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2005年7月12日 (火)

京王線各駅停車

D1000139今日は、午前中、仕事先に向かうまでに時間が余ったので、お客さんがあまり乗っていない各駅停車に乗った。京王線の各駅停車は、何とも好きなのだ。始発から終点まで乗っても、1時間くらいしかかからないから、ちょっとしたスケジュールの空白を使って、のんびりと各駅停車でコトコトと目的地に向かうことがある。

今日、この日の京王線も、昼間とあって、各駅停車はガラガラで走っていた。聖蹟桜ヶ丘駅を過ぎた頃、ふと床に赤いペンで何かが書かれたメモ用紙が落ちているのに気づいた。誰かが落としたのか、それともどこかから落ちてきたのか。そこには、悪魔がどうだとか、鬼がどうだとか、何やら妙なメッセージが書いてあった。誰が、何のために、こんなものを書いたのか、よく分からなかった。

夕方、会社を出て、再び京王線の各駅停車に乗って、家路についた。すると、今度は、電車のドアの上にある広告を挟むフレームに、昼間と同じような、赤ペンでメッセージが書かれたメモ用紙が挟まっていた。

D1000140 ブラウザではよく読めないと思うが、このメモには、「悪 腹黒は 弱い者を見たら おそいかかる鬼 悪魔だ (得にねらわれやすい人 老人 子供や身障者 ホームレス 女性 貧しい人 皆さん 悪党にきいつけてや」と書いてある。昼間のメモも、同じようにドアの上のフレームに挟んであったのが、床に落ちたのだろう。これは推測だが、おそらく今日の京王線各駅停車には、かなり同じようなメモが同じ位置に挟んであったのではなかろうか。気づいた人はほとんどいなかったろうし、気づいたとしても、その内容を読んだ人はほとんどいないだろう。

このメッセージ、意味不明だ。誰が誰に対して発しているメッセージなのか分からない。漢字が間違っているのも痛い(「得に」→「特に」)。微妙に関西弁なのが、さらに痛い。この紙を電車に貼り付けて、誰かが助かるわけでもない。これを読んで、「そうか、気を付けなくっちゃ」と思う人はいないだろう。そもそも、ドアの上に貼り付けては、この紙が警告している腰のまがった老人や、背の小さい子供には見えず、やはり意味がない。

本人は、必死に「鬼 悪魔」と闘っているつもりなのだろう。1人の人間が偶然1日に2回も見てしまったのだ。おそらく、あちこちの電車にはりまくっていることだろう。どんな気持ちで、紙を貼ったのだろう。悪魔のささやきに恐れながら、鬼の足音に怯えながら、電車を渡り歩いたに違いない。少しせつない。

各駅停車は、何気ない物語や事件に遭遇する。特急であっという間に目的地に着いても、決して出会うことのない、小さな世界がそこにある。今もどこかで、誰かが、たった1人で「悪魔」と闘っているかもしれない。明日も、あさっても・・・。

気持ち悪いと思った人・・・、いやいや、blogだって、結構似たようなものかもしれないよ。いつどこからともなく来る人に向けて、自分だけの自己満足な日記や主張やつれづれとした独り言を綴る。書いたからといってどうなるわけでもない。どんなに仰天するようなメッセージを残したって、相変わらず地球は回り続けるのだ。インターネットは、壊れている人間を標準化する、不思議な世界だ。

私たちだって、十分すぎるほど壊れている。ただ、気づいていないだけなんだ。そう思うと、各駅停車のメモ用紙に少し感情移入してしまった。

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