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2005年6月15日 (水)

エビチリ餃子弁当

今夜の夕食は、近所の弁当屋さんのエビチリ餃子弁当。美味しゅうございました。

私は、かれこれ1年半年ほど、自炊をしていない。ずっと台所に立っていない。ちょうどお酒をいっさいやめてから、包丁も持っていないし、お皿も出していない。冷蔵庫の電源は落ちているし、買い物もしていない。毎日、外食か弁当か。昨年から家庭ゴミ収集が有料化されたので、できればゴミを出したくないのだが、来る日も来る日も弁当箱が溜まるばかりで、ゴミの量がすっかり増えてしまった。

自炊は大好きだった。大学時代、京都に住んでいた。最初につくった料理は、カレーライスだった。朝から、オムレツやサラダをつくったこともあるし、ご飯にみそ汁というスタンダードなメニューも、難なくこなすことができる。生協の個人宅配を頼んでいた時期もあり、冷蔵庫にはいつも新鮮な野菜や牛乳、納豆などが入っていた。仕事が不規則な時間だから、毎日晩ご飯を自炊するわけにはいかなかったが、一人暮らしの男性としては、かなりマメに自炊をしていたと思う。

お酒をやめてから、自炊はしていない。理由は、自分でもよく分からない。かなり精神的に落ちていた時期があるから、部屋も汚くなくて自炊どころではなかったし、精神的にそんな気持ちにはならなかったのだろう。お酒といっしょに、かなりやめてしまったことがあるが、自炊はその代表的な習慣かもしれない。

自炊をする、という行為は、非常に自己満足な世界だ。作るのも私、食べるのも私、片づけるのも私、太るのも痩せるのも私。1から10まで、自己完結型の行為と言える。誰かと暮らしていれば、受け手が増えるが、自分で食べて、片づけるのは、同じことだ。結局、自分が可愛くないとできないし、自分に関心がないとできない。

お酒をやめると、自炊をすると良いと言われる。お酒を飲んでいるうちは、味わうとか、噛みしめるということがあまりないのだ。依存症であればなおさらで、食べる時間をしっかりと享受するということに、依存症の人間は無頓着なのだ。だから、本当は、私も自炊をしたほうがいいのだと、自分自身には認識がある。

ところがだ、どうしても、自炊をする気がしない。お酒をやめて、かなり太ったような気がする。ピーク時と比べると10キロくらいやせているが、一番やせていた時期より5キロほど太っている。あちこちで自炊しろと言われるが、台所に立つ気がしない。

まだ私は、抜けるべきところを抜けていないのだろう。アルコールは、物理的には完全に抜けたと思う。でも、1人という時間をどう享受したら良いのか、分からない。自分という存在に執着できない。どこか透明人間で、どこかマシュマロ的な魂で、どこかよどんだままの心なのだ。

自炊を始めたら、たぶん、きっと、私は、迷子から卒業する。私が、私をつくる、という、生きていく上で一番の基本的な真実を、やっと受け入れられると思う。

自炊ごとき、と、思われるかもしれない。

その「ごとき」ですら、私は、どこかに置き忘れてしまっているのだ。

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