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2005年7月22日 (金)

掲示板の憂鬱

D1000154私が最初にインターネットを始めたのは、1995年の冬のことになる。以来、自分でもサイトの運営に携わったこともあるし、様々なサイトの掲示板でいろいろなコミュニケーションを楽しんできた。

私のサイトの掲示板には、イヤになるくらいの注意書きが書かれている。これ、実はイズミカワソラさんの公式サイトの掲示板にある注意書きを少し改変して引用している。著作権上まずいかなあと思ったのだが、他に良い例もなくて、結局使わせてもらってしまった。掲示板をめぐるトラブルを、イヤと言うほど経験してきたからこそ、ついつい掲示板で書き込む前に、いろいろと読んでもらいたいことがたくさんある。

掲示板の運営上、最も大変なのは、荒らし対策だ。「荒らす」というと、ものすごく確信犯的な響きがするが、「荒らし」と呼ばれる人たちのほとんどは、自分が掲示板を「荒らしている」という自覚がない。結果として荒れていたとしても、その現実を前に「私のせいではない」と開き直る人がほとんどだと思う。無自覚で無邪気。だから、やっかいなのだ。「荒らし」が現れるのが最も多くなるのは、午後11時以降で、春・夏・冬休みの期間中なのだという。それは、「荒らし」には学生が多いからだという説がある。ただ、最近、ケータイを使ったネットサーフィンが簡単になり、ケータイで書き込みができる掲示板が増えてきたので、その辺の境目がなくなってきたようだ。

確かに、“ある人の発言に噛みつく”という典型的な荒らしの引き金を起こすのは、日頃掲示板での発言に慣れている人よりも、むしろ、掲示板のやりとりに慣れていなかったり、普段は発言しない人に多い。それも、場当たり的で感情的、前後の脈略がない。現実の社会に例えて言えば、道端で議論している人たちの間に、通行人が突然割って入り込み、いかにも私が正しいですという顔をして言いたいことを言う、こんな感じである。現実にこんなことをすれば、その通行人は喧嘩になってしまい、思わぬ怪我をすることになる。だから、道端でそんな喧嘩をしている人はいない。なのに、ネットに入るだけで、そこのみさかいがつかなくなるのだ。

もちろん、「荒らし」の中には、確信犯的に荒らす人もいるのだが、その人たちは一部のプロなので(笑)、とりあえず、この話からは除外する。

ケータイの普及により、掲示板はますます荒らしやすくなった。時間も場所も関係なく、電波さえ届けばいつでも掲示板に書き込める。この環境が、場当たり的で感情的な発言を増やしてしまう土壌となっている。おそらく、若い人たちの間には、自分が掲示板を荒らしているとも気づかず、朝から晩まで、いや周りが寝ている時間帯までも、ケータイとにらめっこして、目に見えぬ「敵」と闘っている人も多いのだと思う。

私が長年経験して出した結論は、掲示板でコミュニケーションは不可能だと言うことだ。掲示板とはあくまで、発言者それぞれの意見を不特定多数に対して一方的に伝える場であって、その発言に対する反応はあっても、それはコミュニケーションとは言えない。相手の顔も見えないやりとりは、反応の連続技であっても、コミュニケーションではない。だから、私は、掲示板というツールに、あまり可能性を感じていない。それでも設置しているのは、掲示板での会話のやりとり、発言者の顔ぶれが、そのサイトの個性を表すからだ。この掲示板の雰囲気を守るのは、何より、サイトの雰囲気を守ることでもある。だからこそ、ちょっとした「荒らし」には特に気を遣うのだ。

私も、様々な掲示板で噛みつかれたことがある。そういう場合の対策は、いつも決まっている。掲示板の管理者に迷惑がかからないよう、喧嘩を受けて立つことはしない。

それは……。

ないしょである(笑)

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