« サガシモノ | トップページ | 私たちの世代 »

2005年6月27日 (月)

夢の足跡

D1000111京都から東京に出たのは、1994年の冬。大学を卒業した後、ドラマのシナリオライターになる夢をどうしても忘れられず、テレビ局などのメディアが集まる東京を目指した。最後に、友達のお母さんから3万円の餞別をいただき、その3万円を握りしめ、京都を深夜に出る寝台急行「銀河」で上京して、その日のうちに練馬区の石神井に新居を構えた。

東京では、シナリオセンターの講座を受けた。ここのゼミは、毎週テーマに沿って20枚シナリオをひたすら書き続けるというもので、とにかく毎週、毎週、シナリオを書き続けた。同じようにシナリオライターを目指す友達も出来た。そのうち、食っていかなければならず、今の会社に就職して、働きながらシナリオを書き続けた。

難しいもので、しっかりと仕事をすると、それなりに会社でも地位も高くなり、期待も大いに受けるようになり、だんだんシナリオを書くことも忘れかけていた。シナリオを書く暇もないほど仕事をしていた期間もある。シナリオセンターに通う暇さえなくなってしまった。いつか、自分の夢を実現しようという欲求が、日に日に薄れていた。

ある事件がきっかけで、私は一度、記者の仕事を離れた。いろいろと理由はつけたが、ジャーナリズムという、訳の分からない抽象的な言葉に嫌気がさした、というのが、一番の本音だった。酒もやめて、すっかりジャーナリストとしてのテンションは消えてしまった。もともと、そんな肩書きは、酒の勢いがつくっていたものだったのかもしれない。ほんの数ヶ月で記者の仕事に戻ったものの、昔のテンションが戻ることはなかった。

プロフィールの通り、私はサラリーマンである。

1年半前から、再びシナリオセンターに通い始めた。

もう、夢を追う歳ではないと思う。でも、夢を追わない理由も見あたらない。書きたいものが、シナリオなのかどうか、私にはまだ分からない。でも、何かを書いているときが、一番楽しい。それは、小説かもしれないし、blogなのかもしれない。

夢は、目指すもの。でも、歩いた跡は、目指した通りにはならないかもしれない。それでいいのではないかと思う。いろいろな紆余曲折はあっても、私は、結局、この道に戻ってきた。足跡は、ずっとここまで続いていた。空っぽになって、残されたものは、これしかなかった。

たった3万円を握りしめていた私は、まだ、東京の空の下で灯りをともしている。11年もかけて、ようやく、この迷子の私を、見つけることが出来た。

|

« サガシモノ | トップページ | 私たちの世代 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/109926/4735359

この記事へのトラックバック一覧です: 夢の足跡:

« サガシモノ | トップページ | 私たちの世代 »