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2005年8月 3日 (水)

公設市場

D1000001私の故郷には、戦後すぐに開設した公設市場というのがあって、スーパーのように生活用品や食料品などを売っていた。築地市場のような、卸問屋が仕入れに行くような市場ではなく、一般の庶民が買い物できる場所だ。当時は、今のようにスーパーは多くなくて、買い物といえば近所の手軽な「コーセツ」に行くのが、母親や祖母の日課だった。

公設市場には、怖いおじさんが営む精肉店があった。私が祖母の買い物についていくと、そのおじさんは、「そんな少ない量、売れるわけないだろ」「ばばあ、早く決めろ」「1万円でおつりなんて出るわけないだろ」などと、客であるはずの祖母を罵った。彼は、祖母を罵るだけでなく、来る客、来る客、人を選ばず悪態をついた。こんな傍若無人なお店が普通に営業しているなんて、不思議な市場だった。私は、子供心にこの男に恐怖と憎しみを感じていた。他の店ではありえない安さが売り物だったらしい。

先日、私は、昔実家があった場所へと帰る機会があった。旧東海道沿いにある私の実家は、すでに人手に渡ってしまい、昔の面影はなかった。でも、周りの家々はほとんど昔のままに残っていて、子どもの頃のままだった。遊んだ公園、通った小学校、肝試しをした神社、通学路・・・何もかも残っている。公設市場も、あの頃のまま残っていた。だが、市場はすでに廃止されていて、さび付いたシャッターが降りて、閑散としていた。

懐かしく市場の建物を眺めていると、ふとシャッターの一部が開いていることに気づいた。よく見ると、看板が出ている。あの傍若無人なおじさんのお店だ。肉屋はまだ営業していたのだ。コロッケは50円、ハムかつは60円、串カツは60円。店の入り口には1台の自転車が止まっていた。あのおじさんは、今、どうしているのだろうか。奥は薄暗くて、中はよく見えなかった。入口を開けて入れば、彼はいるかもしれない。子どもの頃の罵声がよみがえって、躊躇した。

この公設市場には、肉屋だけが残って営業していた。地元自治体のホームページで確認したら、公設市場の一覧からこの市場は消えていた。市場の灯が消えたあとも、彼は頑固に立ち退かずに、今も安くて美味しい肉を売り続けている。私は結局、おじさんには声をかけず、その場を立ち去った。帰りの電車の中でそのおじさんのことを思い出して、あの怖いおじさんを少し応援したくなった。

彼は、今も、たった1人で世界と戦っている。

その闘いがどれほどの意味を持つのか、私には分からない。でも、長い人生を生きていく中では、そうやって、どうでも守らなければならない何かを守るため、たった1人で世界に闘いを挑むときがあるのかもしれないと思った。

私は、両親が借金を抱えて夜逃げして、故郷も失ってしまった。何もかも失ってしまった故郷の地で、私の思い出をたった1人で闘いながら守っているのは、両親でも友達でもない、あの傍若無人な、憎むべきおじさんだった。

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