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2005年9月27日 (火)

消えない傷

小学校5年生の夏、私は、母の勧めで、民間の図工教室みたいなのに1日通うことになった。母が思いついたもので、まともにものになった試しがない。案の定、その日、何の教室かわからないまま、教室に向かい、始まって10分もたたないうちにカッターナイフで左手の親指を5〜6センチほど切ってしまい、大量に出血した。
教室のあるビルにはクリニックが併設しており、すぐに外科に担ぎ込まれた私は、親指を10針ほどを縫った。麻酔だの縫合なんてのは生まれて初めてだから、もしかして死ぬんじゃという恐怖に襲われた。医者は泣く私を見てケラケラ笑っていたが、やっかいなことに、こいつはヤブ医者だった。

それから何日か過ぎて、傷口を抜糸する頃になって、親指の第1関節がうまく動かないことに気付いた。近所の医者で診てもらったら、親指の腱が切れていることがわかった。紹介された病院の整形外科の医師は、「最初縫合した医者が腱をつながずに傷を塞いだ」と教えてくれた。
そんなわけで、私は大きな病院に入院して治療することになった。生まれて初めての手術室体験だった。今度の手術では、ちぎれた腱どうしをつなぎ、親指が動かないように針金を埋めて固定した。手術後の夜、眠れなかったのを覚えている。

あの手術のあと、本当なら傷口は癒えて、左手の親指は動くはずだった。ところが、今だに指は動かない。最初は確かに動いたのだ。いつの間にか、自分の力では動かなくなっている。親指の第1関節はめったに動かすことはないが、私の親指の先はだらしなく曲がっていて、自分で伸ばすことができない。

その医師もヤブだったのかもしれない。傷はずっと残り続ける。曲がらない左手の親指とも当分つきあっていかねばならない。動かなくて困ることは何もない。ただ、イヤでも目に入る大きな傷は、場所が親指だけに隠したくとも隠せないまま、今日まで残されたままだ。

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