいなのがたくさん入っていて、ペンの先っちょに、使いたい色の芯を差し込んで使う。そう言えば、昔、小学生の頃に使った覚えがあるんだけれど、最近は見かけなくなったなあ。

usuが絵を描いたアンケート用紙には、正体不明の謎の生物が駆け回り、雨が降っていた。

「雨降ってるんです」

は、はあ…、そうっすか…(^_^;)

「ロケットペンって知ってますか?」

え…、ロケットペン?

usuは、アンケート用紙を裏返すと、黒ペンでロケットペンの絵を描いて見せた。シャープペンシルに似ているんだけれど、ペン先にロケット型の芯が刺さっていて、ペンの胴体の中にたくさん装備されて、芯がなくなると継ぎ足していく。ああ、そう言われると、そんなペンもあったかなあ。

「今度、持ってきてあげますよ」

は、はあ…、そうっすか…(^_^;)

usuは、再びアンケート用紙を表に戻すと、今度は黒ペンで一心不乱に、虫眼鏡でもないと読めないくらい小さな文字で、文章を書きつづっていた。

「ケータイって、どっちの手で話します?」

え、どっちかなあ、左手で持つかなあ。

「usuは、右手なんです。声は、右耳からだと直接脳に伝わるんですよ。左耳だと遠回りで、時間がかかるんです」

は、はあ…、そうっすか…(^_^;)

「ケータイのメールって、どっちの手で打ちます?」

え、えーっと、オイラは右手かなあ。右利きだし。

「usuは、左手なんですよね。他の人と違うところが多いんですよ」

は、はあ…、そうっすか…(^_^;)

そんなこんなで、今夜のライブは、usu画伯のオプションがついて、不思議感覚に満たされたのだった。

ライブが終わり、外に出ると、雨が大降りになっていた。しばらく雨宿りしようと思ったが、思い直して、土砂降りの雨の中に飛び出した。「9月の雨」と比べると、ちとばかし冷たいが、気持ちよい。雨降りの中を駆けると気持ちよいのは、子どもの頃から変わらない。天気予報が外れるのも、たまにはいいなと思った。

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2005年10月15日 (土)

眞鍋姉さん、職業病ならオイラにもあるよ

眞鍋姉さんが、職業病のことを書いていた。オイラにもあるんだよね、その職業病ってやつ。プロフィールを読むと分かるんだけど、オイラは、記者の仕事をしていて…、ああ、あらかじめお断りしておくが、ジャーナリストではないよ、サラリーマン記者なのだけど、ついつい悲しい性として身に付いてしまうものがある。

例えば、誰かと話をしながら、周りの人たちの会話を聞いている。自分は相手と話をしているのだけれど、隣や後ろの人たちが何かおもしろい話題を話していると気になって、相手の話にいろいろと反応しながら、そっちの話題に集中していたりする。カフェや居酒屋で視界の奥へ気になる人がいたりすると、ずっとそっちに気が向いて、目の前の人の会話は話半分で聴いている。

ねえ、話聞いてる?

・・・なんてツッコミが入り、ハッと我に返る。

うんうん。きいてる、きいてるって…(^_^;)

仕事で取材をしているときはもちろん、仕事を離れた日常でも結構多くて、「そこにいたまま、どこかいっちゃってた」などと、幽体離脱のような言われ方をすることがある。

オイラと会話する人は、心得ていてほしい。

決して、憑依しているとか、幽体離脱とかではない(=_=)

オイラ、恐山の巫女じゃありませんし!

目の前の会話の相手には、本当に申し訳ないのだが、そのときの会話の内容はほとんど覚えていないし、返事も適当なのだ。

もう1つ、職業病なのかなんなのか。誰かの家とか職場とかにお邪魔すると、無意識にカレンダーやホワイトボードなんかに視線が飛ぶ。カレンダーって、その月の予定とかがメモってあったり、ホワイトボードも来客者やその日の予定とかが書いてある。これが、取材のときに結構役立ったりする。ついつい癖になり、仕事とは関係のないところでも、ふとカレンダーやホワイトボードをチェックする癖がある。

なので、オイラがお邪魔するおうちの方は、カレンダーとかに知られたくない情報が書いてあったときは、すかさず隠して欲しい。プライバシーを暴こうとか、のぞき趣味があるわけでなく、オイラはそういう職業病なのだから。

そんなこんなで、悲しい性のお話であった。

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2005年10月14日 (金)

追っかけの深層心理その2

男性の追っかけの潜在的欲求は、母親探しにある、という話は以前にも書いた通りだ。そこには、幼少期に母親から精神的・物理的虐待を受けていたり、母親が家庭の中で機能を失っていた、あるいは母親が何らかの理由で存在しなかったなど、母親像の喪失が根底にある。

これは、彼が大人になったときに、主に女性との人間関係に障害が生じたり、性的嗜癖(しへき)を持ったりといった問題を抱えてしまうことにつながる。いわゆる「オタク」と言われる人たちが、ある特定の物に異常に執着し、溺愛する一方で、人間関係の形成には不器用で長続きしないのは、やはり幼少期にトラウマを抱えているケースが多いと言える。「物集め」と「人間関係」を混同してとらえる傾向は、実は、彼の人間関係の喪失、掘り下げれば幼少期における母親像の喪失を、潜在的に覆い隠す役割を持っている。例えば、ライブ中、その前後のアーティストの写真撮影、CD等グッズ類の購入、ライブ等イベントへの参加、これらを連続的に絶え間なく行おうとする行動パターンには、こうした背景があると思っている。

さて、さらにそれを掘り下げて考えてみたいのだが、追っかけの心理をズバリ一言で言えば、“英雄主義”である。わかりやすく言えば、「こんなに応援しているのだから、特別扱いしてくれて当然」という思い込みや、「実際、特別扱いされている」という勘違いだ。もっと言えば、“選ばれし者”という宗教的妄想である。ただ、実際には、アイドルが彼を選んでいるわけではなく、彼がアイドルを選び、溺愛しているから、どこまでもその英雄主義が満たされることはあまりなく、別のアイドルへと次々と触手を伸ばすことになる。

追っかけを分類すると、以下のように分けられると思う。
(1)友達きどり
(2)彼氏きどり
(3)カメラマンきどり
(4)専門家きどり
(5)マネージャーきどり
(6)プロデューサーきどり
・・・さて、そろそろ怒られそうである(笑)

私も、例外ではなく、自他ともに認める追っかけに分類される男である。さすがにオタクと言われるのは抵抗があるが、他人から見れば、オタッキーな感じがするのは、否定できない現実だと思っている。

ただ、イズミカワソラちゃんのライブに顔を出すようになって6年近く、追っかけという行動自体が、現実の人間関係を豊かにしたことはないし、現実生活を潤したことはないと感じている。追っかけをやっている人のほとんどは、現実社会の中で何らかの“生きづらさ”を抱えていて、それを癒す手段として「追いかける」。でも、それは決して現実世界の生きづらさを解消させてくれることはない。生きづらさは、現実と真正面から向き合わなければ、決して解消されないのだ。

私は決して、追っかけという存在を否定するつもりもないし、馬鹿にしようとも思わない。むしろ、幼少期の喪失感を埋めたいのであれば、思う存分、燃え尽きるまで追いかけまくればよいと思う。その際に、次のようなことを意識してはどうだろうか。

(1)「物集め」をやめる。…CDは1枚買えばよい。写真はたまに写せばよい。
(2)「非武装主義者」になる。…カメラも録音機器も持たない。プレゼントは量や質より動機づけが大切。
(3)「教え子」になる。…アーティストの歌や言葉から自分が学ぶこと。応援してあげているのではなく、私たちは彼女から授かっているのだ。

長っ(笑)

そろそろ仕事に戻らなくちゃ。

昨夜は松岡ちゃんのライブ、今月すでに第3夜。いやはや、私も、かなりハマっている。まだまだハマるつもりだ(爆)

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2005年10月 9日 (日)

そんなわけで

そろそろケータイの電源が落ちそうだ。

家路につこうと思う。

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餃子

大変美味しいでし( ̄〜 ̄) モグモグ

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ベルの足元で

なんやか、うるさそうだが、寝坊はしなくてすみそうだ。

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そんなわけで

谷口深雪さん。

ベルモール・カリオン広場にて。

たった30分のために1時間迷子になる、費用対効果がメロメロなオイラであった〜/~ω~〜/ニョロニョロ

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やっと着いた

遠かったΣ( ̄□ ̄;)

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ちっ

ここがどこだかわからない(* ̄― ̄)゛b゛

また、やっちまった。

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もんもんとしていたので

湘南新宿ラインに乗り、宇都宮方面へと移動中。新宿駅で「北海味メッセ」という駅弁を買った。

うに、いくら、ずわい蟹のほぐし身がのったご飯に、鮭の塩焼き、エイヒレの唐揚げ、殻付きたらばフライ、ホタテ焼きなど。
美味しゅうございました(-人-)

真鍋姉さんのblog本を読みながら、いざ、目指すは宇都宮餃子。

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2005年10月 8日 (土)

長っ

ようやくお目当てのステージ。

松岡ちゃん2連戦である。

腰痛い…(>_<")20051008180537.jpg

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飽きてきた(笑)

そろそろ夕暮れも近づき、まったりモード。酒もないと、間が持たない、酒が飲めない私。

せつない(  ̄_ ̄)…20051008165857.jpg

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ひと昔前

上野公園で花見で大宴会で酔っ払いだった記憶が。それ以来かもしれないな(・_*)\ペチ

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心地よき、ソラメキ

お客さん、少ないけれど、心地よく、まったりと時間が過ぎる。

なんか平和だよなぁU“・ スヌーピー

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アキバ系

自分から主張するようなことでもないけどね。

上野水上音楽堂。今日は夜まで、四谷天窓秋祭り。

入場無料という太っ腹イベントである。20051008123131.jpg

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松岡ヨシミ、逆ワンマンライブ

もう昨日のことになるが、オイラが……、あ、今夜は眞鍋姉さんにはトラバってないのだけれど、オイラが、昼休みに東京ドームラクーアでスタバっていると、松岡ヨシミちゃんから、ライブのお知らせが届いた。

「非常に突然ですが、本日、20時頃より、渋谷多作にてライブに急遽、出演させていただくことになりました」

なんと!

午前中に取材をしていたが、午後に別の取材が入り、さらに会社に戻ってから原稿を書くという、過密スケジュール。どうにも間に合いそうもなかったが、夕方、会社で仕事を終えて、ふと時計を見ると、午後7時半を過ぎたくらい。もしかすると間に合うかもしれないと、会社を飛び出した。

渋谷に着くと、午後8時ちょうど。ライブが始まる時間にギリギリ間に合った。

が、である。

お客さん、いませんから~!(@_@)

渋谷多作と言えば、アコースティック形式のライブには定評のある人気のライブハウス。いつも席が満員で立ち見がでるほど大入りなのだ。スタッフ曰く、飛び入りの出演者が多く、最初のアーティストさんが終わると、お客さんはみんな帰ってしまったのだそうだ。松岡ちゃんがお昼に連絡して、間に合ったのは、オイラただ1人だったのである。

うれしいやら、せつないやら…(^_^;)

多作のスタッフさんも、PAとドリンクカウンターの2人を除いて、客席に集合。何だか不思議な状態の中、松岡ちゃんが登場した。松岡ちゃんは、オイラの顔を見ると、「おおっ」とビックリ。お客様がたった1人という、貸し切り独占ライブが始まった。

こんな状態だから、MCも、NOVAもビックリ、客席とマンツーマンである。

ヨシミ「私は、眠ってしまいそうな曲をつくろうって思ってるんですよ」
オイラ「いや、十分つくってると思うよ」
ヨシミ「ありがとうございます」
オイラ「よく電車の中で聴きながら眠ってしまう」
ヨシミ「ほんとですか」
オイラ「何度寝過ごしたことか(笑)」
ヨシミ「blogにも書いてらっしゃいましたよね(笑)」

って、これ、普通に会話してるし^^;

そんなこんなで、30分あまりに渡り、オイラとヨシミちゃんの、ふたりぼっちのライブは続いたのであった。

ライブが終わり、さあ、帰ろうと思ったら、彼女のあとにも、トリが残っている、ってことが明らかになった。「たつお!」という男性である。「!」は占いで付け加えたそうな。会場に降りてきたヨシミちゃんと、2人が客席に並ぶ。何とも不思議な光景である。めったにないことなので、記念に彼のクッキングコラムにトラックバックしてみたいと思う(笑)

結局、最後まで正式なお客さんは、オイラ1人であった。

ある意味、ワンマンライブ?(笑)

…って、それって、意味はき違えてますし!(^^)!(爆)

うん。逆ワンマンだな。ドリンク込み2500円としては、豪華すぎるライブだった。

ヨシミちゃん、今夜も素敵な歌声をありがと。

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2005年10月 7日 (金)

アイスコーヒー

「トールサイズのアイスコーヒー」

と、オーダーしたあと、口のカタチが「ヒ」のままかたまっている私。

少しみじめで可愛いと思った(・_・、

20051007114145.jpg

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2005年10月 6日 (木)

“落ちる”

夜中に突然、落ちそうなときがある。こんな風に明け方に目が覚めると、やっかいだ。独り暮らしとは、こういうものである。支えがない。手すりも何もない崖っぷちを歩いているようなもので、普段は意識しなくても、ふと足を踏み外しそうになって、下を見てしまう。

どこまでも続く断崖絶壁。

落ちる…。

家族を失う、支えを失う、それって、こういう精神状態が当たり前になる。天涯孤独でも、生きていけないことはないが、ふと落ちそうになる瞬間の感触だけは、どうにも払拭できない。それを、残り何十年も続けるのだとしたら、いっそう今、消えてしまったほうがマシと思う。そう思った瞬間、落ちかけている。

落ちる…。どこまでも落ちる瞬間だ。

眞鍋姉さんにトラックバックしようと頑張っているのだが、昨夜からさっぱりだ。ブログ本が出たあたりから、トラックバックが集中して、拒否される。おかしいなと何度も送信すると、今度はスパムと認識されて、さらに拒否される。何とも悪循環。仕方ないので、ほとぼりが冷めるのをまとうと思う。おやすみなさい。

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眞鍋姉さん、路チュウ、禁止しましょう

例によって、眞鍋姉さんとこにトラックバック。しっかし、眞鍋姉さん、絶好調だね。

余談ですが、オイラは、路上でチュウをしたことがない(断言)・・・・ん?勘違いしないでほしい。路上でチュウをしたことがない。・・・・ん?まだ勘違いしている?路上でチュウをしたことがない。

おじちゃん、チュウしたことないねんて。かわいそうやわー。

いや、そうでなくて、路上でチュウをしたことがないって言っているんだってば。路上、路上ね。

路チュウを何とか禁止できないものか。歩きタバコ禁止とかポイ捨て禁止とかはあるけど、路チュウ禁止を条例で定められないものか。眞鍋姉さん、見つけたよ。

公共空間において多数の人を不快にさせる行為の防止に関する検討会

東京都が、こんなのを設置している。眞鍋姉さんの叫びを、東京都に届けやうぢゃないか。オイラも、応援するよ。何たって、オイラ、路上でチュウをしたことがないんだから(しつこい)。

やっぱり、あのおじちゃん、チュウしたことないんやわ。

いや、だからね、せっちゃん、違うんだってば。・・・・まあ、いいや。

眞鍋姉ちゃんは、チュウせえへんの?

そんなことないでしょ。すると思うよ。路上ではしないのかな。

ほんなら、どこですんの?

え…、どこでって…。まあ、部屋とか、ホテルとか。

ホテルでするん?(驚)

……。

もう夜遅いから子どもは寝なさい…。

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2005年10月 5日 (水)

胆石と入院と母

胆石で入院する前夜、母がやってきた。手術するときには、親族の同意が必要だから、そのために印鑑1つ押してくれればそれでよかった。が、このとき、少しおかしいなとは思ったのだ。バブリーな母が、なぜか東京に来てもホテルに宿泊するわけでもなく、狭いワンルームの我が家に泊まった。「部屋を掃除する」とか言っていたが、どうやら入院中、家を根城に何かしていたようだ。

手術は、最近ケースが増えてきた腹腔鏡下胆嚢摘出術というもの。お腹をメスで切り開くのではなくて、全身麻酔をして、1センチくらいの穴をお腹に開けて、内視鏡で中を覗き、映像を見ながら胆嚢を切除するという、何とも画期的な手術法である。もっとも、胆嚢の腫れがひどく、癒着していたりすると、やはりお腹を切り開かざるを得ない。当日も、私はリラックスしていた。それどころか、大学病院の麻酔科の女医が、これまた美しい方で、すっかりルンルン気分で手術室へ運ばれて行った。

つくづく、自分がここ一番強い男だなと思った。手術室に入った私は、麻酔の点滴を流されながら、手術室のスタッフと馬鹿話をしていた。上から先ほどの女医さんが顔をのぞき込み、「はい、もう眠りますよ~」と言ったので、「今度、合コンしよーよー」と訳の分からないことをつぶやきながら、私は眠りに入った。アホである。

手術は、順調には進まなかった。腹腔鏡を使って手術したものの、胆嚢の癒着が激しく、続行すると危険と判断して、開腹手術に切り替えた。ほんの数時間で終わるはずの手術は、6時間あまり時間を要した。手術が終わり、ふと目を覚ますと、そこはまだ手術室だった。担当の主治医が、「終わりましたよ。お腹開きましたんで…」と、怖いことを言った。ああ、やられたと思った。が、それを聞いた途端、眠気と痛みがいっしょに襲った。その夜は、1人部屋で、ベッドで動けない状態で、看護婦が付きっきりの看護をしてくれた。手術の説明を受けた母が、呆然として病室に入ってきた。何を言うかと思えば…。

「早く結婚しな」

…意味不明だった。他に何やら意味不明なことを口走っていたが、こっちは自分で痛みに耐えて息をするのに必死で、よく聞こえなかった。

次の朝、ナースが来て、すぐに元の6人の病室に戻された。最近の病院は、スパルタなのだろうか、これが普通なんだろうけれど、お腹が完全にしまらないうちに、もう歩けと言われる。おもしろいもので、案外歩けるものなのだ。呼吸の訓練もする。何だかんだ言って、数日で普通に歩けるようになり、1週間もすれば点滴も外れてしまった。退院を控えて、冷静に自分の傷口を見ると、20センチほどの手術痕が残されていた。ショックというか、星野哲郎みたいで、少しかっこよかった。

ところで、意味不明の母は退院の数日前に治療費も払わずに名古屋に帰った。病室に来ることはあったが、ほとんど東京のどこかで何かしていたようだが、よく分からない。もちろん私は、高い手術代を払うだけの貯金もなかったので、会社にボーナスを前借りして治療費を払った。香港までファーストクラスで往復する人が、どうして治療費をケチったのか、あとになって理由が分かった。

私は、退院して2週間ほど家で療養していた。温泉に行ったり、ブラブラしたり。いろいろと考え事もした。会社に戻ると、なぜか新入社員が2人も増えていた。

少し私は、ああ、あか抜けたかな、という、不思議な感触がしていた。

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胆石と女医とゲロゲロ

胆石は、恐い。2001年の秋、早朝からミゾオチのところをグリグリとわしづかみにされたような痛みに襲われた。背中もつっぱるように痛い。でも、仕事を放り出すわけにも行かず、フラフラしながらも電車に乗った。真っ青な顔をして職場までたどり着いたが、そこが限界だった。すぐ隣の診療所に駆け込んだが、どうやら胆石症らしいということで、設備が調っているクリニックへと向かった。気さくな感じの女医さんは、私のお腹をエコーでのぞくと…

「ゲロゲロ」

……とつぶやいた。胆嚢に梅干しくらいの大きさの石があったのだ。後に風邪をひいて再会した彼女は、「あのときはね、金曜日の午後だったから、おそらく土日は受け入れてくれる病院がなくて、その後のあなたの行く末を考えると不憫でねえ」と告白した。

土日は点滴で痛みを抑えて、月曜日、紹介された大学病院に行った。若い外科医があっけらかんと、「早いほうがいいね。いつ切ろうか」と宣った。私は、白旗をあげて、流れに身を委ねることにした。会社には休職を届け出た。「脂肪を含む食べ物はもちろん、美味しいものは避けてください」と言われた。入院は1週間後だった。

その顛末は、また次の機会に。

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2005年10月 3日 (月)

突然ですが、谷口深雪さんとの出会い

彼女との出会いは、2003年夏、忘れもしない、横浜である。7月末、高田馬場でイズミカワソラちゃんのライブがあったとき、販売コーナーにいたスタッフH氏が、例によってアロハ姿で背後に現れ、1枚のチラシを私に見せた。

「こんなの、どう?」

そのチラシには、ボーイッシュな女の子が、無愛想に前を向いた写真が入っていた。

「ソラちゃんと比べて、どんな感じですか?」
「タイプが違うから、比較にならないな」

無愛想な女の子、彼女の名は、谷口深雪。8月に横浜のランドマークプラザでライブがあるというので、「気が向いたら行きます」と返事していた。行く気はなかった。

ライブの日は、ちょうど会社の夏休みの初日にあたり、どこに行くという予定も立てずに、家でボケッとしていた。ふとテレビに目を移すと、天気予報でおそらく当時では史上最大級の大型台風が関東に上陸しようとしていることが分かった。そのとき、ふと私の脳裏に浮かんだのが、ランドマークプラザでのインストアライブだった。この嵐の日に、インストアライブとは、運の悪い子だなあと同情した。と同時に、そんな悲惨なライブも、一度観てみたいという好奇心も沸いてきた。私は、台風が迫る中を横浜線に乗り、桜木町へと向かった。

案の定、ランドマークタワーの周辺は、台風の直撃を受けて、突風が吹き荒れ、桜木町からランドマークタワーに向かうまでに、びしょ濡れになった。土曜日なら人であふれかえるランドマーク周辺が、閑散としていた。ライブ会場となる新星堂前に到着すると、いつものように、H氏の「長すぎるトーク」がスピーカーを通して聞こえてきた。「ああ、やってるじゃないか」と、店の前までたどり着くと、エスカレーターから降りてくる1人1人に手配りでチラシを配っている女の子がいた。あの無愛想なチラシの娘だった。突風で髪はグシャグシャで、チラシも濡れていた。

会場には、5人程度しか客がいなかった。関東初のインストアライブに、超大型台風。彼女の宿命は、このときすでに始まっていたのかもしれない。

ライブは、立ったままキーボードを引くという、あまり観たことのないストリート形式。始まる前に、「椅子がないぞ」とツッコミを入れそうになった。しかも、これっきりだったが、プロデューサーのT氏がギターのサポートに入る。歌ったのは、「ピース」を除いて、ファーストアルバムからの曲。とにかく、ガンガンと腕を振り下ろし、キーボードがグラグラと揺れる。歌声よりも、殺気というか(笑)、「聴け!聴け!」という気合いが飛んでくるという感じがした。がむしゃらに音を叩いている感じがしたが、とにかく一生懸命でひたむきに歌う姿が印象に残った。その中で1曲だけ、彼女なりに完成された歌だと思ったのが、「雨のあとは」。そのほかの歌は、正直言って、海の物とも山の物ともよく分からない、という感じだった。

嵐の中をライブに来たのだから、CDくらい買って帰ろうと思った。CDにサインをしてもらうとき、谷口ちゃんが、「初めてですか?」と聞くので、「はい」と答えると、「うっしゃ!」と意味不明の気合いを入れていた。

この原石を磨くと、どんな風に輝くのだろうか?

そのとき、そんなことを感じていた。

もしも、あの日、台風が来ていなかったら、私は横浜に向かうことはなかっただろう。彼女の歌声が、本当に私の心まで届くようになるには、それから何ヶ月もかかった。あの頃、会社の仕事に没頭していた私は、いつしか仕事よりも自分の時間を大切にするようになり、ピアノ弾き語りのライブに顔を出すことが多くなった。谷口深雪も欠かせぬアーティストの1人となっている。今ある時間は、もしかすると、あのときから始まっているのかもしれないと思うことがある。

彼女にはどうでもいいことだろうと思うが、いっしょに歩いている気がする、そんなアーティストの1人かもしれない。

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