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2005年7月21日 (木)

飲みたいのに飲めないということは…

D1000153私がアルコールを断ったきっかけは、会社の後輩がいろいろな争いに傷ついて会社を辞めたことだった。守るべきものを守ろうとしていた闘いの1つ1つが、その人にとっては、ただのおせっかいに過ぎず、むしろ自分の闘いがストレスの元になってしまっていたと気づいたのだ。それに、自分の闘いが少なくとも周りの人間には理解されていると思っていたことが、ただの妄想に過ぎず、私はピエロのように騒いでいただけで、周りはそれを遠巻きに冷ややかに見つめていただけで、私は逆に後輩を追いつめていた。

その後輩は、入社した当時からの飲み友達のようなもので、今になって振り返れば、アルコールがつなげていた関係なのかもしれない。「闘う」と言えばかっこいい響きがあるが、実は、その異常なまでのテンションは、アルコールがつくりだしたものだったし、アルコール依存症特有の関係のつくり方がもたらした、ある意味、特異な能力だった気がする。私にとっては、酒は、ポパイのほうれん草のようなものだった。そのテンションが、ただのはた迷惑な道化師と自分で認識したとき、私の中にあった「すべて」が流れ落ちてしまった。言葉は悪いが、「流産」のようなものだったと思う。

私は、3年ほど前、両親が闇金融に手を出して夜逃げして、家族を失った。会社は唯一のよりどころだったし、だからこそ、私も必死になれた。全速力で走っている人間の足下をはたくと、その人は吹っ飛ぶ。私の挫折は、そんな感じだった。

後輩が退職すると聞いて、私はそんなようなことをすぐに悟って、酒をやめようと思った。酒をやめる人は、最後に思い残すことなく飲んでやめる人が多いが、私の場合、あまりにも衝撃が強くて、飲みたくても飲めないところまで追いつめられていた。最後の思い出にと、あれやこれやと考えたが、すでに力尽きてしまっていた。

酒が飲めなくなってから、おそらく2、3か月は、明日の朝、自分が生きている自信がなかった。「死にたい」のではなく、「死ぬかもしれない」という恐怖が、毎日のように私を襲っていた。後輩を殺したのは自分だという、強い罪悪感が抜けず毎晩苦しんだ。1人で部屋にいると、とにかく止めどもなく涙が流れてきて、自分で自分の感情がコントロールできなくなっていた。

流産・・・男だから、そんなの、したくてもできないが、おそらく、それに似たような精神的な流産があったような気がする。「流れる」というのが、一番当時の状況にフィットしている。私は、たぶん、「私」を流してしまったのだ。その原因は、いろいろな要素があるのだろうが、結局のところ、アルコールにあったような気がする。

私は、いまだに、流してしまった「私」を探して、彷徨っている。最近、もう取り返しのつかないものなのだと、少しずつ認識しはじめた。ここにいる私は、「私」ではない。私のコスプレをして、私の記憶を持ち、私の真似事をする、他人だ。

ただ・・・。

時折、私の中で、「お酒を飲みたい」とつぶやく「何か」がいる。不意に、彼を見つけたとき、私はホッとして、彼を優しく抱きしめようとする。でも、すぐに消えていく。

「私」は、ここにいる。今も1人で泣いている。

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