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2005年9月14日 (水)

私は大きな迷子

迷わせたのは、私の父親であり、母親だ。
両親には、子どもを育てる能力がなかった。
塾に通わせれば勉強できると勘違いし、
勉強ができれば優秀な子どもだと勘違いし、
商売が大変なら働かせればいいと勘違いし、
子どもは親の仕事を継ぐのが当たり前だと勘違いした。
子どもにとって、一番大切なのは友達で、
一番必要なのは、遊ぶ時間だということに、
最後の最後まで気づくことができなかった。

それでも、小学生の低学年くらいまでは、
両親との思い出は、甘いモノが残っている。
夜遅くまで仕事を手伝うのも構わなかった。
両親と共に時間を共有できることを誇りに思えた。
宿題ができなくて先生に怒られても、
自分は商売している、両親と働いているという自負があった。

大きく狂い始めたのは、中学、高校に入ったあたりだ。
バブル経済華やかかりし頃、
両親は、株や土地に手を出し、商売に手を抜くようになった。
中国株だの香港のマンションだのと、
日本の貧しい労働者であることをすっかり忘れ、
リアリティのない金策に走った。
大学時代、その矛盾は一気に破綻し、
すぐに借金の亡者と化した。
この頃から、実家に帰省するたびに、
ネットビジネスへの勧誘が相次いだ。
子どもの頃の彼の口座を勝手に裏口座にして、
あくどい商売まで始めたのだ。
善だろうか悪だろうが、儲かれば文句はない。
親がなんの仕事をしようと勝手だ。
ところがだ、この商売、さっぱり儲からなかった。
儲かるどころか、借金はふくらむばかり、
しかも、儲かっていない事実に両親とも気づいていなかった。
もう、両親は、両親ではなかった。

こいつらは、妖怪だ。

ほんの数年前、会社に闇金融からの電話が入った。
こんなドラマのような展開があるとは思わなかった。
焦った。
それと同時に、どうしようもない怒りを爆発させた。
親は、闇金融から借金をするために、
自分の息子の会社の電話番号を連絡先に指定したのだ。
それでもだ、借金を返すのなら、よかろう。
両親は、闇金融から片っ端からお金を借りて、
片っ端から一度も返さずに逃げた。
救いなのは、連絡先を息子の会社に番号にしても、
名義は、息子の名前にしなかったことだ。
もっとも、違法な金融だから、
仮に名前を使われても、返す必要はないのだが。
両親は、家の電話も止め、どこかに雲隠れし、連絡不能となった。
自分自身も、闇金からの電話を避けるため、
自分の自宅の電話番号を変えることになった。

先日、何年ぶりかで母から電話があった。
が、何年ぶりかの電話は、「印鑑押してくれ」だった。
まるで、闇金から追われている事実がなかったかのように、
あの頃の親子が続いているかのような勘違いな声で、
さも、当たり前のように電話をかけてきた。
「今、舞浜にセミナーに来ている。会えないか。印鑑がいる」
・・・・もう、電話の声は母親ではない。妖怪だ。
すでに、親子関係は戻らないことが、分かった。
両親は、親子関係を維持するための最低限のルールを破った。

私の、たった1人の旅が始まった。

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